不死存在
第9-1話 脱出
騎士団の総本部はイギリスにある。教会の総本部はイタリア、機関の総本部はオーストラリアだった。
で、そのイギリスの総本部に行くことなんて滅多にないんだけど、その滅多にない機会が今、訪れている。
ロンドンの一角にある高層ビルが一棟全部、騎士団の各部署のオフィスなんだけど、その地下には複数の実験施設が設けられている。地下なのは、もしもの時に対処しやすいからじゃないかな。
その地下六階にある部屋で、僕は技術者のエドワルドと一緒に、計測機器を眺めている。
計測装置の真ん中に、僕の所有物の白い短剣があった。
「見たことがないどころか、聞いたこともないぜ」
エドワルドはそう言って少し目を細めている。
「竜王の十二騎士、というものは噂では聞いていたがね、実在するとは」
「僕は何も知りませんでしたよ」
竜王の十二騎士に関する情報は、厳密に機密が確保されて、その名称さえ封じられている。エドワルドは数少ない例外だ。
「イギリスと言えば、アーサー王ですね。円卓の騎士」
「あれは半分は創作だよ。しかし、竜王の十二騎士は、おそらく実在だ。お前さんの相棒もいることだしな」
その相棒は、部屋の隅で椅子に腰掛けて、タブレットをいじっている。
二人でエタニアを見てから、もう一度、稼働中の検査装置を見る。
「いつ頃、結果は出る?」
「もう出始めているよ」
そう言ってエドワルドが机の上に置いていたタブレットを持ち上げ、画面を起動する。複雑な表とグラフが出ていた。
「素材は正体不明だ。既存のどんな金属や鉱物とも違う。一番近いのは、ドラゴンの鱗だ」
「ドラゴンの鱗? まぁ、ドラゴンがくれたわけだし、間違いでもない」
「硬度はとんでもないな。コンピュータが試算したが、十三を超えている」
「十三? えっと、基準は?」
困ったような顔で、エドワルドが頭を掻く。
「ダイアモンドが十だ。ここ十数年で、魔法を利用してダイアモンドより硬い物質が開発されて、それが硬度十三、という扱いになる。つまり、既存のどんな物質よりも硬い。どうやってこの剣の形にしたのかも、興味深いよ」
「ドラゴンしか知らないだろうね」
低い声でエドワルドが唸る。
「というわけで、物質的にも物凄く硬いだけだが、それだけじゃない。魔法が常時発動していて、常に周囲を感知し続けている」
「感知? それは、どういうことかな。意志がある?」
「どうだろう、いくつかの手法、使い古された方法で意志を探ったが、反応はない。ただ、周囲を探るフレアの動きははっきりとある。で、ここからが重要だが、この短剣には防御魔法が組み込まれているが、それは持ち主を限定して作用する」
持ち主は一人しかいない。
僕だ。
「お前さんが持てば、その短剣は最強の盾になる。他の奴らが持っても、あまり意味はないかもな。ただ、恒常的な魔法で、短剣がお前さんから離れていても、短剣を破壊するのはほぼ不可能だろう。そもそもの頑丈さに加えて、自己保存のようなイメージで、魔法が発動する」
「つまり、他人に渡しても意味がない?」
「ただの短剣としての意味しかないな」
そんな話をしていると、検査装置が動きを止め、自動で待機状態に変わった。どうやら終わったらしい。
僕は短剣を受け取り、改めてしげしげと見る。
見た目よりも軽い。そして変な手触りだ。骨のような気もするけど、もっと滑らかで、吸い付くような感じを受ける。
「検査の詳細は上に報告するのと同時に、お前さんにも伝えるよ」
「うん、ありがとう」
腰の鞘に短剣を戻すと、いつの間にかすぐそこに、エタニアが立っていた。
「私の剣の検査記録があるだろう?」
突然、エタニアにそう言われたエドワルドはといえば、悪びれた様子もなく頷いている。
「四年前に検査させてもらったのを覚えている。もちろん、記録も残っている」
全然、知らなかった。エタニアの剣を、エドワルドは知っているんだ。予測してしかるべきだったかも。
「照らし合わせたか?」
「もちろん」
「そっくりだっただろう?」
エタニアの言葉に途端に、エドワルドが難しい顔になる。
「エタニアの剣とは、少し違うな。材質や性質は非常に似ている。でも、決定的に違う部分もある」
「何?」エタニアの顔に真剣な色が浮かぶ。「どこが違うか、教えてくれ」
「エタニアの持っている剣は、防御よりも攻撃を重視している傾向にある。つまり、攻撃魔法が練り込まれてる気配がする。全ては解明できないが、その傾向だろう魔法回路が含まれているんだ。しかし、咲耶の短剣には、攻撃の要素はない。全てが防御に振り向けられている」
僕が無意識にエタニアを見ると、彼もこちらに同時に視線を向けた。
見つめ合うような感じで、しばらく、無言。
エタニアの方が視線を外し、エドワルドを見た。
「報告書を待っている。行こう、咲耶」
「え、あ、うん。エドワルドさん、また、そのうち」
別れもそこそこにエタニアが部屋を出て行ってしまった。僕はエドワルドの苦笑に見送られつつ、外に出た。
通路には数人の科学者が行き来しているけど、余裕があるので、僕とエタニアは並ぶことができた。
「あのドラゴンは僕に何を求めたんだろう?」
「何も求めちゃいないさ。ただのお守りだろう」
そっけないエタニアの返事。
僕はそれに反論しようとしたけど、それはできなかった。
突然、通路にサイレンが鳴り響く。エタニアも僕も足を止めていた。館内放送が流れ始める。機械の合成音声だ。
『敵性体の攻撃を受けています。防衛部隊は配置についてください。一般職員は定められた避難場所に退避してください。現在、危険度を分析中です』
どうやら避難訓練でもないらしい。
「たまたま僕たちがいた、という感じかな」
何気なく、僕たちが目当ての攻撃ではないかと思ったので、そう言ってみたけど、エタニアは無言だ。何か言って欲しい。
地下通路は途端に人の出入りが激しくなる。サイレンは鳴り止まない。
「僕たちも避難しようか。防衛部隊は精鋭だよ」
「それが妥当だろうな」
というわけで、僕たちは近くの職員を呼び止め、一緒に避難できるか聞いてみた。男性の職員で、相当、慌てていたけど、ちゃんと答えてくれた。来客者用の避難シェルターがあるらしい。
彼はそこまで僕たちを連れて行ってもいい、と言い出したけど、僕はそれを断ることにして、エタニアと一緒に教えられた方へ進んだ。
来客を誘導する係員に出くわして、それで何の問題もなく、シェルターに入ることができた。
小さな部屋で、扉が分厚いので頑丈さがよくわかる。
円形で、壁際にベンチがある。シートベルトも付いていた。
まるでこのまま宇宙に放り出されるようなイメージだ。
先客は四人いた。男性が二人と女性が二人。四人ともが背広を着ていて、落ち着かなげだ。
僕たちも彼らと一緒に椅子に腰掛けた。シートベルトも一応、つけるべきだろうか。四人を見ると、四人ともがシートベルトをしていない。まぁ、そんなものかもな。
係員が声をかけて、扉を閉めてくれた。途端に喧騒が消えて、シンとする。
僕とエタニアは口をつぐんでいたけど、四人がおしゃべりを始めて、どうもそれは恐怖の裏返しらしい。落ち着くために喋っているようなものだ。
と、ガタンと部屋が揺れたので、彼らは話すのを中断し、周囲を見回している。僕とエタニアは視線を交わして、どうやら襲撃は相当な激しさらしい、と気付いた。
今、わずかずつだけど、シェルターが下降を始めている。
実際に体験するのは初めてだし、噂程度の知識しかないけど、騎士団の総本部のビルの地下は、特別に張り巡らされた通路で外部と通じているという。
緊急事態の時、首脳部や有力者、情報などを保護するため、地下に設置されたシェルターやカプセルが、地下経路で逃げることを想定している。
たった今の衝撃は、シェルターが動き出した反動だと思う。
この先、どこに向かっているかはわからないけど、シェルターが本部から離れていくのは確実で、緊急事態は正真正銘の緊急事態というわけか。
おしゃべりが再開されても、僕とエタニアは黙っていた。
彼が何を考えているかは知らないけど、僕が考えていたのは、いったい、誰が騎士団の総本部を攻めているのか、ということだ。一瞬の衝撃しかない爆破テロなどとは違うんじゃないだろうか。もし一回こっきりの攻撃なら、シェルターを移動させる理由がない。
つまり、継続的に攻撃を受けている、と推測することになる。
でも、エタニアに言ったように、騎士団の総本部の防衛部隊は精鋭中の精鋭だから、容易には突破も撃破もできないだろう。
何せ、エリートとされる銀狼騎士団の中でも優秀なものが選抜されることが多いため、銀狼騎士団でも他の騎士団でも、防衛部隊のスカウトマンを、草刈り屋、などと呼ぶくらいだ。
防衛部隊に入ればほとんど実戦もなくて退屈だ、とかどこかで聞いたけど、そんな彼らも今、久しぶりの実戦で、かつ、強大な相手がいるのだから、やる気は十分、戦意も十分、と思いたいところだな。
「そろそろかしらね」
突然、女性の一人がそう言ったのが、はっきり聞こえた。
無意識に彼女を見ると、その顔がゆっくりと崩れる。
驚きが消える前に、その顔は馴染み深い顔になっていた。
榊玲子!
即座に反応したエタニアよりも、彼女の方が早かった。
彼女の手から飛び出すように現れた白い剣が、えタニアの胸を刺し貫いた。
(続く)
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