Ep.132 長期休みは波乱の代名詞

 夏休みに入りました。って言うか、なんかもうキャロルちゃんのことも謎の蝶々の事も不思議なさくら貝についても何にも解決してないけど、入ってしまいました。不甲斐ない。


 ですがまぁその辺りは一旦置いといて、私達は今、エドガーのお祖父様が隠居先として別荘を建てて暮らしていると言う南の島を目指す船に乗っています。


 メンバーは言わずもがな、ライト、フライ、クォーツの皇子トリオに、私のお供の名目でレインとミリアちゃん。それからクォーツと一緒に招待されたルビー。に加えて、フライが『ミリア嬢が来るなら君も来れば?』と誘ったキール君……までは、まぁいつも通りと言えなくないんだけれど。


「うっわぁ!海超光ってんじゃん!俺らこーんな立派な客船乗るの初めてだよ!」


「騒がないでくれみっともない、私達はあくまで仕事で同伴してるんだから!すみませんフローラ様、騒がしくて……」


「いえいえ、初めての楽しいことってはしゃいじゃいますよね。せっかくの夏休みですし気にしないでください」


 そう、何故か訳あって急遽同乗した、ソレイユ先輩にルーナ先輩。それから……。


「フローラ、あまり端まで行くなよ。揺れた時に危ないから」


「きゃっ!本当に、大きな船でも揺れるときは揺れるんですね!私乗り慣れてなくてまだ歩きづらくて……。ライト様、お部屋に戻るまで手を貸して下さいませんか?」


「キャロル王女、淑女が他に婚約者の居る男に妄りにしなだれかかるのは品位にかけると思うが?手が必要なら、貴女を案じて同乗した“優しいご友人”にでも頼めば良い。俺より余程親身になってくれるだろうさ」


 何度拒まれてもめげずに、まっっったく揺れたりしてないのにわざとらしくこと有る毎にライトにしがみついたりしているキャロルちゃんも、今回のメンバーの一人だ。


「ーっ!ごめんなさい、でもお友達の皆さんは今はお部屋で休んでいたし、ライト様の方が頼りになるからつい……。そうだわ、不愉快にさせてしまったお詫びにお菓子はいかがですか?船旅中にと思って焼いてきたクッキーがあるんです!」


「いいや、結構。俺は部屋に戻るので、お茶ならどうぞご自由に」


「今はお腹が空いてないのね……。なら、ライト様が食べたくなる時まで待ってます!一緒に食べた方が美味しいもの……って、ライト様?」


 ガン無視で踵を返して船内に歩いてくライトと、それを女の子走りで追いかけるキャロルちゃんを見送りながら思う。



(何でこんなカオスな面子になっちゃったのかなぁ……)


 ブランを膝に乗せ、煌めく水面を甲板から眺めながら思いを馳せる私。そう、事の起こりは数日前……。














---------------------


『…………だったら、俺の声も聞いてくれますか?助けて欲しいんです、俺の、たった一人の家族を』


「妹……って、エミリーちゃんよね?」


 頷いたエドガーが目を伏せた。実は今、妹は体調が芳しくなく学院を休学していると。そして療養にと南の島に居る祖父の元に預けられたのに、その島が今、異常気象に見舞われてしまったのだと彼は言った。


「父や兄とは折り合いが悪く、俺たちに頼れる当てはありません。お祖父様は手を尽くしてくれてるけど、その異常気象のせいかエミリーの具合は悪化する一方。でも、他に行く場所なんてない……。お願いしますフローラ先輩!もしかしたら異常気象は、最近現れるようになった魔物のせいかもしれない。先輩達は魔物退治もしてるんですよね?次の夏休み、一緒に島に来て調査して貰えませんか!?」


 エドガーが家族と不仲な事は、事前知識で知っては居た。でも、実際にまだ中学生の男の子の口から聞いた重みは、ゲームなんて比ではないくらいに、切なくて。

 私達に出来ることがあるならと、ライト達にも相談してそれぞれ両親に許可を取り、夏休みにエドガーのお祖父様を訪ねることに決めたのだけど……。


「まぁ!後輩の為に休暇返上で調査に乗り出すだなんて、ライト様はご立派な方なのね。そう言うお話だったら、フローラちゃんより“聖女”の私の方が力になってあげられると思うわ!」


 どこから情報を聞き付けたのか、出発日の朝に“優しいお友達”をたくさん引き連れ生徒会室に現れたキャロルちゃんがそう言い放ち、ごり押しで同伴が決定。

 一応キャロルちゃんの身柄は魔導省預かりの為に、護衛としてソレイユ先輩とルーナ先輩まで巻き込まれてしまったと言うわけである。


 以上、回想終わり。












 そんなこんなで、今は一足先にお祖父さんの元に行ったエドガーを追いかけ、上記の面子で船旅中と言うわけです。


「フローラ、お腹すいた」


「えー、あなたちょっと前に朝ごはん食べたばっかりじゃないのもう……何か食べ物あったかな」


「魚!」


「魚は島に着いてからにしなさい。ほら、お魚さん型のクッキーならあるよ?はい、あーん」


 あーっと口を開けたそこにミルク風味のそれを一匹放り込んで、私もひとくち。うん、余り物で焼いたわりにはいい出来かな。なんて自画自賛していたら、ふと後ろから伸びてきた手がお魚さんクッキーを一匹つまみ上げた。


「やーっと解放された……!」


 ヘロヘロで甲板に戻ってきたライトが、クッキー片手に隣に腰かける。キャロルちゃんはどうしたのか聞いたら、島に着いた後のスケジュールや注意事項の説明をしたいからと彼女がソレイユ先輩とルーナ先輩に呼ばれたので、これ幸いと押し付けてきたそうだ。


「本当にもう、しつこいなんてレベルじゃねえぞ。先が思いやられるわ……。旨いな、これ」


「あら、食欲無いんじゃなかったの?」


「意地悪言うなよ。信用出来ないから拒んだことくらいわかってんだろ?」


 拗ねた表情でもう一匹お魚さんクッキーをつまむライトにごめんと謝る。何か最近話そうとする度キャロルちゃんが割り込んできて全然まともに話せてなかったのにちょっとモヤモヤして、意地悪がしたくなったのだ。

 ちょっと拗ねた様子でブランをじゃらしているその膝にクッキーの袋を乗せる。


「あと食べて良いよ、本当は朝食べたきりだからお腹空いたんでしょ?」


「いいのか?」


「えーっ!ボクのじゃないの!?」


「うん、元々皆がお腹空いたら配ろうかなって作った奴だし。ブランは食べ過ぎ!お腹壊しちゃうでしょ」


「あー……、じゃあありがたく貰うわ。でも何で魚?」


 私達が話し込んでいた間に既に1袋クッキーを食べきってパンパンになったブランのお腹を見てライトが苦笑しつつ指先でお魚さんクッキーをくるくる回す。


「あぁ、それ?ブランのご機嫌取りなの。ほら、今回行き先が南の島でしょ?それで珍しいお魚が食べられるかもって朝からはしゃいでたのに、出発がキャロルちゃん達の同伴騒ぎで半日も遅れちゃったものだからもう不機嫌で不機嫌で……」


「なるほど……」


 若干のうんざり感をかもし出しながら、ライトも黙々とクッキーをつまむ。本当に大騒ぎだったもんなー……。


「エドガーは無事にお屋敷に着いてるかな?『兄や父は祖父に寄り付きませんし、一人で大丈夫です』とは言ってたけど、エドガーのお兄さんって……」


「あぁ、5年の時にうちフェニックスであった祭りの時に俺に突っ掛かってきてお前に撃退された二人組が居ただろ。あいつらがそう。高等科でも特待生の女子にしつこく言い寄ったり周囲に横柄な態度ばかりで評判良くないみたいだな……」


「あ、調べたんだ?」


「万が一の時の為に一応な。そもそもシュヴァルツ公爵家は建国時からの忠臣で、国内随一の名家だった。先代……エドガーの爺さんの代まではな」


 その辺りの件は私も知っている。エドガーの実父、現シュヴァルツ公爵は若い頃から浮き名が絶えず金遣いも荒い道楽者で、当時は跡取りから当然外されていた。しかし、学院卒業直後からシュヴァルツ公爵家は不幸に見回れ、様々な原因で三人居た跡取り候補が相次いで他界。加えて仕事中の事故により公爵であったエドガーのお祖父さんが崖から馬車で転落。半身を不自由にしてしまったことから当主を続けられなくなってしまい、今の公爵が後釜に収まった。それからはもう公爵家は見る間に堕落していく一方で、その最たる被害者が後妻の子であるエドガーと妹ちゃん……と言う訳。

 ただエドガーの以前の『お祖父様はピンピンしてる』発言から見るに、その隠居騒動にも1枚裏がありそうだ。



「シュヴァルツ公爵家の近年の職務放棄と王家への反発的な態度は元から目に余っていたんだ。今回の内情調査次第では王家から直々の当主交代命令を下す準備も整ってる。エミリー嬢の体調改善が第一だけど、滞在中ほかに少しでも気にかかる点があったらすぐ報告してほしい」


「わかったわ」


 真剣なライトの声音に頷き、きゅっと指輪をしている方の手を反対の手で握りしめる。と、そこで船内放送で到着まであと30分を切った事が知らされた。


「大変!もう着くなら一旦部屋に戻らなきゃ。ごめんライト、また後でね!」


「おい、30分もあればそんな焦らなくても大丈夫だろ。何しに戻るんだ?」


 そう言いつつ部屋までついてきたライトの声をドア越しに聞きながら、お母様から送られてきた荷物をまとめる。しばらくして部屋から出た私の姿にライトが目を見張った。


「お前……っなんだその巨大な荷物は!」


「お母様から今朝届いたの!『きっと必要になるでしょうから、お友達の皆様と使ってね』って。中身はまだ見てないけど、すごくふかふかなのこれ」


 まるで人をダメにするソファー級のパンパンに中身が詰まった大きな布袋。それを抱えて部屋から出たのと同時に、ゆっくりと船が停止した。


「まぁ、わざわざ送ってきたなら必要な物なんだろうが、お前そんなデカイの抱えてたらブランどうすんだよ」


「お腹いっぱいで寝ちゃっただけだからそのままライトが抱っこしててあげて。起きたらまた『南国の魚~っ』て騒ぎそうだし。まぁ私も南の島自体は初めてだしはしゃいじゃう気持ちはわかるんだけどね」


「……え?」


「『え?』??」


 足を止めて目を瞬かせたライトに、私も首を傾ぐ。途端にライトが頭を抱えて項垂れた。


「そうか、そうだよな。俺とフライとクォーツはお互い把握してたからすっかり伝えた気になってた。すまん……!」


「急にどうしたの?とりあえず行こ?エドガーきっと待ってるよ」


「いや、その前にだな。夏休みを楽しみにしていた所申し訳無いが、伝えておかないといけない事がある」


「だからなあに?改まっ……て!?」


 らしくもなく歯切れが悪いライトの様子に苦笑しながら扉を抜けた途端、吹き抜けた風の冷たさに固まる。

 目の前に広がる一面の銀世界に、ただただ言葉を失った。



   ~Ep.132 長期休みは波乱の代名詞~


  『船から降りるとそこは、雪国でした』




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