Ep.53 恋≦友情!!

「んぐっ……フローラ、俺は……んっ!」


「はいはい、話はいいからどんどん食べて!」


「いやだから、ちょっ、待てって……!」

 

 ひとつ目のマフィンをダッシュで完食して尚も言葉を紡ごうと頑張るライトの口が開く度に、どんどんマフィンを詰め込む。材料たくさんあったしいっぱい配ろうと思ってたーっくさん焼いたからね、まだまだあるよ!


「~っ、いい加減にしろ!」


 そう思って次のマフィンをまた詰め込もうとしていたら、急に視界が反転して眩しい光が目に飛び込んできた。シャンデリアの明かりだ。おぉ、悪役なのにメインヒーローに押し倒されている……!ベッドがいいやつだからか、背中は意外と痛くないな。


「頼むから、最後までちゃんと言わせてくれよ……!なんなんだこの大量のマフィンは!」


「えーっと、“ワンコ”マフィンです!」


「お前それ言いたくてわざわざこの飾り付けにしたのか!?言っておくが、“椀子蕎麦”の“わんこ”は犬のことじゃねーからな!!!」


「えっ!?……まぁ、可愛いからいいじゃないですか!」


「~っ、なんだそりゃ……!」


 せっかくの人生初の押し倒され体験だけど、相手は幼馴染みでお友達な10歳の男の子だし、シチュエーションも会話も色気もなく、全くときめかない。乙女的な観点からするとちょーっと残念だけど、でもフラグを折るのは成功だよね!ライト完全にガックリしちゃってるもの!と、そう思っていたのに、ライトはベッドに押さえつけた私の手を更に強くグッと押さえてきた。一度は呆れきってお兄さんぶった感じの平常運転に戻ってた表情が、またキリッとした真剣な顔つきに変わる。名前を切ない声音で呼ばれたけれど、一瞬見えた白いリボンについ吹き出してしまった。


「……何笑ってんだよ」


 流石にいらっと来たんだろう。そう不服げに呟くライトの手から力が抜けたので、その隙に布団のなかを潜ってするんっとライトの下から抜け出した。

 手品で箱の中とかから消えた人が別の場所にいきなり現れた時みたいに両手を高く上げてYのポーズを取る私を見て、ライトが肩を落とす。

 『真剣に話してるのに……!』と嘆くその額についたリボンをちょんっと指先でつついた。


「愛の無い、罪悪感だけでの婚約の申し込みは要りません!第一、せっかくカッコいい表情して甘い台詞囁かれても、頭にリボン付いてちゃね。どうせ告白されるならもっとロマンチックな場所がいいな!満月に照らされた庭園とか、満開の桜の木の下とか!」


「またベタなこと言ってんなおい……。って、は?リボン……?えっ、ちょっ、何だよこれ!誰の仕業だ!!」


「私が着けました!」


「って犯人お前かよ!」


 鏡を見てさっき私が笑った理由を察して赤くなったライトが、すぐさまバレッタを取り去って『じゃあ偉そうに文句言ってんじゃねえ!』と怒る。すみません、つい出来心で。

 でもこれでフラグは完全に折れたかなーなんて思いつつ、攻防で疲れたからもう一度マットレスに寝転べば、ベッド脇に腰かけて私を見下ろす体勢になったライトが、不安に押し潰されそうに揺れる眼差しで、呟いた。


「……俺じゃ、嫌か?」


「へ?」


 優しく私の頭を撫でているライトの顔をまじまじと見てしまう。『嫌か?』って、婚約するのがってことだよね?それは、嫌か嫌じゃないかで聞かれれば……


「嫌じゃないよ?私、ライト好きだもの」


「ーっ!?」


 素直に答えた瞬間ライトがビシッと音を立てて固まり、更に何故だか廊下の方でガタンっと誰かが柱か何かにぶつかったような音がしたけど、気にせず話を続ける。


「私、ライトと友達になれて良かったよ。心からそう思ってるから、嫌いだから婚約を拒否した訳じゃないの。それはわかってね」


「びっくりした、“好き”って友達としてか……。そりゃそうだよな、うん……」


 あれ?励ますつもりで話してるのに、なんかライトががっかりしたような顔をしている……。上手く伝わってないのかしら。


「初めて会った日は何だこの偉そうな子!って思ってたけど、その強気や自信を裏付けられるくらいに努力してる所、今ではすごい尊敬してるんだよ」


 5年前の話なのに今でも鮮明に思い出すあの日の大喧嘩を思い出してふふっと笑いながら、私の頭に触れていたライトの手をそっと握った。まだ幼い筈の掌の皮膚が固くて所々ゴツゴツしてるのは、剣の握りすぎで表皮が固くなり、たくさんの豆が出来ているから。これも、積み重ねてきた努力の証だ。

 そっと手を握り返してきたライトは、首を横に振る。


「尊敬してもらえるようなことじゃない。俺はただ……完璧になれば父上も、俺を一度棄てられた女の子供だと馬鹿にしてくる高位貴族の奴等も見返せるってがむしゃらにやってただけだ。全部全部、自分の為の、身勝手な努力だった」


「自分の為の頑張りの何が駄目なの?いいじゃない、努力の理由なんかなんだって。大事なのは、得たその力で何をするかだわ。何を守りたいのかは、ライトが自分の心で決めたら良いよ」


 『ね?』と笑うと、ライトは瞳を伏せた。ぎゅっと閉じた瞳も、繋いだ手がほんの少し震えているのも多分、涙を堪えてる予兆だけど、あえて気づいてないふりをする。


「あはは、話が逸れちゃったね。婚約についてだけど……、ハッキリ言って、ライトが“恋愛”について臆病なのは、ご両親の件があるからなんでしょう?」


「……っ、あぁ。……母さんと父上は、相思相愛だったと聞いていた。それなのに今の父上は、母さんの事を欠片も話してくれない、その死因や、棄てた理由や、俺を連れ戻した理由も、何度聞いても何も教えてくれなくて。一度は愛した人に対してこんなにも冷たくなれるのなら、そんな感情、俺は知りたくないって……心のどこかで拒んでた」


「だったら尚更、愛してない相手に罪悪感だけで婚約申し込むなんて駄目よ!勿体ないもの!!」


「……勿体ない?」


 体を跳ね起こした私は、首を傾げているライトに『そうよ!』と顔を寄せた。


「もちろん、人の心には色んな形があるし、ライトのご両親の本心は私にはわからない。でも、それでライトがこれから恋をしないって保証にはならないわ。ライトの心がこれからどうなるかは誰にもわからないでしょ?もちろん、ライト自身にも」


「俺自身の心なのにか?」


「そうよ、だって恋は堕ちるものだもの!きっと、ライトの中にもあるはずだよ。その人といるだけで幸せな気持ちになれるような、温かくて強い気持ちの種が」


 私もまだ恋したことないけど!と続けると、ポカンとしたライトは一気に吹き出した。


「ははっ、そうか、そうだな……。うん、本来恋愛ってのは幸せな物らしいしな」


「そうよ!だから婚約の言葉は、ライトが一生一緒に居たいって思える位に好きになれる“誰か”が現れた時の為に大切にとっておきなさい」


「あ、あぁ……。でも、それじゃあお前はどうするんだよ?」


 ちょーっと上から目線で諭す私を見て、それでもライトはまだ納得いかないのか私のおでこをチラチラ見ている。失礼な、私が誰にも好いて貰えずに一生独身だとでも思ってるのか!自分でもちょっぴりそんな気はしてるのでこれ以上不安にさせないで頂戴!

 仕方ない、今の話ももちろん本心だけど、それとは別に隠してた本音も暴露しちゃいますか!

 私はライトのほっぺたを自身の両手てぺちんっと挟んだ。間近で視線を合わせると、どぎまぎした様子のライトは必死に目をそらそうとする。照れ顔が可愛いとか思ってる場合じゃなく、私は一気に捲し立てた。


「大体ね、それでもし今ライトと私が婚約たとするじゃん。それで後々、ライトが彼女の為ならどんなことだって出来るってくらい大大大好きな女の子が現れたとしたら、婚約どうするの?破棄するの?私達お互い王族だから、私的な感情だけでそんなことしたら大問題だよ」


「た、確かに……」


「でしょ?それに…… 」


「それに?」


 ライトが聞き返して来たけど、一瞬言葉に詰まる。頭を過るのは、私は悪で、ヒロインがライトや他の誰かと恋に落ちたときには私は必ず排除されると言うゲームの“運命シナリオ”だ。


「それに!『好きな女の子と結ばれるのに邪魔だから』なんて理由でライトに嫌われて婚約破棄されて友達じゃなくなっちゃうなんて私は嫌だもん!どーっしてもこの火傷のこと償いたいなら、何か別の方法考えて!」


「ーっ!フローラ……」


 本当は、ライトがそんなことする人じゃないってよくわかってるけど、それでも言わずに居られなかった。あぁ、私、まだ不安なんだな……。ヒロインが、……マリンちゃんが学院に入ってきてゲームが動き出した時、皆が離れてってまた一人ぼっちになるのが。


「馬鹿だな……、今さらそんなことで嫌うかよ」


「……っ!」


 うつむいてしまった私の頭をポンポンと叩いて、ライトが笑う。ゲームの画面越しに見てたよりずっと自然で、優しくて、穏やかなその微笑みに、少しだけ心が軽くなった。


「まぁ、そこまで言うなら……わかったよ。婚約って形で責任を取るのは諦めるが……じゃあ、他に何かしてほしいことはないか?」


「え!?い、いきなり言われても……!」


 してほしいことって言っても、そんなすぐには思い浮かばない。パッと出てきたのはまた今度皆で海いきたいとか、魔力の扱い方教えてほしいとか……あ、社交ダンスまだちょっと不安だから練習相手になって!とか?いや、別にこれ普通に頼んだらいつでもしてくれる奴だな……。


 ぐるぐると考えまくる私に苦笑したライトが、『別に今すぐじゃなくて先のことでもいいんだぞ』と言ってきた瞬間、ピコンっと一個だけ閃いた。前世で抱いてた、将来の夢だ。


「じゃあ、もし将来“色々あって”皇女じゃなくなったら私ケーキ屋さんになるからお店手伝いに来てね!報酬はケーキで!!」


「はぁ!?いや、まぁ、いいけど……いや、良くないな。何が一体どうしてお前が皇女じゃなくなるなんて未来予想が出てくるんだ!?」


制作会社かみさまの御告げです」


 『わ、訳がわからない……!』ってライトは項垂れてるけど気にしない。これで、万が一破滅した時の食い扶持は一安心だ。ミストラル王家自体は万が一私がシナリオで排除されても滅ばないように、正式な男の跡取りであるクリスが居るから安心だしね。着々と運命変えてるわ、偉いぞ私……!


「……ライトとケーキ屋なんて止めておきなよ、つまみ食いされ過ぎて商品なくなるよ?」


「ーっ!それは困るわ!」


「おい待て、さすがにそこまで食い意地張ってねーよ!」


 一人で悦に浸っていたら、不意に聞こえた声。びっくりして扉を見れば、呆れ顔のフライを先頭に、クォーツ、ルビー、フェザーお兄さまがぞろぞろ入ってきた。心配でお見舞いに来てくれたらしい、うれしい!と感動しつつ、入ってきたタイミングのあまりの良さにふと疑問が浮かぶ。


「皆……どの辺から話聞いてた?」


「フローラの『私、ライト好きだもの』の辺りかな。大切な話の途中みたいだから入らず待ってたのに、それを聞くなりフライが扉蹴破ろうとしちゃって大変だったよ……」


「~っ!ちょっとクォーツ、いい加減な事を言わないでくれないかな」


 さっきのガタンって音はそれかぁ……なんて思いつつ見ると、直前までクォーツをすごい目で睨み付けていたフライの表情が変わった。


「まぁなんにせよ……本当に、無事で良かったよ」


「ーっ!うん、心配かけてごめんなさい」


 おぉっ、フライが、腹黒クール系ツンデレ男子がデレた!レアだ!……って、それほど心配かけたんだよね、反省……。


 皆、本当は今日帰国予定だったのに1日それを遅らして私が目を覚ますのを待っててくれたそうで。一言ふた言話をしたら、それぞれの従者さんたちに連れられて皆すぐ帰っていった。貴重な夏休みのラスト期間にごめんね、皆……!と申し訳なさでいっぱいになるけど、一旦賑やかになった部屋が再び静まり返ると、なんだか物寂しい気持ちがわいてくる。

 立ち上がったライトも、どこか寂しそうな顔で仲良しな兄弟や兄妹のやり取りを見ていた。家族の愛に飢えている今のライトには、ちょっと辛いひとときだったのかも……と思う。あの表情のまま一人で帰らせるのは忍びない。


「さてと、じゃあ俺も行くな。今夜はゆっくり休んで……」


「待って!!」


「え?」


 だから、今にも帰ろうとしていたライトを無理やり、引き留めた。







「何でこうなるかな……!これ、誰かに見られたら俺言い逃れ効かないんだけど?」


「いいじゃん、まだ子供だし平気平気!」


 一緒のベッドに入っているライトのぼやきにそう返す。ベッドは巨大だし私達は子供だしで、背中合わせに二人で寝転んでも十分過ぎる広さがあった。

 

「ったく、何で急に一緒に寝るなんて発想が出たんだか……っ!!?」


「だって、誰かの温もりを感じて寝れば寂しくないでしょ?」


 フェニックスに遊びにくる前の晩、人恋しさに参ってた私を、お母様が一晩中抱き締めて一緒に寝てくれたのを思い出したのだ。本当はその時みたいにライトを抱き締めてあげるつもりだったのに、向かい合って寝るのは頑なに拒否された結果、背中を向けてるライトに私が抱きついてるだけの形になってるけどね。


「お前さ、男にはもう少し警戒心持ったほうがいいぞ?」


 はぁー……と長いため息をついたライトが言う。私はぎゅっとライトの背中にしがみつきながら、スライスレモンな胸を張った。安心しなさい。


「大丈夫大丈夫、まだ襲われるような色気は持ち合わせてないから!」


「まぁ……背中にこれだけ引っ付かれてても弾力皆無だしな。痛っ、いたたたたたっ!髪引っ張んな!自分で言ったんだろ!?」


 ……自分で言った物の、間髪入れずに肯定されると傷つくのよ!


 しばらく腹いせに髪を引っ張ったり、後ろからライトのお腹に回した手でこちょこちょしたりしたけど、段々瞼が重くなってきた……。駄目だ、私がライトを寝かしつける為に誘ったのに……!あぁでも、温かくて眠い……。


「ライト、身体温かいねぇ……。湯タンポみたい……」


「はいはい、それはようございました。……励ましてくれてありがとな、ゆっくりお休み。でも、嫁入り前の娘があんま無防備な姿さらすもんじゃないぞ」


 ささやくような優しい声音に『とうとうお兄ちゃん通り越してお父さんみたいな事言い出したわ……!』なんて思いつつ、私が寝入ってしまった。


「……くしゅん!」


 しかしそれからどれくらい経ったのか、ふと感じた肌寒さに飛び出したくしゃみで目が覚めてしまった。


 ぶるっと一瞬震える身体に『なんでこんな寒く感じるのかしら?』と寝返りを打って、原因に気づいた。ライトが居ないのだ。


「お部屋に帰った……のかな?」


 流石にあの大事件の直後でまた行方不明ってことはないだろう。だから別に心配は要らないし、探しに行かなくても大丈夫なんだろうけれど……でも、寒い。ライトの温もりが、低体温の私にはなかなか丁度よかったのだ。


 快適な睡眠の為の人間湯タンポを捜索すべく、私はそっとベッドから抜け出した。


    ~Ep.53 恋≦友情!!~


     『今はまだ……ね』



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