Ep.129 不憫皇子と鈍感皇女
フリードさんがキャロルちゃんに話した“ライトの好みの女性像”だけど、あれは彼の独断によるキャロルちゃんを諦めさせる為の策だったそうだ。
『殿下の一番身近にいらっしゃる女性の特徴を具体的にお伝えすれば他に想い人が居ると考えて退いてくださるかと思ったのですが失敗でしたね』
なんて軽く言ってのけたフリードさんに若干呆れてしまったことはさておき、あの様子だと今日からでもキャロルちゃんはライトに付きまとうだろうから上手く彼女を止められなかった謝罪も含めてライトには話を通しておこう。
(あまり人には聞かれたくないだろうから……)
ハイネに頼んで、夕飯後の時間に寮の談話室のひとつで二人で話したいと言う旨の手紙を届けて貰った。で、現在約束の時間の5分前なので出掛けようとしていた所なのだけど……何故か、レインに行く手を阻まれている。
「レインどうしたの?ちょっとライトと話をしに行くだけよ」
「それはわかっているしライト様のことは信頼しているけれど、こんな夜分に男女が密室で二人きりは良くないわ。侍女見習いとして私も同席します」
何とか説得を試みたけど、『拒否するなら部屋から出しません!』とまで言われてしまっては仕方がない。レインと連れだって廊下を進みながら、ライトに何て言おうか頭を悩ます私だった。
「失礼します。ライト、私だけど……」
「ーー……あぁ、開いてるぞ。どうぞ」
「じゃあ失礼しま……あれっ?」
妙な間を置いてからのライトの返事でそーっと部屋に入った途端、目をパチパチさせてしまった。ぽかんとしている私とレインに向かい、カードゲームを片手にクォーツとルビーがヒラヒラと手を振る。先に独り勝ちしたらしいフライは、優雅に紅茶を飲んでいた。
まさかの仲間勢揃いに驚いていると、ばつが悪そうに顔を背けたライトが『すまん』とだけ呟く。
「フローラってば、いくら婚約者だからって婚前の女の子が夜に男を一人で呼び出しちゃ駄目でしょ~?何があるかわかんないし。下手な噂になっても不味いなと思ってルビーと一緒に付いてきちゃった」
「ご、ごめんなさい。でも今回はちょっと事情が……きゃっ!」
「フローラお姉様ったら!わたくし達に内緒でライトお兄様となにをお話になるつもりだったんですの?フローラお姉様は皆のものなのですから、独り占めは駄目ですわ!」
「いや、呼び出されたのは俺の方なんだが?」
「……そんなこと言って、僕達に一言も話さず応じようとした時点で抜け駆けじゃない。厭らしい」
「人の部屋に乗り込んできて無断でレターボックス開いた奴のがよっぽどいやらしいだろうがふざけんな!」
一触即発でケンカになってしまったフライとライトの様子とクォーツの説明、更にルビーからの訴えで大体の経緯はわかった。要は皆、レインと同じ杞憂でライトにくっついて強制同席しに来たようだ。寮だもんね、フライとクォーツなんかライトの部屋真ん中にしてるからそれぞれ隣だもんね。そりゃバレるよね……。
(もう少し呼び出し方を考えておくべきだったかな……)
ワイワイしている皆を眺めながら肩を落としていると、とりあえず少し落ち着いたらしいライトにソファーにかけるよう勧められる。
「で?わざわざ学内を避けて呼びつけたって事は、例の困った聖女様の話か?」
「ーっ!それは、その……」
周りに集っている皆を横目に口ごもる私に苦笑して、ライトが笑った。
「何か言いづらい内容で気使ったんだろうが、まぁこいつらなら良いさ。とりあえず聞かせてくれ」
「……わかった。あのね、今朝の事なのだけれど」
朝のキャロルちゃんの突撃・
「……と、言うわけで。あの模擬試合の日にキャロルちゃんはライトに一目惚れしてしまったみたいなの」
そう話を閉めた途端、ライトがテーブルにのみ終えたカップを戻して首を傾いだ。
「あーぁ、ライトがあんな格好つけた助け方するから……どうかした?」
茶化そうとしたクォーツがなにやら考え込んでいるライトに問いかけると、顔を上げたライトは至って真面目な顔で言った。
「……いや、あの時、そんな女居たか?」
「嘘でしょ!?」
「……フローラが咄嗟に庇ってた、ピンクの髪の派手な女だよ。声もいやに甲高くて耳障りだった。いかにも『王子様』に夢見たお子さまって感じだったじゃない。その目の前であんな派手な真似したら惚れられても無理ないと思うけど?」
「はぁ?そもそも俺あの時フローラしか見てなかったよ。知るかよ……!」
何やら男の子達が話し込んでいる間、私はルビーとレインに耳を塞がれていた。一区切りついた辺りで解放されたので、やっぱりぐったりしてしまったライトに頭を下げる。
「ライト恋愛沙汰好きじゃないみたいだし、王族同士の婚約関係に横恋慕なんて国際問題になるからどうにか諦めて貰おうとしたんだけど聞く耳を持ってくれなくて。フリードさんも助け船は出そうとしてくれたんだけど……結局逆効果になってしまったの。本当にごめんなさい……」
しょんぼりとして謝る私に、皆がライトに気まずい視線を向ける。フライとクォーツは何かしら事情も知ってるのか、急に口を閉ざして黙り込んだ。
小さく息をついたライトの右手が、うつむいたままの私の頬に優しく触れる。
「顔上げろ、どうしてお前が謝るんだ。はた迷惑なのはその女の方だろ」
「でも……」
「それに、その件なら先にフリードからも報告を受けてる。適当にこっちであしらうから心配すんな」
ふにっと私のほっぺたをつまみながら笑った顔がいつも通り過ぎて、身体から急に力が抜けた。思ったより緊張していたみたい。
「ったく、それにしても『俺に一番身近な女の特徴を具体的に挙げて諦めさせようと』とかいってたけど、何て言ったんだ?あいつは」
お詫びに持参したお菓子をつまみながらのライトの問いに、他の皆も興味深そうに耳を傾ける。ええと、確か……。
「えっと、大体だけど……『髪は長くてふわふわでリボンが良くお似合いな』」
「……ん?」
「『穏やかで心やさしく動物や幼い子供がお好きで』」
「……あぁ、なるほどね」
「『お菓子作りが得意で類い希な癒しの力をお持ちな、少し天然っぽいお嬢さんなんかお好きだと思いますよ』って、言ってた!」
フリードさんの口調を思い返しながら言い切った瞬間に落ちる、重たい沈黙。ライトに至ってはその場で両手で頭を抱え喋らなくなってしまった。
確かに改めて口にしてみると、キャロルちゃんに当てはまってしまう点がいくつもある条件である。フリードさんたら、なんでこんなこと言ったのかしら!これじゃあキャロルちゃんが勘違いしてしまったのも無理ないわ。
しかし、どうしてだろう。両サイドから項垂れたライトに向けられるフライとクォーツの眼差しが冷たい。
「……ふぅん、なる程ね。要約するとライトは髪が長いリボンが良く似合う、お人好しで子供や動物が好きなお菓子も作れる癒し魔法の使い手が好き、と。それはそれは……」
「ねー、一体だれの事なんだろうね?僕、自分でアピールする気も無いくせに周りを利用して外堀埋める男ってクズだと思うんだよね」
「違っ、待て、誤解だ!俺は別に……っ」
「そうよ、フリードさんは勝手にイメージで適当に条件を並べただけなんだから、ライトを責めたら可哀想だわ」
気の毒になってそう口を挟んだ瞬間再び落ちた沈黙におろおろしてしまう。そんな不味いこと言ったかな……。
「ま、そうだよね。フローラの言う通り、あくまで
「……?い、いつものと同じなんだけど……」
「……おい」
「クッキーもいい味だよ。僕は普段あまり甘いものは口にしないけど、君が作って来てくれる物はハズレがないからね。大した腕だよ」
「あ、ありがとう。それは良かったわ……」
「なぁ、おいって」
「きゃーっ!フローラお姉様!お茶を溢して火傷してしまいましたわ!治してくださいませ!」
「ーっ!大変!見せて!」
「ルビー、お前今わざと溢……」
「あらあら、ルビーったら……。お茶の方は私が片すわね。それにしてもフローラったら、ルビーやブランや、弟のクリス様には甘いんだから。本当に子供や動物が好きね」
「あ、ありがとう!でも皆急にどうしたの?なんか変よ」
「レインまで……!わざとか、絶対わざとだよな……!?」
何か妙にわざとらしいと言うか、演技めいてると言うか。そんな素振りでレインが席を立った瞬間、ライトが噴火した。
「~~~っ!もう良い!部屋は俺が片しておくから全員出ていけ!!!」
「えっ!?いや、呼び出したの私だし片付けは私が」
「いいから今は入ってくるな!片付けは良いからそれよりお前は今日フリードから聞いた戯れ言を一字一句残さず忘れてくれ!!」
『絶対だからな!』と念押しして、ライトは本当に扉を開けてくれなかった。どうしてあんな急に怒ったんだろう……?
~Ep.129 不憫皇子と鈍感皇女~
『やっぱり恋は始まらない』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます