Ep.46 ライト先生の魔力リンク講座
「大人を怒らすんじゃねーぞ、ガキが!!!」
私にスタンガンを使おうとしていた方の男が激昂して叫んだ。彼らと私達の間にはライトの魔力で出来た炎の壁があって、突っ切れば下手したら全身火傷してしまうかもしれないにも関わらず、拳を振り上げこちらに向かって走ってくる。見開かれた目が異常だ、恐い。
転んだ体勢のままヒッと小さな悲鳴を漏らした私を下がらせて、ライトがパチンと指を鳴らした。それを合図に、男が突っ込む直前で炎の壁が跡形もなく消える。
「……っ、ライト、危ない!」
いくらライトが学院では強い方でも、完全に丸腰の10歳の少年に対し相手は成人男性だ。普通なら勝てる訳がない、そう、
「あ、あれ……?」
けれど、私のその心配は無駄だったようで。思わず首をかしげてしまうくらいに呆気なく、勝負は一瞬で終わった。助走つきで殴りかかってきた男の腕をライトが両手で掴み、相手の勢いと体重を利用して投げ飛ばしたのだ。それはもう、オリンピックかと言いたくなるような見事な一本背負いで。
しかもこの男の相方であろう男の方に向かって背負い投げしたから、こっそり逃げようとしてた方の男はライトを殴ろうとして返り討ちにあった男の下敷きになっていた。
二人して重なりあって無様に地面に倒れた二人を腕組みして見下ろしたライトが不敵に笑う。
「危ない?こいつらの方がか?」
それは、勝者にのみ許された余裕綽々な態度だった。すごいよメインヒーロー、いくらなんでも強すぎ……!
「ありがとう、助かったよ……!ライトすごいね、相手は大人二人だったのに……」
「詰んで来た鍛練が違うからな。そもそも魔力持ちの人間は大抵一般人より多少なりとも身体能力が高いのが基本だし、こんなゴロツキに簡単にはやられねーよ。しっかしまぁ、本当何やってたんだよお前はこんな所で」
「あっ!そうだった!私ライトを尾行してたんだ!!やっぱ会わなかったことにして!!」
「今更か!!?手まで繋いじゃってから言うなよ、遅いわ!」
「あいたっ!」
ですよね。私を引っ張り起こす為にしっかり繋いだのと反対の空いた手でライトがパシッと私の額を叩いた。
わかってましたよ、ちょっと言ってみただけじゃん……!
『怪我はないか?』と聞いてくれたので、頷いた。本当はひねったのか、ちょっと右足首が痛いけど、靴下履いてるしばれないよね。
「君達、大丈夫かね!!」
と、強がりな私の向かい側から現れたのは、なにやら警察っぽい服装の男性たちだ。どうやら、騒ぎを聞いて事態に気づいた人々が助けを呼んでくれたらしい。気絶した男達を縛り上げつつこちらを見た隊長っぽいおじさんが、ぎょっと目を見開いた。
「殿下!?また貴方は護衛も付けずにでこんな市街に……!」
「毎度迷惑をかけてすまないな、室団長。だが、今回は当たりかも知れないぞ」
どうやら、おじさんはライトが自国の皇子様だと知っているようだ。
大人びた口調でライトがそう言うと、小さい子どもに呆れたような表情だったおじさんの顔がサッと引き締まる。
「では、件の誘拐騒ぎの……!」
「ああ、話していた口ぶりからして“大元”に
関わったことが有るようだ。しっかり尋問し、結果は宮殿の近衛騎士団へ伝えてくれ」
「かしこまりました。またトカゲの尻尾切りにならねば良いのですが……。ところで殿下、そちらの愛らしいお嬢様は?」
話に入る取っ掛かりがなく静観していた私だったけれど、気づかれてしまった。あぁ、これはもしかしたら関係者として事情聴取とか受けなきゃいけないやつなのかな、恐い思いしたばっかだし今はちょっと嫌だなぁ……と思っていたら、ライトがさっとおじさんと私の間に入ってこう言ってくれた。
「俺……いや、私の連れで、今回の被害者なんだ。調書はあとで仕上げて出すから、今日の所は休ませてやってほしい」
ライトーっ!今日のライトはなんて頼もしいの、なんかお兄ちゃんみたい!!とにかくありがとう!と感動する私とライトを数回見比べてから、なんでだか温かい眼差しになった警備室団のおじ様方は、誘拐未遂犯の男達を連れて去っていったのだった。
「さて、俺達も行くか。フライから事情聞いて慌てて抜け出して来ちまったからな、戻って謝らないと」
どうやら手分けして探してくれてたらしい。“皇子”である必要がなくなっていつもの口調に戻ったライトに手を引かれて歩きながら、不満を漏らした。
「むぅ、これじゃ尾行にならない……!」
「まだ言ってんのかよ。大丈夫大丈夫、お前のが俺より後ろ歩いてるからこれもある意味尾行だって」
「そう言うもんですか」
『そうそう』と言いつつ、ライトは肩を震わせて笑いをこらえている。絶対嘘だな! と思うけど、まぁいいか。助けてもらったんだし。
「それにしても、本当にいいタイミングで助けに来てくれてありがとう。びっくりしちゃった」
「そりゃそうだろ、お前が俺を探してすぐ近くまで来てたんだから」
「へ?」
確かに私はライトを尾行していたけれど、居場所がわかってた訳じゃない。そう不思議に思って首を傾げた私の手を引きながら、ライトはめんどくさがらずにきちんと説明を始めてくれた。この間クリスと遊んでくれたときにも思ったけど、案外面倒見良いんだなー。
「魔力だよ。お前、俺を探してる間なんとなく居心地が良い方角に向かって歩いてこなかったか?」
「ーっ!うん、確かにそうしたかも。でも、それになんの意味が?」
「魔力ってのには個人個人の“波長”があって、全く同じ波長を持つ者はこの世に二人と居ないとされてる。だから魔力を持つ者は、その相手の魔力波長さえ把握していれば大体の相手が居る方角なんかを探せるってわけだ。そしてその為には条件がある。魔力の波長を知る為に、必ず一度は探したい相手と自分の魔力のリンクをさせる必要があるんだ」
「あ 、私は一度海でライトと魔力リンクをしたから、それで……!」
『そう言うこと』と頷くライトが、迷子防止にしっかり繋いだままの私達の手に視線を落とす。
「そしてこの魔力の波長は、相性が良いほど感知しやすくなる。俺もお前の側居心地良いし、魔力の相性いいんだろうな、俺達」
なるほど。だから『ライトを探さなきゃ!』って強く意識していた私は無意識にライトの波長を感じていて、なんとなく好きな波長がある……つまりライトが居る方を居心地がいいその方角に歩いてきたことで、ライトの方に近づいてこれたって訳ですか。
ちなみに、ライトもライトで私を探してくれていたから、私とライトの魔力は一種の共鳴状態になっていたのだとか。フライより先にライトが私を見つけた理由もこれ。私、フライとは魔力リンクさせたこと無いもんね。で、この共鳴反応とやらは魔力をリンクさせたまま協力して魔法を使ったりするときに有利らしい。よくわかんないけど、便利だな、魔力。となんとなく繋いだままの手に私も意識を向けた。
なんだかライトの掌が、いつもより冷たい気がする。いつもは炎使いだからか、温かい手をしてるのに。今の彼の指先はひんやりしていた。
「……ライト、なんか体温低くない?」
「ん?あぁ、お前の捜索とさっきのゴロツキ退治で結構一気に魔力使ったからな。それでだろ」
魔力持ちにとって、魔力はある意味血液みたいなもので、不足すると一種の貧血みたいな症状が出るんだそうだ。だから使いすぎると体温が下がっちゃって、欠乏症までいっちゃうと命に関わるんだって。
つまり、今手が冷たいライトは、私を助けるためにちょっと体温が下がっちゃうくらいに無理して魔力を使ってくれたことになる。
助けてもらったときには安堵と感謝の気持ちだけでいっぱいだったけど、冷静になったら申し訳ない気持ちになってきた。ごめんね、勝手に尾行なんかした上に無理させちゃって。
ライトの横顔を見ながら、安全な道を誘導してくれるライトの手をギュっと握って意識を集中させる。魔力不足で疲れてるなら、私の魔力を流してあげられたらちょっとは体温あがるんじゃないかな?と思ったのだ。
初めは難しくて感覚が掴めなかったけど、段々体の奥で脈打つ魔力の鼓動(?)みたいな物が大きくなって、私の掌を出口にしてライトの方に流れ出した。ぽうっと、全身が温かい力に満たされていく。
ライトがハッとした表情になって、足を止めて振り返った。
「……おいっ、何してるんだ!」
「何って、ライトが魔力不足みたいだから、私の魔力を代わりにわけてあげられないかなって」
「……っ!馬鹿、別に欠乏症までいってる訳じゃないし平気だって。魔力リンクはやり方を間違えて魔力をあげすぎたり、嫌いな相手や相性の悪い相手から魔力を一方的に流されると具合が悪くなったりもするんだ、無闇にするもんじゃない」
「そうなの!?ごめんなさい、嫌だった?」
「嫌……ではねーよ、まぁ波長は合うみたいだし気持ちよかったけど……って何言わせるんだ!」
しまった、そんな場合があるんだ!と顔を寄せて深紅の双眸を覗き込むと、なぜかライトのほっぺがちょっと赤く染まった。
「ライト、顔が赤……いたっ!」
「うるさい、お前が一気に魔力流しすぎなんだよ」
私の額にチョップをかまして、ライトは再び歩き出す。なるほど、逆に一気に魔力が増えすぎちゃうと暑くなっちゃうのかな?
でも、具合が悪くなっちゃったわけじゃなさそうでよかった。
「次勝手にやろうとしたら怒るぞ、ったく……。いきなり魔力増えすぎたせいで心臓ドクドク言ってうるせーんだけど」
「ごめんなさい、以後気を付けます!」
と、言いつつも、前世では全くなかった新たな感覚に興味津々な私。
それを感じ取っているのか、一度自分の左胸に手を当てて鼓動を落ち着けるように深呼吸して再び歩き出したライトは、チラチラとじっとりした視線で私を見て来た。う、疑われている……!
「魔力リンクってそんなに複雑なものなの?」
「そうじゃないが……、基本リンク相手がこちらを大嫌いだったりして完全拒絶していたりすると、そもそも魔力を流そうとしても弾かれちまったりするし」
そうなんだ、と納得しつつ、安心した。つまり、なんだかんだでライトは今、私のことを嫌わずに認めてくれているみたいだ。些細なことかもだけど、嬉しいな。
「何にやけてんだよ?ただな、魔力量がけた違いに差がある場合は、自らの魔力を毒みたいにして他人の体を害せたり。害する気がなくても相手の身体を自分の魔力で支配して感情や体調を探ったり洗脳できる人間だ
っているんだからな」
「ーっ!そんなこと出来るの!?」
「あぁ。そうだな、他にも、相手の記憶に入り込んで初恋の相手を暴いたり……とかな」
「それは嘘ね!」
間髪入れずに即答した私に、ちょっと意地悪そうに笑っていたライトがきょとんとなった。
「なんだ、さすがにこれは騙されねーか」
「うん。だって私、初恋まだだもの!」
「……なるほどな。って、じゃあ何でロマンス小説読んでんだよ」
「女の子には恋に恋するお年頃があるんです!ライトだって、切なくて苦しくなっちゃうくらい好きになっちゃう運命の相手が意外とすぐ近くに居るかもよ!」
さっきの美人なお姉さんとか、ヒロインのマリンちゃんとか!
「はいはい、わかったわかった」
しかし、やっぱりライトは動じずに軽く流される。まあ仕方ないか、いくらしっかりして大人びて見えてもまだ10才じゃ恋にはちょっと早いよね。
「ま、初恋の相手がわかるなんてのは嘘だが、相手の体調くらいなら本当にわかるんだぞ?例えば、さっき転んだときに本当は右足首を少し痛めてたとか」
そう言ったらライトの掌から、今度は私の方に少しだけ温かな魔力が流れてきた。途端に心配そうな顔になって『あとでちゃんと冷やすんだぞ』と呟いたライトが、歩くペースを遅くしてくれる。あぁ、そうやって気を使わせるのが申し訳ないから黙ってたのに……!
「ほ、本当に平気だよ?ほら、私大人だし、ちょっと痛いのくらい平気!」
「……はいはい、そう言うことにしとく。他には何も隠してないな?ちょっと調べるぞ」
呆れた声音のライトから流れてくる魔力の量が増して、なんだかポカポカふわふわして不思議な気持ちになってきた。温かいせいか気が緩んで、なんだか……
「ーー……なるほど、魔力で探る間でもなく、腹が減ってる訳だな」
「~~~っ!ち、違っ、だってお昼のサンドイッチはフリードさんに賄賂であげちゃったんだもん!」
気が緩んだせいで、くきゅる~……と間抜けなお腹の音をライトに聞かれた。恥ずかしい、穴があったら入りたいけどこんな町中にはないからせめて顔を隠したい!でもライトと手を繋いだままだから隠せない!!て言うか、繋いでる手を振りほどこうとしたら逆に強く掴まれて離れられなくなっちゃったし!ライト、あなた面白がってるでしょう!なんかニヤニヤしてるし……!『仕方ない、なにか食べ物買ってくか』なんて保護者ぶっちゃって、私のが本当は年上なんだからね!
「やぁ、そこの可愛いお嬢さんに品がいい坊っちゃん。お腹が空いてるならスイーツはどうだい?」
そんな時だ。内心でプンスカする私とライトに、道沿いの小さな屋台からそう声をかけられたのは。
~Ep.46 ライト先生の魔力リンク講座~
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