Ep.44 お姫様は迷子様

 フェニックスの城下町を歩くのは、6歳の時にライトと遭遇したあの日以来だ。あの時はお母様の死亡フラグをへし折ることに必死で街並みを楽しむ間もなかったけれど、今回は違う。

 お祭り直前と言うこともあって、映画にでも出てきそうなお洒落な煉瓦造りの店舗が立ち並ぶ大通りも賑やかそのものでワクワクしてくる。家と家の間に張られたロープに干されてるだけで、どうしてただのお洗濯ものがあんなにもお洒落に見えるのか……!

 建国祭の期間には、お城を始めとしてフェニックスの絶景を納めた記念ハガキなんかも売られるそうだから、是非購入してレインやお母様達に手紙をだそう!多分、ハガキが届くより先に私が帰国するけれど、そこは気にしたら負けだから!決して家族とレイン以外に手紙のやり取りをするようなお友だちが居ないとかではないから!!

 なんて心のなかで言い訳してたら、ふと少し先の広場でピエロが細長いバルーンを器用に捻っていろいろな動物の形にして子供達に配っているのを見つけた。

 大道芸!見てみたい!!と、私の一歩前を歩いていたフライの袖を引っ張る。


「ねぇねぇ、大道芸やってるよ!ちょっと見ていかない?」


「はぁ……。君ね、人を無理矢理巻き込んでおいて本来の目的を見失わないでくれる?」


「目的?」


「~~っ!見知らぬ女性と出掛けていったライトを尾行したかったんだろ!」


 盛大にため息をついたフライと向き合いながら、はて、目的とはなんだったかしらと首を傾げた瞬間、フライが思いっきり叫んだ。


 そうでした!


「全く、変装だ何だと無駄なタイムロスしたせいで完全に見失ったからって、僕にライトの魔力を追跡させておいて、呑気なものだよね。呑気にパン屋のおばさんから焼き立てパンの試食をもらっている場合か!何が『焼き立てのパンは幸せの香りですね!』だ……!」


「だって美味しそうだったんだもの。あ、ごめん!フライも食べたかった!?」


「そっちじゃない!……はぁっ、大体さ、せっかく時間を割いてフリードから変装導具を借りたのに、君は何故その髪色を選んだんだい?」


「え?」


 らしくもなく大きい声を出しすぎて疲れたのか、ちょっとクールダウンした様子のフライが低い位置で二つ結いにした私の髪をひとふさだけ掬った。フライのその白い指先に絡まる私の髪は、普段よりかなり濃い目の、オレンジがかった金色に輝いている。


「え、駄目?」


「そりゃ駄目だよ。金髪は目立つからと言われて髪色を変えるアイテムを貰ったのに、わざわざ更に目立つ濃い色の金髪を選ぶ馬鹿がどこに居るのかな?」


 そう、今の私の髪は、丁度今探しているライトと同じくらいの色に変えてある。ライトの金髪の色が好きなのと、何となく似た髪色にしてたら見つかるんじゃないかなと思ったのだ。とは言え、人目があるからか久々に完全外面モードのフライに毒を吐かれると傷つく……!


「い、意外性を狙ってみたんだけど-、似合わないかな?」


「……っ」


  小首を傾げると、指先で私の髪を弄んでいたフライが言葉に詰まった。ビクッと手を止めたと思ったら、手を離してくるりと私に背中を向けてしまう。

 そして、何て答えてくれるかとワクワクしてその背中を見ていた私に返ってきた言葉は……


「…………別に。金髪じゃあ結局普段と大差無いじゃない、ライトみたいに派手な髪にしちゃって」


 と言う、身も蓋もない言葉だった。フライはゲームだと、よっぽど好感度低くない限り社交事例だとしても優しい誉め言葉のひとつは出てくる人の筈だったので、ショックにガーンと頭を殴られる。


「うーん、尾行相手と同じ色にしとけば逆に目立たないかと思ったんだけどなぁ……」


「……その思考回路が僕にはさっぱりわからないけど、とにかく次からは変装をするならもう少し人目につかない髪色にするように。街の噂話を聞くに、どうやら郊外の治安が悪いエリアで孤児を狙った人攫いが出ているようだからね」


「ーっ!?何その情報、いつの間に集めたの?」


「“風の噂”。ただ歩いているのも時間の無駄だし、魔力で少し辺りの噂を集めながら散策していたんだよ」


「へぇ、便利だなぁ風の魔法」


「感心してないで、君も気を付けろと言ってるんだけど?ただでさえぼやーんとした性格だし、少なくとも顔はか……っ!」


 淡々と説明しながらようやく私の顔を見たフライが、不自然に言葉に詰まった。な、なんだろ、人の顔を見るなり固まられると気になるじゃないですか……!


「か?なあに?」


「……っ、いや。とにかく、フリードの言った通り僕も君も巷の人々より目立つ容姿には変わり無いんだから、注意するように」


「えー、言いかけたんなら最後まで言ってよ。気になるなぁ」


「なんでもないったら!」


「嘘だ!なんでもないなら普通そんな怒らないもん」


「しつこいな……!」


 足音荒く歩きだしたフライを早足で追いかけながら何度か聞いたけど、結局教えてもらえなかった。何かすごい気になる……!


「……なんだよその目は。全く、はぐれたら本当に置いていくからね?ほら、だから手を貸して」


「ーっ!うん、ありがと……きゃっ!」


「ーっ!?フローラ!!」


 そっぽを向きつつも『はぐれないように』とフライが手を差し出してくれたときだ。不意に押し寄せて来た人波に流されて、フライの手をつかむ前に私はあれよあれよと流されてしまった。急にどうしたのだ、街の皆さん!

 びっくりしたまま流れ流され、ようやく人波が落ち着いて放り出された場所はなんと、さっき大道芸をやっていた広場。そこにはまだピエロさんがいてバルーンアートの真っ最中だった。そして、ピエロさんがバルーンで作った動物たちをぽんと叩くと、なんとその動物達が生きてるみたいに動き出したのだ!!


「すごい!可愛いーっ!!」


 そのままピエロさんが笛を吹いて歩きだすと、バルーン動物たちも躍りながらついていく。


(いや本来私風船にはしゃぐ歳じゃないけど……!でもいいよね、ワクワクして当然だもの、こんなの!第一、今の私はまだ子供だし!!)


 なんて言い訳しながらファンタジー世界ならではの大道芸にすっかり心奪われた私は、『はぐれるな』なんてフライの忠告もすっかり忘れて観客の子供達や親御さんと一緒に、ピエロさんご一行を追いかけたのでした。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 いきなり押し寄せた人波に呑まれても、なぜだかフローラの姿はハッキリとわかった。きっと、あの無駄にキラキラして見える容姿のせいだろう。


 はぐれるなと言ったばかりなのにと、妙な苛立ちと焦燥感に狩られながら走って彼女が流された方へと向かう。たった一人の他人にペースを乱されるなんて、ライト以外だとフローラが初めてだ。本当に、どうして彼女はこんなにも僕の調子を狂わせるんだ……!


「フローラ!」


 あぁもう、イライラする……!が、とにかく今は合流だと、彼女を見失った場所……人が集まる街中の広場で名前を叫ぶが、返事がない。

 辺りの魔力や声を拾ってみるが、聞こえない。辺りの人に聞けば、金髪のハッと人目を惹くような可愛らしい少女は、はしゃいだ様子で大道芸をしていたピエロを追いかけて言ったらしい。


「勘弁してくれよ、もう……!」


 そううんざりしつつも走り出してしまう自分のらしくなさに、何でだか苦笑が溢れた。とりあえずライトを先に見つけて、二人で探した方が早そうだ。



   ~ Ep.44 お姫様は迷子様~


  『全く、見つけたら説教だからね?』



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