Ep.164 巫女と過保護と遭難と
ぽーんと空に投げ出された自分と先輩方を包むように、水の膜でくるりと周囲を囲む。巨大なシャボン玉のようなそれは雪原で数回弾み、少し転がって止まった位置で役目を終えたと弾け消えた。
途端に吹き曝しになった吹雪の中、ソレイユ先輩が叫ぶ。
「寒い寒い寒いっ、血が凍る!と言うか何が起きてここは何処な訳!!?」
(この方、一応国家の闇にも匹敵する影の組織で生きてきた人なんじゃなかったっけ……)
でも、これくらい“普通”のリアクションの方が親近感が持てる。散々寒いと叫びながらもルーナ先輩の肩に自分の上着をかける辺り良い人だ、と思う。
「ソレイユ、私は良いから。君は寒いのが苦手なんだから上着は自分で「流石にシャツとカーディガンのみのルーナの隣で悠々とコート着てるほど無神経で居られるか!」いやしかし……」
ーー……痴話喧嘩が始まった。極寒の雪山で吹き曝しのあわや遭難な状況なのに、お元気ですねお二人とも。
やっぱりブランにはついてきて貰うべきだったかな。夫婦喧嘩は犬をも食わないって言うけれど、もしかしたら猫だったら食べてくれるかも知れない。
『みこさま、だいじょーぶ?』
「ーっ!えぇ、大丈夫よ。皆、助けてくれてありがとう」
現実逃避しかけた私を呼び戻したのは、辺りを漂う妖精達だった。あの爆発の瞬間、この子達が我々を屋敷から外へと転移させてくれたのだ。先輩達は妖精が見えないし声も気配も感知出来ないので、何が起きたのか把握出来ていない様子だけれど。
「……くしゅんっ」
流石に寒いな、と、改めて張った水膜の内側でポケットから取り出した深紅の魔石に魔力を込めた。
ほわっと暖まった周囲の空気に、驚いた二人の痴話喧嘩が中断する。
「何それ!?」
「ライトに貰った、暖気を発する魔力の籠った結晶石ですよ」
「外気温を制御する魔道具は教会や魔導省にも多々ありますが、これはそれらを遥かに上回る代物ですね。とても個人で造り出すレベルの純度では……」
「本っっ当、嫌味な位の天才型だね。で、そんなおあつらえ向きの物を持たされてたってことは今の状況も君らの手はず通りって訳?」
そう向けられた疑惑の眼差しに首を振る。先程の爆破は私も完全に想定外だった。ただ、やった人には目処がついている。
「……なら、キャロル・リヴァーレだね。彼女はまだ保護されていないし、亡骸も発見されてない」
うんざりした様子のソレイユ先輩の言う通りだ。普通の魔導師だったんなら、そもそも襲撃前にお二人が気づいた筈だし。そもそも島民が皆避難した今、この島にはろくに人がいないのだから犯人は自ずと限られる。
「私もそう思います。そして彼女の目的は、“聖女の名を騙り王子様を奪おうとする悪者”の私より先に、この火山に居る番人から聖霊王の加護を得ることかと」
「ーー……っ!ってことは、やっぱり居るんだなここに!聖霊王の神具を護る、魔族に蝕まれたルーナを救える番人が!!!」
「ソレイユ止せ、姫様が痛がっている!」
ガッと両肩を掴まれた痛みより、立てていた仮説が合っていたことの安堵が勝った。
経緯はわからないけど、ルーナ先輩は魔族の呪いに苦しんでいて、ソレイユ先輩はそれを助けたかったんだ。だから教会に逆らえず危険な潜入任務も受けたし、頑なに彼女から離れなかった。
そんな折に夢物語だった筈の聖霊の巫女が現れたのだ、形振り構ってなどいられなかっただろう。
大事な者を亡くす恐怖は、私も痛いくらいわかるから。だから。
「原因はあとでゆっくり伺いますから、まずはルーナ先輩の呪いを解くためにも番人さんを探しましょう?さぁ、行きましょうか」
「いや、それなら尚更まずは装備くらい揃えないと遭難して凍死……ーっ!!?」
パカッと開いたリュックにパンパンに詰まった荷物に、二人があんぐり口を開いた。
「ライトが追加で作ってくれた暖熱魔石が100個、フライに貰ったどんな場所でも風を検知して目的地を示すコンパスに簡易食料、クォーツ特製の崖にぶつけると一時的に地形を階段みたいに変えてくれる魔鉱石(他、遭難しても助かりそうな諸々etc.)です」
「「フローラ《ちゃん/様》めちゃくちゃ愛されてますね!!?」」
『生きて帰れる気しかしねぇ』。彼等はこの時、そう思ったと言う。
「で、どこに向かうの?やっぱり山頂?」
「いいえ、逆ですね」
「“逆”と言うことは、地下ー…ですか?」
歩き出した私についてくる二人が怪訝になるのも仕方ない。神聖な山の守り人が頂上付近に居ると言うのは異世界でも共通認識なんだな。なんて事はさておき。
「確かに本来ならば、祠はより天に近い頂上付近に奉るのが妥当でしょう。ですが考えてみて下さい、異常気象のせいで非常にわかりづらいですが、この山は本来“火山”ですよ?」
ハッと、背後から息を飲む音がした。
「この島は炎の国、フェニックスの領域。常夏と呼べるほど島全体に熱を与えていた番人が住処として選ぶならば、頂よりも火口じゃないかと私は思います」
更に、島の調査でライト達が発見した地下通路。あれは、もしかしたらまさしくこの山の火口を目指した道だったのではないだろうか。だとしたら。
「……十中八九、居るね。火山口に」
「この島を常夏に保っていた“番人”が」
下に進むにつれて更に大きくなった妖精達に『こっちこっち』と導かれ、迷わぬ足取りで突き進む。
ライトの魔石で雪が溶け、更にクォーツの魔鉱石のお陰で綺麗に1本道となった私達の背後に着いてくる人影には、敢えて気づかないふりをした。
「さて、魔石のお陰で程よく暖かくて黙っているとぼーっとしちゃいそうですし、そろそろ伺っても良いですか?ルーナ先輩にかけられた“呪い”について」
「えらい気軽なノリで聞くじゃん……」
「取り繕うのも今更でしょう?今は一秒でも時間が惜しいんです。それに、人生の大半をノリと勢いで「あ、もう良いですわかりました」……ふふっ」
「はぁ……、貴女は本気で、我々が敵ではないとお考えなのですね」
「いくら背に腹はかえられない状況だったにせよ、うちの保護者さん達が私を一人で置いていった時点でお察しじゃないですか」
躊躇い無い私の返しに苦笑して、ルーナ先輩が腕につけていた長手袋を外す。その右手に現れましたのは、肘にまで差し掛かる黒い龍の刻印だった。強い魔力を帯びているのか、銀色のその瞳が生きているように見える。
「まだ魔導省に潜入する前……教会の指令で処分に向かった“悪魔の書”を開いた際に受けた呪いです」
その“悪魔の書”は黒地に銀の文字で綴られた、古びた魔導書だったと言う。遺跡から発掘されたそうだが、手にした者が例がいなく錯乱か変死と言う異常に見舞われた為に最期の持ち主の娘が教会に供養を求め持ち込んだそうだった。
「しかし、燃やそうが濡らそうが切り刻もうがどうにもならず……業を煮やした我々は、あれを自ら開いてしまった。その報いがこれです」
初めは、細い紐のような1本の筋が手首に絡み付いただけだった。それはすぐに彼女の手に定着し、宿主の魔力を糧として成長を続けていると言う。
既に彼女の精神面が時折蝕まれている症状があり、更にこのまま龍の成長が続けば魔力を吸い尽くされ最期には…………。
そう危惧した二人は、一縷の望みをかけて“聖霊の巫女”誘拐の任についたのだと聞かされ、やるせない気持ちになる。
「その呪いは……ーっ!」
会話の途中、急に足場が崩れた。ガクンと一瞬身体が傾き、咄嗟に張った水泡の中に三人で収まって、ゆっくりと下に落ちていく。
そこにあるのは、冷え固まり尖った岩肌の洞窟と、この世の闇を煮詰めたような漆黒の氷山だった。
~Ep.164 巫女と過保護と遭難と~
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