第7-2話 アクション

 一人きりで、狼を十頭ばかりとゾンビを三十体、撃退した。

 やはりゲームの趣向らしく、弾薬の補給があるし、中には弾倉が置いてあったり、それを装備するためのハーネスさえあった。

 一時間ほど、一人で放浪したけど、エタニアにはまだ会えない。

 ゾンビを五体、粉砕した後、また弾薬の補給があり、そこには飲み物もあった。罠を疑ったけど、しかし、ここで飲み物に毒を仕込む理由はない。

 ちょっと怯えつつ、飲んでみると、スポーツドリンクだった。やっぱりここは現実なんだ。

 少しくらい休んでもいいだろう、と判断して、床に腰を下ろした。

 それにしても、このままエタニアと別れたままだと、ちょっと困るな。戦力が分散するのは歓迎できないし。

 しかし、どういう条件で現実に戻れるかわからないけど、もしかして一人ずつでも戻れる? それとも二人揃う必要がある?

 飲み物を飲み終わって、立ち上がった。

 その時、背広のポケットの紙が邪魔だな、と何気なく考えた。

 そういえば、この紙は補給と一緒にあった。つまり何かしらの重要性がある?

 紙を広げてみると、さっきとは少し変わってる。

 紙には無数の線が描かれている。途切れ途切れだけど、碁盤目に近い。

 一箇所、見ている間に線が伸びていく。何だろう?

 しばらく紙を見ていて、なるほど、と腑に落ちた。

 この紙は地図なんだ。ゲームにおけるマッピングという奴。全体はわからないけど、紙に書かれている線は、僕とエタニアが辿った部分なんだ。今、線が伸びている地点は、エタニアが進んでいる場所だろう。

 試しに、紙を見ながら先へ進む。するとどうだろう、もう一箇所で線が伸び始めた。

 よしよし、いいぞ。これでエタニアとは合流できる。

 僕は小走りに通路を急いだ。碁盤目が基本だけど、通路には不規則性もある。見えない場所を推測しつつ、エタニアの位置を加味して、合流を急ぐ。

 エタニアはこの紙を持っていないはずで、つまり、僕の意図は知る由もない。それでも僕と合流しようとしているのは、線の具合でわかる。

 先読みすれば、会えそうだ。

 そう思った時、紙に変化があった。

 線の一部が、溶けるように消えている。

 何が起こっているかわからないけど、先を急ごう。

 駆け足で進み、ゾンビ、狼、ゾンビと撃退し、銃弾も素早く回収。

 やっとエタニアと会えるか、という時、線が消えている部分に差し掛かった。

 通路の明かりが消えている。そう思ったけど、違う。

 通路が消滅していた。

 つまり、地図から消えている部分は、もう存在しないらしい。

 慌てて地図を確認する。今、予定している経路は、早くしないと消えてしまうような場所にある。

 全力で走った。

 でも、間に合わなかった。

 前方の通路が消えている。エタニアはすぐ近くにいる、この空白の向こうだ。でも、反対側は見通せないし、声も響きそうになかった。

 エタニアの方も、通路の消滅に気づいたようで、とりあえず、消滅した領域から離れようとしている。

 僕は元来た道を引き返し、空白を避けて、先へ進む。けど、思ったようにエタニアには近づけない。それだけ巧妙に、通路の消滅が起こっているのだ。

 走りに走り、どうにか迂回したか、という時、目の前で通路が消えていく。

 くそ!

 思わず心の中で罵りながら、さらに迂回。だけど、また前方が消える。どうやらこのゲームのシステムは、相当、意地悪らしい。

 改めて迂回しても、また空白。だけど、今回は消えたばかりのようで、前方に何メートルかの間隙を置いて、通路が残っている。

 迷う暇はなかった。少し引き返し、助走をつけて、全力で跳んだ。

 体が宙に浮いた時、しまった、届かない、と感じた。

 でも、体は即座に反応した。

 拳銃を抜いて、引き金を引きっぱなしにする。指が自然とフルオートに切り替えていた。

 重なり合う銃声と、銃撃の反動でわずかに僕の体が軌道を変えた。

 通路に肩から落ちる。勢いで転がり、素早く立ち上がっていた。どうやら空白を渡れたらしい。今になって冷や汗が流れる。我ながら思い切ったことをしたものだ。命知らずとも言える。

 弾倉を交換しつつ、通路を走る。地図を確認。エタニアはすぐそこだ。

 通路を何度か折れて、エタニアの真正面に飛び出した。

 迎えたのは銃口だったけど、まぁ、こちらも銃を油断なく構えていた。

 エタニアは一人だった、当然だけど。僕に気づくと目を丸くして、しかし銃口は外さない。

「僕だって見えている?」

 こちらも銃口を外せないのは、なんとなく、このエタニアが本物かどうか、疑わしいからだ。彼もそう思っているのは気配でわかる。

「そちらこそ、私だと認識して銃を構えているのか?」

「お互い様だから、同時に銃を下ろそう」

 器用に銃口を動かさずに、エタニアが肩をすくめた。

「三」僕は即座に口にした。「二、一」

 二人が同時に銃口を下げる。どうやら善意というか、良心はある相手らしい。

 それでもエタニアは懐疑的な表情をしている。

「どうして私の位置がわかった? まるでここにいると知っているような顔だったが?」

「この紙だよ」

 言いながら紙を手渡す。胡乱げだった彼の顔が、紙を見て、何かに納得した顔に変わった。

「地図か」

「僕たちが選んだ道だけ浮かび上がっている。おっと」今いる場所が空白に迫られていた。「この空白地点は、例の真っ暗闇だよ」

「お前が来たあたりは、空白に囲まれているが、どうやった?」

「跳んで渡った」

「なに? 魔法でか?」

 うーん、説明しても信じてもらえるかな。

「ジャンプした、ってこと。単純にね」

 納得しかねるようだったけど、ここで問答をしているような時間はない。

「もし本当なら、オリンピックに出れるぞ」

「考えておこう。とりあえずは安全地帯へ行くとしようか」

 僕たちは駆け出して、空白地帯から逃れる。十字路や前方から狼やゾンビが出てきても、容赦なく撃破した。

 だけど、例の激しい地鳴りがして、再び、牛の出現が予感されて、不安になってエタニアを見てしまった。今度は離れ離れにならないようにしないと。

「さっさと逃げよう。今度は絶対に右へ逃げることにして。エタニア?」

 答えずにエタニアは落ち着いたものだ。むしろ、笑ってさえいる。

「エタニア?」

「ゲームと言ったのは咲耶だろう? なら、試してみよう」

 激しい音に振り返ると、例のホルスタインが通路を埋めて走ってくる。

 それに対して、エタニアが腰に釣っていた手榴弾を取ると、素早くピンを抜き、放り投げた。どこでてに入れたんだ?

 卵型のそれが牛の群れに消え、直後、爆音。通路が狭いので、爆風によろめいてしまった。さらにエタニアが次々と手榴弾を放る。

 連続した爆発が終わると、煙の晴れた後にはよくわからない塊がそこらじゅうにあり、しかし通路自体は破損していない。

「悪くない世界だな」

「どこで手榴弾を手に入れたの?」

「置いてあったんだ。ありがたいな。それにすっきりする」

 エタニアが銃を構えて先へ進む。残酷な奴だなぁ。

 少し進むと、床に何かが置いてあるのにがわかった。

 弾丸、弾倉、そして手榴弾だ。さっきの分は補充されていることになる。

 そして初めて見るのは、鍵だ。水晶でできたような、奇妙な鍵だった。

「鍵について心当たりは?」

 装備を身につけているエタニアに尋ねると、首を振ってくる。

 僕だって、何も思いつかない。

「脱出する時に必要なのかもね。どちらが持つ?」

「地図と鍵を別々に持った方がいい気がする。私が鍵を預かろう」

「危険を分散するってことだろうけど、了解したよ」

 頷いたエタニアが鍵を背広のポケットに入れた。

 そのままさらに前進し、地図の上の線はどんどん増えていった。一時間ほどは歩いただろう。

 でも出口のようなものは、さっぱり見つからなかった。ゾンビと狼はやってくるけど、もう問題にはならない。牛の方はもう出てこなかった。あれだけ徹底的にやっつけたわけで、打ち止めかもしれない。

 と、前方に突然、扉が現れた。行き止まりになっていたのだ。

「やっと出口か」

 扉を開けようとするが、開かない。鍵がかかっている。エタニアを見ると、彼は素早く鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

「む?」

 鍵をひねろうとするが、動かないようだ。

「どうしたの?」

「ここの鍵ではないらしい」

「どういうこと?」

 鍵を抜いて、エタニアが扉を揺するが、もちろん、開かない。

「もう一本、鍵があるんじゃないか?」

 そんなことを言い出したので、僕は慌てて地図を確認する。今までに踏破した地点の線のうち、四割はすでに消えている。残り六割のうち、二割ほどは間もなく、消えるだろうと予測できる。

「どこに鍵があるかもわからないのに、どうしたら……」

「仕方ないだろ、咲耶」

 と、エタニアが口を開いたところで、僕たちはそれに気づいた。

 こちらに向かって足音がした、と思ったら狼の群れとゾンビの群れの混成部隊が押し寄せてくる。

 トークしている暇はない。

「弾薬は充分かな、エタニア」

「惜しむつもりはないさ」

 こうして銃撃と爆発の嵐が吹き抜けることになった。



(続く)




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