Ep.165 迷える者

 朱雀島の伝記、付近の海図と島の見取り図。魔力磁場のグラフにパラミシア語の早見表。

 そして、12年前の忌まわしい事件の資料をかき集めてようやく二人との合流場所である管制室へと向かった。……ら。


「うわぁぁぁぁぁっ!!悪霊退散!!!」


「は!!?」


 扉を開いた瞬間、盛大に塩をかけられた。何の真似だ。


「クォーツ、落ち着きなってば……」


「だってだってだって!あの悪夢がまさか呪いから来てただなんて思わないじゃないか!!ライト大丈夫!?悪霊取れた!?て言うかちゃんと中身ライトだよね!!?」


「ーー……頭でも打ったか?」


 そんなに揺さぶるな、痛い。

 一歩離れた所から傍観しているフライにクォーツの顔を指差して事情を問えば、『先日から君を蝕んでいた悪夢の件で収穫があったんだよ』と嘆息された。


 待機の間この管制室から情報収集に当たっていた二人は、目をつけていた一室での老父の会話により俺の見ていた悪夢の原因が、彼等の差し向けた夢魔であること。また、悪夢を繰り返し見る度に俺の自我をその夢魔が蝕み乗っ取ろうとしている呈の計画を耳にした、と言うことらしいのだが。


「ひと仕事終えてようやく合流した親友に塩ぶっかけられた俺の気持ちを30文字以内でおさめよ」


「国語か?」


「だって悪霊には塩でしょ!」


「それは本来アースランドだけの風習なんだよなぁ……。ってかこの塩どっから出した?」


「何かあったときにゴーレムの材料になるかなって少しだけ持ち出してきた地下牢の土を魔力で水分と不純物に分解した後、不純物の方に混ざってた塩分のみをフライに風で撹拌かくはんしながらより分けて貰って出来た出来立てほやほやの純塩だよ!!」


「その魔力と熱意は出来たら調査の方に当ててほしかったな!!!~~っ、あー、服の中ジャリジャリ言ってら……」


「ごめん、止めようと思えば止められたけど自分の好奇心に負けた」


「己の愉悦の為に友を売りやがって……!」


「はい、塩作りの過程で出た水でハンカチ濡らしたからとりあえず拭きなよ」


「なぁ本当何してたのお前ら!!」


 しかしながらハンカチは有難いので素直に受けとると、フライの指先が凍るように冷たい事に気づく。


「………おい、お前まさか」


「あ、ごめん。自分が純度100%のライト・フェニックスであることを証明するまでは一定の距離を保って貰える?」


「そうだった、こいつホラー全般ダメなんだった!!!」


 その後、15分程幼い頃の三人しか知らない話を一問一答式で答え続け、ようやく信頼を勝ち取った。









「お前らが実際何を聞いたかは知らないが、本来精神干渉の魔術は非常に扱いの難しいものばかりだ。一番手近とされる“魅了”ですら成功率は半分程度なのに、人格のすり替えなんてそう簡単に出来るわけないだろ」


「でも!悪夢はまだ見続けてるんでしょ!?」


「そうだよ、油断大敵と言うでしょう。それに、僕らはその悪夢とやらについてもまだ内容すら聞いてないんだけど」


 『それこそ母君を亡くした際の記憶に関係しているんじゃないのか』と言うフライの問いかけに頭を振る。回を重ねる毎に鮮明さを増すあれは、俺の記憶ではない。


「とにかく!夢魔自体の対策はしてるから大丈夫だから。それより……ーっ!!」


 入手した資料のすり合わせをして、抜けがないならさっさと脱出しよう。そう口に出すより先に、下から突き上げるような重たい衝撃で体勢が崩れた。


 転移魔法特有の胃が浮くような嫌な感覚に、飛ばされる前にと咄嗟に床を炎で貫く。幾重に重なった階層を突き抜け一気に下ったその先は、先程まで居た地上の筈だった。


「ーっ!!?ちょっ、何これ!生け垣……?」


 始めに降りたクォーツの愕然とした声に顔を上げれば、目の前に聳え立つ深緑の壁。大人の背丈を優に超えそうなそれが、複雑に入り組み本部全体を覆っていた。まるで迷宮だ。


「侵入者対策の魔法かな。幻影か、大地魔法の応用による地形操作か……。なんにせよ、この程度の木なんて……!」


「ーっ!フライよせ!無闇に手を出すな!」


 静止の声は間に合わず、フライの手を離れた突風が最初の行き止まりだった木の壁を切り裂く。

 しかし、二手に裂けたそこからうねるような火の粉が飛び出し、一瞬フライが怯んだその隙に迷宮の壁も自己修復してしまった。

 少し距離を取りクォーツの土人形や俺の炎も試したが、結果は変わらず。困りながら触れた壁から伝わる魔力の違和に、無意識に首を傾ぐ。


「この魔力は……」


「もーっ!何だよこれ!どれだけ膨大な魔力を練り込めばこんな厄介な物が出来上がるのさ!」


『おやおや、これはこれは。不愉快にさせてしまったようで申し訳ありません』


 頭上から降り注ぐように辺りに響いたその声音に、全員の目が天を扇ぐ。俺達の視線を受けて紫紺の髪の男が幻影越しに口角を上げた。


『お久し振りです、ライト殿下。またこうしてお会いできて大変光栄ですよ』


「エリオット……!!」


「ーっ!彼が今回の黒幕かい?」


「えっ、え!?若くない!!?」


 フライの疑惑の目もクォーツの混乱も当然だ。

 王家に知らされている魔導省の長、エリオットは壮年の男性とされている。しかし、今俺達の頭上に映し出された男の容姿は、明らかに成人したばかりの若人なのだから。


「…………ま、表向きは戸籍から抹消される重犯罪者の取り締まりなんて言う特権利用して罪人から廃人化しかねない量の魔力を奪ってるような男の身体がまともな訳ないわな」


 目を見開いた二人を他所に腰に手を添えようとして、剣がなかったことを思い出す。小さく舌を鳴らす俺を見やり、エリオットの鈍色の瞳が弧を描いた。


『どうやって調べたんです?足跡を消すのは得意分野なんですがねぇ』


「うちには優秀な執事が居るんでな」


『フリードですか、小賢しい……。まぁその辺りは結構です。どのみち、貴殿方をこのまま帰すつもりは毛頭ありませんので』


「それで迷路か?安直だな」


『ですが、破壊も出来ないでしょう?何も永遠にそこに居ろとは言いませんよ。そうですね、明日の朝日が昇る迄程度、少しばかり楽しんでいただければ良いんです』


 時間稼ぎだ、何のためかなんて聞くまでもない。俺達がフローラにかけてきた身を守る術の類いの効力が切れ、あいつを捕らえる為だろう。


『もし時間内に脱出出来たならば、ライト殿からお預かりしている“記憶”。返却しても構いませんよ。では』


 『頑張ってください』と言いきるより先に、炎の刃が空を裂く。揺らいで消えたエリオットの幻影残子は、迷宮の遥か先へ戻っていった。


   ~Ep.165 迷える者~


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