Ep.60 悪役皇女は守られる

 何が原因かさっぱりわからないまま、暴走白馬から振り落とされないよう必死にしがみつく。振動で体が弾んでは馬の背中に叩きつけられて痛いしもう腕も痺れてきて力が入らないけれど、そんなことは言ってられない。この高さに加えて暴走馬の速度の反動付きで投げ出されたら、下手したら死ぬ。


「きゃーっ!フローラ様!!!」


「……っ!わたくしは大丈夫です、皆さん巻き込まれない内に柵の外へ……ーっ!!?」


 私の異変に気づいてくれた同級生の女の子達に避難を促そうとしたところで、更に馬の暴走が増した。人集りがある方に刺激されて、暴走白馬がそちらに向かって進行方向を急転換したのだ。このままじゃ他の人に被害が出る……!

 舌を噛まないよう口を嗣ぐんで、咄嗟に思い切り手綱を引いた。速度は全然衰えないけど、ぐるんっと馬の進む方向が変わる。よかった、これであの子達にぶつからずに済む……。

 でも、そう安堵の息をつけたのは一瞬だった。私が無理矢理進む先を変えさせたその先は、馬の脱走を防ぐ為に頑丈に作られた柵だったのだ!しかし、手綱を引いてももう馬は止まらない。さっき方向を変えさせるために力を使いすぎて、そもそも上手く手綱を引っ張れないんだもん。駄目だ、ぶつかっちゃう……っ!!


「はぁ……、全く、相変わらず手がかかるな君は……!」


「……っ!フライ!?あっ、危ないよ、なにする気!?」


「何って、乗らないと止めようがないでしょう?」


 速度は全く衰えてないはずなのに、恐怖で迫ってくる柵の動きがゆっくりに見えて。耳にも、地響きのように鳴る蹄の音しか聞こえない中、不意に呆れたような声が聞こえた。

 薄目でその方向を見ると、いつの間にか暴走馬に並走できる早さで颯爽と隣を走っている馬が居て、その馬を走らせていた人が軽い身のこなしでひらりと暴走馬に飛び移ってくる。後ろから抱き締めるように支えられた私の視界の端で、フライの翡翠色の美しい髪が風になびくのが見える。

 普段の中性的な容姿からは想像がつかないくらいの力で思い切り手綱を引かれて、大きく嘶いた暴走白馬は柵に激突する寸前でゆっくりと停止した。


「全く……、怪我はない?」


「うん、本当にありがとう……!」


 後ろに座っているフライを見上げながらお礼を言うと、フライは少しだけ得意気に微笑んだ。



「さて、何か申し開きはあるかい?」


「う……!ご、ごめんなさい……!!」


 フライによって暴走白馬から救出された私は、乗馬場近くの小さなベンチで仁王立ちのフライから取り調べを受けていた。

 私を見下ろしてくるフライの眼差しは、小さい頃嫌われてた時の視線よりも冷たいと言うか、完全に呆れきっているように感じる。そりゃそうだよね、一歩間違えば周りの人達に大怪我させちゃうところだったんだもの。それに、私自身かなり危険な目にあった。まだ恐怖で、少し震えている手足がバレないよう気を付けながら懸命に言い訳を考える。


「フローラ、大丈夫!!?」


「ーっ!レイン!!!」


「暴走馬のこと聞いたよ。一人にした上に危ない目にあってるとこ助けてあげられなくてごめんね、ごめんなさい……!」


 上手く言葉が出てこなくて無言だった私に、息を切らしたレインが抱きついてきた。騒ぎを聞き付けて、慌てて戻ってきてくれたらしい。ぎゅうっと正面からしがみついて『一人にしてごめんね』を繰り返すレインの背中を、ゆっくりと擦る。


「私こそ、心配かけちゃってごめんね。でも大丈夫だよ!フライが助けてくれたから」


「そう、よかった……!でも怖かったでしょう、フローラ、手が震えて……」


「ーっ!ち、違うよ、これは感動してるせいだから!助けてくれた時のフライ、凄かったんだよ!暴走してる馬に負けない早さで他の馬で追い付いてきて、こっちの馬に飛び移って来たの!カッコよかったんだよ、本当に男の子みたいで!!」


「本当にも何も間違う事なき男だよ!君は一体僕をなんだと思っているんだ!!」


  ありゃ?誉めたつもりが怒らせちゃったわと肩を竦めた私を見て、レインも苦笑する。まぁ、わざとちょっとふざけた感じでフライの地雷をつついたんだけどね。

 狙った通り、フライは『全く君って奴は……!』と拗ねたように怒ってベンチに放り出してあった制服の上着を羽織り直し、荷物をまとめ始めた。よかった、散々迷惑かけた上に、まだ怯えてるなんて知られたら余計な心配かけちゃうもんね。

 そうこっそり息をつき、小鹿のようにプルプル震えてる自分の足を擦っていた時だ。急に身体がベンチから離れた。いきなり感じた浮遊感に、抱き上げてきた犯人の首に思わず両手を回してしがみついてしまう。ぎょっとしたまま私をお姫様抱っこにしたフライの顔を見上げれば、全くいつも通りの微笑を浮かべた彼が私を見ていた。


「……甘えたがりな性格をしているわりに、妙なところで強がりだな、君は」


「な、なんのこと?私元気だよ、ほら!もう踊っちゃうくらい!!」


 フライに抱えられたまま、腕だけでリズムを刻んで元気をアピールする。レインが吹き出してくるっと背中を向けたのが恥ずかしいし、自分でも一体なにしてんだと思うけど、あとには引けずひとしきり元気アピールを済ませてからフライに『だから下ろして?』と言ったら、むしろ逆に更にしっかり抱え直された。何故だ!と、思ったら、私をまじまじと見据えたままフライがため息を溢す。


「いいんだよ、……足が震えているのを無理に誤魔化そうと軽口を叩いて話を逸らさなくても」


 バレてる!抱き抱えられたままビクッと肩を跳ねさせた私に、『わかりやすいな』とフライが笑う。うぅ、上手く誤魔化せたと思ったのに……。

 悔しがる私を抱えたまま涼しげな顔をしているフライを見て、敵わないなと体から力が抜けて一瞬フライの胸に体を預ける。小さくだけど、フライの鼓動が聞こえるのが妙に恥ずかしくて。そこでようやく、自分がどういう状況なのかを改めて悟った。待って、私今お姫様抱っこされてるよね!?


「どうせ足が震えていて歩けないだろう?このまま医務室まで運ぶから」


「ち、ちょっと待って!この気恥ずかしいかつ悪目立ちする体勢のまま校舎の反対側にある医務室まで運ばれるなんて、何の罰ゲーム!?駄目だよ、下ろして!何よりフライの腕が途中で死んじゃうよ!!」


「恥ずかしいのなら、女の子の友人に運んで貰っていると思ったらどうだい?心配されなくても、僕だってそこまで柔じゃないさ」


 しまった、散々中性的な容姿を弄ってきたのを逆手に取られた!レインに助けを求めて視線を向けるとレインは迷うように私とフライを交互に見たけど、フライが『レインも、無理はしない方がいいと思うよね?』とにっこり微笑んで言えば、青ざめつつも頷いた。


「わーんっ、レインの裏切り者ーっ!」


「ーっ!や、やだなぁ大袈裟な……。でもフライ様、生徒会のお仕事大丈夫なんですか?」


「あぁ、構わな……」


「大丈夫じゃありませんよ!こんなところにいらっしゃったんですね、探したんですから!」


 レインの細やかな助け船を一蹴しようとしたフライの言葉を遮ったのは、ぷりぷりと怒ってますアピールをしているマリンちゃんだった。

 レインはマリンちゃんが苦手なのか、彼女が現れるなり『教室に行ってフローラの鞄取ってくるね』と走り去ってしまった。

 フライに抱き抱えられたままの私を見て、マリンちゃんがフライに向き直る。


「お仕事サボってなにやってるんですか?フライ様!もう資料まとめないと間に合いませんよ!?フローラ様も、仲間はずれにされた腹いせか知りませんけど、わざと騒ぎを起こして私達の仕事の邪魔した上にお姫様抱っこで医務室まで運んでもらおうなんて、ワガママにもほどが……」


「……うるさいな」


「ーっ!ちょっ、フライ……!」


 いかにも私が正義ですと言わんばかりのマリンちゃんの言葉が、フライのいつもよりワントーン低い声音で呟かれた一言で止まった。


「ひ、ひどい!私はただフライ様のお仕事が終わらなかったりしたら心配だし、フローラ様がどんな手を使っても王子様方を自分の思い通りにしようとしてる悪女だなんて誤解されちゃったら可哀想だなって思って……っ」


「その心配には及ばない、会長に提出するための資料なら今しがたまとめたよ。『馬の安全管理に難あり』だとね。それに、彼女とは初等科の頃から付き合いがあるし、僕達に交友が有ることは周知の事実だ、部外者の君にどうこう言われる筋合いはない。余計なお世話だよ」


「そんな……っ、ひどい……っ!」


 淡々と冷たく言い放つフライの前で、マリンちゃんが両手で顔を覆ってしゃがみこむ。泣いちゃったんだろうかとフライの腕から反射的に降りようとしたけど、後頭部を片手で押さえられて力付くでフライの胸に顔を埋めさせられた。耳も塞がれて、二人の会話が聞き取れなくなっちゃった……まぁ仕方ないか。フライの腕の中は、ミントみたいな、爽やかないい香りがした。


「……泣いている暇があったら聞かせてほしいね、フローラが乗っていた白馬が暴走していた間、忽然と姿を消していた君が今までどこに居たのかを」


「ーー……あら、怖いから避難してたに決まってるじゃないですか。私、か弱い女の子ですもの。一人でお部屋に戻るの恐いなぁ……」


 マリンがしゃがみこんだまま、上目遣いに自分を見上げる姿に、フライは正直寒気がした。無意識に、腕のなかにおとなしく収まっているフローラを抱く腕に力が入る。


「あ、そう。ならいいけど。じゃあ、資料は僕が提出しておくから、怖い体験をしたばかりのか弱い女の子であるマリンさんは、一刻も早く部屋に帰るといいよ」


 これ以上、この薄ら寒い笑みの不気味な少女の近くに居るのは不愉快だ。一息に言いきったフライは、フローラを抱き抱えたまま、ただの一度も振り返らず医務室へと歩き出す。


 “ヒロイン”の仮面を脱ぎ捨てたマリンが凄まじいどす黒い感情をフローラに向けていることには、まだ気づかなかった。








「治療用の薬剤が足りないな……、魔法薬学の教授にポーションを貰ってくるよ。少し待ってて」


 結局、本当にお姫様抱っこのまま医務室まで運ばれてしまったわ……!


「い、いいよお薬なんて!」


「駄目だよ、散々馬に振り回されたせいで身体中打撲だらけなんだから。大人しく待ってるんだよ、いいね?」


「でも、これ以上迷惑かけたら悪いし……!」


 そう言ったら、フライは目を瞬かせてから呆れたように笑った。


「おかしなことを言うね、“友達”なのだから、助けるのは当たり前でしょう、違う?」


「ーっ!ち、違わない……です」


 フライから初めてハッキリ友達って言われた!驚いて弛んだほっぺたに手を当てて誤魔化してる私を見透かしたように笑って、フライはお薬を貰いに出ていった。一人で真っ白い医務室に取り残されて、正直ちょっと暇だ。

 先生は他の場所で出た怪我人でも見にいってるのか、姿がない。これ、このタイミングで他の怪我人とか病人来ちゃったらどうしよう……と思ってたら、閉め切られていた医務室の扉がいきなり開いた。噂をすればなんとやら、本当に患者が来てしまったらしい。


 一体誰だろうかとベッドから身を乗り出した先に居たのは、擦りむいたらしい腕に可愛い柄のハンカチを当てている私のクラスの委員長、キール君だった。


「まぁ、大丈夫ですか?」


「ーっ!えぇ、少々擦りむいてしまいまして、婚約者にハンカチを借りたのですよ。先生は留守ですか?」


 キール君の問いに頷くと、彼は『じゃあ勝手にお借りします』と救急箱を開けて慣れた手つきで自分の傷を治療した。箱を片しながら、キール君が首をかしげる。


「ところで、フローラ様は何故こちらに?見たところお怪我は無さそうですが」


「あ、ええと、少々トラブルで足をやってしまいまして、フライ様にここまで運んで頂きましたの」


 流石に馬を暴走させちゃったとは言えなくてやんわり要点を誤魔化した言い訳で乗り切ろうとしたら、なぜかキール君の目付きが鋭くなった。


「……左様でございますか。では、私はこれで」


「えぇ、お大事に。……?キールさん?」


「フローラ様、ひとつご忠告しておきます。フライ・スプリングをあまり信用されない方がいい。彼は、誰にでも優しいふりをしながら他者に自分の心を開いたりは決してしない、情のない氷のような男だ。早めに縁をお切りになることをお薦めしますよ」


「ーっ!そんなことありません、フライ様は私の友人です」


「どうだか……。止めておきなさい、貴方とて、自分に何の感情も持たない人間と深くは付き合いたくないでしょう」


 いきなりなんだと、失礼な!いい加減怒るよ!?と言いたいけど、皇女としての立場もあるし……と悩んでいたら、扉から出ていこうとしていたはずのキール君がいつの間にか至近距離で私の顔を覗き込んでいた。


「善意の忠告は、素直に聞き入れた方が良いですよ?」


 そう上から目線で言うキール君の指が延びてきて私のほっぺに触れる。いきなりのこととその手の冷たさにびっくりしてのけぞるけど、ベッドの背もたれで逃げ道を阻まれる。


「ちょっ、止めて……っ」


 抵抗の声をあげようとした時だ、すごい勢いで医務室の扉を開けて駆け込んできた人が、私に触れてた方のキール君の腕を掴んで引き剥がしてくれた。


「おい、フローラから手を離せ!」


「ライト!!」


「おや、これはライト様、ご無沙汰しております」


 怒った様子のライトに対し、キール君は至って冷静だ。鋭い目付きでキール君を睨みながら、ライトが私の前に立つ。それだけで、なんだかすごく安心した。


「……フローラに何を言った?」


「何がです?世間話しかしておりませんよ、では失礼」


 ライトの圧にもまるで怯まず、キール君はさっさと医務室から出ていった。

 フライは薬はもらえたけど、今回の事故の話を聞きたいと先生に捕まってしまったらしい。小さく息をついたライトがフライから預かったという薬を私に渡してくれたのでそれを飲み干してから、『俺が部屋まで送るから』と右手を差し出してくれる。

 その手に自分の手を重ねた。ライトは平気な顔をしてるけど、額に汗がにじんでる。走って様子見に来てくれたのかな……。


「……ごめん、危ないときにそばに居てやれなかった」


「ーっ!いいよ、お仕事だったんでしょ?ライトはどこを見てきたの?」


「ああ……、学祭の剣術大会に使う闘技場と、剣の稽古場。上級者同士が喧嘩してて誰も止められねぇって言うから、二人まとめて叩きのめして反省させてきたんだ」


 彼らしいその返事に笑ってしまった。

 ライトはまた守れなかったっていってるけど、ライトに手を引かれてるお陰で、恐い経験のあとでも私は人気のない、無駄に長い廊下も不安にならずに帰ってこれた。部屋の前で手を離したライトが、ふわりと微笑んで私のほっぺを優しく撫でる。さっき、キール君に触られた方だ。冷え冷えでずっと残って嫌な感覚が消えて、ほっとした気持ちになる。


「……あんま親しくない男に気許すなよ、危ないぞ」


「へ?」


 ライトの呟きに首を傾げると、ライトは一瞬はっとした顔になって視線を逸らした。口元を片手で隠しながら何か呟いてるけど、よく聞こえない。どうかしたのかな?


「……って、何言ってんだ俺は。まぁとにかく、キールからフライについてなにか吹き込まれても気にしないように」


「うん、わかった」


 頷くと、ライトは穏やかに微笑んで頭を撫でてくれる。いろいろモヤモヤする事がいっぱいな1日だったけど、最後が温かい気持になれる出来事だったから、きっとぐっすり眠れそうだと微笑みながら、ライトの背中を見送った。


    ~Ep.60 悪役皇女は守られる~







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