第1-3話 強引な着陸
僕とエタニアで操縦席に向かった。
副機長がいるはずだという希望はあっさりと打ち砕かれ、彼は機長だった吸血鬼に全ての血液を吸われ、干からびてシートに転がっていた。
その死体を適当に片付けて、機長席に僕が、副機長席にエタニアが座った。
「飛行機の操縦の経験は?」
自分の席から持ってきたタブレットを手に、エタニアに尋ねてみる。
「あるわけがない」
そりゃそうか。
ほとんど意味がないけど、タブレットで騎士団のデータベースにアクセスして、操縦マニュアルやら何やらをチェックする。今の時点では、自動操縦で飛んでいる。
無線装置をいじって、近くの空港に連絡し、ハイジャックのようなものが起こった、と告げると、管制官がやたらしつこく質問してくる。ようなもの、では、事態がわからない、という主張だが、ここまでマニュアル通りの対応だと、こちらが不安になる。
仕方なく、騎士団と管制塔をつなげて、そちらで情報交換させるに任せた。
別に面倒くさかったわけではないけど、いや、半分は面倒だったけど、残り半分は、パネルの中の一つに事態の展開の予兆が見えたからだ。
その表示は、周囲の機影を表示する、レーダーの表示だ。
後方から何かが高速で向かってくる。その光点に数字が表示されているけど、マニュアルを読まないと意味がわからない。えっと、なんだ?
「ドラゴンだな。向こうのほうが早い」
向こうのほうが早いのは、僕でもわかるよ!
「迎撃する方法のアイディアはあるかな、エタニア」
「私がやるしかないのだろう? はっきりそう言えばいい」
「飛行機がやたら怖いようだけど?」
はっきりと心外だと訴える表情になってから、エタニアが立ち上がった。
「機体を安定させておいてくれ」
「え? どういうこと?」
「機外に出る」
そんな無茶な。
「他に方法はない。私を振り落とすなよ」
……保証はできなかった。
僕が答える前に、エタニアは操縦室を出て行った。その途中で副機長の死体からヘッドセットを外して、装着していくのが見えたので、どうやらそれを使ってやり取りはできそうだ。僕はマニュアルにあった、室内に用意されている予備のヘッドセットを探し出し、手に入れて装着する。
そうこうしている間に、レーダーにはもう一つ、光点が現れていた。
二体のドラゴンが相手とは、生きた心地がしないな。
「聞こえるか、咲耶?」
ヘッドホンからエタニアの声。
「聞こえているよ。敵は見えた?」
「やはりドラゴンだ。種類は翼竜。特性は鉱物だ」
鉱物?
「特性が鉱物だって? 火炎とか、雷撃、じゃないの?」
「そうだ。体当たりで来るぞ」
デタラメだ!
火炎や雷撃の特性のドラゴンによる遠距離攻撃も厄介だが、鉱物が特性のドラゴンも相当に手強い。
これは人外紛争で人類が嫌というほど味わった事態で、特性が鉱物のドラゴンは、全身を鉱物質の鱗で覆われていて、生半可な攻撃じゃ撃破できない。地上でも空中でも、厄介な相手だ。
しかも翼竜ともなれば、エタニアが言った通り、超高速で、強引に突っ込んでこられるだけで、単体では、ほぼ空を飛ぶ力を持たない人類には、絶対的な脅威になる。
「高度を下げろ。速度を稼ぐんだ」
冷静すぎるエタニアの声だけど、ごうごうと風が唸って、ほとんどかき消されている。
「吹っ飛ばないように気をつけてよ!」
「安心しろ」
安心できそうな口調だったので、もう気にしないでおこう。
自動操縦を解除して、操縦桿をグッと前に倒す。かなり重いけど、じりじりと動いた。機首が少しずつ下を向いて、速度計の数字がどんどん増える一方、高度計はみるみる数字を減らしていく。
突然、機体が激しく揺れた。操縦桿が手の中で暴れるのを、どうにか抑え込む。あまりに激しい揺れに危うくシートから落ちそうだったし、機体全体が軋むどころが、歪んだような錯覚が起こる。
「大丈夫っ?」
「一体、撃墜した」
僕は慌ててレーダーを見るけど、何も表示されていない。さっきの衝撃で壊れたらしい。反射的に高度計をチェック。こちらは正常に作動しているのなら、まだ余裕がある。
「こっちじゃ見えない。レーダーがやられちゃったから。もう一体は?」
「すぐ来る、今!」
再度の衝撃、今度はさっきより強烈で、ぐらりと機体が傾いた。今度は歪んだどころではなく、翼が片方、失われたような気がした。
ただ、墜落する予兆がないので、どうやら無事らしい。
「どうなった? 落とした?」
「ああ、きっちりと撃破したよ。ただ、機体の破損が激しい」
「え? え?」
気づくと、操縦桿がやけに軽くなっていた。
「左の主翼が半分、なくなった」
とんでもないことを、エタニアが口にする。
「それって……墜落するってこと?」
「しない。だが、不時着の必要は……、まずい!」
「え?」
エタニアの返事より前、僕が声を上げるのと同時に強烈な衝撃、三度目の揺れが起こった。今度は下から何かが突き上げてくるような感じだった。
どこかでドラゴンが鳴いたような気がした。
「咲耶、シートベルトは締めているな?」
ヘッドセットから冷静なエタニアの声。
「もちろんつけているけど、さっき、何が起こった聞いていい?」
「撃墜したはずのドラゴンが下から突っ込んできた。大丈夫だ、今度はちゃんと息の根を止めたから」
「心底から嬉しい報告だけど、その不意打ちでどうなったのかな」
僕は軽すぎる操縦桿でわずかにしか反応しない機体を感じ、それでもエタニアに真実を尋ねている。
だって、知ることって、重要じゃない?
そんな僕を知ってか知らずか、エタニアが答えてくる。
「右の主翼がやはり半分、失われた」
ふぅん、そうか。
「飛行機って、翼がそんなになっても飛べるんだっけ?」
「現に飛んでいるだろう?」
「不自然だけどね」
エタニアが真面目な口調で言う。
「実は、普通だったら墜落している。私が今、この機体を制御している」
「魔法で?」
「魔法でだ。だからもうそちらで操縦桿を握る必要はなくなった。シートに座って大人しくしていてくれ」
まったく、最悪な展開だが、最悪の最悪には陥らなかったらしい。
「任せるよ」
「無事に着陸できることを祈ってくれ」
「祈る」
こんなわけで、これから十五分後、魔法によって生み出された巨大な黒い翼のようなものによって、墜落必至のはずの飛行機は、近くの空港に降り立った。
乗客の死傷者は、ゾンビ化してしまった乗客と副機長。
鬼の死体と吸血鬼の死体は警察に回収されていった。
で、僕とエタニアがどうなったかといえば、現地の騎士団支部に出頭し、そこで魔法を使った超遠距離同士を結ぶ会議に参加した。
支部の騎士団員がエタニアを畏怖の念のこもった視線で見る一方、僕の方を見るときは、物凄い悪臭のためにすぐ視線をそらす有様だった。
何か違う。絶対に違う。
会議が終わってから、僕はわざと支部のシャワールームを決定的に汚してやって、憂さを晴らした。
支部の宿泊施設に部屋を借りて、やっと僕とエタニアは食事に出た。飛行機に乗る前にちょっと軽食を食べたくらいで、その時は昼前だった。今はもう日が暮れている。
「最悪な空の旅に乾杯、だね」
レストランの一角で、僕とエタニアは向かい合っている。僕がグラスを掲げると、彼も軽くグアラスを掲げた。
「しかもまだ本来の目的地に着いていないな。仕事はどうとでもなるが、お前の学業はより難しくなった」
「思い出させないでよ。どうにかなるさ」
「だと良いな」
食事が運ばれてきて、僕はウエイトレスの様子を伺った。が、ウエイトレスはエタニアしか見ていなかった。顔だけ見れば良い男だけど、正体を知らないだけだ。
「なんだ」ウエイトレスが離れてからエタニアが尋ねてくる。「あのウエイトレスに興味があるのか?」
「違う。いや、半分はそうだけど、まだ、僕が臭いかどうか、気になった。もう大丈夫そうだ」
「ゾンビと戯れるのは、私たちでもやらない冒険だ」
「好きで戯れる奴があるか」
これからは一日に三回は風呂に入ろうと決めて、僕は食事に取り掛かった。
「で、エタニアに尋ねておきたいけど」
「何をだ?」
「飛行機、苦手なんだろ?」
「ちゃんと着陸させただろう?」
僕は思わずにやけてしまった。
「でも、ドラゴンを一体、仕留め損ねた」
「リカバリーした」
「どうして二度目の攻撃を察知できなかったか、僕にはわかる気がするよ」
ムッとした顔で、エタニアがこちらを見る。でも何も言わない。
「はっきりさせようか?」
「無用だ」
どうやら触れてほしくないようだけど、僕がはっきりと言ってやった。
「下を見るのが怖くて、下から来るドラゴンを見逃したんだ」
「どうだかな」
エタニアは食事に集中する素振りを見せる。どうやら図星らしい。
これで、ゾンビ臭の復讐もできたし、見逃してやるか。
僕たちは黙って食事をしていたけど、エタニアが呟いた。
「もう飛行機は懲りた」
僕は笑いを堪えつつ、食事を続けた。
(第1話 了)
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