Ep.65 愛だけじゃカバー出来ないものもある

「ブランごめん、チャックあげてくれる?」


「えーっ!一応僕オスなのにいいの?若い女の子がそう言うこと言っちゃって」


「あははっ、ブランたらおじさんみたいなこと言って。今さら何言ってるの?良いに決まってるじゃない、ブランは私の家族なんだから」


「ーっ!ま、まぁね!ほら、背中向けてよ……って、フローラなんか、痩せた……?」


「ホント!?やっぱり食事制限大事なんだなぁ、朝ごはん今までの4分の1まで減らして良かった」


「い、いきなり減らしすぎじゃない……?」


 心配そうにしつつも、小さな前足を器用に使ってブランがワンピースのチャックをあげてくれる。確かに、前より袖周りに余裕が出来ていた。継続は力なり、この調子だぞ私!

 今日は日曜日なので私服だけど、お気に入りの白リボンだけは編み込みに入りハーフアップの結び目にきちんとつけて、よし、完成!


「今日もこの間言ってた空中庭園のお世話?」


「ううん、やり過ぎもよくなくて水やりは二日に一回あればいいらしいから、今日は行かないよ」


 鏡で最終チェックをしている私に、学院長から引き受けた特別なお仕事の話を私から散々聞かされたブランがそう聞いた。ブランはいつも私の気がすむまで話効いてくれるから、ついついたくさん話しちゃうんだよね。

 転生してからもこうして一緒に居られて、”使い魔“になった今はこうしてお喋りまで出来るなんて夢みたいだ。居るのかわかんないけど、ブランを使い魔にしてくれたこっちの世界の神様に感謝しなきゃねとこの間本人に言ったら、ブランは困ったように笑ってたけど。前世が散々だったから、神様とかは信じられないのかもしれない。


「え、じゃあどこ行くの?」


「今日はフライと、フライの昔の先生がやってるって言うバイオリン工房に行くの!っていけない、もうすぐ時間だ!行ってきまーす!!」


「行ってらっしゃーい」


 不思議そうに聞いてきたブランの真後ろにあった時計を見て、慌てて荷物を掴んで部屋を飛び出す。なんか昨日準備した時よりずいぶん重たいなと思ってたら、私のお出かけ用鞄を持ったブランが大慌てで追いかけてきた。


「フローラ待って!それ学校用の鞄だよ!!!」


「あれっ、本当だ!ごめんブラン、ありがとーっ!」


 こうして忘れ物まで届けに来てくれるブランは最早、私の小さな保護者だ。いつもありがとうの気持ちを込めて、今日行く学院商店街で帰りにマタタビを買ってこようとひそかに決めた。





 待ち合わせ場所の噴水の近くで馬車を降りると、フライが噴水の縁に背を預けながら読書して待っている姿を発見!周りに居る見知らぬ女の子達が赤らんだ顔でヒソヒソ話ながらフライを見てるのも最早お約束なので、特に気にせず駆け寄った。


「ごめん、お待たせーっ!」


「いや、時間まではまだ後30秒あるから待たされてはいないよ。じゃあ行こう、君はこの辺りに来るのは初めてだろうし、はぐれないようにね」


「細かっ!あはは、はーい気を付けます!」


 さりげなく手を取られて、フライに道案内されながら辺りを見回す。


「なんか、この辺りはのどかだねぇ」


「あぁ、ここは貴族である僕ら生徒じゃなく、どちらかと言うと主人に付き添って島に来た従者や、働きづめの先生方の憩いの場としてまったり過ごせる店が集められたエリアだからね」


 へぇ、そんな場所があったんだ……。

 イノセント学院の生徒は、長いお休み以外は完全にこのひとつの島の中で生活することになる。だから学院内に何ヵ所か、商店街みたいな場所がある。今日フライが待ち合わせに指定してきたのは、その中でも島の一番隅っこの方にある、のどかで小さめの商店街だった。

 近くをすれ違った女の子達が『最近リニューアルした近くのカフェに普通に生活してたらお目にかからない域のイケメンの常連さんが現れたから見に行こう!』ときゃっきゃとはしゃいでるのを聞いて、その絶世の美男子さんとやらが気になった。

 なんて考えてる間に道が終わって、フライがまっすぐに林に向かって行くのに気がついた。


「……ってあれ?商店街から出ちゃうの?」


「あぁ、先生は本来はもう隠居された身でね。腕を惜しまれて学院で使うバイオリンを作ったり調律や修繕はしているけれど、工房自体は人目につかない場所にしてゆっくりと過ごされているから」


 そうこう話を聞きながら、木漏れ日と小鳥の鳴き声に包まれ林を包む。やがて『着いたよ』とフライが足を止めたのは、天然の木の柔らかな雰囲気を活かして造られた、可愛らしい建物の前。中から待ち構えていたように、優しそうなおじいちゃんが出てきて顔を綻ばせた。


「お待ちしておりましたよ、皇女様。フライ様も、また少し大きくなられましたなぁ」


「ご無沙汰してます、先生」


「は、はじめまして!フローラと申します!」


「これはこんな老体にご丁寧に。私は以前フライ様のバイオリンの講師をしておりました、テルと申します。さぁ、おは入りください」


 テル先生に案内されて入った工房は、ふんわりと木と紅茶の香りがした。壁にはずらりとバイオリンや楽譜が並んでて、レコードからはケルト風の軽やかな音色が聞こえてくる。なんだか別世界に迷いこんだみたいで、ウキウキと辺りを見て回る。


「ちょっとフローラ、うろうろして辺りにあるもの壊さないでよ?」


「大丈夫!勝手にさわったりはしないから」


「はっはっは、構いません。所詮は老いぼれが老後の趣味で開いた工房。お客様は大歓迎ですからな。ましてやフローラ皇女様は、フライ様が初めて私に紹介してくださったご友人。心行くまでくつろいでいただいて結構ですぞ」


「えっ?ライトやクォーツは来たこと無いんですか?」


「えぇ、お名前は度々伺いましたがここへ一緒に来ていただいたことはありませんなぁ。フローラ様が初めてで……」


「……っ!テル先生、余計なこと言わないでください。ほら君も、今日は自分用のバイオリンを買いに来たんだろう。いくならさっさと選んで来なよ!」


 テル先生と話し込んでたら、いきなり怒り出したフライに店の奥に追いやられた。何故だ。

 でも怒らせたら恐いので、素直に店内にあるバイオリンを見て回る。ち、違いがわからない。どうやって選べばいいの?


「あ……」


 一通り見終えてそう思いつつふと視線を落とした時だ。目立つように壁に掲げられたバイオリン達に埋もれるようにして低い位置にあったひとつのバイオリンに、妙に気を引かれたのだ。


 他のより大分古びたそのバイオリンは、手に持つととても温かな感じがした。それが気に入った私は、バイオリンを持って外のテーブルでお茶をしていた二人の元へ戻る。


「あぁ、決まったの?優柔不断な君にしては早かったね……って、フローラ、それは……!」


 私に先に気づいたフライが立ち上がり、バイオリンを見て目を見開いた。テル先生も、おやと若干驚いた顔をしている。


「え、もしかしてこれ、選んじゃ駄目なやつだった……?」


「そりゃ駄目だよ、だってこれは先生の……っ」


「よいのですよ、フライ様。フローラ様、何故そいつを選んだのか、伺ってもよろしいですかな?」


 恐る恐る聞いた私を叱ろうとしたフライを、テル先生の手が優しく制して私にそう聞く。私は指先でそっとバイオリンを撫でて、感じたままを伝えた。


「うまくは言えないんですけど、このバイオリンから温かい、優しい力を感じたんです」


「そうですか、それはきっとそのバイオリンが、たくさんの人の愛に触れてきたものだからでしょう。そいつは私が若い頃、お恥ずかしながら吟遊詩人として各国を旅していた頃に共に過ごした相棒ですから」


「ーっ!!!?」


 って、テル先生、それつまりこのバイオリンものすごく大事な物じゃないですか!?


「ごっ、ごめんなさい!そんな大事なものだなんて……!違うの選んできます!!」


「いやいや、構いませんよ。是非弾いてやって下さい」


「でも……」


「フライ様からうかがいましたよ、フローラ様は今、聖霊の巫女様を称える祭りに使う花を育てておられるとか。今となってはただのおとぎ話となってしまった聖霊の伝説ですが、曲作りの為各地をまわり情報を得てきた私は、彼女達は確かに実在したと確信しております」


 テル先生が言っている”おとぎ話“は、前にクリスに読み上げてあげたあの絵本のことだろう。ゲームにも出てきた、この大陸を救った聖女様。


「聖なる力の源は愛だ、フローラ様は、温かな感情を感じとる感性に長けていらっしゃる。是非愛情を込めてそのバイオリンの音色を、例の花にも聴かせてあげて欲しい。だから、そいつは貴女に差し上げましょう」


 穏やかにそう微笑んで、一度先生に返したバイオリンを再び私に握らせるテル先生。


「ありがとうございます、大切にしますね」


 ぺこっと頭を下げると、テル先生も笑って『フローラ様の分のお茶も淹れましょう』と言ってくれた。フライも先生が良いならと納得して再び席に戻る。私はもらったばかりのバイオリンをじっと見て、前世で見たテレビのオーケストラの人や、この間弾いてたフライの構えを思い出しながら見よう見真似で構えてみた。この黒いのに顎を乗せるんだよね?


「テル先生、本当に良かったんですか?僕、そんなつもりで彼女を連れてきたわけじゃなかったのに。第一あの子、まだバイオリン素人だし」


「なに、問題ありますまい。愛を込めて奏でれば、楽器は答えてくれるもんです。彼女なら、その資質は十分でしょう」


 フライと先生がなにやら話し込んでいるその少し後ろで、ためしにバイオリンの弦に弓を当てて引いてみる。ギギャャャャーっ!となんとも形容しがたい嫌な音が辺りに響いた。あ、あれ……?

 工房のガラスとテーブルのポットがひび割れ、テル先生が椅子から落ちる。いつの間にか耳をしっかり手で塞いでたフライが、私をにらんで長いため息をついた。


「……まぁ、世の中愛だけではカバーしきれないものもあるよね。テル先生すみません、彼女には僕がみっちり弾きか方の基礎から仕込みますんで。フローラ、嫌とは言わないよね?まぁ、断ったとしても君を頷かせる手札はいくつか持ってるからいいけど」


「いえ、是非ご指導お願いします……!って待って、怖い怖い怖い!私を頷かせる手札ってなに?」


「さぁなんだろうねぇ、君がパッと頭に浮かぶ心当たりがそれかも知れないよ?」


 戦慄する私を見ながら、天使の微笑みを浮かべてフライが紅茶を割れてないカップに淹れ直す。教える気ないな?この腹黒め!

 なんてフライを睨んでたら、テル先生もよろよろと起き上がった。


「は、ははは、大丈夫大丈夫。中々独創的な音でしたが、きちんと練習すれば上手になりますから、な……」


「き、きゃーっ!先生っ、大丈夫ですか!?」


 音に当てられたんだろう。フライの怒りから私をかばってくれた後、テル先生はばたんと倒れて気絶してしまった。二人で工房の奥にあるベッドに先生を運ぶとき、三枚ある窓ガラスの内の実に二枚が漫画みたくピシッとひび割れてるのを見て申し訳なさと情けなさに絶望した。


 ご、ごめんなさい、今後はちゃんと練習してから弾くようにしますーっっっ!!!

 

    ~Ep.65 愛だけじゃカバー出来ないものもある~


 帰りにフライから言われた『僕から逃げられると思わない事だね……?』と言うセリフの余りの甘くなさに、二重の意味で苦い涙を飲んだフローラなのでした。


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