Ep.47 普通に初恋じゃなかった

 私たちに声をかけてきた男性の方を見てみた。

 ピンクと水色のストライプのビニール屋根がついた簡易テント。その台の下で売られていたのは、揚げててほやほやのチュロスだった。


「わーっ、美味しそう!」


「……おかしいな、こんな場所に店なんてあったか……?」


「移動式の店なんだよ。どうだい坊っちゃん、妹ちゃん腹空かしてるみたいだし、買ってってよ!」


「買ってこうよ、お兄ちゃん!」


「誰がお兄ちゃんだ!……まぁ、確かに旨そうだけどさぁ」


 私もライトも金髪だったからそう見えたのか、お店のおじさんが私とライトを兄妹に間違えつつも商品を進めてくる。何故私が妹なのかは解せない。心底解せないけど、でも今は気にしない。チュロスが食べられるなら妹でいいです!

 おじさんに便乗しておねだりするけど、ライトは自分が甘味好きだと周りにバレるのにちょっと抵抗があるみたいで渋っている。私や皆の前じゃ気にしないのに変なの。でも、ライトを納得させる材料がいるわね……。

 私は、ちょうどチュロスの味のメニュー表を見ていたいかついおじさん二人組に目をつけた。


「男の子が外で甘いもの食べてたって別に平気だよ?ほら、あのいかついおじ様たちもチュロス買いに来てるみたいだし!」


「ーっ!馬鹿っ、失礼だろ!!」


 ビシッとおじ様達を指差しながら言うと

、ライトが焦って私の口を手で塞いできた。一瞬ぎょっとした顔になったおじ様二人がこちらをにらんだのを見て、ライトが仕方ないなと肩を落としつつもお財布から金貨を取り出す。


「ったく、どの味がいいんだよ?」


「うーん、悩むけど……じゃあシナモンで!」


「よりによってそれかよ……。まぁいい、じゃあ俺はココアで」


「はいよ!シナモンとココア一丁ね!」


 やった!粘り勝ちだ!!

 私が選んだシナモン味と、ライトのココア味のチュロスを手早く揚げて渡してきたおじさんは、満面の笑みで『まいど~』と手を振っていた。


「ねぇライト、手は離さない?片手だけじゃ食べにくいよ」


「駄目だ、お前目離したらすぐ迷子になるだろ。“お兄ちゃん”の言う事聞いておとなしくしてろ。熱いから火傷すんなよ」


 チュロス片手に歩きながら抗議したけど、さっきの兄妹ネタを逆手に取られてしまった、ライトのが一枚上手だった。

 まぁいいや、いただきます!と、シナモンがふんわり香るチュロスをひとくちかじったら熱すぎてビクッとなってライトに笑われたけど。でも美味しい!久しぶりに食べたけど、やっぱり揚げたてはいいよね~なんて堪能しつつ、一歩前から漂ってくるカカオのいい香りにも心惹かれてしまう。うーん、ココアも美味しそうだなー。ミストラルに帰るまでに、今度はココア味を買いにもう一度来よう!


「ほら」


「えっ?」


 そう考えていた私に、きちんと口をつけた部分は千切りとった自分のチュロスをライトが差し出してきた。


「食べたいんだろ?味見していいぞ」


「ーっ!ありがとう!じゃあ私のもあげるから、交換にしよ!」


「……ま、たまにはいいか。貰うよ」


 なんか歯切れ悪いわね……。ま、いっか!と、ライトにシナモンチュロスを半分くらい渡して、代わりにココア味を受けとる。わーい、二つの味を一緒に食べれるなんて贅沢~。


「って、ライト大丈夫!?」


「……あぁ、うん。なんだ、人が食べてるものってなんか旨そうに見えるもんだよな」


 青い顔をしてチビチビとシナモン味の方をかじっていたライトが、『苦手な味でも』と呟く。なんですと!?


「わーっ!ごめんっ、シナモン苦手なら言ってよーっ!!!」


 なんと、ライトはシナモンが苦手だった!気づかなくてごめんね!食べ物は無駄にしちゃ駄目だと無理にでも完食しようと頑張ってる彼から慌てて取り上げたシナモン味は結局私が食べることになり、私がライトから貰ったココア味はすでに食べきっちゃってたので返せなくて。あまりに申し訳ないので謝り倒して、また後日お詫びのお菓子をプレゼントする約束をした頃、ずっと続いていた路地が終わって急に視界が開けた。

 閑静な広場にポツンと佇む白い建物の厳かさに気持ちが引き締まる。チュロスで汚れた口回りをハンカチで拭きながらだけど。


「ーっ!ここ、教会?」


「あぁ、宗派は……」


「ステンドグラスの柄的に、聖・フローレンス教会だね」


「フライ!びっくりしたぁ」


「お前、なんでわざわざ間に割り込んでくんだよ」


「別に?なんでもないよ。それより君さぁ、本当勝手に居なくならないでくれる?ライトの初恋相手を探るとか言って人巻き込んどいて、どうして他ならぬライトと手繋いでるんだよ。あぁ腹立つ……!」


「俺の初恋!?何の話だフローラ!」


「ご、ごめんなさい、これには訳が!」


「「訳って何/何だよ!!」」


 背後からいきなり現れたすごくイライラしてるフライが、教会を見上げていた私とライトの間にぐいっと割り込んで繋いでた手を無理やり離させる。ようやく手を繋ぐのを止めた私達を見てフライがため息をつき、ライトは私の尾行目的を聞いてびっくりしつつもじっとりこちらを睨む。万事休すである。

 って、何でフライまでこんな機嫌悪いの!?


 まだ10才だけど将来有望なイケメン二人に詰め寄られてるのに、全くときめけない。悲しい。


「あーっ、ライト兄おかえりーっ!」


「ーっ!?」


「あぁ、遅くなってごめんな」


 四面楚歌の私に救いの天使が現れた。それもたくさん。

 教会から飛び出してきた子供たちが、わーっとライトを取り囲んで連れていったのだ。

 これには私はもちろんフライも驚いて、慕われるお兄さん状態のライトを遠巻きに見守る。


「あら、ライト様のご友人の方ですか?」


 と、キャっキャと響く子供特有の声の中に、凛とした女性の声が聞こえた。ライトとお城で話していた、あの美人さんだ。


「はい!お友達です」


「金の髪に空色にさくらが混ざった瞳……っ!そうですか、ようこそいらっしゃいませ。ミストラルの皇女様。そちらの風使いの方も、歓迎いたします」


 何故かひと目で私の正体を見抜いたその人が修道服に身を包み、お茶をどうぞと中に招き入れてくれる。シスターさんだったのか!

 でも、なんでライトがシスターさんと?と首を傾げていると、紅茶を入れてくれたシスターさんが説明をしてくれた。


「ここはもう長いこと孤児院代わりになっていて、運営が厳しい状態だった所をライト様に救って頂いたのですよ。国からの援助が受けられるようになったのはもちろん、最近起きている小さな子供を狙った誘拐が心配だとお話したら、犯人への牽制にになるかもと定期的にわざわざここまで足を運んでくださるようになって……。今ではすっかり子供達の人気者ですわ。いらして頂けない明日からの建国祭期間は、皆さみしがるでしょうね」


「そうだったんですね、事情がわかってすっきりしました」


「……期待が外れて残念?」


 フライにそう言われて、首を横に振った。恋バナじゃなかったけど、孤児院を助けたり、誘拐事件を解決しようと頑張ってたり。王子として頑張るライトの新たな一面を知って温かい気持ちになる。窓から外を見ると、ライトは子供達とボードゲームをして遊んでいた。

 一人っ子なのにやたら子供の扱いに慣れてるなと思ったら、このお陰だったのね。


「私達も、子供たちと遊んでいってもいいですか?」


 そう聞くと、シスターさんと、奥でパイプオルガンを手入れしていた神父さまっぽい人が笑顔で頷いてくれた。


 ちなみに、ライトが子供達に教えていたボードゲームはチェスだったので、皆でトーナメントをしたんだけども。ライトもフライも意外と大人げなくぶっちぎりで勝利していく中、私は初戦敗退なのでした。

 いや、ね?けっしてそんな6歳とかのお子様達に勝てなかったとかじゃなく、わざとですよ?ほら、私大人だから。子供に花を持たせたげる位の余裕がないと。

 だから、断じて泣いてなんかいない。


 そして、決勝で普通に一騎討ちでチェスをしてフライに完敗したライトは、翌日から始まった建国祭の剣術大会(15歳未満までの部)で、悔しさを発散するように快進撃して決勝で中学三年生位のお兄さんをこてんぱんにしていたのだった。ライトは一度、“手加減”ってものを覚えたらいいと思うよ……。



     ~Ep.47 普通に初恋じゃなかった~


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