第3-2話 九死に一生を得る
意識を取り戻した時、僕は病院のベッドに横になっていた。
真っ白い天井を眺め、視線を横に向けると、騎士団の医療部門の制服を着た看護師が、そこにいる。彼女が振り返って、ちょっと驚いたようだけど、慌てはしない。
「具合はどうですか? ご自身の名前は言えますか?」
「木花咲耶」
軽く看護師が頷く。
「記憶は? 何を覚えていますか?」
えっと、どうしたんだっけ。
「家が、爆発した?」
「記憶は鮮明なようですね」
「あの後のことを覚えていないよ、怪我をした?」
頭に包帯が巻かれているが、痛みはない。あるいは薬物のせいで痛みがないのかも。鏡が見たかったけど、そういうものはここにはない。
看護師は落ち着いた様子で、機器を操作し、僕の状況を確認しつつ、話し始めた。
「あなたが意識を失ったのはおおよそ十時間前です。仕事のために訪れた場所で、爆破事件に巻き込まれました。あなたのパートナーが通報しました。頭部に爆散した建材の一部が直撃して、その直後は意識がありましたが、すぐに気を失った、と救急隊員から報告がありました」
そのことは覚えていなかった。何かが頭を打った気もするけど、思い出せない。
「天津さんは?」
看護師がかすかに笑みを見せた。
「私はほとんど情報に接する機会はありませんから、その方がどなたか、何をされている方か、存じません。然るべき方にお聞きになってください」
「爆破事件の被害者は?」
強引に質問をすると、看護師は困ったような顔になった。答えられない、ということか。
「死者は出た?」
しつこく食い下がると、さすがの看護師も、答えざるをえないと思ったようだった。詳細は知りませんが、と前置きして、
「お一人、亡くなられたそうです」
と、答えた。
一人?
質問を続けたかったけど、看護師は「医師を呼んできます」と出て行ってしまった。
けど、入れ替わりに入ってきた人物がいる。
長身の白人男性。エタニアだ。
「良かったな、頭が消し飛ばなくて」
開口一番、そんなことを言ってくる。
「これでも石頭なんだ」
「だろうな。盛大に吹っ飛ばされたのに意識があった時は驚いた。不死かと思ったな」
「それはもう良いよ。天津さんはどうなった?」
やっとエタニアの顔に真面目なものが戻ってくる。
「一人は最低でも死んでいる」
「一人? 天津さんと、奥さんの二人は確実に中にいたよ」
「爆発が酷すぎて、遺体を回収できないんだ」
ポケットから端末を取り出し、エタニアがこちらへ投げてくる。胸の上に落ちた端末を点滴の針が刺さっていない方の手で掴み、画像を確認する。
僕たちが訪れた家はほとんど根こそぎになくなっていた。
「どういう力が作用すれば、こんな威力が出る?」
僕の疑問にエタニアが鼻を鳴らした。
「二級程度の魔法使いでも、爆破属性に特化していれば、この程度はできるさ」
「天津さんには無理だ。じゃあ、奥さんが?」
「彼女は一般人として登録されている」
少し考えたが、可能性が見当たらない。
「天津さんが人外生物を違法に商っていた、というのが事実なら、その取引相手が、天津さんが確保される前に、事実の隠蔽を図った、という見方もできる」
僕のその意見に、エタニアは渋い顔になる。
「例の建物を覚えているか?」
「例のって?」
「家の隣にある、デカイ奴だ」
ああ、あれか。
「かまぼこ型の?」
「あの中を見れば、お前の意見も少しは変わるかもな」
なんだろう?
問いを重ねる前に、医師がやってきた。まだ若い女性で、医療部門に所属する医師の中でも新人だが、腕は確かだ。
名前は、夢野久子。
「エタニア、面会謝絶って言ったでしょう!」
エタニアがじっと見返すと、久子も睨み返す。しばらくの無言の後、エタニアが立ち上がって、部屋を出て行った。久子はそれを見て、舌をベェッと出してから、こちらに向き直った。
「咲耶ちゃん、具合はどう?」
彼女とは知り合ってそこそこだけど、僕の知人の中では図抜けて親しげに接してくる。
「だいぶ良いですね。エタニアが、頭が吹っ飛んでないのが不思議だって言ってましたけど、医師の視点で見ると?」
「ヘルメットを被ってた、と言われたら信じるわね。むしろ、ヘルメットがなかったとは思えない」
どうやら相当なダメージだったらしい。
「最新の医薬品を徹底的に使ったけど、副作用はないと思うわ。動物実験と治験によって保障されているから、安心して」
……騎士団の医療部門において、最新、というのは、試作、と同義だと僕も知っている。
「これから二週間は、二日に一度、検査を受けに来てね」
言いながら、久子は持参したケースの中から注射器を取り出し、何かの液体を装填すると、こちらへ向けてくる。
「これを打ったら、あなたも自由になれるわよ」
嫌な表現だな。自由になれる、って、まるで死ぬみたいじゃないか。
抵抗する間もなく、薬物を注射され、全身にビリビリと電流でも走ったような痛みが起こり、すぐに消える。
体が軽くなっていた。
久子に支えられて身を起こすと、確かに、楽になっていた。
「お仕事、頑張ってね、咲耶ちゃん」
「明後日まで生きてたら、また来ます」
手を振って久子が去っていって、僕は一人の部屋で身支度を整える。服は用意されていて、騎士団の標準装備で、新品だった。銃と折りたたみ式の警棒は、前の僕の持ち物だ。
きっちりとした服装で外に出ると、通路の壁にもたれて、エタニアが待っていた。
「あの医者は気に食わないな」
「向こうもそう思っているよ。で、これから例の場所へ行くの?」
「だいぶ捜査も進んでいるだろうが、まぁ、見ておいても損はない」
エタニアが歩き出したので、僕は彼の背中を追いかけた。重傷を負って十時間も眠っていたとは思えない、快調さだった。
建物は騎士団の運営する病院の特別病棟で、警備員が複数人立っているところを素通りし、出入り口のゲートを身分証で通過する。
駐車場に止められていた自動車に乗る、という段になって、その自動車がボロボロだということに気づいた。爆発に巻き込まれたんだろう。
「なんで乗り換えないの?」
「そんな暇がなくてな。運転がきついなら、私がやろう」
「うん、助かる」
自動車に乗り込みつつ、考えていた。暇がなかった? 十時間もあったのに?
走り出して、高速に乗ったところで、なんとなく想像がついた。
エタニアは、僕が眠りこけている間、ずっと病室の外にいたんじゃないか? だから車を取り替えることができなかった。でも、別に人に頼めばいいのでは? わからないなぁ。
僕がそんなことを考えて黙っている一方で、エタニアも何も言わなかった。
高速を降りて、昼間に走った道を進む。すでに夜だけど、街灯に照らされた道には見覚えがある。月明かりや民家からの明かりの中に、例のかまぼこ型の建物も見えた。
現場は騎士団によって封鎖されているし、報道記者も多い。ただ、記者たちは現場からだいぶ遠ざけられている。僕たちも車を置いて、徒歩で連中をかき分け、黄色いテープをくぐる。駆け寄ってきた騎士団員に身分証を見せ、相手の敬礼にぞんざいに返礼。先へ進む。
吹っ飛んだ民家は、映像で見るよりもインパクトがあった。
建物の痕跡が基礎くらいしかないし、周囲の民家の被害も甚大だ。例のかまぼこ型の方にも破損が見える。
「こっちだ」
エタニアに導かれて、僕はかまぼこ型の建物の方に入った。
「なんだ、これは……」
横手の入り口から中に入って、僕は思わず足を止めてしまった。
大きな建物のその空間には、無数の檻が設置されている。想像を絶する、異質な光景だった。
だが、人外生物はいない。
「捕えられていた人外生物は、ほんのわずかだった。すでに回収済みだ」
言いながらエタニアが少し先へ進み、こちらを振り向く。
「こんなもんじゃないぞ、覚悟しておけ」
どういうこと?
エタニアに先導されて、檻の間を進む。騎士団の捜査員たちが何人もいた。室内には、かすかな獣臭さと、薬品の匂い。
檻のスペースの先に小さな扉がある。複数の鍵が増設されている。全てが解鍵されていた。
何気ない様子でエタニアがドアを開けて入っていく。僕も遅れて、中へ入る。
「馬鹿な……」
そこにあったのは、実験室だった。
(続く)
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