Ep.64 ダイエットは明日から
パーティーの翌日の金曜日のこと。たまにはまっすぐ帰ろうと開けた下駄箱に綺麗な封筒が入っていた。
表面には筆記体のアルファベットで書かれた私の名前のみ。クルッと裏返すと、十字架に仕切られた4つの枠にそれぞれ一種類ずつ違う花が刻まれたイノセント学院の校章入りの金の蝋印が現れた。これ、学院長しか使えない蝋印じゃない!
緊張でプルプルする(決して二の腕が太い訳じゃないのよ?)手で封筒をひっくり返す。中から一枚の便箋と一緒に、扇形の金色のブローチが出てきた。真ん中にダイヤみたいな透明な宝石がついてて、更に綺麗なお花が彫り込まれている素敵なそれを握りしめて、便箋に書かれた待ち合わせ場所を読み上げる。
「学院長からのお呼びだしか……。本日の16時、場所は……空中庭園……?」
「失礼致します、フローラ・ミストラルです」
「学院長からお話は伺っております、どうぞお入りください」
空中庭園があるのは、中等科と高等科共有の特別授業校舎の一番上。ガラス張りの綺麗なドームの中に見える一見華やかなガーデンには、今となっては絶滅寸前の希少植物や、使い方を間違えると強い呪いの魔法薬の材料となる花々が咲き誇っているとゲームで描写があった。
私は今回は招待を受けた身なので学生証を見せるだけですんなり中に入れたけど、昼間は常に出入り口には警備の衛兵さんがいるし本来なら特別な役割を賜った生徒しか入れない場所だ。
そしてこの場所は、初等科の時私とフライが地下通路から脱出したときに意図せず迷いこんでしまった場所でもある。
あの時は近づかなかった中央の広場のガラステーブルに、4つの人影が見えた。立ち上がってヒラヒラとこちらに手を振って来たのはクォーツだった。
「あっ!来た来た、待ってたよ~」
「えっ!?クォーツ、それにライトとフライまで……ってライト、なんか目赤くない?」
「あぁ、色々あってな……。まぁ、とにかく座れよ」
「う、うん、ありがとう」
「まぁいきなりだし驚くのは無理ないけど、安心しなよ。詳しい話は学院長先生が今から話してくれるから」
少しだけ赤くなった目元を細めてどこか遠い眼差しをしたライトが椅子を引いてくれた。席に着くと、私の真正面の席に座るその人を手で指し示してフライが言う。この学院で一番偉いその人が、にっこりと微笑んだ。
(美、美形……!攻略対象になってないのが不思議なレベルだよこれ!)
初めてお会いした学院長先生は、長い銀髪をゆったりと一本の三つ編みにまとめ、海みたいな深い青色の瞳をしたイケメンさんだった。って言うか若っ!どうみても25歳くらいにしか見えませんが!?
「いきなり呼び立てて驚かしてしまって申し訳ないね、フローラさん。だがどうか気を楽にして聞いてほしい、今日は君に頼みたいことがあって来てもらっただけだ。まずはこれを見てほしい」
私が今びっくりしてたのは呼び出されたことじゃなく 学院長のあまりのカッコ良さと若さになのだけどあえて否定はしない。学院長先生は穏やかに笑って、庭園の中でも一番日当たりが良い場所にある一本の細い木を指し示した。
幹は白くて艶やかで、葉っぱはハート型の生まれてこの方みたことない不思議な木には、4つの小さな蕾がついている。
「なんと言うか……不思議な植物ですね?」
「普通の植物ではないからな。実は来年の春、風の国“スプリング”で嘗てこの大陸にはびこっていた魔物を封印し人々を救ったとされる聖霊の巫女を讃える大規模な祭りがある。この木はその祭りの儀式に使う神水にいれる4つの花を育てる為に代々イノセント学院が世話を任されてきた特別な木でな。春、夏、秋、冬で一種類ずつ違う花が咲くんじゃ」
「ーっ!ってことは、魔法の植物ですね!あ、だから蕾が4つなんだ。この蕾がひとつずつ違うお花になるのね」
「……今学院長、語尾に『じゃ』ってつかなかったか?」
「つまりはそういうことじゃな……いや、そういうことだ」
ライトの指摘はさらっと無視して、学院長が私を見据えた。
「魔法の花を咲かせるためには、魔力を帯びた水が必要だ。そこで本題なんじゃが、フローラ皇女、この木の世話を任されてはくれないか」
「えっ、えぇっ!?私ですか!?」
「そうじゃ。君は初等科の一年生の頃からずっと、自らの魔力の鍛練をかねて学院の花壇に水をあげていただろう。この木から4種すべての花を採取するには、必ず一年間は世話を継続して続けねばならん。何せひとつの季節に一種しか咲かんのだからな。根気のいる仕事だからこそ、水の国の皇女であり、継続力に実績のある貴方に任せたい」
「で、でもこんな大役、私には……っ」
「大丈夫だ、実は直接貴女を呼び出す前に、フローラ皇女になら安心して任せて良いとクォーツ皇子から推薦を受けている」
「なんですと!?……こほんっ、なんですって?」
学院長の隣で、クォーツがにこっと笑った。悪びれてないなー?全くもう、なに考えてるんだか……。
「生徒会にも関係があるこの仕事につけば、もう皆フローラのこと“部外者”なんて言えないでしょ?」
でも、穏やかなクォーツの言葉にハッとした。そうか、クォーツはあのパーティーの日の“部外者じゃなくしてあげる”って約束を守ってくれたんだ……。なのに怒ったりして、私ったら……!
「クォーツごめんね……、ありがとう」
お礼を言うと、クォーツは満足げに微笑んだ。
でも、やっぱちょっと自信ないな……。いやでも、季節で違う花が咲く魔法の木は是非育ててみたい!けど、聖霊の巫女のお祭りって確かゲームのシナリオに出てきてた気がするし、
「実はその祭りには、花の管理を学院が負っている報酬として生徒代表として生徒会の役員達が招待を受けるのじゃが……、花の世話係となれば、役員じゃなくとも一緒に祭りにお呼ばれ出来るぞ」
「ーっ!はい、私お世話係やります!やりたいです!!」
学院長のその一言で、『私で大丈夫なのか』と言う不安が『皆とお祭り行きたい!!』欲求で吹っ飛んだ。元気よく手を挙げた私を見て学院長も安心したように笑う。
「よし、決まりじゃな。ではフローラ皇女、わし……いや、私が差し出した封筒に入っていた“鍵”を出しておくれ」
え、鍵……?鍵なんか入ってたっけと一瞬悩んで、はっとした。あの扇形のブローチか!とそれを取り出した時、クォーツに名前を呼ばれた。
「フローラ、ちょっと手を出して?」
「え?うん、いいけど」
「「……っ!クォーツ、ちょっと待っ……」」
と、クォーツが片手をこちらに差し出しながら言うから、彼の手に自分の手を乗せる。ライトとフライが声を揃えて何か言うより先に、ちょっと失礼とクォーツが満面の笑みを浮かべる。次の瞬間、プスっと言う音と一緒に親指に刺すような痛みが走った。クォーツがほっそーい針で、文字通り私の指を刺したのだ!
「い、いきなりなにするのーっっ!!!?」
「まあまあ落ち着いて、必要なことなんだから」
「必要って、針で指先をわざわざ刺さなきゃいけない理由なんて……、ーっ!」
刺された傷自体は浅かったけどそういう問題じゃないと怒って慌ててクォーツから自分の手を取り返したその弾みで、刺された位置にぷっくり玉を作っていた血が机に出していた扇形ブローチに落ちる。その瞬間、ブローチがチカッと光ったかと思うと、嵌め込まれていた透明な宝石が、深い青色に変わっていた。思わずそれを手にとって、呟く。
「何これ、どうなってるの?」
「その石は“魔鉱石”の一種なんだ、今垂れた血を媒介にお前の魔力を石が記憶したから色が変わったんだな」
「魔鉱石って?」
「天然の鉱山とかから採掘される魔力を帯びた石の総称だよ。高価だから市場にはあまり出回ってないが、種類としては元から固定の魔力を持っていて石を持つだけで多少なら魔法が扱えるようになる“魔原石”や、術者が魔力を込めることで力を得る“契約石”とか。逆に着けた人間の魔力を完全に封じ込める力を持つ“魔封石”なんかがある。まぁ他二つはともかく、魔封石はまずそうそうお目にかかるもんじゃないかな」
「え?何で?」
「魔力を持つ重罪人の手錠や牢に使うために法務省が全部独占してるからだろうな。ちなみに今フローラの魔力に反応して変色したブローチの石は術者の体液から魔力を吸い込み記憶する“契約石”にあたるわけだが、だからっていきなりあいつの指に針ぶっ指したり俺の顔にシャンプー入りの水をぶっかける必要あったかなぁクォーツさんよ」
あぁ、だからライトの目が赤かったのか!私は血での契約になったけど、ライトはクォーツにぶっかけられたシャンプーが染みて生理的に出た涙でブローチの石と契約したらしい。彼が持ってるブローチの石は、深い紅色をしていた。
「契約の基準が曖昧なのがいけないんだよね、僕なんか振り向き様にいきなりブローチを口に押し当てられたよ……」
そう乾いた笑いを溢すフライのブローチも同じような扇形のデザインで、石は緑だった。となると当然と言うかなんと言うか、クォーツも石だけは黄色に染まった同じブローチを持っている。で、これは結局何?
「それは学院内でもこの空中庭園のような特別なエリアに出入するための許可証だ。これがあれば君達4名は衛兵が居ない時間帯でも自由にここに出入りが可能だし、契約石の力でもうその鍵……つまりブローチは、君達が手にしている時にしか鍵として作用しない。これならば、初等科の時のように貴方を僻む者達がここを勝手に荒らすこともないだろう。もし他に特別施設のなかで使いたいものがあれば、花の世話を引き受けてくれる感謝の気持ちとして一ヶ所だけ使用を許可するが、希望はあるかな?」
なんと、普通の生徒は使えないけど、学院にはプラネタリウムやソロコンサート用舞台、他にも古代資料を集めた書庫や、スパみたいに広い温水プールなんかがあるらしい。えーっ、選択肢が素敵すぎて迷うなぁ。学院長からの魅力的な提案にわくわくしていた時だ、急にキュルルルーっと、間抜けな音が響いた。私のお腹の虫が大きな声で鳴いたのだ。全員の眼差しが、ゆーっくり私に集まる。
わぁぁぁぁぁっ!ち、違うよ!これはダイエットの為にごはんの量減らしてるからで、決して私が食いしん坊キャラな訳じゃないから!
「あっ、いやっ、これは違う、違うから!!」
「ふふ……、はははははっ!育ち盛りに菓子のひとつも出さず長話をしてすまなかったな。ケーキはお好きかな?」
「がっ、学院長先生!本当に大丈夫ですからお構い無く……!」
そう叫ぶのもむなしく、学院長が指を鳴らすと机の上にずらりと並べられる美味しそうなケーキの数々にお腹は素直に反応する。が、我慢よフローラ。ここで負けたらご飯減らしてる意味ないでしょ!
「何おかしな顔してんだ?ほら、チョコレートのムースあったぞ、好きだろ?」
見たら誘惑に負けるから慌てて顔を背けたのに、ライトがそういって艶々に輝くチョコレートのケーキを私の前に置いた。だからダイエット中なのに!
「あ、なら僕は苺と飾りのクッキーあげるよ。指刺しちゃったお詫びに」
そう言って、クォーツがチョコレートケーキのお皿に更に魅惑的なトッピングを乗せる。いや、だから……!
「それなら僕の分も半分食べたらいいよ、味は良いけど甘すぎて全部は食べられないしね」
更にトドメとばかりに、半分に切り分けられた可愛いフルーツタルトがこの私の苦悩の諸悪の根元のフライの手によって私の皿に乗せられた。だから、ダイエット中なんだってば!!!まだ初日ですけども!
「何だ何だ、フローラ皇女はずいぶんと餌付けされているなぁ。どれ、私からも何かおまけを……」
って、学院長まで!?もう、もう、本当にもう……!
「お願いだから、皆して甘やかさないでぇぇぇぇぇっ!!!」
「え、なに、フローラどうしちゃったの?」
「さ、さぁ、僕もわかんない。昨日のパーティーじゃ普通にお料理もケーキも食べてたし」
「はぁ……、フローラ、こっち向け」
「え……、え!?」
ライトに呼ばれて振り向くと、目の前にフォークに乗ったひとくち分のチョコレートケーキが差し出されていた。いや、食べないよ!?とそっぽを向こうとしたけど、素早く私の顎に添えられたライトの手に動きを止められて、その隙に口にフォークを突っ込まれる。ナッツとミルクチョコレートの風味が口いっぱいに広がった。口に入ったものは仕方ない、ごくんと飲み込む私にライトが聞いた。
「どうだ?」
「うぅ、すごく美味しいです……!」
「だろ?ほら難しく考えないで食べろ」
ライトはいつの間にか私の好みの味を把握してるらしい。好みにストライクのチョコレートケーキはひとくち食べたらもう、止まらなかった。気付けばもう欲求のままに、無心でフォークを口に運んでいた。
「ごちそうさまでした……、って、あ!!!」
正気に戻ったのは、全てを平らげてフォークをテーブルに置いたときだった。あれほど皆に山盛りにされていたお皿は空になり、艶やかな底面がこんにちわしている。ま、また食べ過ぎた……っっ!!!
私これ食事制限だけじゃなくて運動もしなきゃ駄目なんじゃないかな……!
「さてと、ではそろそろお開きとしたいが、先ほどの使いたい施設は決まったかな?」
己の誘惑の弱さにうちひしがれる私に学院長が言う。
そういえば、ダイエットには水泳が良いと聞いたことがある……ので。
「温水プールでお願いします!!!」
そう即決した私に、その場の全員が苦笑した。
~Ep.64 ダイエットは明日から~
『なんて、それじゃ手遅れなんだから!』
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