Ep.45 怪しい人にはついていかない

 前略、色々あってフライとはぐれました。

 いやまぁ、元を正せば風船に釣られて大道芸のピエロさんについていった私が悪いんですけども、ピエロさんがくれた猫ちゃんとうさぎさんの形をしたバルーンちゃん達が可愛いので後悔はしてない。この生きてるみたいに動く魔法がかかったバルーン動物ちゃん達はミストラルに連れて帰ってクリスに見せてあげるのだ!


「ーー……」


「……あら?」


 なーんて考えていたら、不意に感じた熱視線にはてと辺りを見回す。何か私の頭より心なしか低い位置から視線を感じるぞ……?

 辺りをキョロキョロ見回すと、視線の主はすぐ見つかった。近くの木の影から、一人でじっと私を見つめている小学2年生くらいの女の子が居たのだ。

 周りを見たところ、保護者の姿は見当たらない。迷子かな?お仲間ですね。

 なんて冗談はさて置き……と、その子の正面まで近寄って、しゃがんで視線を合わせる。


「こんにちわ、お姉ちゃんに何かご用?」


「……ううん、なんでもないの。お姉ちゃんの髪、巫女さまみたいで綺麗ね」


「巫女さま?よくわからないけど、誉めてくれてありがとう。お嬢ちゃん一人?お母さんかお父さんは一緒じゃないのかな?」


 一瞬浮かんだ警戒心は、『綺麗ね』なんて直球の誉め言葉であっという間にどこかに飛んでいっちゃった。えへへ、誉められちゃったと思いつつ、女の子とお話を続ける。


「……私がちょっとピエロさんに風船を貰いに行ってたら、ママ“が”迷子になっちゃったの!お陰で風船貰い損ねちゃった」


「あはは、ママ“が”迷子になっちゃったのかぁ」


 いいなその言い回し、あとでフライに怒られたら真似してみようかな?

 それにしても、やっぱり迷子だったか。郊外でとは言え人攫いの噂もあるってフライもさっき言ってたし、放っておくわけにも……と改めて女の子を見ると、彼女の視線は私じゃなく、私の頭に乗ったあるものに釘付けになっていた。

 見てる……すごい見てるぞ、さっきピエロさんから貰った風船を!


「……ほしい?」


「ーっ!い、いいの?」


 私が笑って頷くと、女の子は笑顔になってくれた。あら可愛い。とキュンとしつつ猫ちゃんの方のバルーンを渡したのと同時に、反対側の通りから走りよってくる女性。その顔を見て更に満面の笑みになった女の子を見てほっとした。

 良かった、お母さん近くに居たんだ。


「ママ!」


「ダリア!もう、どこに行っていたの、駄目じゃない!すみません、娘がご迷惑をお掛けして……!風船まで頂いてしまってもう、この子ったら!」


「いいえ、とんでもない。色々お話出来て楽しかったです。それでですね、ちょっとお尋ねしたいんですが……」


「うちの子ったら本当お転婆で目を離してなくてもあっという間に迷子になってしまうんです。最近この辺りで不審者の目撃情報も多いと聞いていたのでもうはぐれている間気が気じゃなくて……!貴方のようなしっかりしたお嬢さんに見つけて貰えて良かったわ!本当にお世話になりました。さぁダリア、帰るわよ」


「はーい……。巫女のお姉ちゃん、またね!」


「い、いえ!滅相もない!ダリアちゃん、またね」


 だから“巫女さま”ってなんぞ?と思いつつ。平謝りしているお母さんと軽くご挨拶を交わしてから、そうだわ、地元の人ならどうやったらさっきの広場まで戻れるかわかるんじゃないかしらと恥を忍んで道を聞こうと思ったのだけど。なにやらお母さんのなかで私はしっかりしたお嬢さんになってしまっているようで、今更『自分も迷子です』とは言えなくなってしまった。

 あの、その……なんてうだうだしている間に、お母さんは女の子……改めダリアちゃんを連れて行ってしまう。猫ちゃんの風船片手に振り向きながら手を振ってくれるダリアちゃんは大変可愛かったし、ダリアちゃんがその噂の不審者とやらに目を付けられなくて良かったけれど。

 うわーんっ、結局私は迷子のままなんだよどうしよーっっ!!


「……いや、嘆いてても仕方ない!とにかく来た道を戻ろう!広い場所に出れば帰り道もわかる筈!きっと!多分。恐らく…………」


 一旦その場でしゃがみこむ位に落ち込んだものの、気持ちを切り替えてそう立ち上がった私。でも、自信のなさに段々語尾が萎んでく。あぁ、我ながら情けない……!そして正直に言うと、風船に夢中で歩いてきた道だから、来た道なんか覚えてない。駄目かもしれない、私。


「はぁ、せめてフライみたく魔力の波長とやらでライトの居場所がわかればなぁ……!」


 目を閉じて辺りの気配とやらに意識を巡らせてみるけど、ただ今日は温かくて過ごしやすい陽気だとしかわからない。結局やっぱり途中で完全に道もわからなくなり、なんとなくより心地よい方へ、心地よい方へと歩いて来てしまった結果。いつの間にか私はさっきまで居た大通りとはまた別の、小さなお店が立ち並ぶ路地に来てしまっていた。



「うぅ、更によくわからない場所に来ちゃった……!」


「どうしたの可愛いお嬢ちゃん、迷子か?」


「ひゃうっ!」


「おっと!逃げるなんてひでぇなぁ」


「お嬢ちゃん、怯えなくていいよ。迷子なら俺達がいいところまで連れてってあげるからさぁ」


 道の端っこから辺りをキョロキョロ見回してたら、不意に後ろからガシッと両肩を掴まれた。ビックリして咄嗟に距離を取ると、ちょっとだらしない格好のお兄さん二人が私を見て笑っていた。その目は明らかに、私が身に付けているものの価値を見定めつつ、二人して辺りの人々から私の姿が見えないよう立ち位置を調整している。『あ、これ危ないやつだ』と、普段はあまり稼働しない私の危機管理能力が珍しく正常に作動した。


 ジリジリと後ずさる私を見て、先に声をかけてきた方の男が笑う。帽子から流れている、私の髪を見ながら。


「あーあー、こんなに怯えちまって可哀想に。さっ、お兄さんたちとおいで。……痛えっ!」


「おいっ、大丈夫か!?くそっ、ようやく見つけた金髪の女のガキだ。逃がすな!!」


 『お菓子あげるって言われたって怪しい人にはついていかないんだからねっ』なんて冗談で内心を落ち着かせつつ、一瞬の隙をついて、私を捕まえようと伸びてきた手に噛みついた。怪しいお兄さんの片方が痛みに怯んだ隙に、二人の間を掻い潜って走り出す。

 でも、立ち位置的に人が多い方へは行けなかった。仕方なく、私たちが立っていた位置のすぐ裏の路地へと逃げ込むけれど、ただでさえ足が遅い上に、私は子供で。方や相手は大人の男性二人だ。あっという間に、背後から響いている荒い足音が迫ってくる。

 恐怖で足が縺れて上手く走れないのに、速く、もっと速くと気ばかりがせいてしまう。そして、曲がり角を曲がろうとした時だ。とうとう完全にもつれた私の足は何かにガッとぶつかって、そのまま体勢が崩れる。

 ズザザッと嫌な音がして、ろくに整備されていない砂利道におもいっきり倒れ込んだ。


「きゃっ……!」


「よーし、追い付いたぞ。このガキ、手こずらせやがって……!」


「おい、傷はつけるなよ。なんでこんな場所に居るのか知らねーが、本物の水の皇女ならあの方もお嬢様も大喜びだ。報酬も期待できるぜ!」


「嫌っ、来ないで……!」


「大丈夫だ、痛いのは一瞬だからな……!」


 私が噛みついた方の男の手にある小さな機械。その先端にある二つの出っ張りの間に、小さな稲光が走った。スタンガンのような物だろうか。

 バチバチと音をさせたそれを、男が思い切り振りかぶる。逃げたいのに足は言うことを聞かなくて、動けない私が恐怖から目を背ける術はぎゅっと目を閉じるだけだった。


「お前達、何をしている!!!」


「ーっ!?何だこの炎!あちっ、あちちちっ!!」


「アチいなこの餓鬼!!」


 身構えていた痛みが来ず、変わりに急に感じた熱気。そして、大人相手に怯まず力強く響いたその声に、恐る恐る目を開ける。

 始めに視界に入ったのは、男二人と私たちの間を隔てるようにうねる業火で紅く煌めく、短く切り揃えられた金髪だった。


「ライト……!」


「はぁ……。ったく、なにやってんだよ馬鹿」


 震える声で名前を呼んだ私の頭に、余裕綽々な顔で笑ったライトの手が優しく置かれた。



    ~Ep.45 怪しい人にはついていかない~


    『これが迷子の基本です!』



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