Ep.128 彼の好みは

『私、ライト様を好きになってしまったの!』


(……これまで一度もまともな接触したことない筈なのに、どうしてそうなった?)


 手を正面から握られながら、先程キャロルちゃんから告げられた内容をもう一度頭の中で繰り返す私。そんな私におかまないなく、目を輝かせたキャロルちゃんのマシンガントークは続く。


「先日見学に行った騎士科の試合場で、流れ弾に当たりそうになってしまったを颯爽と助けて下さったあのお姿!日に煌めいた金色のお髪がそれはそれは素敵だったわ……。あんな奇跡的なタイミングで助けて下さるだなんて、これはもう運命だと思ったの!」


 あーっ、あの時かぁ……!私がライトの方に背を向けてキャロルちゃんを庇っていたあの時、彼女は炎の剣で岩を粉砕するライトの姿をバッチリ見ていた。そしてそこで一目惚れをしてしまった、と、言うことらしかった。いや、状況的にも確かにさぞ格好よかっただろうし気持ちはわからないでも無いんだけどお互い王族なんだし、言うべき所は言っておかなきゃ!


「あ、あの、キャロル様。お気持ちはわかりましたが、生憎ライト殿下は……」


「知っているわ!聖霊の巫女を狙った権力争いの抑止の為に、他の2か国の王子様と対等な形でだけどフローラちゃんと婚約しているのよね?ライト様と運命の出会いをしたあの日から、お友達の皆と一緒にいつもライト様を見守っていたからその事はすぐわかったの」


 そこで、ライトが昨日言っていた“妙な視線”の話がここに繋がった。キャロルちゃんが犯人だったか……。

 どこから話をつけたら良いかわからず項垂れた私とは真逆に、キャロルちゃんは未だ満面の笑みで。改めてとんでもないお願いを口にする。


「でもね、今時王族だからって愛のない政略結婚だなんて良くないと思うの!だからフローラちゃんにお願いに来たのよ。ライト様が私を好きになってくれたらすぐ、彼との婚約を破棄して欲しいって!」


「あの、お言葉ですがキャロル様、それは周りへの影響はもちろん、ライト殿下ご自身のお気持ちを踏まえた上で慎重に触れなければいけない議題であって。そもそも一方的にそんなことを要求されても困ります」


 心底困り果てながらなんとかそう言葉をひねり出すと、キャロルちゃんはまろい薔薇色のほっぺたをぷくりと膨らませた。


「だから、ライト様が私を好きになってくれてからでいいって言ってあげてるでしょう?フローラちゃんてあんまり頭が良くないのね!」


「え、えっと、後半については自覚があるので別に否定しませんけど……。ですがキャロル様はそもそもライト殿下と全く面識がございませんでしょう?」


「大丈夫よ、ライト様は私の運命の方だもの!お会いさえ出来ればすぐ私を愛して下さるわ。それに、古来から聖なる力の源は愛だと決まってるでしょう?聖女である私とライト様が結ばれて能力が高まれば私もライト様も皆も幸せになって良いことづくめだと思うの!!」


 駄目だ、全く話を聞いてくれない。完全にキャロルちゃんの勢いに負けて黙ってしまったけど、でも彼女はそもそも別の大陸の聖女様なのであって、彼女の能力が高まってもフェアリーテイル大陸の皆さんには何ら関係が無いような……。


「でもフローラちゃんの言うことも一理あるわね……。じゃあ、ライト様により早く好きになって頂けるように、ライト様の好みの女の子がどんなか教えて!!」


「えぇっ!?無茶ですよ、そもそもそんな話したことないですし知らないですもん!」


 とうとう素の口調で反論してしまって、ハッと慌てて両手で口を塞ぐ。が、キャロルちゃんはそもそも私にはてんで興味がないらしく、何も気に止めていないようだった。


「もう!じゃあライト様に聞いてきて教えてくれたらいいじゃない。どうしてさっきから意地悪ばっかり言うの?フローラちゃんは私が嫌いなのね!?」


「ーっ!?なっ、泣かないでくださいキャロル様。嫌ってないですよ、意地悪とかじゃなくて私はただ……」


「じゃあ、聞いてきてくれる!?」


 駄目だ、話が堂々巡りだ。

 期待に満ちたキャロルちゃんの眼差しから視線を逸らしながら、いつかの時にたまたま初恋の話になった時のライトの、『俺そう言う話題とか苦手だし、事情も知らない奴に土足で踏み込んで来られるのすっごい嫌』と言う言葉を思い返す。あの時のライトはなんだか、酷く哀しい顔をしていた。


(うん、やっぱりこう言うの良くない!)


 ライトが抱えてる事情を私は知らないけど、とにかく彼が”恋愛“に対して不信感を抱いているのは確かで。そんな人に無理に好意を押し付けたら、苦しませてしまうことは確実だ。だから。


「申し訳ありませんが、そのお申し出はお断りさせていただきます」


 私の手を握りしめているキャロルちゃんの手をそっと引き剥がしてはっきりそう答えた途端、キャロルちゃんの瞳から光が消えた。


「……どうして?」


「詳しい事情はお話出来かねますが、ライトは恋愛のお話が好きではないんです。私はキャロル様より幼なじみでずっと一緒に過ごしてきたライトの方が大事なので!キャロル様からの身勝手な申し出の為に大事な人を苦しめるような事は出来ません!」


 言いきった瞬間に落ちる、冷たい沈黙。先程まであんなに元気だったキャロルちゃんが泣きも怒りもせず無言なのが恐い。恐いけど、ここは譲れない……!


「……そう、仕方ないわ。じゃあ……」


 小さく震えている私に対して、キャロルちゃんはただ冷静に神具に繋がっているチェーンに指をかけた。その時。


「おやおやおや?おはようございます皇女様方!こんな朝方に日陰でどうなさいました?御体が冷えてしまいますよ」


「フリードさん!?」


「あら、どなた?」


 風が揺らぐ気配すらさせず現れたその人にぽかんとしてしまう私達をよそに、執事服に身を包んだフリードさんが恭しく挨拶を述べる。


「お初にお目にかかります、キャロル・リヴァーレ様。私、炎の国フェニックスが王太子、ライト・フェニックス殿下の専属執事を勤めております、フリードと申します」


「まぁ!ライト様の執事さんなのね!丁度良かったわ。ライト様の女性の好みを教えてくださらないかしら!フローラちゃんに聞いたら『ライト様は恋愛がお好きじゃないから教えられない』だなんて意地悪言うのよ!」


 すがり付きながらのキャロルちゃんの言葉に目を見開くフリードさんがこちらを見たので、話しちゃ駄目だと首を横に振る。が、フリードさんは何故かキャロルちゃんと私を交互に見てから、愉快そうにニヤリと笑った。


「うちの殿下の好み、ですか。そうですねぇ。髪は長くてふわふわでリボンが良くお似合いな」


「まぁ!」


(え、話しちゃうの!?専属執事ならライトの事情位知ってる筈なのに……!)


 焦る私を余所に、フリードさんは私を見つめながら話を続ける。


「穏やかで心やさしく動物や幼い子供がお好きで」


「まぁまぁ!」


「あ、あの、フリードさ……」


「お菓子作りが得意で類い希な癒しの力をお持ちな、少し天然っぽいお嬢さんなんかお好きだと思いますよ。あの方まだ無自覚みたいですけど」


「まぁまぁまぁ!」


 結局止めに入ることが出来ずそう最後まで言いきってしまったフリードさんに『ありがとう!やっぱりライト様は私の運命の方だわ!』なんて言って走り去ってしまった。

 ぽつりとその場に残された私は、やれやれと肩を竦めているフリードさんを見上げる。


「話してしまったことはもうどうにもならないから何も言いませんけど……、なんだか“好みのタイプ”を説明しただけにしてはとっても具体的でしたね?」


 『どうしてですか?』とこてんと首を傾げた私に対して、フリードさんははぐらかすように笑った。


「はっはっは、さぁ?どうしてでしょう?」


 


    ~Ep.128 彼の好みは~




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