第9-3話 不可解な終戦

     ◆


 僕たちは通路を進みながら、不安を隠せなかった。

 三人の部外者はどうにか冷静さを取り戻し、自力で歩いている。

 通路は薄暗いので、僕はいつも持ち歩いている小型ライトで前方を照らした。人工物なのに、何か巨大なものの内臓の中を進んでいるような気分になる。

 前方に緑色の光が見えた時、部外者の一人が歓喜の悲鳴をあげて、かなりビビった。

 それは電話機の存在を示す表示で、実際、すぐ下に電話機があった。使い方は万国共通だ。三人でその前に立ち、自然、僕が電話することになった。

 設置されて年月が経ち過ぎていて、埃まみれだし、かなり不安だったけど、受話器を上げて耳に当てると、ちゃんと音がした。

 えっと、どこに電話すれば……。

 暗記している、騎士団の総本部の、銀狼騎士団の窓口に電話する。一般的な窓口じゃなくて、団員が任務や休暇のスケジュールを確認する窓口だ。

 番号を押し終わると呼び出し音が鳴り始める。電話はちゃんと生きている。

 相手が出た。

「もしもし? こちら……」

『あなた、どこにいるの? 誰? どこ?』

 相手が遮ってきたので、逆に安心した。口調からして、相当、焦っている。

「銀狼騎士団の木花咲耶」それから僕は個人番号を伝える。「総本部はどうなっている? こちらは地下に用があったんだけど、サイレンが鳴って、シェルターへ避難した。で、シェルター内に襲撃を受けて、逃げている。現在地点も把握できていない」

 相手が黙り込んだ。ただ、その向こうで相当な喧騒が起こっている

『総本部は現在、敵性体と交戦中。大規模な部隊よ。どうやってここまで来たのか、それさえもわからない』

「撃退の見込みは?」

『騎士団の威信にかけて、撃退します。あなたの現地点を把握しました。そこから五百メートル先のところに、小型のエレベータがあります。それに乗れば、地上へ上がれます』

「地上? 戦闘中じゃないのか?」

 相手はイライラしているようだ。

『すでにそちらさんはロンドンの郊外に出ているわ。エレベータが上がる先は、民家に偽装した騎士団所有の建物の中です』

 そうか、そんなに長い間、シェルターに乗っていたのか。気づかなかった。

 いくつか打ち合わせをして、電話は切れた。とりあえず、騎士団の総本部が壊滅する、という最悪のシナリオは避けられたわけだ。

 部外者の三人に事情を話して、五百メートル、更に歩いた。

 言われた通り、通路の壁にドアがあり、それを開けると、そこがもうエレベータだった。小型で、二人しか乗れない。

 まず女性と男性一人を乗せて、上がらせた。

 残った男性一人と僕で、エレベータが戻ってくるのを待つ。

 だいぶエタニアと離れてしまった。彼は無事だろうけど、不安ではある。榊玲子がこちらを追ってくる、というシチュエーションも、正直、ぞっとしない。

 少しするとかすかな音ともにエレベータが戻ってきた。

「行きましょう」

 二人で乗り込み、ボタンを押す。

 上昇は数分続き、停止して扉が開くと、納屋のようなところだった。そこで男性一人と女性一人が、不安そうに待っていた。僕が先導して納屋を出ると、久しぶりの日の光が眩しかった。

 時間は、十二時になるところだ。

 納屋は簡素なもので、すぐ横に一般的な民家がある。周囲には畑が広がっているけど、近くに四軒ほど、家がある。一般の民家だと、さっき、電話で聞いた。こちらが騎士団の所有とも知らないらしい。

 結局、行くところもないので、三人を連れて、民家に入った。鍵の位置も教えられている。

 やっと三人は落ち着いたようで、リビングのソファに墜落するように腰掛けた。

 僕は、立ったまま、テレビの電源を入れて、ニュースを映す。

 リアルタイムの映像で、ロンドン市街の様子が流されていた。

 騎士団の総本部の建物は何箇所からも煙が上がっているが、倒壊はしていない。ただ、そのボロボロの建物の周囲を大小さまざまなドラゴンが飛び回り、それぞれのやり方で、建物を破壊しようとしている。

 それに応戦する騎士団の魔法使いたちも、たまに映るが、小さなその姿からは立ち上るように必死さが溢れている。

 部外者三人は黙り込み、それを見ていた。僕もだ。

 と、インターホンが電子音を発したので、四人で同時にそちらを振り向いた。

 えっと、端末は……。

 壁に設置されたそれに気付き、画面を見ると、若い男が映っている。背広を着ていた。

 ボタンを押すと、マイクのスイッチが入った。

「何かご用ですか?」

 こちらから問いかけると、相手は映像の中で何か、手帳のようなものを見せてくる。

『警察です。あなた方を保護するように指令を受けました』

 どうやら、いよいよ安全な方向へ進みそうだ。

 玄関を開けると背広の男が微笑んだ。僕の方から切り出す。

「まず三人を保護してください」

「わかりました、あなたは?」

「仲間が心配なんです。戻らなくては」

 相手は驚いたようだったが、まずは三人を、となって、部外者たちは黒塗りの車に乗せられた。三人ともが、僕を不安そうに見ている。

 まるで僕が自殺を志願しているのを不安がっているような、そんな目だった。

「よろしくお願いします、では」

 僕がそう言って離れようとすると、背広の男がこちらに手を伸ばしてきた。

 肩、をすり抜け、首筋へ。

 致命傷を避けられたのは、訓練のせいとか、本能とか、そういうものではない。

 純粋な偶然だった。

 首を冷たい何かが切った時、腰の短剣は反応しなかった。

 ただ、首の感触に、自然と、魔法を発動していた。

 体内のディアと周囲のフレアが混ざり、僕の魔法は僕の血液を支配する。

 結果、首の致命傷は、わずかな出血の後、即座に止血された。

「おや、失敗しましたか」

 背広の男が隠し持っていたナイフを、ハンカチで拭った。

 僕はもう向き直っていて、彼に拳銃を向けていた。

 違和感は多い。どこから情報が漏れた? この男の行動の理由は? 他にも、何か……。

 男の手がハンカチを投げたので、僕はそれを反射的に銃で追った。

 その隙に、滑り込むように男が迫ってきた。 

 そう、白い短剣の防御は、なぜ起動しない?

 男のナイフの連続攻撃を回避する。銃撃する隙はない。

 ただ、男の動きは人間のそれを超えていない。達人級の使い手らしいが、こちらに魔法が使えるというアドバンテージがあるがために、凌げている。

 そうか、短剣が発動しないのは、この男が一般人だからか? もしくは、魔法とは切り離された、特別な存在?

 考えている暇はない、反撃しなくては。

 全身の血液が活性化され、僕の銃口がやっと、男を捉える。

 発砲。

 血飛沫が舞い、男の体が跳ねる。

 倒れこむのをこらえた相手に、再度、銃口を向ける。

 静止。

「何者か、名乗ってほしいね」

 僕の質問に、男は無言だ。

 わずかに顎を動かす。

 しまった!

 男に手を伸ばすが、触れる前に男が倒れ込み、見ている前で、痙攣して泡を吹き始めた。

 何か言った。けど、聞き取れないし、唇の動きも震えが激しすぎて、読めなかった。

 結局、数秒で男は絶命し、僕は自分の首筋の傷を厳密に止血し直すしかない。

 銃声を聞いた住人もいるだろう。それに、部外者の三人の安全も考えないといけない。

 エタニアの元には戻れそうもなかった。

 彼の無事を願う、という自分の無責任さに腹立たしい思いを感じつつ、僕は黒塗りの車に向かった。

 運転席に乗り込み、三人の無事を確認。どうやら狙いは僕だったらしい。すでにエンジンがかかっているので、ギアを切り替え、乱暴にアクセルを踏んで車を発進させた。

 しかし、何者が狙ってきたんだ?


     ◆


 エタニアの地道な前進により、その地上へ向かうエレベータに到達するのに、それほどの時間は必要なかった。

 榊玲子の攻撃は熾烈だったが、ついにエタニアを殺しつくすことはできなかった

「どうやら終点に着いたみたいね」

 距離を置いて、榊玲子が切っ先を下げた。

 エタニアはしばらくぶりに実態を取り戻し、人の姿となって彼女に向き合った。

 咲耶のことが気になった。生きているはずだが、榊玲子の考えが読み切れなかった。

「私を止められるはずがない、そうだろう?」

 そう尋ねるエタニアに、榊玲子はわずかに眉をハの字にした。

「私にはできると思ったわ。でも、甘かった。それでも次はうまくいくわよ」

「自信家だな」

「事実よ。今回はこれで痛み分け。帰る事にするわ」

「帰すものか」

 エタニアは白き剣を構え直し、そこへディアを注ぎ込んだ。即座にフレアとの反応が始まり、燐光が立ち上る。白い粒はやがて、紫色を帯び始める。

 ぐっとエタニアが剣を引き寄せ、突き出した。

「また会いましょう」

 そんな榊玲子の声がエタニアには聞こえた気がした。

 紫の大激流が通路を満たし、彼女を消した。

 破壊の度合いを考慮して、エタニアは攻撃を中止するが、もちろん、榊玲子は攻撃の中心だし、脱出も不可能だ。

 光が消えた時、通路は著しく損傷し、もちろん、榊玲子はいない。その上、落盤が起こり、大量の土砂がそこを埋め尽くした。

 エタニアはエレベータに飛び込み、しかしカゴがないため、魔法を発動し、地上へと飛翔した。背後ではまた落盤が起きたのか、耳を弄する轟音が響いてくる。

 頭上にあったカゴを吹き飛ばし、エタにはその納屋の中に飛び出した。

 どうやら無事に地上へ戻れた、と思う間もなく、咲耶を探す。

 外に出てみると、納屋の目の前で、男が一人、倒れている。銃槍から血が流れているが、致命傷には見えない。口元の泡を見て、毒をあおったらしい、と見当がついた。

 咲耶が倒れているような想像を拭えないまま、エタニアは周囲を見る。近くの住民がかなり遠巻きにして、こちらを見ていた。

 エタニアは彼らの方へ、ゆっくりと歩み寄った。

 彼らの間に、恐怖の色が浮かぶ。

 それだ、とエタニアは思った。

 長い間、私に向けられた感情は、それだ。

 そんなことを思いつつ、彼は穏やかさを懸命に取り戻そうとした。

 風が吹いて、ハンカチが高く舞い上がったのを横目に、彼らに何と声をかけるべきか、考えていた。


     ◆


 騎士団の総本部への攻撃は、半日ほどで終わり、もちろん、総本部が陥落することはなかった。そんなことになったら大変だ。

 結局、同盟に反対する、反動分子の大規模な攻撃作戦だった、と認めるしかなく、この件に関して騎士団は同盟にだいぶ強い非難をぶつけたらしい。

 そんなことは、僕にはそれほど重要ではない。

 エタニアとは、すぐに再会できた。僕が警察署へ部外者を送り届けて戻る途中で、彼はどこかで借りた自動二輪でやってきて、すれ違って、お互い、気づいた。

 感動の対面でもなく、お互いの無事を確認し、それから短い話し合いの後、車でロンドンへ戻ることになった。この時点で、攻撃はだいぶ下火で、終息の見込みもあったのだ。

 車の中で、エタニアは無言だった。ちょっと気まずいのは、彼の雰囲気がいつもと少し違うからで、よくわからないけど、何かを恥じているか、そうでなければ、何かに腹を立てているようだ。

「エタニア、何も気にしないでいいよ」

 彼はこちらではなく反対側、車窓の向こうに目をやった。

「何も気にしていない」

「まぁ、それならそれでもいい。僕は気にしないつもりだよ、とは伝えておく」

 彼は短く息を吐いて、かすかに頷いたようだ。

 ロンドンへ戻るのも一苦労だったけど、総本部にたどり着いても、てんやわんやの大騒ぎで、落ち着くのに二日ほどかかった。

 結局、ロンドンへ来た理由の、白い短剣の分析も、中途半端なままになった。

 日本へ戻る前に、総本部の地下へ行くと、オズワルドが不思議そうに僕を見た。僕の首にはまだ包帯があった。

「あの短剣に弾かれない攻撃があるとは、驚きだよ」

 そんなことを言われても、僕にもわからない。

「今度、来た時は、もっと調べさせてくれ」

「落ち着いたらまた来るよ」

 そんなことを言って、彼とは別れた。

 日本に向かう飛行機の中で、いつも通り、エタニアをからかい、結局、大抵の時と同じく、無事に日本に着いた。

 どことなく空気が違う気がして、帰ってきたな、と思った。

 でも何も終わってはいないのだった。

 きっと、何もかもが、本当の終わりなんてないんだろうけど。





(第9話 了)

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