Ep.58 委員長(仮)は本当に委員長だった

 中等科になると、男女で別々に受ける授業が増える。男子だけの授業だと騎士教育として、剣術、体術などの戦闘系の授業に加え、乗馬なんかがあるそうだ。一方私は女の子なので、淑女教育の方を受ける。内容はお茶会でのおもてなし方、礼儀作法や生け花、後は人前で自身を優雅に見せるためと言うことで、音楽も淑女教育の範囲に組み込まれていた。……どうしよう、私リコーダーとピアニカしか弾けないです。

 なんて話はさておき、授業はバラバラでも校舎は同じだし昼休みのタイミングなんかは一緒だ。だから今日も初等科の時と同じように、私とレイン、ライト、フライ、クォーツの五人でランチにする約束……だったんだけれども。


「ライト様、フライ様、クォーツ様!!!」


 皆クラスはバラバラだったので中庭に集合したところで響いた、彼らの名前を呼ぶ高い声。振り返ると、小走りのマリンちゃんがやって来てライトの腕にぎゅっとしがみついた。

 私達はもちろん、チラチラとこちらの様子を見ていた周りの生徒もその行動に目を見開く。うわっ、大胆……!

 いやそれ以前に、貴族社会に置いて極端に目上の……しかも異性の体に触れるのはご法度だ。人目がない場所で親しい者同士がじゃれ合うのとは訳が違うし、ましてやライトは皇子で彼女は一般市民。周りからも無礼な行いだとひそひそした批難の声が上がる。あぁぁぁ、マリンちゃん大丈夫かな。いじめとかに発展しないといいんだけど……!

 ハラハラ見守っていると、皇子らしい外面の方の微笑みを浮かべたライトが然り気無くマリンちゃんを引き離して諭すように言った。


「……マリン嬢、年若いご令嬢が無闇に異性の体に触れるのは良くない。まだ学院に不馴れなのだろうから今回は目をつぶるけれど、君自身の身の為にも気を付けたほうがいい」


 ーー……なんだなんだ、同じ行動を注意するにしても私が怒られてるときよりずいぶん優しいじゃないですか。ヒロイン補正か、ヒロイン補正なんですか!?と、ちょっとモヤっとした私をちらっと見てから、マリンちゃんは更にしっかり腕にしがみつきながらライトを上目遣いに見つめる。

 

「心配してくださるなんてお優しいのね!実はまだ入学して二日目でなにもわからなくて……是非一度ライト様に二人でゆっくりとこの学院について教えて欲しいです」


 長い睫毛が揺れるまぶたを伏せて、もじもじしながらそう言うマリンちゃんの愛らしさに、遠目でこちらを野次馬している男子生徒達のハートがやられたらしい。『可愛い』とか、『守ってあげたくなる』的な声がちらほら聞こえてきて、流石はヒロインだと感心してしまう。

 さて、これに対しメインヒーローであるライトの反応は……と見てみると、びっくりする位の無表情になっていた。あ、嫌なの、嫌なのね!?注意されたのにまだマリンちゃん貴方の腕にくっついたままだしね!

 とは言え、中庭で揉めては目立つ。周りに人がたくさん居るのに『このアマ……!』とか呟いてるライトの空いている方の手に少しだけ触れて、囁いた。


「ライト、人目があります、ご辛抱を」


「……っ、あぁ、すまない。とにかくマリン嬢、今から私達も昼食なんだ。用がないなら遠慮して貰えないか」


 私がわざわざ“様”付けと敬語で言った私の意図を正しく理解したライトが、あくまで皇子としての態度を崩さないままマリンちゃんにそう言うと、彼女はハッとしたような表情になり片手で口元を覆った。


「いっけない!実は、会長が今日のお昼は役員の一年生に仕事の内容を説明する為に揃って食事をしたいと仰るので皆さんを呼びに来たんです!」


「……それさ、ライトに無駄に媚を売る前に言うべき事だったんじゃないのかな」


「ごめんなさい、皆さんにお会いできたのが嬉しくてうっかりしちゃいました!」


 すでに昼休み開始から15分は経過している時計を見てフライが呟くと、マリンちゃんは自分の頭をコツンと小突いて舌を出して見せた。

 うんざりしたような空気を漂わせる三人に向かって『さぁ、行きましょう!』と言った彼女が、そこでようやく気づきましたと言わんばかりに改めて私とレインの方を見る。


「あっ、ごめんなさい!もしかしてフローラ様も皆さんを誘うつもりだったんですか?」


 いえ、誘われたのはむしろ私ですが……。ガーデンのバラが綺麗だからその近くのテーブルで食べようよとクォーツから提案があったので。


「ごめんなさい、横取りしちゃうみたいになって……!仲間にまぜてあげたいけど、会長から役員じゃない人は連れてきちゃ駄目って言われてるし……どうしましょう。これじゃフローラ様がひとりぼっちになっちゃいますね……」


 いやいや、私の隣を見なさいよ。レインが居てくれるから一人にはならないって!と、内心では色々突っ込みが浮かぶけど、マリンちゃんの上から目線っぽい態度がなんとなく私の出方を伺っているように感じるのでここは微笑みで受け流す。こんな人前でヒロインちゃんと戦う気はありません、女の喧嘩恐い。


「いいえ、お仕事ならば部外者が同席できないのは当然でしょう。わたくしのことなら、友人も一緒ですし大丈夫ですわ、ご心配ありがとう。ではライト様、フライ様、クォーツ様、いってらっしゃいませ。それからマリンさん、学院についてお困りのことがあれば、ライト様だけでなくわたくしにも頼ってくださいね。女性にしかわからない部分もあるかと思いますから」


 普通に微笑んでそう返すと、三人とも断るのを諦めたように嘆息して、生徒会室の方へと歩きだした。


「あっ!皆さん待って!おいていかないで下さいよぉ~っ!」


  一切振り向かずに離れていくライト達の背中を、マリンちゃんが慌てて追いかけていく。最後にもう一度、一瞬だけこちらに向けられた視線が鋭すぎて、隣でレインが小さな悲鳴をあげた。


「大丈夫?なんだか騒がしかったわね」


 苦笑しつつ、レインを落ち着かせる為その背中をポンポンと叩くけど、レインはマリンちゃんの勢いや周りの好奇心の目に当てられたのかちょっと震えている。これは、お昼の場所変えたほうがいいかなぁ。無駄に注目集めちゃってるし。


「騒がしかったのは貴女方でしょう、フローラ様。ここは共用の場です、皇女として、あのような礼儀のなっていない輩との揉め事は控えて頂きたい。ご一緒にいらっしゃったフライ殿下や他国の皇子様方にも、後程忠告をお願い致します」


「ーっ!」


 中庭が駄目なら……と別の場所を考えていたら、鋭い声で注意を受けてしまった。顔を上げれば、立っているのは暗緑髪に瞳のメガネ少年……。入学式で私の隣に座ってた委員長(仮)だ。フライだけわざわざ名指しにしたのは、彼がフライの国・スプリングの出身だからだろう。『フライには自分で言えばよいのでは?』とやんわり言うと、苦い顔をして『あの方は私の意見など気にも止めませんので』と言われる。そうかなぁ?フライも案外お人好しだからちゃんと聞いてくれると思うけど。


「そうですわね、確かに浅はかでしたわ。キールさん、皆様も、お騒がせしてごめんなさいね」


 私が素直に謝れば、大事じゃなかったと判断して野次馬の生徒たちは自分達の食事に戻る。


「お分かりいただければ良いのです。あぁ、それから、本日の午後は授業でなく、校内の自由見学時間となりましたので教室にはお戻り頂かなくて結構ですよ」


 委員長(仮)が、メガネを軽く押し上げながら言う。思わず目を瞬いた。


「まぁ、キールさん、わざわざそのお話をクラスの皆様に口頭で伝えて回っていらっしゃるんですの?」


「えぇ、クラス委員ですから」


 委員長(仮)は、本当にうちのクラスの委員長だった。

 委員長のピシッとした後ろ姿を見送りながら、ふと思う。


「そんなに急な日程変更なら、わざわざ直接皆に言って回らなくてもその内校内放送とかかかるんじゃ……」


 『本日の午後の日程は、新入生に早く中等科になれて貰うため、自由校内見学時間とします』と放送がかかったのは、私の呟きのすぐ後のことなのでした。


    ~Ep.58 委員長(仮)は本当に委員長だった~


『ちなみに委員長のお名前は、キール・アルヴァレス君と言うらしい』

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