Ep.133 敵対する聖女

 石造りの吹き晒しな港に降り立ち、全員で震えながら目の前の銀世界にただただ唖然となる。“南の島”とは!!?


「辺り一帯雪景色ですが!!!!」


「だーから説明するから待てって言ったんだろうが……」


 呆れ顔で船から降りてきたライトが頭を振った。続いて、きちんとコートを着ながらもあまりの寒さに身を縮めながらクォーツとフライが降りてきた。

 フードを被りもっこもこになりながらクォーツが吹雪の音に負けないよう声を張り上げる。


「うっわぁ、寒い寒い寒い寒い!異常気象とは聞いてたけどまさか島ごと凍りつく規模だったなんて……!ライトの魔法でこの島の雪全部溶かして夏に戻すとか出来ないの!?」


「出来るわけねーだろうが……」


  そりゃ相手は自然そのものだもの、いくらライトの能力が規格外だろうが流石に無茶である。クォーツの無茶振りに『お前は俺をなんだと思ってるんだ』と嘆息したライトだけど、事情を知らず冬服の用意がない他の面々の様子を見て確かにこれはマズイなと言う表情になった。


「まぁこちらの伝達不足であったのは事実だし、こんな辺境の地で体調を崩してしまったら良くないな。流石に自然に対抗するのは無理だが……」


 パチン、とライトがおもむろに指を鳴らした途端、私達の周囲だけ暖かい空気に包まれた。まるで暖気で出来たシャボン玉の中に居るような感じだ。


「これで一時しのぎくらいにはなんだろ」


「温かい……。ライト、ありが「すごいですライト様!ライト様の魔法は愛のように暖かくてらっしゃるのね!」わっ!」


「フローラ!」


 寒さから守られるようにお友だちの皆さんに押しくらまんじゅうされていたキャロルちゃんが彼らを押し退け駆け寄ってきて、更にライトの前に居た私に激突してから彼に飛び付こうとした。が、ぶつかられた反動で海に落ちそうになった私をライトが引っ張ってくれたことでキャロルちゃんの狙いは外れ、勢いのまま積もった雪に倒れ込んでしまう。


「キャロル様!大丈夫ですか!?」


「うぅ、酷いわフローラちゃん。どうして最近意地悪ばかりするの?私がライト様と仲良くしているからってわざと転ばせたり、旅の行き先が雪国な事をわざと教えないだなんて、何故そんな非道な真似が出来るの……?」


「えっ!?いえ、意地悪だなんてそんな……」


「嘘をつくの!?いくら聖女だろうが、ライト様達は貴女の物じゃないのよ!独占しようとしないで!皆さんがお可哀想だわ……!」


「あ゛ぁ?」


「……は、何?意味がわからないんだけど。もしかしてその“皆さん”って僕らの事?」


「話の流れ的にはそうなんじゃない?まぁ事実改変も甚だしいけどね。ここ最近の激務の中で、いつフローラにそんな無意味な事をする時間があったって言うのさ……」


 完全に冷めきった眼差しで話し込む三人の皇子をチラチラ見ながら、駆け寄った私の手を振り払い雪に座り込んで小さくすすり泣きを始めるキャロルちゃん。その如何にも庇護欲を誘うか弱いヒロインの涙に、キャロルちゃんの“お友だち”の皆さんが私の方に来て一斉に抗議を始めた。


「そうです!聖霊の巫女であるからと欲しい物が総て手に入る気でいらっしゃるのですか?三人の殿下にもワガママ放題だと言うのはキャロル様から聞いて我々には知られているのですよ!恥ずかしくないのですか!?少しはキャロル様の謙虚さを見習ってはいかがです?」


「いえ、私は決してライト様達に無理強いをしたことは」


「今回の事だって、出立前に一言『冬服も必要』だとおっしゃってくだされば良かっただけのお話のはず!それをあえて教えなかったことが意地悪でなくてなんなのですか!?そのせいで今我々は、この寒さの中で夏服しか手元にないのですよ!」


「連絡不足でごめんなさい。私も知らなくて、皆さんの冬服はエドガー様のお祖父様に手配出来るかお願いしてみますから」


「本当に!こんな方が我々の大陸の聖女だなんて不安でならない!いっそキャロル様がこちらに嫁いできてくだされば……」


「……………………死んでも御免だな」


「しっ!火に油を注がないの!」


 初めは抗議しようかなと思ったものの、すっかりヒートアップしていて皆さん聞いてくれません。言い返そうとして一歩踏み出してきた皆に下がって貰い、とりあえず落ち着くまではと彼らの抗議をひたすら聞く。

 彼らとキャロルちゃんはその私への罵倒にライト達も乗ってくると思っていたらしく、自分達の思惑が外れた事と私自身が逆上もせず静かに聞いていた事で段々と勢いをなくし始めた。


「……っ!どこまで厚顔無恥なのか……!ほら、君も黙っていないでなんとか言ったらどうなんだ!」


「ーっ!あ、は、はい、そうですね。あの……」


 かと言って、“キャロルちゃんの敵”じゃない王族に面と向かって抗議をする訳にもいかないらしく、彼らの怒りは船から降りた後やたら静かだった褐色肌の少女に向かった。


(あれ?あの子、肌の色が濃いからわかりづらいけどなんか顔色が……)


 しかし少女は話を聞いてなかったらしく、咄嗟に私を罵倒する言葉が出てこないようで。そんな彼女に苛立ち嫌味を言い始めた仲間達を、いつの間にか泣き止んだキャロルちゃんが宥める。


「まあまあ皆、アーシャを責めないであげて。叱責されるべきは罪を犯した人だけよ」


「キャロル様……なんと慈悲深い」


「流石、本物の聖女様は違いますね!」


「あ、待ってくださいキャロル様。アーシャ様は……」


「意地悪ばかりするようなフローラちゃんに、私のお友だちの名前を馴れ馴れしく呼んで貰いたくないわ!」


 やっぱりアーシャさんの足取りがおぼつかない気がして呼び止めたものの、完全に敵と認識されてしまったらしく取り付く島もない。辺りに険悪な空気が流れるなか、ようやく港にシュヴァルツ公爵家の馬車が数台並んで到着した。


「皆様、お待たせしました。遅くなってしまいすみません。何分急にお客様が増えたと聞いて、移動手段と客間の確保に手間取ってしまいまして……」


 にこやかに言いながらちらっとキャロルちゃん一行を見やるエドガー。多分嫌味なんだろうな、まるで伝わってなさそうだけど。


 当然一台に乗れる人数は限られてるから、皆一緒の移動は無理。となるとライトの魔法の範囲に入れる人も限られちゃうから、やっぱり上着無しは辛いよね?風邪ひいちゃう。


「うーん、困った……」


「すみません、衣服は屋敷にしか用意が……。ところで先輩、それなんすか?」


「これ?お母さまに持たされたの、そう言えば中身何かしらね……ーっ!」


  エドガーに問われ何の気なしに開いた巨大な袋。中から出てきたのは、色とりどりのふわふわコートにマフラー、手袋だった。


「あぁ何だ、ミストラルの王妃陛下は島がどういう状況か知って……ってどこ行くんだよ!」


「たくさんあるし、こっちの皆はちゃんと冬服着てるから、キャロルちゃん達にコート配ってくる!着いてこなくて大丈夫だからね!」


 あのままじゃ風邪ひいちゃうものね、と配りに行くと、案の定また『意地悪したくせに恩着せがましい』のなんのとは言われちゃったけど受け取っては貰えた。やっぱ皆寒かったのね……。


 そして数分で戻った夏服姿のままの私に、不機嫌な顔をしたライトが代表して聞く。


「……で、自分の分はどうした」


「あ、思ったより人数多くて全部配りきっちゃって……わぷっ!」


「そんな事だろうと思ったわこのお人好し!着くまで羽織っとけ!!」


「あ、ありが「フローラお姉様、簡易炎魔石はいかがです?魔力を込めると温かくなりますわ」あ、ルビーもありがとう」


「……スカートだと膝も冷えるんじゃない、膝掛けは?」


「耳も冷やすの良くないよね、耳当てあるよ」


「ハイネさんから温かい飲み物も預かってるから淹れるね」


「もう良い!もう十分だよ!!?」


 ライトのコート、フライの膝掛け、クォーツの耳当てとルビーの魔法版カイロ、レインのミルクティーでポカポカにされた私を乗せ、馬車は雪道を走り出した。


「…………フローラちゃん、愛されすぎじゃない?」


「ふふ、微笑ましくていいじゃないか。それより、ソレイユ」


「へいへい、目的は忘れてませんよ」


 先輩達の鋭い眼差しが自分に向いていることには、気づかないまま。


     ~Ep.133 敵対する聖女~


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