第4-2話 船の上の戦い

 僕は懐から拳銃を抜いて、エタニアに声をかける。

「一般乗客への被害は許されないよ」

「奴らに言ってくれ」

 仕方ないな。

 僕は前方に向かって飛び出しつつ、拳銃を構えた。背後でエタニアも動き出したようだけど、見ることはできない。

 女性客に向かって容赦なく発砲。消音器による、かすかな銃声。

 が、予想外の方法で弾丸が止められた。

 女性の体が膨れ上がり、漫画の中のような筋肉質なそれになると、その分厚い肉で弾丸を受け止めてる。

 服は全て千切れた。

 女性の裸だ、ワーイ、と喜べる光景ではない。ものすごいグロテスク。

 照準を即座に変え、引き金を繰り返して引く。

 狙うのは筋肉のない部分、目や口、鼻だが、これは見え透いていたから。腕が掲げられ、太すぎるそれが銃弾を防いでいる。

 その間にも僕は前に進んでいるので、間合いは見る見るなくなる。

 銃弾の弾倉が空になる、即座に排出し、新しいものを叩き込む。

 ただ、ここで相手の拳の間合いに入っていた。

 身を沈めて、振り抜かれる拳を回避。まるで頭蓋骨を粉砕する意図があるような一撃だ。

 通路が狭いので、逃げられる範囲がない。

 背中を壁に当て、横移動。女の拳が次々と壁に穴を開ける。一発が近くのドアを直撃し、吹っ飛んだ。ドアを失った部屋の中で、中年男性が呆気にとられているが、いつまでもそれを観察する暇もない。

 相手の蹴りが唸りを上げたのを、僕は床を蹴って、天井に張り付くように飛び上がる。

 これは読まれていたらしく、拳が狙ってくるが、こっちはそこまで読んでいる。

 天井を蹴って、今度は急降下。

 明らかに女は僕を見失っている。

 まったく、こんなに船を壊して、どういうつもりか。

 僕は相手の膝に銃口を押し付ける。高速で引き金を引けるだけ引いて、連射。

 膝小僧は筋肉が薄い。強化されている靭帯も、関節という機能を維持するがために、他よりは弱い。

 結果、十発の弾丸をほぼ一度に受けた女の左膝は粉砕された。

 バランスを崩しながらも、女がこちらへ腕を叩きつけてくるがそんな雑は攻撃は意味がないよ。僕も舐められている。

 腕を掴みざま、相手の勢いを利用して振り回す。

 結果、女は頭から壁に突っ込み、そのまま肩まで埋まった。

 思った以上の結果が出ちゃったけど、もしかして、この船の大破損は、僕の責任か?

 女の体がしぼみ始め、どうやら意識を失ったらしい。

 エタニアはどうしたかな、と振り返ると、彼は僕よりも残酷だった。

 例の男は両手両足を破壊され、エタニアに踏みつけられていた。

「実はものすごく嗜虐趣味だったりする?」

 僕は服装を整えつつ、拳銃の弾倉を入れ替えて、懐から手錠を二つ、引っ張り出した。魔法強化処理がされた、とんでもなく頑丈な奴だ。それで女を拘束しておく。きっと、破れない、はず。

 エタニアの方へ行くと、彼が拳銃を男の後頭部に押し付け、何か話しかけている。尋問と言いたけど、光景は明らかに拷問だ。

 おっと、例のドアがなくなった部屋の男性にフォローしなければ。

 部屋を覗くと、真っ青な顔の男性が、僕を見て歯をガチガチ鳴らしている。

「ちょっと船員を呼んできてほしいけど、行けますか?」

「い、行けます、行きます」

 男性がほとんど転げるように通路に出て、走り去っていった。僕を人間と思っていないような視線だったな。不服。

 やっとエタニアの横に立つと、足元の男が動いていない。

 まさか殺したのか、と思ったら、泡を吹いている。気絶したらしい。

 人外が失神するほどの言葉って、なんだろう?

「何か情報が手に入った?」

「榊玲子かはわからないが、どうも、反動分子の取引があるらしい」

「この船の中で? それとも目的地?」

「船の中だ」

 それはまた、最悪だなぁ。

「いつ? 詳細な場所は?」

「たった今だ。場所はカジノ」

「様子を見に行こう。向こうはこっちを知らないけど、こっちは向こうを知っている」

「榊玲子が天津春なら、私たちも知られている」

「そこは賭けだよ。いいじゃないか、カジノなんだ、それくらいの賭けはしても」

 というわけで、僕たちはグランド・ノア号の真ん中あたりにある巨大な空間を占拠するカジノへ向かうわけだけど、その前に、例の男性が船員を連れてきてくれた。まぁ、その時には激しい音に気付いた乗客が数人、集まっていて、遠巻きにしていた。

 僕たちは船員に身分を明かして、失神している二体の人外の拘束を任せた。船の損傷ははっきり言って素人目から見ても即座の修復は不可能で、まぁ、その辺は船員がなんとかするだろう。

 このお願いと一緒に、もう一つ、頼み事をした。この頼み事に、彼らは難色を示したけど、押し切った。

「私の目には」カジノへ向かう途中で、エタニアが言う。「あまりに賭けの要素が強すぎないかと見えるが?」

「そんなもんだよ、人生は」

「誰の言葉だ? それは」

 僕は堂々と答えた。

「木花咲耶の言葉さ」

 こうして僕たちはカジノへ踏み込んだ。様々な遊びが方々で繰り広げられる。スロット、ルーレット、ブラックジャック、ポーカー。

 乗客はここだけで百人はいそうだ。

 その中から榊玲子を探すが、なかなか出会えない。

 まぁ、これは予測していた。

「そろそろかな」

 僕が何げなくそう呟いた時、館内放送が始まった。

 それは緊急事態が発生し、乗客はそれぞれの部屋に一度、戻るように、という内容だった。

 乗客たちが遊びの手を止めて、それぞれのディーラーと賭け金について問答を始める。

 それでもパラパラと乗客がカジノルームを出て行く。その様子を僕たちはこっそりと眺めていた。想像よりも観察が難しいが、予定通りだ。

 船員と話をした時、即座に緊急事態を通知する、と言い出したのを、僕が十分だけ待たせたのだ。

 カジノルームにいるということは、金をかけている。金をかけているということは、緊急事態でもすぐにその場を離れるような人間は滅多にいない。

 ほとんど思いつきに過ぎないけど、実際は考えていた通りに、カジノルームの出入り口に人が殺到することはなく、まばらに扉をくぐる乗客を、一人ずつおおよその姿を確認できた。

 すっと、エタニアが進み出て、一人の女性の腕を掴んだ。

「騒がないほうがいい」

 そこにいたのは、まさに榊玲子だった。

 彼女はエタニアを見て目を丸くしたけれど、彼女の前と後ろにいた男の反応は、素早かった。

 エタニアが蹴り飛ばされ、そのままスロット台の列に背中から突っ込んだ。大きすぎる騒音が響いた後、乗客たちが息を飲んだ絶対的な無音が場を支配した。

 そしてそれから、悲鳴と怒号が起こり、ほぼ全員が出入り口に殺到した。

 全くの偶然だったけど、乗客が我先にと狭いドアに殺到したために、榊玲子と、二人の見知らぬ男の三人組は、その流れにうまく乗れなかった。

 と言っても、流れにわざと乗らずに三人を捉えている僕も、拳銃を抜くわけにはいかない。

 抜いたところで、撃ったら乗客に当たるだろう。

 それでも三人を逃すわけにはいかないのが、難しいところだ。

 瞬間、何かが宙を飛んだ、と思ったら、榊玲子の仲間の男が、顔を押さえた。もう一回、何かが宙できらめき、走る。今度はもう一人の男が手を振って、それを払いのけた。

 何が飛んだかと思えば、身を起こしたエタニアが、自分で粉砕したスロット台から溢れ出たコインを指で飛ばしているのだ。恐ろしく正確な飛び道具だった。

 そうこうしているうちに、乗客がおおよそ外に出て、ここで想定外の事態が起きた。

 榊玲子だけが、男二人を残して逃げ出した。僕はそれを追うことにして、何の言葉もなく、エタニアを残して通路に飛び出す。エタニアのことだから、うまくやるだろう。

 彼女の仲間の男がこちらに何かしようとしたけど、何も起こらなかった。エタニアの援護があったのだ。

 というわけで、通路に出てみると、逃げようとする乗客と、様子を見る乗客が押し合いへし合いしている。その中をするすると、榊玲子が進んでいってしまうのを、僕は必死で追おうとする。

 どこに向かっている? 自分の部屋ではない。どこだ?

 背後でものすごい絶叫を聞きながら、僕は振り返らずに榊玲子を追うことに専念した。

 エタニアが死ぬわけがない。

 それだけは確実だ。




(続く)

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