ドラゴン

第8-1話 密林の中で

 その情報を受け取ったのは、現地に着いてからだった。

 もちろん、出し惜しみではなく、任務は続行で、そこに追加情報があった、というわけ。

「今度ばかりは、見逃すわけにはいかないね」

 僕の言葉に、小さく、エタニアが頷いた。

 実に奇妙な任務ではあった。南米の密林の中に生息するドラゴンの調査。騎士団の調査部門には専属の武装組織があり、彼らは大鷲騎士団と呼ばれる。だから、ドラゴンの調査には調査部門の捜査員と、その護衛に大鷲騎士団の団員が編成されていた。

 僕とエタニアはいわば後詰めで、今になってみれば、必要ないような立場だったけど、あるいは騎士団は、今回のような展開を最初から意識していたのかもしれない。

 実際、意識していたとわかったのは、南米の某国の空港で、大鷲騎士団の連中と別のヘリコプターに乗せられた時だ。超長距離を飛行できる、特別製のヘリコプター、そのうちの一機にただ僕とエタニアだけが乗ったのだ。

 そんな無駄を決行するほど、騎士団は本気らしい。

 さて、その任務というのは、今まさに飛び立つところの某空港で防犯カメラが撮影した女性を追う、という任務だ。

 いつか見た画像と酷似している。

 天津夫人、いや、榊玲子だった。今回も別人の名義で入国している。堂々と姿を変えないのは、理由があるのか、ないのか。

 今回、榊玲子は正体不明の男性と、空港を出て、そのまま密林へ消えてしまった。

 さすがに騎士団も本気になり、密林に接する国の空港をきっちりと押さえている。大きな包囲網ではあるけれど、榊玲子とその協力者が正規のルートで脱出するのは困難だ。

 それにしても、騎士団の調査部門がドラゴンの調査をするのは、どういう偶然だろう?

 どちらにせよ、僕たちにも明確な仕事が発生したわけで、ちょっとは張り合いがある。

 ヘリコプターが飛び立って、数時間は退屈だった。通信制の大学の単位がかなり怪しいので、必死になって勉強するけど、さて、試験を受けられるだろうか。

「そろそろ目標地点だぜ、お二人さん」

 操縦席から、貨物室へ連絡。エタニアが立ち上がり、荷物を整理する。僕も同じようなことをして、装備もきっちりと身に付けた。

 同じ貨物室にいた係員が、僕たちのパラシュートその他を確認してくれる。

 着々と準備が進み、空気圧の調整の後、ハッチが開いた。ものすごい轟音が、ヘルメット越しに響いてくる。

「幸運を!」

 そんな声を受けて、僕とエタニアは空中に放り出された。

 何度も訓練しているので、スムーズに降下、開傘、今度は緩やかな降下。眼下に広がるのは緑一色の密林だ。

 その中に降りていき、パラシュートが木に引っかかる。少し振り回されたけど、大丈夫だった。僕と繋がれて一緒に落とされた荷物も、見えるところにある。やはり引っかかっている。

 パラシュートを体から切り離し、木の枝も利用しつつ、地上へ降りた。荷物の方はリモコンでパラシュートを切り離すと、ドスンと地面に落ちた。

 さて、エタニアは、と思うとこちらへ歩いてくる姿が見えた。すでにバックパックを背負っていて、片手に散弾銃を提げている。

 僕も荷物から必要なものを引っ張り出す。すでに荷造りの終わっているバックパックと、散弾銃、その弾を身に帯びる。現在地点を騎士団に知らせる発振器も確認、正確に機能している。

 食料品はバックパックに入っているので、検める必要はないな。

「さっさと行くぞ、咲耶」

 珍しくエタニアが急かしてくるので、僕は頷いて、支給品のゴーグルをつけた。エタニアもつけている。

 ゴーグル越しに周囲の熱源がリアルの視界に重なって表示され、さらに矢印で進行方向すら示される。

 今回の任務の詳細は複雑ながら、大雑把に言ってしまえば、山狩だ。

 一方からは正規の調査任務の大鷲騎士団が進む。別働隊の僕たちが連中に駆り出された奴らの頭を押さえる、ということ。もちろん、二人だけでは無理なので、僕たちとは別行動の、大鷲騎士団の別働隊もいると聞いている。

 密林の中を進む。未開と言ってもいいので、下草を払うどころじゃない。エタニアも僕も、散弾銃を背中に固定して、片手には荷物にあった鉈を握って、切り拓くようにして先へ進んだ。

「こんなところに用があるとは、本当に奇特な人間だよ」

 ほとんど喚くように僕が言うと、エタニアが「そうだな」とやけに冷静に答えてくる。

 そんなわけで、密林の探検行は何もないまま、変わらない二日が経過した。

 変化は突然だった。

「咲耶」

 エタニアが急に呼んでくる。僕は彼の後ろに従って、進んでいたので、彼の体の横からそれを見た。

「わお」

 思わずそんな声が出た。

 密林の中に、突然、神殿のようなものが現れていた。

 石積みで、ピラミッドに近い。でもだいぶ傷んでいる。

「事前の調査報告であったっけ?」

 僕はゴーグルの中の表示を確認する。なぜか、進路を示すはずの矢印がぐるぐると回っている。バグ、ではないと思うけど、ここは当初の目的地とは違う。

「ないな。しかし、無視もできまい」

 エタニアが神殿に向かっていくので、仕方ない、僕もついていこう。

 出入り口はあっさりと発見できた。ただし、草に覆われている。二人がかりで切り払って、どうにか一人が通れる道を作った。

 奥に入っても、もちろん、明かりなんてない。電気すらないのだ。

 エタニアが何かつぶやくと、前方に小さな光の玉ができて、通路を照らした。その玉はフラフラと先導するように進んでいく。魔法で作った擬似精霊だな、あれは。

 頼りない明かりを頼りに先へ進むと、少し広い部屋でにたどり着いた。それでも腕をあげれば、天井に指先が当たりそうだ。なんとなく、天井を見てしまう。

 これは……?

「棺がある」

 そうエタニアが言ったけど、僕は天井から目を離せなかった。

「エタニア、上を見てよ」

「上?」

 彼が上を見たのがわかった。

 この小部屋の天井には複雑な何かが描かれていた。絵と文字の組み合わせだけど、数式のようなものも見える。今まで見たことのない文字なので、意味は全くわからないし、数式のように見えるものも、数式ではないのかもしれない。

 しかしそれらはびっしりと天井を埋めていて、圧倒的な存在感だった。

 見ていると天井が落ちてくるような錯覚さえある。

「読める?」

「まさか」

「ここにドラゴンの絵がある。でも、これは普通じゃないな」

 僕が指差した先には、ドラゴンが描かれているが、不思議だった。

 首が九本ある。つまり日本でいう、ヤマタノオロチに近い。でもこんな密林の中で、日本と同じ神話が伝えられるわけもない。

「こちらは聖剣伝説かな」

 次に指差した先は、人間だろう存在が、十字架のようなものを前にしている。その十字架に手をかけているので、十字架は剣のように見えた。もちろん、僕の勘違いの可能性もある。

 と、エタニアが黙っているので、僕は天井からやっと視線を外して、彼を見た。

 彼は天井の一角を凝視している。

 何があるのかな? と思うと、そこには十二人の剣士が円陣を組んでいる絵だった。

「何か知っている絵だった?」

「昔話だよ」

「昔話?」

 エタニアが視線を下げると、少しのためらいもなく棺の蓋に腰掛けたので、僕はギョッとした。なんか、そんなことをしたら呪われそう……。

 そんな僕をよそに、エタニアが話し始めた。

「人外の中でも、最も高い知性を持つのがドラゴンだ。彼らは千年以上を生き、人間とは比べ物にならない知識を持つ。そして高貴で、公正だ。同盟の根幹も彼らだ」

「うん、それで?」

「ドラゴンの中でも竜王とも呼ばれる存在がいる。どうやって選ばれるかは、人間は知らない。だが、竜王になるドラゴンは、世界を滅せるとも言われる」

 竜王? 聞いたことのない話だった。

「その竜王には、十二体のドラゴンが護衛としてつく。これが、竜王の十二騎士、と呼ばれる」

 僕は改めて、エタニアが見ていた絵を見る。剣士は、十二人。

「この絵がその十二騎士なの? 人間じゃないか」

「そうだ。だから、私が知っている話とは無関係かもしれない。ただの思い違い、間違った連想かもしれない」

「うーん、でも、僕に話す程度には、確信があるわけだ」

 まあな、と頷いたきり、エタニアは黙ってしまった。

「面白いお話ですこと」

 僕とエタニアは同時に散弾銃を構えていた。

 小部屋に、いつの間にか人間が二人、入っていた。

 一人は知らない男、もう一人は、女性。

 榊玲子、だった。

「どうも私はまんまと罠にはまったらしいわね」

 僕たちはピタリと銃口を動かさず、相手を改めて観察した。

 さすがに密林を踏破する装備をしているが、榊玲子は武装していない。もう一人は、手に鉈を下げている。銃器はなさそうだ。ただし、見るからに敏捷そうで、油断ならない。

「銃を下げてもらえますか?」

「そちらが何もせずに拘束されたらね」

 僕の言葉に、榊玲子は微かに笑った。

「もっと面白いことがありますよ」

「何かな? 別に面白いことに飢えていないし、あんたが拘束されるのが一番面白いけど」

「ドラゴンに会いに行きませんか?」

 わけがわからない。

 反論しようとした時、ガタリ、と床が揺れた。

 地震か、と思ったけど、違う。さっきまで通路だった場所が壁になっている、いや、それも違う、通路に通じていた空白のその向こうを、何かが流れている。

 どうやら、この部屋は、エレベータだったらしい。どういう動力かは不明だけど、魔法なんだろう。

 僕とエタニアが銃を向けたままでも、榊玲子は穏やかなものだ。

 ゆっくりと加速の感覚がなくなり、もう一度、大きめの振動。

 通路が元通りになっていた。真っ暗で、何も見えない。

「どうぞ、こちらへ」

 懐中電灯を取り出した榊玲子が、男を連れて、通路を進んでいく。

 僕とエタニアは顔を見合わせるが、自然と、彼女の後を追っていた。

 空気が、やけに冷たかった。





(続く)

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