不可解なゲーム
第7-1話 ゲーム
「ちょっとしたゲームだよ、気楽にやろうぜ」
僕の前に立つ、カウボーイそのままの服装の男は、古風なリボルバー拳銃を、手の中でくるくる回している。
「そんな暇はないんだけど」
僕がそういうと、男は不服そうな顔をして、音を立てて拳銃を腰に戻した。
「そうかい。しかし、そうは問屋が卸さないよ」
カウボーイが問屋などと口にすると、ものすごい違和感だな。
ここがどこかといえば、任務のために赴いた地方都市の、射撃練習場だった。もちろん、日本ではない。ヨーロッパの一角の国で、一応、銃規制は緩やかである。
僕の横に立っているエタニアは、動じた風もなく、男を見ている。カウボーイが珍しんだろう。そうでなければ、仕事に忠実に警戒しているかだ。
どうせ、前者だろうけどね。
「ここで不審な死亡事故が起きているのは、ご存知でしょう?」
「事故は事故だ」
取りつく島もない。
「あんたたちにもそのサービスを体験してもらえれば、よくわかる」
サービス?
「行くぜ!」
男がそう言って一瞬で腰から拳銃を抜き、発砲した。
もちろん、僕とエタニアも、それぞれに懐から拳銃を抜いている。
銃声が唐突に、途切れるように消えたと思ったら、そこは射撃練習場ではなくなっていた。
「どこ? ここ」
ビルの中の通路のような場所に移動していた。もちろん、一瞬だ。瞬きもしていない。
エタニアはといえば、拳銃を構えたまま、前後を確認する。
「建物の中だが、ドアがないな」
言われてみれば、通路はあっても、壁には一枚のドアもない。
「あの男の魔法かな」
僕は当たり前のことを言っていた。魔法以外にこんなことを実現する技術がないのは、当然だった。
「フレアの気配はどう?」
自分で探る手間を考えて、エタニアに尋ねる。彼が常時、ディアとフレアを感知しているのは、よく知っている。
ただ、反応は予想外のものだった。
「フレアが全く存在しない」
エタニア自身、信じられないらしい。口調でそれが伝わる。
僕にとっても想定外だった。
反射的に体内のディアを活性化させて、フレアを取り込もうとする。いつもは何かが感覚に引っかかるような感触があり、そこからフレアを引っ張っている。けど、今は、まるで手がかりがない。スカスカだ。
苦労しつつ、ディアの力で視覚を強化。
フレアの青い光が見えるはずが、何も見えなかった。しかしエタニアからは紫色の光が漂っている。彼自身の内部にあるディアとフレアが、自然と混ざり合っているんだろう。
僕自身の手を見てみると、ぼんやりと青いものをまとっている。ディアだ。
どうやら、本当に周囲にフレアは存在しないらしい。
「どういうこと? この世界はフレアに溢れているはずじゃないか」
エタニアがゆっくりと前に進み始める。通路は無機的で、どこか不気味だ。僕は離れないようにエタニアに続きつつ、自然と、背後を警戒した。
「あの男は人外とはっきりしていたが、どうやら空間を構築するのに長けているらしい」
「ここはあの男の作った空間、ってこと?」
「実に奇妙だが、言ってみれば、魔法無力化空間、って感じだな」
そうか、フレアがなければ、ディアと混合させて魔法に練り上げるという過程が成立しない。
つまり、ここでは僕はほとんど魔法を使えないわけで、身を守るには拳銃とナイフを使うよりない。
一方のエタニアは大丈夫そうだけど。
「君からフレアの気配がするけど、魔法で空間を吹っ飛ばせないの?」
「お前が巻き込まれる」
「巻き込まないようにやってよ」
「たぶん、空間を破壊されないように、もし強引に破壊すれば内部のものをそのまま消滅される罠だろう。だから、ここで私が空間を破壊すれば、お前は空間もろとも消え去ってしまう」
ぞっとしない話だ。
「こいつは……」
エタニアは足を止める。ちょうど左右に通路が伸びている行き止まりだった。
彼が左右を確認するので、僕も倣った。
「おいおい、これはまた」
左右に通路は分かれているわけだが、ここから見ただけで、通路には数え切れない分岐があり、碁盤目状のようだが、壁のせいで先は見えない。
まさに迷路だった。
「迷路は片方の壁に手を当てたまま歩き続ければ、いずれ抜けられるっていうけど、碁盤目では無理だね」
意味もなく僕がそう言ってもエタニアは反応しなかった。
「無視しないでよ。どうしたの?」
「何か来る」
え?
僕はエタニアが見ている方を見た。何かが床を打っている音が、確かにする。
と、角を曲がって現れたのは、真っ黒い狼だった。
こちらを見て、一直線に向かってくる。
「そういうことか……」
つぶやいたエタニアがその狼に向けて拳銃を発砲。しかし当たらない。
と、狼は弾かれたように揺れ、倒れた。
命中させたのは、僕だ。エタニアの銃撃は囮で、本命は僕。よくやるコンビネーションの一つだった。
恐る恐る、狼に近づくと、すでに絶命している。
「血が流れていない」
すぐ横にやってきたエタニアが、そう呟く。言う通り、狼は出血していない。
「人形かな? それにしては、リアルだったけど」
何か答えようとしたようだけど、エタニアは黙った。じっと、狼がやってきた方を見ている。
すぐには気付けなかったけど、僕にも理解できた。
「こいつはまずい」
僕たちが背を向けて走り出した途端、背後で複数の鳴き声が起こった。
肩越しに振り返ると、狼が四頭、こちらに向かって突進してくる!
距離を取れないので、僕は停止して、狙いを定める。
四連射。二発命中、狼が二頭、倒れ込む。
しかし残り二頭は向かってくる。
背後で銃声が起こり、二頭のうちの一頭がつんのめった。
だけどもう一頭は、僕に激突した。背中から通路に倒れた。息がつまるけど、抜かりはない。
「咲耶!」
「大丈夫、大丈夫」
僕は狼を押しのけて、立ち上がる。手のナイフを反射的に振って、血を払おうとするけど、そうか、そもそも血が流れないんだった。
首が半分ほど切り裂かれた狼は、動かない。
「変な感触だよ。生身なんだけど、どこか違和感がある。初めての手応えだ」
立ち上がって、ナイフを鞘に戻す。エタニアと歩きつつ、警戒して、銃を構え直す。
「夢の中、ってことはないよね? 幻覚とか?」
「それはない。それではむしろ逆になるはずだ。つまり、魔法で組み上げられた夢や幻なら、私たちの周囲に見えるものが、ディアで構成されることになる。今は逆だ。ディアは少しもない」
「そうか、ちょっと現実離れしているけど、現実なのかな」
分岐点にたどり着くけど、もちろん、僕たちには出口は見当もつかない。
「あれは……?」
エタニアが呟くと、一本の道を選ぶ。
床に何か落ちているのに、僕も気づいた。そこにあったのは、箱と紙だった。箱は開けてみると、銃弾が入っている。僕たちが使っている拳銃の銃弾と同じものだ。ありがたいことに、別の箱に弾倉もある。
「これで弾切れは考えないで済むね」
エタニアは紙を眺めている。僕もそこを覗き込むけど、理解できなかった。
紙には線が小さく書いてあるだけで、意味がわからない。文字になるようでもない。
なんだろう?
「とりあえず、先へ進もう。これは渡しておく」
そう言ってエタニアが紙をこちらへよこしたので、僕はなんとなく、それを受け取って、筒にして背広のポケットに差し込んでおく。
銃弾を補充し、先へ進む。狼の襲撃は、今のところ、ないらしかった。
「いったい、あの人外は僕たちに何をしようとしている?」
「ゲームと言っていたから、ゲームなんだろう」
「ゲームねぇ」
分岐点が来るたびに、適当に道を選んで進む。エタニアが先へ行くので、彼に任せきりだけど、同じところに出ないように選んでいるようだ。
と、前から何か現れた。
人間のようだが、見るからにゾンビだ。全部で五体。
僕たちは容赦なく、撃ち倒した。悪臭さえも再現されているので、そそくさと離れたけど、そう、体が破壊されて肉片は飛び散っても、血は飛び散らない。
血という存在がない世界なのか?
少し進むと、また床に何かが置いてある。今度は銃弾の箱だけだった。
「まるで実戦形式の射撃訓練だな」
そんなことを呟きつつ、エタニアが箱の中身を回収する。
「まさに、それなのかもね」
とっさに僕がそう言うと、エタニアがこちらを振り向いた。真面目な顔だ。
「どういうことだ?」
「え? だから、実戦形式の射撃訓練、ってことだよ。仮初めの生命の、動く標的。こちらが撃つのは実弾。その上、魔法というインチキは絶対に禁止。そういう訓練、だけど、まぁ、言い方を変えれば、ゲームとも言えるよね。どう?」
ふむ、とエタニアが頷いた。
「鋭い視線かもしれん」
ちょっと得意な気持ちになりつつ、僕は何かを見落としている気がした。
これがもしゲームなら、何かが欠けている。何だろう?
「来たぞ」
床を何かが蹴る音。ただ、さっきと比べると、まるで違う。激しすぎる、超濃密な地響き。
すぐにそれが視界に現れた。
牛だった。白黒模様のホルスタイン。ツノも何もないが、それには大きな意味はない。
牛の群れが、通路を埋めていた。
銃弾程度で止まるわけがない。
「逃げろ!」
僕たちは牛に背を向けて走り出した。
十字路にぶつかり、横に飛び込む。前に進み続ければ、遠からず、牛に踏み潰されていた。
だけど、飛び込んだ方向が、問題でもあった。
僕は右、エタニアは左。
つまり、離れ離れになった。
牛は直進するのが大半だが、横に入ってくるものもいる。いつまでもそこにはいられない。
声を掛け合う間もなく、こうして僕たちは引き離されてしまった。
(続く)
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