Ep.62 拝啓、意地悪ポジションの皆様

 さて、腹ごしらえも済んだし次は誰を探そうかと思ってブラブラしていたら、急に口を塞がれて柱の陰に引き込まれた。


「んぐっ!な、何!?」


「しーっ!静かに!僕だから安心して!いきなりごめん、ちょっと頼みたいことが……!」


「クォーツ!え、ぼろぼろじゃない、どうしたの!?」


 私を引き込んだのは、まるで追い剥ぎにでもあったように服装が乱れたクォーツだった。


「あはは、年上のお姉様方に捕まっちゃって色々と……ね」


 そう言葉を濁すクォーツの目は完全に死んでいる。よほどひどい目にあったに違いない。可愛らしい顔立ちで割りと小柄で性格も控えめな彼は、肉食系のお姉様方の格好の餌食なのだ。


 追い剥ぎ……もといお姉様方の熱烈アピールによって乱れた服を着替えたいと言うので、私はクォーツを隠しながらこっそり螺旋階段の上にある休憩室へと移動する。小さな休憩室に備え付けられていた予備の衣装に着替えたクォーツが、階段の上から下のダンスホールを見下ろしていた私の元にかけてきた。


「はぁ、助かった……!ありがとう、フローラが通りがかってくれてよかったよ」


「どういたしまして。あれ?クォーツはリボンタイなんだね」


「うん、まぁね。この方が可愛いでしょ?僕が」


 あれっ?クォーツそんな性格だったっけ!?と思ったら、まだ中等科に入ったばかりだし、今後立ち回りやすくなるために上から可愛がられるに越したことはないだろうってことらしい。策士だ。

 それにしても、クォーツと話すの久しぶりだなぁ。


「こうやってフローラとゆっくり話せるの久しぶりだよね。生徒会の仕事で僕、最近花壇の方行けてなかったし」


「そうだねぇ、名誉なことではあるけど大変そうだもん。三人ともお疲れ様。そうだ、初等科で私たちがお世話してた花壇のハーブが咲いたよってお世話の仕方を教えてくれてた庭師さんがこの間葉っぱ持ってきてくれたから、今度ポプリにして持っていくね」


 素敵なハーブの香りで癒されてくださいと言ったら、クォーツも楽しみだと笑ってくれる。ここはパーティーのメインエリアじゃなく人気もないので、賑やかな一階を眺めつつ二人でほのぼのと笑い合った。


「ところで、レインとフライ見なかった?探してるけどまだ会えてないんだー」


「あぁ、レインはさっき僕と一曲目を踊ったあと、小腹が空いたからって料理の方へ行ったよ。フライは……」


 あら、じゃあレインとは入れ違っちゃったかしらと首を傾げたところで、流れていたワルツが止まって下のダンスホールが静まり返る。明かりが一旦全部落ちた中でスポットライトが照らし出したソロ奏者用のステージに現れたのは、バイオリンを持ったフライだった。


「噂をすればだね。毎年一年生代表で一人演奏を披露しなきゃいけないらしくてさ、今年はフライが選ばれたんだよ」


 そんなのあったんだ、知らなかったな。

 フライが注目の中、静かに楽器を構える。辺りに響いたフライのバイオリンの音色は春の風のように穏やかに心に染み込んでくる。一曲目の演奏が終わると、拍手喝采が巻き起こった。私もパチパチと全力で手を叩く。ステージのフライは輝いて見えた、スポットライトが明るいからだけじゃなく、何て言うか、洗礼されたその立ち居振舞いに自然と見惚れてしまうのだ。


「バイオリンてあんな澄んだ音出るんだね……!」


「はは、そんなに目キラキラさせちゃって、感動した?スプリングの人は音楽や美術に秀でた人が多いんだよね、その中でもフライは特に上手いけど」


「そうなんだ!いいなぁバイオリン、弾けたらなんかおしゃれな感じだよね!!クォーツは何か楽器弾ける?」


「ん?バイオリンは弾けないけど、三味線とお琴と尺八なら嗜む程度には弾けるよ。あと、ライトは鍵盤楽器なら大抵いける筈。3歳まで教会に居たらしいからパイプオルガンもいけるんじゃないかな」


 おぉっ、なんか色々初耳な情報が出てきたぞ。それにしてもクォーツの楽器のチョイスが渋い!流石アースランドの皇子様だと感心していると、演奏を終えたフライが舞台から降りる姿が見えた。


「呼んだら気づくかな?」


「あはは、流石にここ2階だし距離がありすぎるよ」


「おーい、フライー!」


「って聞いてないし!」


 クォーツはそう言うけど、手を振って呼び掛けるとフライがふとこちらを見上げた。それを指差して、無理だよと笑っていたクォーツに言う。


「聞こえたみたいよ」


「嘘、本当に!?」


 クォーツも身を乗り出して下を見て、『本当だ』と呟く。私とクォーツを見てやれやれと言うように首を横に振ったフライはこっちに来ようとしたけど、その前に演奏に惹かれて集まってきた美しく着飾ったご令嬢軍団に囲まれてしまった。あらら、これはかなりの人数と踊らないと解放してもらえないだろうなぁと、ダンス地獄へ拐われるフライを見て苦笑して、ふと感じた寒気に体を震わせた。ゾクッとするほどの敵意を放っているのは、射殺しそうな勢いで舞台袖からフライを睨み付けているキール君だった。

 そのただらぬ雰囲気に驚いて青ざめた私に気がついたクォーツが『どうしたの?』と聞いてくれる。そうだ、ライトもフライもキール君と知り合いみたいだし、クォーツも何か知ってるかも?


「ねぇ、キール君とフライって仲が悪いの?」


 私の質問に、フライを睨み付けているキール君の姿に気づいたクォーツが『あぁ……』となんとも言えない顔をした。


「アルヴァレス家のキール君かぁ、彼は昔からフライを目の敵にしてるからね」


「そうなの?なんでまた……」


「アルヴァレス家は元々非常に優秀だと称えられる家系でね、その分野心家の血筋なんだ。それで初等科に入る少し前、親に唆されたキール君がフライに勝負を挑みに来たんだよ。『負けた方は初等科での学院入学を諦める』って条件まで設けてね」


「ええっ?なんでそんな馬鹿な約束を……!」


「アルヴァレス家の当主……つまりキール君の父君は、歴代最優秀とされる皇子を負かせることで、王位継承権が自分の息子にも来る可能性を得たかったんだよ。公爵の血筋には少なからず王族の血が混ざっているから、血統的には継承権を得られる可能性は充分あるしね」


 首を傾げた私に、クォーツが簡潔に説明してくれる。なるほど、どんなに平和に見えてもここは貴族社会。悲しいけれど、権力争いに子供が巻き込まれるのはよくある話である。


「それで、フライは初等科から入学してキール君は中等科から入ってきたってことは、その時の勝負はフライが勝ったの?」


 勝負の条件からしてそういうことだよね?と推察したけど、クォーツは困り顔で首を横に振った。


「それが……、ああ見えてフライも結構人が良いでしょう?勝負の途中で親から政略の道具にしか見られていない彼が可哀想になったのか、手加減してわざと引き分けにしたんだよ。そしたら、キール君が逆に『馬鹿にするな!』って怒っちゃってさ。で、結局フライは初等科から入ったけど、彼は入学を中等科からにしたわけさ」


 そ、それは……。フライに悪気は全く無かったんだろうけれど、矜持の強い性格の人相手に手加減や情けは逆に逆鱗に触れる場合も多い。クォーツの口ぶりからも当時はかなり荒れただろうことが予想できて、なんとも言いがたい気持ちになった。


「で、キール君はフライと本気で決着をつけたくてことある毎に色々挑んでくるんだけど、フライは自分が彼に勝つと彼の親が暴走するんじゃないかと危惧して、国の安定とキール君自身の立場の安全の為に挑戦をのらりくらりかわしてる。でも彼自身に『君の為に勝負は受けません』なんて言えないでしょ?だからキール君は単に相手にされてないと思い込んで、余計意固地になってるんじゃないかな」


「な、なるほど、よくわかったわ……」


 複雑すぎる内容にめまいがして、ふらりと近くの長椅子に腰掛けながら思った。キール君が何故フライが冷血な人間だと言ったのかを。誤解だとわかってると、尚更、悲しいな……。先に今の話を知ってたら、キール君と医務室で話したあのときに何か出来たんじゃないかと、後悔のため息が溢れる。


「駄目だな、私。友達なのに、皆のこと全然知らなくて……こんなだから、マリンさんにも部外者なんだから引っ込んでてって言われちゃうのかな」


 どんなに足掻いても、私のゲームでの立ち位置は悪役皇女。本来ならば、皆と一緒にこうして楽しく過ごせる日々は無かった立場の人間だから、時々どうしても不安になっちゃうんだ。

 ライトが教会育ちだとか、フライとキール君の過去とか、クォーツが弾ける楽器の種類とか。些細かもしれないけど、知らなかったことの数だけ皆と距離があるような気がして寂しくて。マリンちゃんに……まさしく正しいヒロインのあの子に突きつけられた『部外者』と言う言葉が甦る。よりによって、こんなタイミングで。


 ポツリポツリと弱音を吐き出して顔をあげると、クォーツはぽかんとした顔をしていた。ハッとなって、慌てて視線をそらす。

 ああああ、何弱音吐いてるの私!せっかく楽しいパーティーの夜なのに!クォーツ困ってるよ、申し訳ない……!


「な、なんてね!私は役員じゃないし部外者なのは当たり前だよね!ごめん、今のは忘れて……」


「別に良いじゃん、知らないことがあるならこれから知れば。僕達はこれからも、ずっと友達なんだから」


 無理矢理笑って言い訳していた私に向かって、クォーツが言う。まるで何でもないようなその言い方に、あれほど渦巻いてた不安が消えた。


「大体、友達だからって普通相手の全部なんて知らないよ。問題なし!」


 『ね!』と笑って、クォーツが私の背中をポンっと叩く。流石は大地の皇子、おおらかだ。そのおおらかさがすごく、ありがたかった。


「うん、そうだよね。これから知れば良いよね!」


 クォーツのお陰で元気が出てきた!笑った私の頭をクォーツが撫でる。


「そうそう。それに、生徒会絡みの方での部外者扱いならどうにか出来るかも知れないよ、丁度いい話があるんだ」


「えっ?何々?教えて!」


「ふふ、まだ内緒!」


「えぇ~っ、そんな気になる言い方しといてそれは無いよ……!」


「あはははっ、いいじゃない、その時が来たらわかるから。さっ、僕らも一曲躍りに行こー!」


「あっ、ちょっとクォーツ!!」


「いいからいいから、ライトとも踊ったんだし僕の相手もしてよ」


 ぶーっと膨れる私に対してあっけらかんと笑ったクォーツに手を引かれてダンスホールに引っ張り出される。実際仲良くなってみて思うようになったけど、クォーツ、意外とマイペースさんだよね。

 そんなマイペースさんなクォーツは、一曲躍り終わると『ちょっと早いけど僕疲れたから帰るね』と、次に彼と踊りたがっていたご令嬢達のハンターな視線をまるっと無視して会場を出ていった。お陰で彼女達のやり場の無い怒りが、さっきクォーツと踊っていた私に向けられる。うわぁ、クォーツファンは先輩が多いから余計恐いぞー!

 これ以上彼女達を刺激しないよう大人しくお料理を楽しんでたら、途中で小さいケーキがこれでもかってくらいに出て来はじめたので、いつの間にか全種類制覇に夢中になってしまった。

 でもこれは決して暴食じゃない、美味しいお菓子を作るためには、美味しいものを食べるのもお勉強なの!!いや、でもやっぱ食べ過ぎちゃったな、クリーム系のやつばっか食べちゃったし、会場内は人も多いから気持ち悪くなってきちゃった。


 もうすぐパーティーはお開きの時間だけど、このままだと女子寮まで歩くのもしんどそうだ。どこかで少し休みたいけど、でもどこで?と考えて、ふとゲームの舞踏会でのイベントスチルが頭を掠める。そうだ、テラスなら外の空気も吸えていいかも。


 ぶらりとテラスに出ると、意外と広くてびっくりした。バラに彩られた柵まで近づいて空を見上げる。月がないからちょっと暗いけど、お星さまが綺麗だな……。ゲームでもヒロインがこのテラスで、攻略対象と二人きりで星空を眺めるイベントがあった筈だ。どの攻略対象のイベントだったかは忘れたけど、確か女の子達の憧れの的である皇子達と真っ先に踊ってたのを僻まれて、テラスに閉め出されるんだったな……。と思い返していた時、後ろからガシャンッと金属音が響いた。


「えっ、え、え!?嘘でしょ!?」


 慌てて会場につながる窓に駆け寄ると、窓はしっかり閉め切られた上に会場側からかんぬきまでかけられてるのがガラス越しに見える。しかもわざわざ人気が少ない二階のテラスに居たせいで、パーティーお開きと同時に中の明かりが消えてしまった。

 さぁー……と、血の気が引く感覚がする。


「し、閉め出されたぁぁぁぁっ!だ、誰か居ませんかーっ!?」


 掌で窓を叩くけど、返事は返ってこなかった。


    ~Ep.62 拝啓、意地悪ポジションの皆様~


『私はヒロインではありません……!!』なんて呟いて、閉め出された悪役皇女はがっくりうなだれるのだった。




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