Ep.54 十六夜の誓い

 夜とは言え、防犯上の理由もあり宮殿が完全に寝静まることはない。壁にかかる電球代わりの光石でぼんやりとだけど照らされた廊下を、ライトを探して練り歩くけど、見当たらない。

 長い長い廊下が終わると、後は中庭に繋がるバラのアーチがあるだけだ。結局見つからなかった……。仕方ない、諦めて部屋に戻りますかと振り返りかけたところで、バサバサと言う羽音をさせて橙色の光が目の前を横切っていく。

 何今の!?炎で出来た鳥……!?


「あっ……!」


 闇夜を切り裂くようなその炎に導かれるように顔を上げれて、息を呑んだ。


 ザザァ……と、吹き抜けた風が揺らした木々の枝。その中でも特に天に近い位置の枝を足場にし、月明かりに照らされながら剣を構えるライトの姿があまりにも、幻想的で。同時に、普段とはまるで違う凄みを感じてしまい、彼の名を呼ぼうとしていた口をつぐんだ。

 声をかけるのも忘れてその光景を眺めていると、辺りを飛び交っていた炎で出来た鳥達が一斉にライトに飛びかかる。びっくりする私を他所に、ライトは顔色ひとつ変えずに足場にしていた枝から飛び降りた。衝撃で、枝についていた何かの実が大量に落下を始める。

 空中にも関わらず、襲いかかってくる火鳥を颯爽とかわしながら、ライトは地面に向かい不規則に落下していく果実だけを剣で見事に切り裂いていく。


(まるで踊ってるみたい……)


 怪我でもするんじゃないかとハラハラしていた気持ちは霧散して、変わりに美しい光景を近くで見たい好奇心が沸く。無意識に一歩前に踏み出すと、防犯用に中庭の通路に敷かれた真っ白い小石達がジャリっと不快な音を立てた。やっちゃった……!


「……っ、誰だ!?」


 全ての果実を切り終えたと同時に地面に足をついたライトが叫ぶと、先ほどまでライトと攻防を繰り返していた火鳥達が今度は私目掛けて飛んでくる。やっぱりこの鳥達はライトが魔力で産み出したのかと感心しつつ、火傷でもしたら堪らないと慌てて声を張った。


「ライト待って!私!フローラだから!!」


「フローラ!?」


 目を見開いたライトが私に気づいて片手をひと振りしたら、火鳥達は溶けるように闇夜に消え去った。魔力を解いたらしい。


「こら、こんな時間に女子が一人でうろうろするんじゃない。何かあったらどうすんだよ、ったく……」


 つい先ほどまでまとっていた凄みは成りを潜め、お兄さんぶって笑いながら肩を竦めたライトがすぐ近くにあったベンチに腰かける。その手がポンポンと空いている隣のスペースを叩いたので、私もライトに並んでベンチにかけた。

「で?何してんだよお前はこんな時間に、眠れないのか?」


「違うもん。寒くて目が覚めちゃったんですーっ、誰かさんが勝手に抜け出すから!」


「はは、悪い悪い。だって声かけようにもお前すっかり熟睡してたからさ……」


「ーー……」


「……フローラ?」


 返事をしない私に、ライトが怪訝な声音で私を呼ぶ。

 私は少し汗ばんだ様子のライトを改めて見て、思う。疲れた様子だし、多分布団に入った時間と今の時刻から見て一睡もせずに抜け出して長い時間稽古をしてたんじゃないかと。


「ライトの方こそ大丈夫?……眠れないからこんな時間に修行してたんじゃないの?」


 詳細はわからないけど、散々トラウマを刺激された後だ、元気なふりをしてただけで本当はまだ苦しんでるんじゃないかって、今更沸いてきた疑問と不安をそのまま口にした。すぐ隣に腰かけているライトの肩が跳ねた。


「……っ!……いや、そんなことないって」


「本当に?」


「あぁ」


 だけど、そう頷きつつ笑うライトの体温は、低い。魔力をたくさん使った証だ。

 私は無防備にベンチに投げ出されたライトの手に、自分の手を重ねた。


「……ならいいけど、心配したんだからね。全くもう、まだ全快じゃないのにこんなに手が冷たくなるくらい修行に魔力使っちゃって……」


「あ……、ごめん。そんな心配かける気は……」


「何より、ライトがこんな体温下がっちゃってたら一緒に寝ても暖が取れない!!」


「って本音はそっちか!!ーー……ははっ、お前らしいや」


 何がツボに刺さったのかわからないけど、ライトが小さく吹き出す。つられて私も一緒に笑って、ひとしきり笑い声を響かせてからライトが重ねた手をきゅっと握りながら空を見上げた。爽やかな夜風が雲をさらって、満月がひょっこりと顔を覗かせる。


「まぁなんにせよ、不安にさせて悪かったけどさ、本当に大丈夫だから。魔力もすぐ回復するって、今夜は良い十六夜いざよいだからな」


 ライトのその言葉に、私も月を見上げながら首を傾げた。


「なんで?満月だと魔力に何か関係があるの?」


「ん?あぁ、確証が得られてないから普通の本とかには載ってないから知らないのか……。フェニックスの古文書や魔術学者の研究結果に、満月の夜には魔力値が上がると言う記載があるんだ。まぁ、普通はそこまで大幅な変化ではないみたいだけど」


 そうなんだ、と納得していると、再び流れてきた雲が月を隠してしまった。暗くなった中庭に沈黙が落ちる。


「……そう言う知識とかについては興味津々で色々聞いてくるのに、重要なことは何にも聞かないんだな」


「え?なにが?」


 消え入りそうなくらい小さな呟きも、静寂に包まれた夜の庭園ではハッキリ聞き取れる。きょとんとした私を見て、ライトが困ったように笑った。


「だから……、あの教会の男達が言っていた俺の生まれや過去のこととかさ」


 後悔をにじませた、苦しそうな声色だ。


「お前は被害者なんだから、何が原因で自分が巻き込まれたのかくらい、聞く権利があるのに」


「そりゃ聞かないよ。だってあの話は、ライトにとって話すのが辛いことでしょう」


 それに、ライトは事件解決の話をしてくれたとき、自分自身も両親の間に何が起こったのかよく知らないのだと言っていた。だったら尚更聞くべきじゃないと思ったのだ。


「それに、話したくても話せないことを聞かれるのが、何より辛いでしょう?」


 私にだって、秘密はある。もしこれから先、何らかのきっかけで親しい人達に前世の記憶があることに勘づかれて何か聞かれたとしても、私は何も答えられない。そう自身に置き換えて考えてみると、とてもじゃないが問い質そうなんて思えなかった。もちろん、ちょっとは気にはなるけどね。


「だから、私からは何も聞かないわ。ライトがどうしても一人で抱えきれなくなって、『聞いてほしい』ってなったときには、この平たい胸でよかったら貸すしいくらでも聞くけどね!」


「……っ!」


 どんっと胸を叩いて言えば、ライトはさっと顔を背けて肩を振るわせ始めた。さてはまた笑ってるな?失礼な……!と、頬っぺたを膨らませて立ち上がる。


「真面目に話してるのにまたそうやって……!もう知らないっ、ライトで暖を取りながらふて寝してやる!」


「ははっ、拗ねてんのに俺も一緒に寝るところは譲らないのかよ」


「いいじゃない、今夜は恩返しのつもりで大人しく抱きつかれてなさい!まだ他に何も思い付いてないでしょ?」


 本当は、額の火傷のお詫びも助けた恩返しも要らないんだけどね。勝手に首を突っ込んだのは私だし。でもこういえば素直に従ってくれるだろうとちょっと強めに言い切って歩き出した。

 けれど、後ろから手を引かれる感覚にすぐに足を止めた。ベンチからは立ち上がったままのライトが、なぜか動かないのだ。


「失礼な奴だな、ちゃんと考えたさ。俺がお前にどう詫びたらいいのかも、さっきもらった言葉についても」


「え?私何か言ったっけ?」


「言ってたろ。『その得た力で何を守るかは、自分で決めればいい』って」


 あぁ、あれか。あ、ひょっとしてだから修行してた?


「守りたいもの、見つかった?」


 そう聞けば、ライトは頷いた。見たことないくらい、穏やかな微笑みで。


「あぁ、二つな」


「ふたつ?えー、なんだろ。ひとつはこの国でしょ?」


「正解だ。何だかんだ言っても、やっぱり生まれ育った国だからな」


 そう頷いたライトがすっかり“皇子”の顔をしていることに驚きつつ、考える。じゃあふたつめは何?と。

 考えても思い浮かばなかったので、答えを求めて正面からライトをじっと見つめる。


「それから、ふたつめは……」


「ーっ!?ちょっと、ライト!?どうしたの?」


「『どうせ甘い言葉を貰うなら、ロマンチックなシチュエーションがいい』んだろ?」


 私の手を取ったまま、おもむろにライトが膝をついた。まるで騎士が姫君に何かを誓うようなその体勢にあわてふためく私を見上げて、ライトがいたずらっぽく笑う。

 もう一度雲が流れて金色の明かりに照らされたその表情が真剣な物に変わった。


「考えたって言ったろ、俺が今何を守りたいのか。……守りたいものってつまり、失いたくないものだろ。そう思ったときに真っ先に浮かんだのは、何でかお前の顔だった」


「……っ!わ、私だけ?友達なら私だけじゃなくて、フライとかクォーツとか……」


「あいつ等は大丈夫だ、俺が守らなくても強い」


 そりゃそうかも知れませんけども!何だか急に恥ずかしくなって話と視線を逸らすけど、ばっさり切り捨てられてしまう。確かにと納得しつつ、ちょっとむくれた。


「どうせ私が一番弱いですよー……だ」


「まぁな、水は元から一番戦闘に向かない属性だし」


「ちょっと!またそうやってすんなり肯定……っ」


「だから、俺がお前の力になる」


「……っ!」


 『ちょっとは否定して!』と怒ろうとしていた言葉が、真剣な声音に遮られて消えた。

 あ然となる私を見るライトの深紅の双眸に、とくんっと心臓が跳ねる。って、何ときめいてるんだ私!相手まだ10才児だよーっ!


「あ、あの、えっと、そんな責任感じてくれなくても……っ」


「そう言う理由じゃない。ただ、お前も俺にとって大切な友人の一人だから」


「……!う、うん、きゃっ……!」


  なんとなくライトの顔が見れなくて俯くと、吹き抜けた悪戯な風に前髪が揺らされて、すべての原因である私の額の火傷が一瞬露になる。ライトがそれを見てほんの少しだけ哀しそうな顔をしてから、再び真剣な顔になった。


「これからは、何かあれば俺を呼べ。必ず力になる……いや」


 一瞬言葉を切ったライトが、私の手を握る力を強めた。


「もう、二度とこんな傷はつけさせない。今後はどんなときも、どんなものからも俺がお前を護る、必ずな」


 ライトに『まもる』と言われるのは二回目だ。一回目は、あの誘拐された子供達を助けに入る直前。でも今の言葉は重みが違うと言うか、込められている覚悟が全然違う気がして、ただ頷くしか出来なかった。

 頷いた私を見て微笑むライトの笑顔が、満月の光で眩しく見える。ライトの唇が、私の手の甲に優しく触れた。



    ~Ep.54 十六夜いざよいの誓い~


『その誓いの理由は贖罪か、友情か、それとも……』






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