Ep.52 婚約フラグ

 目が覚めると、私は豪奢な天涯つきベッドに寝かされていた。フェニックスの滞在期間中私が借りている客間のベッドだ。わーい、ふかふかだぁ……と再び微睡みつつ寝返りを打って、驚いた。間近にライトの顔が現れたからだ。


「え……えぇぇぇっ!?」


「んっ、んん……っ」


 びっくりして跳ね起きた私を他所に、ベッド脇の椅子に腰かけたライトは私が寝かされているベッドに突っ伏して寝息を立てている。しっかりと、私の手を握りしめたまま。

 え、何、どういう状況……!?あ、でも手のひらから何となく温かい力が流れ込んできてるのを感じるし、私自身が気絶する前に魔力切れになってたことを考えると、ライトが魔力を分けてくれてたのかな?


「おーい、ライト、大丈夫……?」


 繋がれたままの手を軽く揺すってみるけれど、手を離される気配もなく、ライトは小さく声をあげたもののまたすぐ寝入ってしまった。疲れのせいか何をしても全く起きない。起きない……。

 ふと水差しが置かれたナイトテーブルを見ると、怪我の治療の為に外されたのか、私が髪留めに使っていた白いリボン型のバレッタが置かれているのに気づく。そして、目の前には爆睡しているまつげの長い美少年。


「……ふむ」


 こんなシチュエーション、いたずら心が沸くに決まっているではないですか。

 私はライトに掴まれてない方の手でそーっとバレッタを取り、ライトの前髪に取り付けた。けど……


「うーん、似合わないな……」


  残念ながら、美少女顔のフライと違って幼いながらすでに男の子らしい凛々しい顔立ちをしたライトに、可愛らしいリボンは似合わなかった。寝顔があどけなくて可愛いからいけるかと思ったんだけどなー。仕方ない、外しますか。と、思った瞬間、ライトのまぶたが開いて深紅の瞳と視線が重なった。ちょっ、このタイミングで起きるの!?


「ーっ、フローラ、目が覚めたか!?良かった……!ごめん、本当にごめん……!!」


「きゃっ!?」


 とにかくバレッタは回収しなきゃ!と焦ったけど、回収するより先に強い力に腕を引かれて体勢を崩す。繋いだままだった手を引っ張ってきたライトに抱き締められたのだ。いや、今にも泣き出しそうな切実な声音で何度も謝ってるライトの様子と、クッションを背もたれにした私に体重をかけるようにしがみつかれてるこの体勢からすると、乙女が好きな“抱き締められてる”っていうシチュエーションよりは“すがり付かれている”と表現した方が良いのかもしれない。憂いのある真剣な面持ちで痛いところがないか心配してくれてる彼の額には、リボン……なんと言うか、甘いようで甘くならない非常に残念なシーンだ。いや、メインヒーロー様の前髪にリボンをつけたのは他ならぬ私ですけども。やっぱり悪役皇女に、乙女が憧れるようなロマンチックな展開は降ってこないのかしら……。


 それにしても、ライトは何をそんなに謝っているの?


 そう思った時だ。ザワッっ窓から入り込んできた風が私の前髪を揺らし、その姿が向かいにあった鏡に写る。ふと感じた違和に自分の手で前髪をかきあげてみた私は、ライトが謝っている原因を悟った。改めて鏡に移った自分の額、丁度あのローブの男が弾き返した炎の矢が直撃した場所に、火傷の跡がしっかりと残っていたのだ。

 でも、この火傷よくみたらハートみたいな形してて可愛いし、位置も丁度前髪の付根辺りで常に髪で隠せるから気にはならないな。と前髪を下ろした私に、ライトが徐に事件のその後の説明を始める。


「……お前が意識を失っている間に、あのローブの奴以外の男達は全員捕縛された。狙いは……教会がスパイのような仕事を任せている“神官”と言う役割の新たな候補となりうる子供達を捕らえることと、……俺の暗殺だったようだ。お前を途中から狙い始めたのは、アクアマリン教会の人間達が唯一立ち入りできない国がミストラルだからかもしれない。残念だがアクアマリン教会は歴史の闇を牛耳ってきたとされているし、力も強くて謎が多い組織だからフェニックスやミストラルの国法では裁けないが、今回は二カ国の王族が一度に巻き込まれる程の大事になったから、国や地域関係なく魔力関連の犯罪を取り締まる事が出来る法務省の役員がきちんと拘束して取り調べてくれるそうだ。あの男達は重罪人用の特殊な監獄がある島に流罪になるからもう襲ってくることはないだろう。子供達も、誘拐の際に襲われたフローレンス教会の神父様とシスターも皆無事だった、もう安心していい」


「そう、良かった……本当に良かった。ライトは?戦闘でかなりダメージ喰らったでしょう、大丈夫?」


「……っあぁ、俺も大丈夫だ。大したことない」


 私の問いかけになぜか一瞬息を呑んだライトだけど、返ってきた返事通り大きな怪我も痛みも無いみたいでほっとした。最後に私が美味しいとこ頂いちゃった感あるけど、一番頑張って戦ってくれたのはライトだもんね。4人居た敵のうち3人はライトが完全に倒したんだし、ローブの男の攻撃も防いだのはほとんど彼だ。


「まだ完全に解決とまではいかないにせよ、まずは一安心だね!皆無事で本当に良かった!ライトもお疲れ様、守ってくれてありが……、ライト……?」


「礼なんか言うな、受けとれねーよ……!医者に見てもらったんだ。他の外傷はすぐに治るけど、その火傷だけは多分一生消えないって……!」


 改めて言おうとした感謝の言葉を遮って、ライトが私の両肩に手を置く。ぎゅっと肩を握ってくる手が震えていた。確かに大元を正せば彼の魔力でついた傷だけど、あれはあくまでライトの魔力を利用した“敵の攻撃”だったんだからこの火傷はライトに責任はない。後であるであろう取り調べでも、この傷について言及されたら私はそう答えるつもりだ。謝ることないのになと思ったけど、私の瞳を見据えてくるライトの眼差しがあまりにも真剣で、つい黙ってしまった。

 悲しげな面持ちのライトは私の前髪をかきあげ、指先で火傷の痕に触れた。壊れ物に触れるみたいに、そっと。なんかこれ、ダメな流れだぞ……!?


「あの、こんな小さな火傷くらい本当いくらでも隠せるし気にしないで………」


「そんな無責任な真似出来るか!社交界において女性の顔に傷がつく事がどれだけ致命的か、お前だってわかってるだろ。ちょっと強くなったからって傲って、自分の力で解決して周りに認めさせてやるって意気込んで勝手に飛び出して。一人で解決出来なくなったから、守るから協力してくれだなんてお前を巻き込んで、その結果がこれだ、情けない……!本当にごめん……っ!」


 軌道修正失敗。激しい後悔を滲ませる切ない声音で謝ってきたライトが、一度言葉を切りすうっと息を吸う。何か重要な事を言う前触れのように。

 待って!これってあれだよね、乙女ゲームのメインヒーローと悪役令嬢が婚約した理由に有りがちな『傷物にしたから責任取ります』のパターンだよね……!?正しく破滅フラグの第一歩じゃないですか!待ってお願い!!


 パニックな私に気づく余裕すらないのか、10歳にしてスチル顔負けの妙な色気すら放っているライトの唇が薄く開く。駄目だ、言葉だけじゃとても止められない!何か口を塞ぐ物、塞ぐ物……あった!

 せっかくの美少年の憂いを帯びた表情を観察する暇もなく必死に部屋中に視線を向けまくった私は、見つけたものを手に取った。良かった、明日帰る前にあげようと思って焼いておいて!


「……っ責任を取らせてほしい。フローラ、俺と婚……「ちょーっと待ったぁ!!」っっ!!?」


 同じ年頃のご令嬢達がきっと夢に見るほどであろうその台詞が紡がれる前に、私はライトの綺麗な唇にワンちゃん風に飾り付けたマフィンを力一杯押し込んだ。



    ~Ep.52 婚約フラグ~


『愛の無い婚約なんて、断固拒否させて頂きます!』






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