Ep.134 老人は若き風と戯れる

 エドガーのお祖父様が暮らすお屋敷は、島の中央に鎮座するレトロな洋館だった。

 とりあえず事前連絡無しの急な来訪者であったキャロルちゃん一行と先輩お二人には別宅である小さめの館にて休んでいてもらう事になり、当初から訪れる予定であった面子だけが本邸の前シュヴァルツ公爵の面前へと通される。


 橙色の魔石が蝋燭代わりに灯された廊下を進み行き着いた先で、エドガーが代表して大広間の扉を叩いた。


「お祖父様、聖霊の巫女・フローラ様、並びにフェニックス、スプリング、アースランドの3大国の王家の皆様と連れの者を案内して参りました」


「あぁ、来たかね。入りなさい」


 中から響いてきた、少ししゃがれたが威厳のある声に緊張が走る。

 エドガーのお祖父様はゲームのシナリオで彼と妹を救う鍵として名前が出てきていたけど、姿に関する情報は皆無だ。ライトの話からして優秀な方だったようだけど、どんなお人かしら……。


 巨大な扉がひとりでに開き私達が一歩踏み行った先で、壁に備え付けられた燭台に一斉に鮮やかな蒼い火が灯った。

 驚いて声をあげた私達に笑いながら、一番奥に鎮座していた老紳士が椅子ごとこちらに振り返る。


「ようこそ、遠路遥々こんな所までよくお越しくださった。座ったままですまないね、何分足を悪くしてしまったもので」


(だ、ダンディだ……!老紳士!!)


 きっちりセットされた艶のある白髪と、片方だけなのが逆に存在感を放つモノクル。シックな部屋の雰囲気も相まって、昔の洋画の主人公のような素敵なお祖父様がそこに居た。


 かけるよう促され一人ずつ挨拶をのべてから用意された長テーブルについた私達に、お祖父様が穏やかな笑みで自己紹介を述べる。


「丁寧な挨拶をありがとう諸君。改めまして、私はシュヴァルツ公爵家前当主、エイグリッド・シュヴァルツだ」


「この度はご招待頂き感謝致します、エイグリッド殿。お会いするのは7年ぶりでしょうか?」


「もうそんなになりますかな?いやはや、こんな所に引きこもっていると外の流れに取り残されていけない」


 ライトの言葉にそう返し笑うエイグリッドさんの様子を見ながら、こっそり隣のライトに聞く。


「面識あったの?」


「あぁ、幼い頃に世話になったことがあってな」


「まぁ、話は順にするとして、まずはお茶でもいかがかな?」


 トンとエイグリッドさんが杖でポットを叩くと、ひとりでに動き出したそれが用意されたカップに温かい紅茶を注ぎ始める。唖然とそれを見ている私達に少し苦笑しながら、エドガーが説明をしてくれた。


「実は祖父は歴史、並びに魔道具の研究者なんです。そのティーセットも、歴史的に価値ある道具から構想を得て祖父が手ずから作った物でして。中身はごくごく普通の紅茶なんで安心して召し上がってください」


「あぁ成る程、それでわざわざ“聖霊の巫女”を名指しして呼んだ訳」


「フライ、そんな物言いは……」


「何、構わんよ。貴族足るもの、疑いすぎるという事は無いと思って生きた方が良い。でないと足元を掬われるぞ」


 『まぁ、私はもう掬われる足も無いわけだが』とエイグリッドさんがめくった右足の先は、空っぽだった。一瞬目を見張った私達を気遣ってか、エドガーがバシッと祖父の背を叩いて抗議する。


「お祖父様!俺の客人に笑えない冗談を言うのはよしてください!」


「はっはっは、すまんの。久しぶりに若き風に触れる上に空想の存在とされてきた聖霊の巫女を目前にして、私も浮き足立っているようじゃ。とは言え、若人達をあまり長く拘束するのは野暮と言うもの。本題に入らせて貰おうかの」


 口調が少し砕けたのは、私達の緊張をほぐすためだろうか。机の上で指を組み笑うその姿に、何故か逆にピンと背筋が伸びる。全員を見回し、エイグリッドさんが口を開いた。


「エドガーから聞いておるかとは思うが、貴殿等には我が孫エミリーの謎の体調不良の原因究明に助力頂きたい。……が、そちらも本心ながら、実は半分建前でな。本題は別にある」


「この島の現状についてでしょう。異常にしても域を超えてる」


 窓に未だ吹き付けている吹雪を見ながらのライトの返しに、エイグリッドさんが『聡い者が相手だと話が早くて助かるの』と笑った。


「現在本土の季節は夏……。この島のごく近海に来るまで、船が通ってきた海も至って通常だった。つまりこの異常気象は、この島のみに起きていると言うことだよね?ってことは、環境は外的じゃなく島の内側にあるのかな」


「そうだな。クォーツの指摘通り、島全体の環境が変わったとなれば地形変動で大きく島そのものの位置が変わる位しかあり得ない。通常ならな。でも国としてはそんな報告は受けていないし、もちろん島の位置も地図上のままだ」


「なら、考えられる原因はひとつ」


 ライトの言葉を引き継ぎ呟いたフライに、私も続く。


「……乱れているのね。この島に流れる魔力磁場が」


 この世界で土地の気候を決める要因は、大まかに2種類ある。ひとつは土地自体の緯度と経度、これは前世の世界の基準と同じだ。

 でも、その自然界の理に抗う程に土地の環境を変えてしまえる大きな力。それが大地に通っているとされる魔力の大きな流れ、通称“魔力磁場”である。


 私達の暮らす4つの国の四季に多少のズレがあるのは、その魔力磁場が国毎に少しずつ異なっているからだとされており。更に、国毎に年に4回行われている王家による大地への魔力補填の儀によって、フェアリーテイル大陸の平穏は保たれて居るのだ。


「普通なら何らかの要因で乱れたとて、精々季節の移ろいが多少ずれる程度。季節そのものが反転したと言うことは、それに至るだけの原因がある筈。その究明に助力願いたい」


「話は理解した。離島ではあるが、ここも我が国の領土。調査団の派遣は既に陛下に申請しているが、他に気がかりな点が出ればが確認に参りましょう」


 元々ある程度フェニックス王家には話が通っていたらしく、王太子としてしっかりと答えたライトとエイグリッドさんの間で魔力が練り込まれた特殊な羊皮紙に調印が行われた。


「ここは元々、本土から近いのに四季がなくて常夏だったんでしょ?ならその気候を産み出していた“何か”が島に居るのかな」


「“何か”って?」


 クォーツの言葉に首を傾げば、彼の隣に居るルビーがにこやかに説明を加えてくれる。


「現実的ではないとあまり出回っていないお話なのですが、古来より大陸の自然の理から外れた環境にある島や森等には、その状態になるよう調整をしている神々や聖霊が居るのではないかと言う伝承があることが多いのですわ」


「そうなのね。全然知らなかった、勉強不足だったな」


我が国アースランドはそう言った口伝がわりと多いのでたまたま耳にする機会があっただけですわ。学院にすら関連する書物はありませんし、お姉様がご存じなくても致し方ないかと」


「ありがとう。でも実際“聖霊”は実在する訳だし、あり得ない話ではないのよね?本当にそんな存在がいるのかしら……」


『いるよーっ!!』


「ーっ!!?」


 待ってました!!とばかりにテーブルの下から飛び出してきた妖精達を慌てて広げたハンカチで隠す。いや、普通の人に見えてないってわかってても反射的に焦るよこれは。って言うかついてきてたの!?


「おや、如何されたかな?」


「もっ、申し訳ありません。何でもございませんわ」


 誤魔化し笑いでその場を乗り切ろうとする私にやれやれと肩を竦めてから、ライトが改めてエイグリッドさんに今後の方針の提案を語り出す。


「何にせよ、闇雲に調べるよりはそう言った“可能性”のありそうな箇所から見て回るのが最適だろう。エミリー嬢の治療は一旦フローラに任せるとして早速俺たちは明日からめぼしい箇所の調査に行こうと思うが、クォーツの言ったような伝承がある土地はあるだろうか?」


「もちろんじゃとも。しかし、これまで古今東西の伝承をかき集めてきたせいで似たり寄ったりの話も多くての……。資料は今一度内容を確認してから貴殿等に渡させて貰いたいが構わんかね?」


「わかった。それから異変の比較対象として、異常気象になる以前の島の様子がわかる写真か風景画等があるとより良いんだが」


「それじゃったら、屋敷中に私が撮り貯めた写真が飾ってあるので好きに使ってくだされ。いやぁ、研究の資料として始めたカメラじゃったが、様々な地で興味深いものを撮影していくうちにすっかり趣味になってしもうたわい」


「あっ、だからエドガーにカメラを……」


 思わずそう呟いた途端、全員の目が一斉にエドガーに向いた。


「そう言うことじゃ。可愛い孫と楽しみを分かち合いたくての。まさか殿下達の私的写真の隠し撮りを始めたときには面食らったものじゃが……」


「知ってたんならそこは叱れよ爺さん……!」


「あっ、そう言う言い方しちゃダメ!」


「いや、すまん。けどさぁ……あれはヤバいだろ」


「確かにヤバいけど!!そんなはっきり言ったら失礼でしょ!」



 思わずと言った様子でのライトの嘆きに慌てる私。そんなやり取りを見てエイグリッドさんが急に笑いだした。


「わっはっは、ずいぶんと仲良くなられたもんじゃの。往来の最中で言い合って周囲に叱られていたのが嘘のようじゃわい」


 ビシッと2人して固まったのち、油切れのブリキ人形のようなぎこちない動きでエイグリッドさんの方を向く。


「ご、ご存知だったんですか……?」


「そりゃあご存知だろうよ。フェニックス一大規模な祭りの、王都の主要市の真っ只中であれだけ派手に言い合ったんだ。俺たちの身分がわりと近い上に子どもだったから穏便に済まされたが、一歩間違えば大惨事だったろうな……」


「実は俺達、あの日一部始終見てたんすよ。いやぁ、当時から数年はフェニックスの貴族間ではしばらく噂になってましたねー」


「嘘!?やだもう、恥ずかしい……!!」


 当時の反省からか項垂れながら語るライトの横から顔を出したエドガーにまでだめ押しされて、真っ赤になった顔を両手で覆い隠す。


 6歳のあの日から9年越しに知る事実、最早羞恥プレイである。


 その後私とライトを散々からかってから、エイグリッドさんは満足げに退室していった。


    ~Ep.134 老人は若き風と戯れる~


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