Ep.163 結局全ては“勘”次第

 魔導省本部、フライとクォーツが連行された塔の地下から三階までは、過去の重要事件の情報をまとめた資料室となっている。

 その三階にある隠し扉付きの部屋に忍び込んだところで、突然目の前の天窓が開き中に誰かが飛び込んで来た。驚いて叫びかけた口を塞がれ、身を隠すようにそのまま隠し扉の向こうへと移動する。


「わっ……んぐっ!!」


「騒がないで!僕だよ、いいかい?ゆっくり手を離すから、君は声をあげずにまずは息を整えるように」


 頷けばそっと離れた手に息をつき、とりあえず一言。


「何で外から降ってきたの……?」


「ーー……階段よりこの方が早いでしょう」


 絶対嘘だ、今のは嘘つきの間だ。さては階段が真っ暗で恐かったんだね……?


 そんなクォーツの疑惑的な眼差しから白々しく顔を背け、フライが壁一面に広がる幻影魔術の画面に触れた。


「ライトの読み通り、ここが管制室だったようだね。いや……監視室、と言うべきかな?」


 格子状に区切られひとマスずつ違う映像が写し出されているそれが、魔導省本部の現在の映像であることはすぐにわかった。ただし何かしらの鍵のような術が掛かっているようで、音声までは聞き取れない。

 フライが幻影魔術の要となっているであろう水晶の前に屈み、懐から取り出した羊皮紙をその下に敷いた。

 そこに印された術式に魔力を流せば、水晶の色が変わり静寂だった室内に一気に大量の音が溢れ出す。


「うわっ、煩っ!これ大丈夫なの!?勘づかれない!?」


「この部屋自体が結界に密閉されている以上、解除の仕方を知らない奴等には中で何をしようがわかりはしないよ。大丈夫」


 『とは言えこのままでは流石に聞き取れないね』と、フライは数多ある映像からより重要な役柄であろう人間の姿がある部屋のみの音声が聞こえるように厳選し始めた。

 クォーツは手持ち無沙汰となってしまったので、情報を書き留める為の手帳を開きつつも感心したように言葉を紡ぐ。


「この水晶に使った術式改変の魔法陣も、結界をすり抜ける為の魔法もライトが編み出したんでしょ?どうやったんだろう」

 

「あぁ、それは僕も潜入前に聞いてみたんだけどね……“勘”だそうだよ」


「勘でこんな宮廷魔導師長も顔負けの魔術がいくつも出来てたまるか!!」


「クォーツ、言葉遣い」


「おっと、失礼」


 小さく咳払いをしつつ、改めてこの場に居ない親友のポテンシャルに舌を巻く。


 と、そこで見計らったように映写機を通じて当の本人が話しかけてきた。


「集合」


「解散」


「おいフライお前この野郎」


「こらこらこら、喧嘩しないの」


 三人同時に笑ってから、気を取り直したように咳払いをしてライトが続ける。


「そっちは無事に発動出来たみたいだな、音声大丈夫か?」


「あぁ、問題ないよ。君は今どこに?」


「今回の件の裏取りは済んだから、一旦調査は中断して“帰り道”の準備。魔力回路の変更済んだら合流するから」


「……普通、宮廷魔導師を上回る魔力保持者が数人がかりで管理している施設の魔術回路なんてそう一朝一夕には書き換えられない筈なんだけどね。幼少期から同じ学院で同じ授業を受けてきたはずなのに、そんな技能を一体どうして会得したんだか……」


「いや、わりと勘だけど」


「またそれか!!」


「この天才肌め……」


 ジト目で顔を見合わせたフライとクォーツに苦笑するライト。


「あのな、“勘”ってのはそれまでの経験から導きだされる無意識下に置ける判断力だ。何の裏付けもなく出来るわけないだろ?」


「「それは確かにそう」」


「おい同調やめろ笑う。見つかるだろ」


 これまでライトが以下に人並み外れた知識を詰め込んできたか間近で見てきた為に、間髪入れずにそう答えていた。そんな親友達に笑いを噛み殺したライトが、『一旦切るわ、そっちは任せた』と画面から姿を消す。




(そもそもライトって、公の場に顔を出したのも僕とフライより二年遅かったんだよね。四大王家の男児なら国を問わず3歳には一度お披露目の場を設けるのが慣例なのに……)


 その辺りの事情も含めて彼が潜入前に言っていた、『俺自身把握しきれてない過去』の範囲なのだろうか。

 


 今回、魔導省潜入と言うある種の禁忌を犯すに当たり、二人はライトに理由の提示を求めた。それに対する彼の返事がこうだ。



 自分はフェニックスの王宮で生を受けていない、王室に迎え入れられたのは四つの歳の誕生日を迎えたばかりの時だった。

 宮廷入りの前はとある山岳にある小さな村のような地に母と身を寄せていたが、その地に纏わる情報の一切が不明。調べてもまるで手がかりがない。


 そして、その地で起きたとある事件により母を亡くしたライトは魔導省にて保護された。少なくとも、表向きは。


「でも実際には保護なんて名ばかりで、監禁されて色々調べられた挙げ句に記憶まで弄られるだなんて……こう言ってはなんだけど、そんな壮絶な目にあってよく人格歪まなかったよね」


「“記憶を奪われたから”、かもしれないよ」


 含みのあるフライの返しにクォーツが首を傾ぐ。が、真意を聞き返そうとした口を指先で押さえられた。聞きたい情報があったようだ。


「部屋の場所は?」


「上から四列目の左端。見た限りは魔術具の保管室だね」


「了解。音声をそこに絞るよ」


 わずかなノイズ音の後、ピントが合わさったようにその部屋の二人の老年の男の会話がはっきりと聞こえ始める。


『いやはや、まさか三人同時に脱獄とは……まんまとしてやられましたな』


『ふふ、若者は無謀なものよ。逃げ出したとて、本部は離島。所詮、袋の鼠であろうにな』


(流石にバレたか……派手に暴れすぎたかな)


『一度は逃がした格好の“獲物”を、あの方が見す見す逃すまいよ』


『しかし……あの小わっぱは中々賢しいでな。あまり好きにさせぬ方が……』


『なぁに、抜かりはない』


 嫌な笑い方に嫌悪感を覚える。見られているとも知らずに、男達は更に奥まった部屋の床へと強く一歩、踏み込んだ。


 ブワッと一面が紫色になり、揺らいだ煙が人の形を為す。


 シルエットでもわかってしまうそれは、今しがた話していた親友の、ライトの姿で。自分の顔から血の気が引く、嫌な感覚に震える。


『小僧の一番忌まわしき記憶は、魔力の核の一部と共に我らが手中。加えてあの小僧の魂はこの夢魔が順調に喰ろうておるでな。そう長くは持つまいて』


 ライトの姿の煙が、大きくうねり弾けて消えた。


    ~Ep.163 結局全ては“勘”次第~

 


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