Ep.66 お姫様はメイド様

 入学式でいきなりヒロインであるマリンちゃんが現れたときはびっくりしたけど、結局最初の一週間以降は何事もなく至って平和だ。今マリンちゃんは生徒会長さんと、あと一年生の中でも(ライト、フライ、クォーツを除けば)割りとカッコいい枠に入る数人の男の子と親しいらしくて、たまに彼等に囲まれて楽しそうにはしゃいでいる姿を見かけるくらいなものだ。ヒロイン力すごい。

 でも生徒会室に居るとやっぱり攻略対象である三人は絡まれてしまうらしくて、クォーツはよくガーデンに、フライはバイオリンのレッスと称して音楽室に、ライトはお菓子を求めて私の部屋か、たまに商店街の方に出かけてのらりくらりとかわしている。なんで三人揃いもそろって私が居る場所に逃げてくるかは謎だけど。この間お土産に買ったマタタビ入りクッキーを食べて最近500g重たくなったブラン曰く『フローラ鈍いからきっと考えてもわからないよ』とのことなので、深くは考えないことにした。


 そう言えばフライは、あの夜会以降ちょっと気が変わったのか、キール君を避けるのをやめたらしい。たまにフライの方から挨拶している姿を見かけるけど、今までが今までだったからキール君を逆に戸惑ってるみたいで、フライに声を掛けられる度素っ気なく会話を切って逃げていた。あんなにフライに執着してたのに、男の子ってわからない……。けど、最近ドレミファソラシドだけはまともに弾けるようになった私のバイオリンのレッスンを受けてるときにフライから聞いた話曰く、『うちの国民はお国柄みんな大体ひねくれものだから』とのことなので、時間は掛かるだろうけどその内和解するでしょうと思う。

 手っ取り早く友達になりたいなら寝室に突入して縛り上げてみたら?って冗談で言ったら、君と一緒にしないでくれとめちゃくちゃ怒られた。ごめんなさい。


 ちなみに、学院長から任されたお花の育成は順調だ。木に与えられた魔力が一定値に達するとその時期にあった花が咲くらしいんだけど、今回は育てはじめが遅かったからまずは春の花じゃなくて、夏の蕾が先に開くらしい。最近ぷっくりと黄色く膨らんできたから、私は夏の蕾からはヒマワリが咲くんじゃないかなと楽しみにしている。


 話は変わって今日は、先日私の初演奏……と言う名の破壊音波で気絶させてしまったお詫びのお菓子と紅茶の茶葉を持って、一人でテル先生の工房へと向かっていた。平日だから商店街は空いてるかなと思ったら、従者さんや学院に出入りする業者さん達はこの時間帯が自由時間らしくて意外と賑わっていて驚く。でも、こういう場所は賑やかな方が楽しいよねーと、この間フライとの待ち合わせ場所に使った噴水広場のベンチでちょっと休憩していた時だ。いきなり背後からガシッと腕を掴まれた。振り向くと、息を切らしたバーテンダーみたいなお兄さんが私の腕を掴んで立っていて驚く。え、どちら様!?


「見つけましたよ……っ!」


 私がなにか聞くより先に、見知らぬお兄さんはそう言って私を掴んだまま走り出した。

 え、まさか誘拐!?学院内で!!?実際逆らう間もなく引っ張られて、途中で裏路地みたいな細い道に入っちゃったし……。


「あっ、あの、私は……っ」


「細かい話は後で結構ですから!早く中へ!!!」


「え!?いや、ちょっと待って!!」


 とにかくこのまま黙ってたら不味いと、走って苦しいのを我慢して話しかけたのに、バーテンさんは全く聞く耳を持ってくれない。何かの裏口っぽい木彫りの小さい扉から、中に無理矢理押し込まれる。玄関の段差に足が引っ掛かってバランスを崩した。


「きゃ……んぶっ!」


 このままじゃ転ぶ!と思ってたのに、床に頭から突っ込む前に固い胸板に受け止められた。何だ何だと顔をあげた私の目にまず写ったのは、うすーいオレンジ色のふわふわの髪を揺らしながらにっこり笑う美人さんだった。おぉ、美人なお姉さんだ!と思いかけて、待てよと考え直す。服装はピンクを中心とした可愛い花柄シャツ、でも下はズボンで……私を抱き止めてくれた胸板は、まな板どころか鋼並みに固い。


「あ、あの……?」


「はぁ~い、待ってたわよ新しい私のお姫様!」


 くねっと体をしならせながらしゃべるその声は、低い。美人さんはお姉さんじゃなく、おネェさんだった!!!

 そのおネェさんが、両手で長いリボンを引っ張ってピーンと伸ばしながら、怪しい笑顔で私に迫る。後ずさると、鏡張りになっているクローゼットに退路を絶たれた。


「さぁ、じゃあ早速脱いでもらいましょうか……!」


「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ!!!」


 か、勘弁してくださいーっ!!!






 

 10分後、私は鏡の前で愛らしいフリフリメイド服に身を包まれていた。シャラララ~みたいな効果音が付きそうな華やかさっぷりに『どうしてこうなった!?』と心のなかで叫ぶ私を見て、着替えるまで外で待っててくれたおネェさんが満足げに笑った。


「あらぁ可愛い!こんな可憐なお嬢ちゃんが来てくれるなんて、思いきって新しいスタッフを募集してよかったわぁ!顔はまだ知らなかったけど、白いリボンを目印につけてくれるって言うから弟に迎えに行かせたのよ~!さっ、張り切って働いて頂戴ね!」


 そのおネェさんの言葉と、開け放たれた扉から見えたおしゃれなカフェの店内にようやく事態を悟った。なんと私、この間すれ違った女の子達が噂してた『イケメンが現れるカフ』の新しいスタッフの子と間違われたらしい。お気に入りの白いリボンでまさかこんな事になるなんて……!


「あっ、あの、すみませんが人違いで……っ」


「オーナー!制服を着せたならその子を早くフロントに出してください、すでに料理の配膳が追い付いてません!」


「はいはーい!じゃあ頑張ってね!最近常連になってくれた私好みの美男子のお陰でお客様が増えたのはありがたいんだけど、その彼の効果が凄まじすぎてスタッフの女の子達まで使い物にならなくなってきちゃって人手不足で困ってたのよ~。じゃ、頼んだわよ!」


「はっ、はい!」


 しまった!つい返事しちゃった!!『人違いです』って言おうとしたのに……!

 でもまぁ……いいか、とりあえず今日だけなら働いても。私だって、前世でバイトの経験あるからウェイトレスさんくらいなら出来る(筈)だし。お店が大混雑で大変なのは本当みたいなのは見ればわかるから、困ってるのを放っておけないし。何よりこの制服可愛いし!もう少し着てたいから……と、邪な考えから私は今日1日だけのメイドさんになることにした。誤解は終わってから解けばいいや。なんて、気軽に引き受けたことを、私はこのあとすぐに後悔することになる。




「お姉さん!次こっち注文ね!」


「はーい、ただいま伺います!」


「ちょっと!さっきからお水空なんだけど!」


「申し訳ございません、今お注ぎします!きゃあっ!」


 走ろうとして躓いて、グラスをトレーから落として割ってしまった。これで四つめのグラスの破片をあわてて片付けながら思う。か、軽い考えで引き受けるんじゃなかった……! そしてグラス割っちゃってごめんなさい!

 でもただでさえお客様が多いのに、さっきオーナーさんが言ってたイケメンさんが来てるらしくて他の女性スタッフはその席に無駄にお水注ぎに言ったりオーダー聞きに行ったりで固まっちゃってて働かないし!せめてイケメンさんのお顔くらい見てみたいと思っても、席に座ってる上に周りは女の子達の壁で全く見えないし!!

 女性スタッフが働かない分、新人の筈の私に注文は殺到で、広いカフェをあのバーテンダーぽいお兄さんと私のほぼ二人で回してるような事態だ。こりゃ配膳が追い付くわけないわよ!しかも……!


「ねぇこっちも注文!てか君可愛いね、仕事終わるの何時?」


 さっきから男性客にはやたらこの手の絡まれ方するし……!対処法とかわかんないよーっ!


「あ、あはは、申し訳ございません、店が混み合っておりますので少々わかりかねますわ。お済みのお皿お下げしますね!」


 苦笑いで乗り気って逃げるのも何度めだろう。そろそろほっぺたがひきつってきたけど、まだまだお客様の並外れ引かない。一度店の裏口から外に出て、パンッと自分の頬を両手で叩いて気合いを入れ直す。よし、閉店まで頑張ろう!


「ねぇスタッフのお姉さん?俺の注文も聞いて貰えないかな?」


「あっ!はい、でしたら店裏ではなく店内のお席で……」


 店内に戻る前に、男の子の声でそう話しかけられた。わぁ、まさかわざわざ店の裏までついてきたの!?とビクビクしながらも、ぎこちない笑顔で振り返って……固まった。逃げるより前に手首を掴まれて、バンッと壁に押さえつけられる。


「いやぁ、お互いの為にも人気のないところでじっくり話すべきだと思うんだ。で?こんなとこで何してるのかなぁ、お前は」


 私を壁ドンして笑ったライトの目は、微塵も笑っていなかった。さて神様仏様オーナー様、私はどうしたら良いでしょうか……!



    ~Ep.66 お姫様はメイド様~


『“逃げる”、“言い訳する”、“いっそ仲間にする”。さぁ、フローラの選ぶカードは!?』

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