Ep.135 盟誓の儀

 エイグリッドさんの退室後、『晩餐までまだ時間もありますし』とエドガーに促され案内された先は、見るからに難しそうな蔵書が並ぶ書斎だった。が、そこはどうやら目的地ではなかったらしく。

 慣れた足取りで一番奥の本棚までまっすぐ進んだエドガーは、そこに並ぶ古代語の書籍をおもむろに並べ替え始めた。


「これ、古代パラミシア語じゃない?確か聖霊の巫女の時代と一緒に歴史から姿を消した、現代には読み方が伝わってない言語じゃなかったっけ」


(……っ!懐かしい!攻略本の最後におまけで読み方解説がついてた文字だわ。どこで調べても全然情報がないからこの世界には無いんだと思ってた……)


 クォーツの言葉を聞き流しながら内心ちょっと楽しんでる私。を、他所に、エドガーが苦笑しながら最後の一冊を片手に振り返る。


「そうすね。だから俺はもちろん、お祖父様も読めないんですよ。単に研究者の血が騒いでつい収集しちまったみたいで。数字だけはまぁ意地で解読したんですけど他はさっぱりですわ。これも単に刊を数字順に並べ直してるだけなんで」


「『並べ直す』?俺たちはパラミシアの数字が読めないからわからないが、普段はわざと順不同に並べてるのか?なんでそんな手間なことを……」


 『それはですね……』と。勿体ぶった態度でライトに答えるエドガーの指先が最後の一冊を棚に戻した瞬間、突如輝いた床下の魔法陣の力で私達は別室に転移した。


 移動先の部屋で魔法発動の光が止むのを待ってから、エドガーがいたずらっぽく笑う。


「正しい刊順にすると、なっちまうんで」


「成る程、よーくわかった。この屋敷にはエイグリッド爺さんが仕込んださっきのポットや今の部屋みたいな魔法技術ギミックが色々仕込まれてるんだな」


 エイグリッドさん……、ダンディな容姿に似合わずお茶目な方なのね。さて、ところでこの部屋は……?


 見回してみても窓は愚かドアのひとつもない広い部屋にところ狭しと並ぶ見覚えのない蔵書や道具の数々。もしかして……。


「お察しの通り、こちらは表沙汰にはしづらい聖霊、並びに魔族関連の研究資料置き場です。盗難防止に魔術で厳重に隠したこちらにまとめて保管しております。位置的には屋敷中央の地下に当たりますね」


 『調査に辺り、皆様にはこちらに置いてある物は好きにご覧頂いて構わないとお祖父様から許可をいただきまして』と言うエドガーの言葉通り、年代、種類毎に部屋中に並べられているたくさんの古書、魔術書に道具や武器の数々を見回し、私達は察した。エドガーのあのコレクター気質は祖父譲りに違いないと。


「まぁ、確かに何事も情報収集は重要だ。ありがたく見させて貰おうかな」


 そうライトが手近な本を一冊開いたことで、皆も部屋中散り散りになり思い思いの物を拝見し始める。


(聖霊の巫女の伝承、聖霊の森とスプリングの王宮にある大樹の関係性について、使い魔の神秘……内容は大概、ゲームやアニメの方で記載があった知識と同じね。目新しそうなものはあまり……あれ?)


「色んな絵や図や魔法陣がいっぱい……。何だろうこの本」


 他の物よりやたらと重厚な作りの一冊を開き首を傾ぐ。文字がどのページも『“~~~”の誓い』と言う題名しか記されてない為よくわからないが、魔法陣に十字架やら剣やらの絵が組み込まれていて何だかお洒落だ。


(魔法陣なんてブランを召喚したあの時以来書いてないな。こんなに凝ったのがあるのね……)


「ーっ!?お前っ、なんて危ないもんなぞろうとしてんだ!」


「えっ!?」


 特に他意はなくページに記された魔法陣をなぞろうとした私の指先を、血相を変えたライトが押さえる。と、同時に、ブワッと本から妙な魔力が溢れて消えた。

 それを確かめてから、ライトが安堵した息を吐き出す。


「ご、ごめんなさい。これ、そんなに危ない本なの?」


「あぁ、まあな……。いや、扱いさえ間違わなければ大丈夫とは思うが。これは“盟誓の儀”の魔法陣を書き記した辞典だ」


「“盟誓めいせいの儀”……って?」


「騎士と主における忠誠、あるいは師弟の絶対的な主従等、ありとあらゆる人間関係に固い誓約を設け、一度誓えばそれに抗えなくなる魔術だ。やり方も至って簡単。自身の魔力を混ぜた血で己の手の甲にの印を記し、そこに契約者……つまりは主人だな。主になる者の血で了解の意になる仕上げをしてもらうだけ」


「あー僕前に父上から聞いたかも、その話。確か“印が完成した時点で盟誓が結ばれ、その契りは術者が儚くなるまで消えない”んだっけ?」


「あぁ、その通りだ。だからこそ、かつては当たり前に貴族社会に根付いていた魔法だったにも関わらず、現代では禁術にされている」


「そ、そんなに危険な物なの……?」


 若干怯えつつそう聞けば、ライトとクォーツは顔を見合せなんとも言えない表情になった。


「一概に全てが危険、とは言わないが……。魔法陣によって契約内容も区々まちまちだしな」


 昔から主だって使われていた臣下から王家への忠誠の儀とか、後は結婚式での夫婦間の愛の契りなんかは、別段そこまでの誓約や強制力はないそうだ。


「他にも色々種類があるが、全てにおける共通項は二つ。一度果たされた契約は解除不可能。それから、契約を結んだ従者は如何なる理由であっても主に害をなす事は出来ない」


「ーー……つまり、理不尽な命令をされても抗う術がない……?」


「そう言うことだ。と言っても、普通の契約ならそこまで理不尽な……例えば人を消してこいとか、もしくは自決せよとか、そんな人の倫理から外れたような命を聞かせられるような強制力はないけどな。ただ、いくつか例外がある」


 ライトが頷き、先程私が見ていた“騎士の盟誓”のページを開き本を机に置く。先程は気がつかなかったけど、見開きになってようやく左右のページによく似た魔法陣が並んで印されていることがわかった。

 右は魔法陣の中央、剣のようにも見えるデザインの十字架が正位置で、逆に左は逆さ十字になっている。他の部分は全く一緒だ。


 ライトが適当なペンを手に取り、小さな羊皮紙にその魔法陣を書き写す。真ん中の十字架の場所だけは空白にして。


「主の仕上げ次第では、相手に忠誠ではなく服従を誓わせることが出来る陣もある。その最たる物がこれだ。正しい十字架なら何の問題もない。ただの騎士から主への忠誠。だが一度、主が逆さ十字を刻めば……」


「きゃっ!!」


 魔法陣を書き写した羊皮紙が、ライトの掌でボッと炎を上げて焼き消える。驚いてシーンとなった皆に、ライトが静かに告げた。


「その者は、永久に主の奴隷だ」


「ひぇぇ、そんな恐い物だったんだ……!」


「そうだよ!だから下手に触るなっつったんだ馬鹿たれ!」


「いたぁっ!!」


 デコピンされて涙眼になる私を他所にライトが『もうちょっと厳重にしまえよな』と盟誓の儀の本をエドガーに返す。


「はは、すんません。本当ならもっと高い位置にあったんすけど、俺が『騎士の誓いとかカッコいい!』とか思っちまってたまにひっぱりだして見てたんで下段に入れっぱなしだったんすねー。ちょっと片してきます!」


     ~Ep.135 盟誓の儀~


    『その儀は誓いか、まじないか』

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