Ep.127 不思議な蝶々と爆弾娘
あれからかれこれ更に1週間後。何故だかキャロルちゃんが急に大人しく案内を聞いてくれるようになったので、はからずも私の日常は平和に戻った。ですがひとつ、別に気になることがあるのです。
「まぁフローラ様、お髪に蝶々が留まっておりましてよ」
「フローラ!お前椅子に鞄置き忘れて……って、何だこれ。銀の蝶飾り……いや、本物か?」
「フローラお姉様、お茶を点てましたのでご一緒しませんこと?あら!ご覧下さい、バラに珍しい蝶々がとまってますわ!」
以上、上記3件全てが、同じ1日の間に起きた出来事である。
(……絶対におかしい!)
「「「最近学院内で同じ蝶々ばかり見る?」」」
「……って、今日の昼にお前の鞄にくっついてたあれか?」
「そうなの。正確にはあの紫の子いっぴきだけじゃなくて、似た感じのオレンジと黄色の子の合わせて三匹見かけるんだけど……皆は見てない?」
「俺は今日見たのが初めてだな」
「僕も知らないな。そもそもあまり外に出ないから見かける機会がないだけかも知れないけど」
「僕はガーデンでなら蝶々位いくらでも見かけるけど……どんな蝶なの?」
「なんか銀色がベースで、そこにそれぞれの色で繊細な柄がはいってて、色味を変えたアゲハ蝶風の華やかな……こんな感じ!」
クォーツの問いでノートの裏に描いたそれを掲げた瞬間、ぼへ~ん……と言う効果音が聞こえた気がした。
「……図、図解で説明しようと言う気概は伝わったぞ!」
「良いから雑な遠慮しないで素直に下手って言って!!!」
ライトの全くフォローになってないフォローに突っ込みながら別の空きページを開いてフライに差し出す。
「フライ確か技術専攻美術だよね!?描いてみて!」
「いや、申し訳ないけど実物を知らないものは描きようが無いな……」
フライにしては優しく困り顔で拒否されてしまった。うぅ、こんなことなら私も美術にしとけば良かった……!
「……ったく、仕方ねぇな」
どんよりしている私にため息をつき、ライトがひょいっとノートを取り上げる。さらさらさらっと軽くペン先を滑らせたかと思えば1分たたずに返されたそれには、図鑑と見間違うほど精密に模写された例の蝶々が!
「今手元に木炭しかないから白黒だが、昼の奴なら大体こんなもんだろ」
「“大体”どころか完璧だよ!写真みたい!えっ、ライトこんなに絵上手なのに何で美術にしなかったの!?」
「いや、どうせ選べるなら座学より身体動かしたいじゃん。絵は元々城に入ってすぐの頃暇潰しでひと通り習ったしな。それに俺、他人に自分の描き方どうこう言われるの嫌」
しれっとそう言ってのける辺り、本当にあまり興味はないらしい。残念に思いつつ、ライトの描いてくれた蝶々を改めて皆に見せた。
「白黒だからわかりづらいかも知れないけど、アゲハ蝶の黒色の部分を銀色にして、本来黄色のあの部分が他の色になってる感じの蝶々なんだけど……どうかな?」
「いや……やっぱり見覚えは無いな」
「うん、僕も。図鑑とかですら見たこと無いな……。何て蝶だろ」
「俺も見覚えないんだよなー。そもそも、よく見かけるようになったのはいつからだよ?」
「確か丁度キャロルちゃんと顔合わせした日からだから……大体三週間前くらいからかな?」
そう答えた瞬間、なんとも言えない表情になった3人がサッと顔を背けひそひそ話を始める。
「なぁ……確かアゲハ蝶の成虫の平均寿命って二週間弱だよな?そんな長く居るなら普通に別個体なんじゃないか?」
「うん、僕もそう思う……。というか銀色って、虫として自然界に生きるには不適切な色味だし。何か他の物と勘違いしてるんじゃないかな」
「二人して疑ってかかるのは可哀想でしょ。あの困った御姫様の子守りでフローラはかなり疲れているようだし、幻覚の一つくらい……」
「いやフライが一番ひどいよ!?全部聞こえてるんだから!」
こっちは真面目に話してるのに!むくれながらそっぽを向いた私に、ライトがごめんと笑いつつ備品余りの画用紙を3枚取り出した。
「悪かったって、そんな拗ねるなよ。調べてみたら何の品種かくらいはわかるさ。この柄の内側が紫、オレンジ、黄色の三種だろ?次の休みに色付きで描いて来てやるから、庭師の爺さんとか詳しそうな誰かに見て貰えよ」
「ーっ!ありがとう、助かる!それに白黒でこの仕上がりだもんね、ライトの色付きの絵楽しみだな」
白黒蝶々の描かれたノートをぎゅっと抱えた私に、『大袈裟だな』って笑うライト。……と、そんなライトの背後で聞こえよがしにひそひそ話を再開するフライとクォーツ。
「とかなんとか言って満更でもない顔しちゃって……何さ、僕だって実物さえ見たことあればあれくらいのデッサン出来るんだけど?」
「て言うか、僕らも今の今までライトが絵上手なの知らなかったよね!そもそも芸術方面からきしだと思ってたからすっごく意外……」
「似合わなくて悪かったな、聞こえてんぞお前ら!そんなこと言うなら自分でも描いてみろよ!!」
「いいよ、なんならどちらが良いか彼女に判定して貰おうか。丁度三匹だそうだし、ひとり一匹描いてくるかい?」
「え、いいの?僕に描かせるともれなく墨絵になっちゃうけど?」
「…………いや、やっぱいいや。なんかこの流れでお前らに任すと気合い入りすぎて見本とは呼べない絵が仕上がりそうだ。ーっ!」
コントのようなやり取りの最中、急に顔色を変えたライトが勢い良く窓を開け放つ。びっくりして固まってたら、ライトの開けた窓を軽く閉め直しながらクォーツが『どうかした?』と首を傾げた。
「驚かせてごめん、今そこから誰かに覗かれてた気がして……。どうにもここ1週間位、やたらとつきまとってくる気配と視線を感じて過敏になってるんだよな」
「「「それって……エドガー(君)じゃなくて?」」」
「いや俺さっきからここに居ますからね!?」
思わず声を揃えた私達に抗議して机を叩いたエドガーが叫ぶ。
「何だ、居たんだ?」
「居ましたよ先輩方の会話のテンポが良すぎて入れなかったんですよ、仲良いなあんた等!!」
エドガーのその怒涛の突っ込みに、はじめの頃私達を”先輩“呼びするのも恐れ多いと恐縮しきりだったのと同一人物とは思えないと笑ってしまう私達だった。
それから翌日。朝一でいつも通りガーデンに向かう途中の事だ。突然現れたキャロルちゃんに引っ張られ、ガーデンの片隅の東屋に連れ込まれた。
「キャロル様!こんな朝からどうなさいました?」
「うん、急にごめんね。でも大切なお話だから、邪魔が入らない時間帯が良いと思って!」
大事な話……、もしかして、神具の貝殻の事かな?そう首を傾げた私の手を満面の笑みで握るキャロルちゃん。重たい話ではなさそうだ。
「私、ライト様を好きになってしまったの!だからフローラちゃんにはあの方と婚約破棄して貰いたいわ!!!」
「……………………はい?」
麗らかな朝に似つかわしくない爆弾に、思考が仕事を放棄しました。
~Ep.127 不思議な蝶々と爆弾娘~
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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