第9-2話 超常の存在

「エタニア!」

 僕の叫び、いや、悲鳴は、シェルターに響き渡った。

 三人の人間は、何が起こっている分からない顔だ。僕は反射的にその三人と、榊玲子の間に割り込むように移動した。

 エタニアが彼女の白い剣を掴み止めているのが見えたからだ。

 エタニアは、まだ死んではいない。

「ここで諸共、吹き飛びなさい」

 白い剣が光を発した、と思った時には、全てが終わっていた。

 何かが僕を包み込み、その僕は両手を広げて、三人の部外者の壁になった。

 轟音さえも無効化され、衝撃も一切ない。

 ただ前方で光が激しく渦巻き、全てを消し飛ばした。

 その奔流が全て消え去った時、シェルターは半壊し、真っ黒い穴がそこにあった。

 エタニアは、いない。

 榊玲子は、立ち尽くしていた。その手には白い剣が残っている。

 僕は、無事だった。背後には、部外者が三人。全員が無事らしい。

 でも、安堵する余地はなかった。

「器用なことね、千年王国」

 彼女が周囲を見回している。

 何かあるのか?

 僕は反射的に足元を見た。

 何かの群れが、うごめいた。

「うわ!」

 悲鳴をあげたのは、僕だった。

 うごめいているのは、アリだ。無数のアリがそこらじゅうを這い回っている。

 それが一箇所に集まり、塊となる。その塊の内側から、何かがせり出したと思ったら、それはエタニアだった。

「体を消し飛ばされたのは久しぶりだ。いい気分ではないな」

 ジョークのようなことを言うエタニアの体は、真っ白い服に変わっている。

 そこへさっと榊玲子が自身の剣を振るが、エタニアの白い服の表面で火花が散るだけで、何も起こらない。

「最強度の防具、聖者の衣、かしら。それは私にはない装備ね」

「別にいいだろうよ、そちらもこちらも、攻撃力には自信がある」

 エタニアの左手が裂け、そこから現れた柄を引き抜く。

 世界に十二本しかない、真っ白い刀身の剣。

 竜王の十二騎士の証明。

「彼らは邪魔ね。そう思わない?」

 そう言って榊玲子がこちらを見た。

 殺す気だ。分からないわけがない。

 こちらに向かって、鋭く剣が振られる。切っ先が届く距離ではないのに、まるで切りつけられたような恐怖が湧き上がった。

 僕はほとんど目を瞑っていた。

 ただ、すぐ目の前で物凄く鈍い音がしたのは、わかった。

 目を開くと、どこか苛立った顔で、榊玲子が自分の剣を見ている。

「白き剣も、大したものじゃないわね」

「古のドラゴンは奇跡を起こすのさ」

 ゆっくりと歩いて、エタニアが僕の方へ来た。

 さっきの彼の様子を見て、恐怖が起こらないのが不思議だった。

 いつの間にか、彼のことを心底から信頼しているらしい。

 僕という奴も、能天気である。

「咲耶、その三人を連れて逃げろ」

「エタニアは?」

「この女を足止めする」

 倒す、とは言わなかった。

 倒せない、と考えているのかもしれない。

 きっと、僕が加わっても無理だろうし、それにエタニアは、部外者を巻き込みたくないだろう。つまり合理的に考えれば、エタニアの考えた役割分担は、正解だ。

 正解だけど、ここにエタニアを置いて行く気には、なれなかった。

 そんな僕に気付いたのか、エタニアが片手で僕の頭を叩く。

「お前に任せる。ここは任せろ」

 そう言われてしまっては、どう言い返すこともできない。

 僕は頷いて、部外者三人を動けるものは歩かせ、動けないものは抱えて、エタニアに背を向けた。シェルターは比較的水平に近い場所にあるので、その経路を進むことになる。どこに通じているかはわからないけど、今はここを進むしかない。

 エタニアを振り返らず、僕は進んだ。


     ◆


「良いのかしら、彼を行かせて?」

「信頼しているよ」

 エタニアは榊玲子に向かって、切っ先を構えた。

 彼としては、可能な限り、ここで粘る必要があった。まさか反動分子の攻撃がいくら過激でも、騎士団の総本部があっさりと陥落するわけがない。すぐにここに応援が来るはずだ。

 榊玲子には尋常ではない力があるが、騎士団の中には彼女に拮抗する使い手が何人もいるのを、エタニアは知っている。

 だから、純粋な力比べが、榊玲子の目的ではないはず。

 しかし、何を狙っている?

「じゃ、少しの間、付き合ってもらいましょうか」

 こうして、常軌を逸した戦闘が開始された。

 シェルターはあっという間に原型を失い、そのシェルターが移動していた通路でさえも、崩壊した。

 大量の構造物だったものや、土砂、岩石が吹き荒れるが、それら全てを吹き飛ばして、エタニアと榊玲子は戦った。

 エタニアの着ている服、「聖者の衣」は、榊玲子の全ての攻撃を跳ね返した。

 一方で、榊玲子はエタニアの攻撃を受けるたびに、体を傷つけられ、時に失う。

 その度に、榊玲子の肉体は完全に修復され、戦いは少しも途切れない。

 ここに至って、両者の間に決定的な思考の差が生じ始めた。

 エタニアには、榊玲子を殺してしまうのではなく、捉える必要がある、という意識があった。彼女は反動分子に通じており、つまり、彼女を確保できればそこから情報を得ることができる。

 それは自然と、殺してはいけない、という制約になった。

 逆に榊玲子には少しの躊躇いもなかった。

 彼女が欲しているものは、エタニアの内部にあるが、それはエタニアの命とは無関係だ。

 殺しても、必要なものは手に入る。

 エタニアの剣が、榊玲子の左腕を斬りとばす。彼女は右腕一本で剣を振るい、それがエタニアの胴を強打する。

 切断されずとも、衝撃は凄まじい。彼の足が地面を離れ、壁に叩きつけられた。

「あはは! あはは!」

 哄笑を上げる榊玲子の左腕は、すでに復元している。

 怒涛の攻撃が、エタニアを襲う。

 白き剣がぶつかり合い、しかし、明らかにエタニアの方が手数が少ない。その少なさが被弾を招き、聖者の衣は破られないが、しかし、打撃となってエタニアを打ち据える。

 その蓄積は一挙に膨れ上がり、ついにエタニアの手から、白き剣が離れた。

 榊玲子の白き剣が翻り、エタニアの頭を貫いた。

 その剣を、エタニアが両手で掴み止めている。

 大量の血が噴き出し、彼を赤く染める。

「あなたをどうやって殺すべきか、考えたわ」

 愉悦に満ちた表情で、榊玲子が語りかける。

「千年王国と呼ばれる、絶対不死の存在。何者にも縛られない、真なる自由の存在。でも、おかしなことに、あなたは騎士団に所属している。なぜかしら?」

 エタニアは無言で剣を掴み止める。

 焦りを感じつつ、一方で、彼は落ち着いてもいた。

 彼にとって死は絶対ではない。だから落ち着いていられる。

 しかし相手はそれを知っている。だから、焦る。

「あなたのお友達に意味があるのではないかしら? あの「鏡の血」に」

 知っているのか、とエタニアは思った。

 自分の唯一の弱点である、木花咲耶という背年。

 弱点でありながら、最大の友となった青年。

「なので、まずは彼を手に入れるところから始めるわ」

 やっとエタニアは気付いた。

 自分とここで戦っている榊玲子は、事態を完全に把握してる。

 エタニアが咲耶を逃すのは、予定通りなのだ。

 最強の戦力であるエタニアに、やはり最強だろう榊玲子がぶつかるのは当然。

 そうでなければ、足止めにならない。

 瞬間、エタニアは決断し、魔法を発動した。

 全身を分解し、一瞬だけ純粋なるディアに切り替える。これは自身に取り込んだ、魔法の一つ。さらに別の魔法で、自身の形態を変化させる。

 ディアは一瞬で肉を取り戻し、無数のネズミへ。

「行かせないわよ」

 通路に榊玲子の白き剣から、強烈な攻撃魔法が吹き荒れる。ネズミたちがまとめて消滅し、しかしさらに増殖。そこをまた榊玲子が攻撃。

 これでは先に進めない。

 複数の個体を支配する統合思念となったエタニアが歯噛みする前で、榊玲子は容赦なく、エタニアの一部を破壊し、この場に釘付けにした。

「もっと手品が見たいわ、私。できるんでしょう?」

 言われるまでもなく、エタニアはさらに自身を変換する。

 ネズミがさらにバラけ、無数の蝶となって舞い上がる。しかもその蝶は、真っ青な光の蝶だ。

 高笑いを響かせながら、その蝶の群れを榊玲子が潰していく。

「あなたにはいくつの命があるのかしら! 私に殺し尽くせるのかしら!」

 エタニアはじりじりと咲耶の方へ向かいつつ、自身が取り込んでいる命を推し量った。

 決して尽きることはない。

 だが、そう分かっていても、榊玲子の戦闘力、無尽蔵の殺戮を前にしては、かすかな不安さえ起こる。

 しかし、とも彼は思った。

 しかし、榊玲子はなぜ死なない?

 エタニアの方が、命の数では勝っているはずだ。エタニアこそ、世界で最も多くの命を取り込んだ存在だったはずだ。

 それがどうして、不利な立場に陥っているのか。

 エタニアは思考しつつ、彼女を押し包み、かつ、じわじわと移動していった。



(続く)







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る