Ep.59 慣れないことをするものじゃない
結局昼食は中庭を止めて食堂で済ませることにしたんだけど、出遅れたせいで席がない。レインと二人で困りつつうろうろしていたら、食堂の端っこのテーブルにひとつだけ空席を見つけた。
「ひと席か……どうしよ、離れて座る?」
「フローラ様、こちらも空きますからどうぞ」
そんな相談をレインとしてたら、空席の隣で一人でご飯を食べていた女の子が立ち上がり席を譲ってくれた。
先に座っていた人を無理にどかすなんて悪いと遠慮しようとした瞬間、私のお腹の虫がこれまたタイミング悪く主張の声を鳴らす。私のお腹のバカ!!幸い目の前のこの子とレインにしか聞かれなかったみたいだけど、恥ずかしい……!
「ふふ、私のことならお気になさらず。丁度この後婚約者と待ち合わせがありまして、もう席を立つ時間だったんです」
うつむいている私に向かっておっとり微笑んだその女の子のお言葉に甘えて、ようやく昼食の席に着いた。彼女には後日お礼のお菓子を渡すべくお名前も聞いた、ミリアちゃんて言うらしい。そして私は、明日からもう少し朝ごはんの量を増やすべきか自分のお腹の虫と要相談すべきだと決意した。大体パンだからすぐお腹空いちゃうのよね!やっぱりお米にすべきかしら……。
そんな反省からお昼御飯はドリアをしっかり食べて、しっかり食べようとして熱すぎて火傷した舌を冷やすために冷たいアイスも食べて。そのアイスが冷たすぎてキーンってなった頭の痛みもようやく引いたあと、ようやく私達も中等科見学に乗り出した。その間、レインは中等科の地図を見ながらいきたい場所をすごく真剣に考えていた。楽しみにしてたんだね、本当にごめん、無駄にバカなことして待たせてごめん……!自分が猫舌なの忘れてた私が悪かったです!
「レイン、どこ行く?」
「ーっ!そうね、お昼ちょっと食べ過ぎちゃったし……腹ごなしにここなんかどうかしら?」
そう笑ったレインが指差したのは、普段は騎士教育に使われるお馬さん達の厩舎と乗馬場のエリアだった。
「キャーっ!やっぱり素敵よね!!」
「本当に!急いで見に来て正解でしたわ!!!」
「わっ!?な、なに!?」
乗馬場に着くと、乗馬場の一ヶ所に人集りが出来ていた。響き渡った黄色い歓声に耳を塞ぎつつ、レインが『原因はあれじゃない?』と人集りの先で馬を走らせている男子生徒を指差す。
そこに居たのは、白銀の毛並みの綺麗な馬に乗ってるフライだった。普段は親しくない相手には外面用の完璧な微笑しか見せないフライが珍しく自然な笑みで馬と接している姿に、集まっている女の子達から感嘆のため息が漏れる。なるほど、人集りの原因はフライか!耳に入ってくる誉め言葉のほとんどが“カッコいい”じゃなくて『麗しい』や『お美しい』なことに、思わずレインと顔を見合わせてちょっと笑ってしまった。流石は攻略対象一の中性美人枠だわと。
「ーー……」
「あ、フライ様、こっちに気づかれたみたいだね」
レインの言葉に顔をあげてみると、私達の笑った理由を察しているのか非常ーーっに冷ややかな眼差しをしたフライが馬に乗ったままこちらを見ていた。わぁ、怒ってらっしゃる……!
「全く、いきなり現れたと思ったら何を笑っているんだか……っ!」
「いけませんよフライ様、早く乗馬場の状態チェックを済まして次の担当エリアに行かなくちゃ!午後の会議で会長に書類出さなきゃいけないんですから!!」
「……あぁ、わかっているよ」
私達の方に来ようとしたフライの腕に手を添えて引き留めたのは、生徒会役員の腕章をつけたマリンちゃんだ。どうやらフライとマリンちゃんは、生徒会のお仕事でここのチェックに来たらしい。
フライは小さく息をつくとマリンちゃんの腕をそっと振り払い、ちらっとこちらを見て微笑んでから踵を返して乗馬場のチェックに戻っていった。ファンの女の子達も一気にそれを追いかけてったから、一気に辺りが静まり返る。
辺りを見回すけどフライとマリンちゃん以外の役員さんは周りに居ないみたいだった。
「ライトやクォーツは居ないね。他の場所のチェックに行ってるのかな?」
「そうね、担当エリアがどうとか言っていたから、ライト様もクォーツも別の場所の確認に行かれてるのかもしれないわ」
レインの言葉に、そうかもねと頷く。中等科も、高等科までじゃないけど広いもんね。だからマリンちゃんはさっき三人を呼びに来たのかと納得した。お仕事の邪魔しちゃ悪いし、私とレインは当初の目的通り見学でもして帰りますかぁ。
餌用の人参と牧草を持って柵の内側に入ると、中でのんびり放し飼いされていたお馬さんたちが集まってくる。まだちょっと小さいから子馬かな?
「……フローラ、私喉乾いちゃったからちょっと近くのカフェで飲み物買ってくるね。フローラはなにがいい?」
「あ、なら私も一緒に……」
「ううん、すぐ近くだし大丈夫だよ。何にする?」
「そう?じゃあ、ミルクティーがいいな」
「わかった、行ってくるね」
レインを見送って暇になった私は、ブラブラと辺りを歩き回る。それにしてもお馬さん可愛いなぁ、せっかく来たんだし乗ってみたいけど、私乗馬なんて経験無いし……。
「よろしければ乗ってみますか?」
「ーっ!いいんですか!?じゃなかった。よろしいんですの?」
「えぇ、もちろんですとも。その為の見学時間なのですから」
迷っていた私に声をかけてくれた黒髪のお兄さんが、踏み台を用意して近くにいた一匹の白馬に私を乗せてくれる。おぉっ、視界が高い!毛並みもツヤツヤだ!!
「丁度人も少ないですし、少し辺りを歩かせて見ましょうか」
そうお兄さんが提案してくれたので、お兄さんにゆっくり引っ張ってもらう形で辺りを一周したけど。これだけのんびり歩かせてるだけでも意外と揺れたしかなりの高さだから、これで全力疾走なんかさせたら私なんか簡単にポーンと振り落とされちゃうなとちょっと思った。いや、決して私がどんくさいとかじゃなくてね?あくまで素人ですし、まだ子供で身体も軽いですから。
でも、多分私がひとりでお馬さんに乗れるようになる日は遠いな……。
「じゃあ降りましょうか……、おや?」
「ーっ!今の音は……」
「厩舎の方からですね……。少々見て参ります、申し訳ありませんがフローラ様はこちらでお待ち下さい。ここの馬は皆賢い子なので、進めの合図さえ出さなければ勝手に動いたりは致しませんので!」
「あっ、ちょっと……っ、いっちゃった……」
突然響いたなにかが崩れるような音に、私を馬に乗せたままお兄さんは厩舎の方に走り去ってしまう。ど、どうしよう……!一人じゃとても降りられない……!!
少し先に行けばフライとマリンちゃんと、フライファンのご令嬢の皆様がいらっしゃるけど、そもそも私ではお馬さんに進めの合図さえ出せない(と言うか合図が何かわからない)ので無理だ。乗馬場自体広いから、距離もなかなか離れてるし……。
「……まぁ、焦っても仕方ないか。重たいのに乗ったままでごめんね、お兄さんが戻ってくるまでもうちょっと待っててね」
でも、いきなりあんな大きな音がしても動じない大人しいお馬さんみたいだし、じっとしてれば大丈夫かな……なんて、ポンポンと背中を撫でながらのんきに構えていたのがいけなかった。
不意に強い風が吹き抜けたかと思うと、私が乗っているお馬さんが急に前足を高くあげて大きく嘶いたのだ。ちょっ、落ちる落ちる落ちる!!!
「きゃっ……!きゅ、急にどうしたの!?お願いっ、落ち着い……っ、きゃーっ!!」
咄嗟に手綱をぎゅっと握りしめて声をかけるけど、完全に興奮状態になってしまっているこの子には届かない。
そのまま制御不能で暴れるように走り出したお馬さんに、私は振り落とされないようしがみつくので精一杯だった。
~Ep.59 慣れないことをするものじゃない~
『なんて、今さら反省しても手遅れです……!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます