Ep.131 聖女の定義
見渡す限り卓上に広がる封筒の山、山、山……。日を追う毎に増え続け留まることを知らないそれらに、我慢の限界だとばかりにエドガーが机を両手で叩いて立ち上がった。
「だぁぁぁぁぁっ!!もうやってらんねーっすよ、なんすかこの量!あり得ねぇ!!!」
「はいはいわかったわかった。わかったから手は止めるなよ新人」
『愚痴だけはいくらでも聞いてやろう』と、自身も手紙を裁きながら答えるライトに向かってエドガーが不服げな顔を向けるのを、他のメンバーも内心で同意しながら見ていた。
今しているのは生徒会室前と校内各位に設けられた意見番……要は、目安箱に投稿された生徒会への生徒からの手紙である。元々マリンが幅を効かせていた前生徒会の失脚後、次の生徒会がまた同じ独裁的なやり方になってしまわないようにとフローラの意見で始まったシステムだった。しかし、いつの間にか本来の目的から外れ見目麗しい男性陣への恋文入れと化してしまってこの有り様である。
「殿下方や魔導省のお二人への恋文はもう慣れましたけど!?加えて最近はあのキャロルとか言う留学生の信者からの彼女を生徒会に推す文書と、逆に信者以外の生徒からのあの女の振る舞いに関する苦情の嵐じゃないですか!何なんだよあの女!!」
そうエドガーが一息に捲し立てる間も、フローラは黙々と読んでも読んでも終わりが見えない手紙に目を通し続けていた。そんな彼女の姿を、エドガーが何とも言えない眼差しで見やる。
「こう言っちゃなんですけど、手紙の中にはフローラ先輩に対するやっかみ文とかもあるじゃないすか。それなのによくそんな全部に真剣に目を通せますよね。理解出来ねぇ……」
「……っ!君ね、いくら学院では身分差が問われないからっていい加減にっ「フライ、待て」ーっ!」
ストレスの爆発で気が大きくなりフローラに不満をぶつけたエドガー。それに対し立ち上がり注意しようとしたフライの手を掴み、ライトが引き留めた。
一瞬の緊迫した空気の後、読み終えた手紙を封筒に戻したフローラが苦笑いを浮かべる。
「確かに関係ないお手紙も多いし、ひとつひとつ読んでいくの大変だよね。ごめんね」
「あっ、いや、すみません。そんなつもりじゃ……!」
椅子にかけたまま小さく頭を下げたフローラに狼狽えるエドガー。そんな中、ふわりと穏やかに微笑んだフローラが『でもね』と、一部だけ数が極端に少ない仕分け箱に視線を移す。
総数が100を越えるであろう中の、ほんの十数枚。それは、学院内でさまざまな理由から立場が弱く、助けを求めている生徒からの文書だった。
「この学院、大きいでしょ?ましてや貴族の生徒ばかりだもん。これだけ人が集まるとね、どうしても、いつでも皆平等に、とはいかないから。見えてない所に必ず弱い立場の人が出てきてしまう。私達だって全部を見通したりは出来ないものね」
だから、と、書き終えた返事をまとめてフローラが立ち上がる。
「そう言う困っているけれど、助けてって声も上げづらい子達にね、『私達が聞いてるよ』って、助けを求める先があるよって、ここが最後の砦になったら良いかなって思ったんだ」
「……っ!」
「と言うわけで、本日のお悩み分のお返事、寮の事務員さんに出してくるね!そのまま何ヵ所か対処回ってきます!」
目を見開き固まったエドガーを他所に、元気良く飛び出していくフローラを見送り皆がまた作業に戻る。そんな中、ライトがトンと指先で机を叩きエドガーに指示を出した。
「エドガー、お前も一緒に行ってこい。そしたらあいつが言いたいことがちょっとはわかるだろ」
『済んだら今日はそのまま帰って良いぞ』と告げられ一瞬戸惑ったが、エドガーは素直に指示に従い皆に挨拶をしてからフローラを追いかけて行った。
「え~、会長ってばフローラちゃんと後輩に甘くない?それなら俺らもちょっと休憩したいんだけどー。もうさー、ラブレターもみーんな似たり寄ったりの内容で飽きちゃ……痛だだだだだっ!!」
軽い口調で愚痴り出したソレイユの耳を思い切りつまみ引っ張ったルーナに、残されたメンバーが驚いて手を止める。そんな中、未だソレイユをお仕置きしつつもルーナが申し訳無さそうにライトに伺いを立てた。
「申し訳ありません会長。ソレイユの軽口は無視して頂いて良いのですが、自分達は実は4時からジェラルド先生と会議がありまして。一旦抜けさせて頂いても大丈夫でしょうか?」
「あぁ、俺もその話は伺ってますから大丈夫です。あとはこちらで済ませますんで、会議の方を優先して貰って大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。では、失礼しますね」
「ちょっ、ルーナ!耳っ、耳千切れる!!」
チラッと時計を見て答えたライトに一礼し、ルーナはソレイユの耳を引っ張ったまま出ていった。ソレイユの痛がる声も完全に聞こえなくなった辺りで、ライトが徐に席を立つ。
「……よし、行ったな。皆、作業はしながらで良いから聞いてくれ」
「何急に。また何かトラブル?」
フライの溜め息混じりのそれに仲間達も気になって手を止めた沈黙の中、ライトは会長専用の机に保管していた1部の名簿を取り出した。
「いいや、そうじゃないが……例のキャロル・リヴァーレに関する手紙を選り分けてて引っ掛かった点があるんだ。一応この面子には把握しておいて欲しい。実は……」
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身分が高い男に目をつけられてしまった婚約者の女性を助けて欲しい。
学食で暗黙の了解で下級貴族が座れる席の範囲が定まっているのはおかしいと思う。
学院内の設備は立場に問わず平等に使えなければおかしいのに、1部の生徒が音楽室の使用がしにくい雰囲気が出来てしまっている。
等、それはまぁ出るわ出るわの不平不満……。フローラはそれらの苦情に一通一通律儀に返事を書き、問題の現場に赴きそこの役員と対策を話し合い、必要であれば被害者、加害者と直接対面して、相手の手を取り、ひとつひとつ彼等の心の声を聞いていった。
もちろんそれだけで解決するような簡単な問題ばかりではないが、今日1日同伴しただけのエドガーから見ても、フローラが動くことで何かが変わる切っ掛けになっているのが理解出来る。
(目安箱を設けたら学院の内側をきちんと見れるかな、と思ったのはもちろんだったんだけど、それに加えて
「……どうして、そこまでするんですか?やっぱ“聖霊の巫女”だからですか?」
「え?」
呻くような問いに振り向くと、心底理解出来ないと言った様子のエドガーと視線が重なる。重ねるように『そもそも、“聖女”の定義ってなんなんすかね』と言われ、フローラはつい笑ってしまった。
「……なんすか」
「ごめんね、馬鹿にしたんじゃないのよ。ただ、難しいこと聞くなぁと思って」
納得していないのかふて腐れたままのエドガーの頬を、フローラの指先が軽くつまむ。その細い指で、巫女の証である“
「そんな難しいこと、私にだってわかんないよ。それにこういう事はね、“わかった気になってしまう”方がずっと、ずーっと危険なのよ」
「…………そう言うもんですか」
「そう言うもんですよ」
「私が誰からの『助けて』にも応えたい理由はね、自分がその言葉をどうしても伝えられなくて、後悔したことがあったから……かな」
エドガーの伸びてしまった頬っぺたから手を離し、背中を向けたフローラが言う。『だから、せめて手が届く範囲の人達は、出来る限り助けたいって思うよ』と、呟く彼女の表情はわからない。
いつになく儚げなその背中に手を握りしめ、エドガーが大きく息を吸い込んだ。
「…………だったら、俺の声も聞いてくれますか?助けて欲しいんです、俺の、たった一人の
~Ep.131 聖女の定義~
『その信念は、救えなかった
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