Ep.61 悪役皇女は壁の花になりたい
「駄目だぁ、決まらないよーっ!」
白馬大暴走事件から二日。あの暴走の原因はどうやらあの白馬が苦手なハーブの香りのお香を乗馬場の近くで炊いた跡があったから多分それらしいんだけど、肝心のそのお香を炊いた犯人がわからないとか。私にあの日乗馬体験を進めてくれたお兄さんの特徴を伝えて調べてもらった結果全く該当者がおらず、どうやら彼は学院の役員ではないのかもしれないとか、なにやら色々とまだ引っ掛かる所はあるけれど。今の私はそれどころじゃない。何せ、今夜は新入生歓迎会と称した夜会があるのにまだドレスが決まってないのだ。
だって私!!センスにもスタイルにも自信ないんですよ!!!中学生になり毎日すくすく育ってますが、いまだお胸の成長期は来てません……!
「……姫様、落ち着いてください。ドレスならば王妃様から新しいものが届いておりますので」
段々と思考が脱線を始めた私に向かってハイネが取り出したのは、私が悩むことを見越したお母様から送られてきた可愛い水色のAラインドレスだった。お母様ありがとう!!
娘の悩みをピンポイントで見通して的確な解決策をくれる母の偉大さに感謝して、ハイネやメイドさん軍団とドレスに合うアクセサリーや小物を選んだ。
パーティー会場は、ゲームのスチルにも何度か出てきた中等科と高等科共用のイベントホールで行われる。白を基調とした建物に、天井には天使のガラス細工がついた煌めくシャンデリア。螺旋階段やバルコニーの手すりには、ピンクのバラが咲き誇る乙女チックな空間にテンションが上がる。あとでテラスにもちょっと出てみたいな!あ、そういえばゲーム内で、テラスが背景になったスチルが手に入るイベントがあった……気がするけど、思い出せないからいいや。今は昔の話より目の前のパーティーを楽しみたいし。
学生のみのパーティーで形式ばった場じゃないし、私はまだ婚約者も居ないので一人で会場入りしたけれど。改めて辺りを見ると婚約者にエスコートされて会場に入ってきている女の子もちらほら居るようで驚く。その中にこの間食堂で席を譲ってくれたミリアちゃんを見かけたら、なんとうちのクラスの委員長と腕を組んで歩いていてさらに驚いた。なんと!ミリアちゃんの婚約者はキール君でしたか。世間は狭いな……。
「それにしても皆居ないなー……」
世間は狭いが、会場は広い。テンション高く会場散策を楽しみながらいつもの面子を探すけど、ライトもフライもクォーツもレインも見当たらなかった。まぁ仕方ないか、三学年合同のパーティーだから参加人数多いし。
それに、ダンスの曲が始まれば、既にファンクラブ的なものまで出来るほど人気な皇子トリオの元には人集りが出来るだろうからわざわざ探さなくても大丈夫でしょうと結論付けた私は、ダンスの前に飲み物と軽食でもと立食コーナーへ向かった。通りがかりのボーイさんが持っていたピンクとオレンジのグラデーションが綺麗な炭酸の上にお菓子で出来た花が浮かぶ綺麗な飲み物に、ふと目が止まって立ち止まる。
何あれ可愛い!美味しそう!!とボーイさんに声をかけてその飲み物を貰おうとした時だ、ひときわ大きなファンファーレで一瞬辺りが静まり返ったあと、優雅なワルツが流れ出した。ダンスの時間だと、辺りにいたご令嬢方がササササっと目当ての男性を誘いに捌けて丁度テーブル周りも空いた。よし、今のうちにあの素敵な飲み物をゲットしてゆっくりご飯だ!
「あ、あの、フローラ様!!」
「……はい、何でしょう?」
ゆっくりしたいって言ってるのに!!いや、実際は声には出してないから思ってるだけだから周りにはわかりっこないけど!でもあまりに間の悪いタイミングで目の前に現れた人影につい落胆してしまう。
それでも淑女の微笑みを浮かべて正面を見てみれば、見知らぬ顔の男の子達が10人くらい集まって私を見ていた。何のご用だろうか?
「あ、ええと、その……よろしければ、一曲踊って頂けませんか!」
「ちょっと待て!フローラ皇女殿下、貴方様と最初の一曲を踊る栄誉は是非私に頂けませんか?」
最初に私を呼び止めたであろう男の子がそう言うと、隣から別の背の高い人が男の子を押し退けつつ私に手を差し出す。二人に触発されたのか、並んでいた男性陣が口々にダンスのお誘いを口にしだした。ガヤガヤしている彼らの向こうで、素敵な飲み物を持ったボーイさんが移動しようとしてるのが目に入る。あぁぁぁっ、このままじゃ飲み物が行っちゃう!
「あの、皆様のお気持ちは嬉しいのですが、わたくしまだダンスには自信がございませんのでまたの機会に……」
「そんなこと仰らずに!せっかくの歓迎パーティーです、貴方のような可憐な方が壁の花になるなど勿体ないですよ」
体よくお断りしつつさっと迂回してボーイに近づこうとした私の前に回り込み、特に背の高い先輩が食い下がってくる。うぅ、しつこい……!ボーイさんは角を曲がり、もう姿が見えなくなってしまった。あぁもう、この人達がしつこくするから!!
「あら、お上手ですのね。ですが本当にお気持ちだけで……わたくしはまだ一年ですし、ダンスホールへ出るのは先輩方が数曲踊られた後にいたしますわ」
「何を仰るのです、今夜は貴方達一年生が主役なのだから問題無いでしょう、新入生の歓迎パーティーなのだから」
いや本当、私は美味しい飲み物とお料理があるなら壁の花で良いですってば!
怒りたい気持ちを堪えて断り文句を続ける私を、逃がさないとばかりに彼等が距離を詰めてくる。あまりのしつこさに困り果てて一歩後ずさると、トンっと誰かにぶつかる感触がしてそのまま肩を掴まれ、迫って来る彼等から庇うように抱き寄せられた。
「すまないが、彼女は
一瞬びっくりしたけど、間近で聞こえてきた耳馴染みのある声に安堵した。私を抱き寄せたまま、純白の布地に金糸で美しい刺繍が施された如何にも皇子然とした衣装に身を包んだライトが微笑む。男性陣が一歩、後ずさった。
「な、なんと、ライト様と先約があるとは存じ上げませんで……!」
途端に狼狽えて笑顔をひきつらせた男性陣は、ライトの最近のどんな分野に置いても優秀だと褒めそやされる評判も知ってるんだろう。絶対敵わない相手の登場に、『申し訳ございませんでしたー!』と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
流石……と感心しつつお礼の為振り向いた私の前で、ライトが手にしていたグラスを差し出して軽く揺らして見せた。こっ、これは、見失っちゃったボーイさんが持ってた素敵な飲み物じゃないですか!
『飲みたかったんだろ?』と小声で囁いて、ライトが得意気に微笑んだ。わーい、やったぁ!飲み物はピーチとオレンジのフレッシュな炭酸ジュースだった。
飲んだら一曲踊ろうかとライトに誘われるままホールに出る。本来なら下級生は隅っこで踊るべきなんだけど、ライトが現れるなり他の踊っていたペアが然り気無く移動して場所を空けてくれた為に、私とライトはホールのど真ん中で踊ることになってしまった。ど、どうしよう、こんな注目集める場所でライトの足踏んじゃったら……!
「緊張してるのか?大丈夫だ、踏まれそうになったらちゃんと避けるから」
「ちょっと!踏まれる前提で言わないでよ。余計緊張しちゃうじゃん……!」
ホール内では、音楽も響いてるし周りのペアとは距離があるしで素で話してても聞かれる心配はない。ライトが至っていつも通りな口調で然り気無く失礼なことを言う。失礼な、そう言うこと言うとわざとヒールの部分で踏んづけちゃうぞ!
「ははっ、ごめんて。それ新しいドレスだよな?可愛いじゃん、似合ってるよ」
「ーっ!ありがとう、お母様から今日届いたんだ。さっき珍しく男の子にいっぱい誘われたのもこのドレスのお陰かもね」
私が拗ねたのに気づいたのか、ライトが話を変える。ちょっと子供扱いされてる気もしないでもないけど、直球で褒めてもらってご機嫌に笑う私をリードしながら、なぜかライトは困ったように笑った。ターンしたことで、白いバラと真珠がついたドレスの裾がふわりと広がる。
「いや、それは違うと思うぞ……!あいつ等がしつこかったのは、お前がまだ婚約者が居ない上に、最初の一曲目だったからだろうさ」
「最初の一曲……そういえば皆やたらと一番目にこだわってたな。何か理由があるの?」
「婚約者が居る人は、普通一番最初は婚約者と踊るだろ?それと同じで、婚約者の居ない人間でも初めの一曲の相手は親しい人を選ぶのが常識なんだ。だから彼等はお前に一曲目に付き合ってもらって、自分はお前と親しいんだと周りに思わせたかったんだろう」
「打算的!!えー、何かそういう邪な目的でのお誘いは嬉しくないなぁ」
「まぁ打算だけであそこまでしつこくは普通ならないからな、多分少なからず彼等はお前が……」
「え?何??」
「……いや、何でもない。終わったから下がるか」
純粋にモテてた訳じゃなかったのか、そうだよね……とちょっと凹む私に、何か言いかけて口をつぐんだライトが苦笑しつつ、一曲目のダンスは無事終わった。
さぁ今度こそご飯だ!と、お料理を見ながらも話はさっきの続きになる。
「とにかく、一番最初に踊る相手はあんまり知らない相手じゃなくて仲良しな人が良いってことだよね。つまり、ライトかフライかクォーツに相手をして貰えば良いんだ」
そう確認したら、飲み物のグラスをメイドから受け取っているライトの手がピクリと一瞬止まった。『あぁ、そうだな』と、こちらに振り向かずに答えるライトの声がワントーン低くなった気がして顔を覗き込むけど、視線を逸らされてしまった。
「ライト、何か怒ってる?」
聞くと、ライトの肩が一瞬跳ねた。一息に飲み物を飲み干したライトが、いつもよりぎこちなく微笑んで私を見たのと同時に、会場内にライトを名指しで呼び出すアナウンスがかかる。学院の夜会の主催は生徒会が勤めるから、仕事絡みのお呼び出しだろう。
「いいや、何でもない。ちょっと行ってくるけど、その間あんまはしゃぎすぎたり食べ過ぎんなよ。じゃあな」
「う、うん、お仕事頑張ってね」
最後にポンポンと私の頭を叩いたその手の力も普段より少しだけ強かったし、声音も低いまま。ライトは足早に去っていった。
「やっぱライト、何かイライラしてたよね……でも何で?」
ダンスの間は普通だったのに……足も踏まなかったよね?なら何で怒らせちゃったのか……。考えても原因がさっぱりわからなくて、サンドイッチをもぐもぐしながら一人私は首を傾げた。
~Ep.61 悪役皇女は壁の花になりたい~
これはまた丁度良いタイミングで呼び出された。あのままフローラと一緒にいたら、俺はフローラに対して素っ気ないまま接してしまったかも知れない。あいつは別に、何も悪くないのに。
胃よりも少し上、胸に近い位置を小さくだが鋭く刺すような痛みに、生徒会室へ向かい階段を下っている足が止まった。“また”だと、痛む位置を服の上から押さえ付けて小さく息をついた。
「何イライラしてんだ、俺は……」
普段皆で仲良くしている時にはなんてことはないのに、本当にたまに、ごく稀にだが……フローラの口から他の男の名が出ることが、堪らなく不愉快な時がある。さっき、あいつが最初のダンスの候補にフライやクォーツの名を挙げた瞬間も、そうだった。でも考えてみれば、俺もフライもクォーツも、あいつの友人なことには変わらないんだし、怒る理由なんか微塵もない。
わかってる。頭ではそう納得は出来るのに、心臓に絡み付くようなモヤモヤした感覚は何故消えてくれないのだろうか。ズキッと胸の奥が傷みに疼くのを誤魔化す為に、左胸を更に強く押さえ付けた。
『俺だけ見てみればいいのに』なんて。そうどす黒く胸を支配する感情の理由を、ライトはまだ知らない。
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