Ep.43 気になる相手

 門の柱の影から、離れていく見慣れた金髪の頭と見知らぬ女性の後ろ姿を覗き見する。ライトに優しく微笑みながら話し込んでいる女性は、17歳位で落ち着いた雰囲気で、黒いワンピースっぽい服に身を包んだ美人さんだった。なんだか親しげでライトがお姉さんの荷物持ってあげたりしてるし、これはもしやリアルおねショタ展開ですか!?と、丁読んでいたおねショタ物ロマンス小説を抱き締める。


「なんだ、恋愛には興味ないみたいな事いってた癖に、単に別に憧れの人が居るから興味ないふりしてたのか……。何にせよ、これは尾行するしか無いわ!」


「こら。止めなよ、悪趣味な事は」


 荷物をまとめて、バレないように髪型もちょっと変えてさぁいざ追いかけるぞ!と走り出そうとしたところで、腕を掴まれ引き留められた。振り返ると、呆れた顔のフライが私の右手をしっかり掴んでいるのが目に入る。

 動けないくらいに強く引き留められた事に、私は頬を膨らませて抗議した。


「えー、悪趣味……かも知れないけど、だって気になるじゃない!」


「裏庭とは言え、王宮に出入りして皇子と親しげに接していたんだろう?その時点で身元の怪しい人間ではない筈だ、気にする必要ないよ」


「そうじゃなくて!あのお姉さんがライトの好きな人かもしれないでしょ!!?」


「…………は?」


 力説した私に、たっぷり間を空けてからフライがようやく口にしたのはそれだけだった。親しくなったせいか逆に作り笑いすらなく、眉を寄せて額に手を当てたフライが天を仰ぐ。


「下らない……!尚更尾行なんて必要なし!皇女が一人で他国の城下に出るなんて危険極まりないし、髪型を変えただけのちゃちな変装じゃどうせすぐにライトに見抜かれて追い返されるよ」


「むぅ……。じゃあ、ちゃんと変装して、誰かと一緒に行くならいいんだよね?」


「またそうやって挙げ足を取る……って、ちょっと待った。それで何故君は僕の両手を握りしめて居るのかな?」


 攻略対象で飛び抜けて勘が鋭いフライが私の企みを察して後ずさろうとするけど、もう遅い。にっこり笑って、走り出した。彼の手を握りしめたまま。


「フライも一緒にいこうよ!まずは変装のお洋服借りよーっ!」


「だから止めろって言ってるのに……こらっ!」


 抵抗するフライの手をしっかり握りしめて私が訪ねたのは、使用人用のエリアにあるフリードさんのお部屋だった。

 扉を三回叩くと、今日もビシッと執事スタイルが似合ってる……けど、昨日ハイネに叩かれた頬だけがぷっくり腫れたフリードさんがにこやかに出迎えてくれる。

 フライがフリードさんの頬を見てぎょっとした顔をしたけど、話すと長くなるし何より秘密の部屋の事まで言わなきゃいけなくなっちゃうのでスルーして本題に入る。


 『ライトが綺麗なお姉さんと二人で出かけるところを目撃したので、尾行中見つからないように変装したい!』と言うと、フリードさんは一瞬面白そうにほくそ笑んだ……ものの、やはりライトの専属執事と言う立場上協力は出来ないと言ってきた。

 ほら見ろと言わんばかりにフライが睨み付けてくるけど大丈夫。私は昨日の一件で、フリードさんの弱味を握っているのだ!


「変装したいと申されましても、殿下が出掛けてからもう20分近く経ちますし今さら尾行は難しいでしょう。またの機会にされては?」


 そう体よく追い返そうとしてくるフリードさんに、私は軽食用に持たされていたバスケットからサンドイッチを取り出した。


「まぁまぁそんな事言わずに。報酬はハイネが今朝作ってくれたサンドイッチでどうですか?」


「ご協力致しましょう」


「何故そうなった!!?」


 “ハイネ”の名前に瞳を光らせ協力を承諾したフリードさんに対してフライが叫ぶけど、答えは簡単。実はこちらのフリードさんとハイネ、元婚約者同士だったらしい。大人の事情で婚約は解消して離ればなれになったけど、フリードさんはまだハイネが好きだって事は昨日話していたときのフリードさんの態度から丸わかりだったのだった。ハイネは塩対応だったけども。いつも私を心配して、面倒見て、時には叱ってくれる姉みたいな存在であるハイネには是非幸せになって欲しいので、フリードさんには是非頑張ってほしい!

 利害の一致で協力の約束を取り付けた私達を眺め、フライが『もう好きにしたらいい……!』と一人で嘆いていた。


「それにしても変装ですか……。お二人とも見目麗しく注目を集める容姿のお方ですから、なかなか難しいですねぇ」


 そんなわけで、ハイネお手製サンドイッチを二つほど平らげたフリードさんが使用人達の子供用に服が集められたクローゼットを漁る。私も覗かせてもらうと、男女物問わずたくさんの子供服が置いてあってわくわくした。まるでショッピングモール並みだ。


「動きやすそうなシンプルで可愛いお洋服がたくさんあるね。あっ!」


 ふと、手前にあった白に近い黄緑色のワンピースが目に止まった。パッと手にとってフライに向き直る。


「ねぇ、変装なら普段とまるで違う姿になったほうがバレにくいよね!これ絶対フライに似合っ……」


「着るわけないだろう!女装させる気なら僕本当に帰るからね!?」


 駄目か、絶対似合うと思ったのに……!でも、フリードさんに『流石にお一人ではいかせませんよ』と念を押されてることもあって、ここでフライに離脱されるのは痛い。仕方ない、中性的美少年の女装姿はまた別の機会に拝むとしましょう。

 ワンピースを畳み直してしまった私を見てほっとしたように息をついたフライに向かって、私は妥協案としてブラシ片手に振り返った。


「服装が駄目なら髪型よね!三つ編みにしましょ!!」


「……はぁ、わかったよ。女装よりはマシだ。自分で編むからブラシ貸して」


「えーっ、私がやりたいのに……」


「君にやらせたら去年の時みたいにまたリボン編み込んだり無駄にキラキラした髪留め使うでしょう!」


「バレてる!でもあれはフライが『海の時以降酷い態度取ったお詫びになんでもひとつ言うこと聞くよ』って言ってくれたからやったんだからね」


「それはそうだけどさぁ……、よりによってあの髪型の自分を鏡で確かめて居るときに兄さんが部屋に入ってきて鉢合わせた僕の立場もちょっとは考えてくれないかな?」


「あ、だから一時フェザーお兄様フライと話すとき全力で目逸らしてたのね……」


「そこまでわかってるならほら、さっさとそれを渡して?」


 呆れと怒りを全力で吐き出して落ち着いたのか、久しぶりにゾッとする位綺麗な作り笑いでフライが右手を差し出す。反射的に、ブラシと使うつもりだったピンクのお花柄のシュシュを背中に隠した。この笑顔はまずい。こんなザ・女の子な髪留めを着けさせる気だったと知られた暁にはどうなるか……!


「もうバレてるから、寄・越・せ。あ、このリボンがピンクなことに関してはあとでゆっっくりと話を聞かせて貰うよ?」


「あーっ!勘弁してくださいお代官様ーっ!」


「うん、僕は代官じゃなく皇子だけどね。いいから早く支度して、本気で置いてくよ」


 私の抵抗虚しく、ブラシとリボンを取り上げたフライの顔にスチル顔負けの腹黒スマイルが浮かぶ。死刑宣告である。

 ま、まぁいいや!なんにせよ三つ編みはしてくれそうだし。さて、私の変装はどうしようかな~と思った所で、ふと目の前に淡く七色の層に色づいた液体の入った香水瓶が現れた。いつの間にか部屋の奥に行って戻ってきたフリードさんが差し出してきたのだ。

 反射的に受け取って、軽く揺らしてみる。瓶が動いても、中の層は乱れないままだった。


「綺麗……。綺麗だけど、フリードさん、これ何ですか?香水?」


「いいえ、香水瓶に見せかけておりますが魔導具の一瞬です。御髪にひと吹きして頂ければ、12時間、髪の色を変えることが出来ますよ。時間切れより早く元の色に戻したい時は、瓶の底のダイヤルを0に合わせてからもうひと吹きしてください」


「ほほぅ、つまり魔法世界版の髪染めスプレー……!レベルが違うわ……!!」


「スプレー……?ええと、フローラ様がご想像していらっしゃる染料等で染める物とは少々勝手は異なりますが、何にせよ本日はそちらをご利用下さい。貴女様のそのプラチナブロンドの御髪は世界で唯一、ミストラルの王家にのみ受け継がれていた色。非常に目立ちます故」


「えっ、金髪って珍しいんですか!?……あ」


 フリードさんの言葉に、そういえば街でも学院でも金髪って私とライトしか居なかったわと思い出す。一番ファンタジーらしくて無難な髪色なのに不思議……とか思ってたら、私が手にしていた瓶をひょいっとフライが取り上げた。


「月の精霊……“ルナの涙”か。どこからこんな珍しい物を……」


「ふふ、内緒です。こちらは遅くなりましたが、私からフローラ様へのお誕生日祝いと言うことでひとつ」


「はい、ありがとうございます!」


 なんか珍しい物らしくてフライがびっくりしていたけど、フリードさんがプレゼントだからともう一度私の手にしっかりと瓶を握らせて来たのでありがたく頂くことにした。

 フライから返されたブラシで髪をしっかりとかして、ダイヤルを変えたい色に合わせた“ルナの涙”をひと吹き。ふわりと風が吹き抜けたように髪がなびいて、色が変化した。服装も変えたし、これで完璧!

 フリードさんにお礼を伝えて、後ろで腕組みしてるフライを呼ぶ。


「よし、早く行こー!」


「はいはい。全く、そんなにライトが気になる訳……?」


 そう呟いた不機嫌なフライの、まるで小さい子を見るみたいな冷ややかな視線が痛い。さっと視線を逸らして、歩きだした。


「そんな事いいつつしっかり着替えちゃって、何だかんだ自分だって気になってるんでしょ!」


「そんなこと……っ、そうだよ。大体何でこんなに気になるんだ……!」


「……?よくわかんないけど、やっぱ気になるんでしょ!ほら、早くいかなきゃ本当に追い付けなくなっちゃう。早く行こうよ!」


 未来の腹黒天才皇子に口で敵うわけないので、言い返される前にとっとと部屋から飛び出した。

 呆れつつもきちんと追いかけてきてくれるフライが長ーーーいため息をついてたけど、気にしないことにした。



 フローラが飛び出した後の衣装部屋にて、肩を落としつつも走って彼女を追っていったフライを見送り、微笑んだフリードが呟く。


「どうやら、フライ様が気になっているのはうちの殿下じゃなく、水のお姫様の方見たいですねぇ。まだ芽生えたばかりの新芽なせいか無自覚なようですが」


 まだまだ恋には早い、お子様達の気持ちの変化に苦笑すると、腫れている頬がズキリと痛む。そこに手を当てて、フリードはため息をついた。


「まぁ、私もお子様方の恋路の前に自分が頑張るべき時なんですがね……」


 そんな惨めな呟きは、無人の衣装部屋に静かに消えた。


    ~Ep.43 気になる相手~


   『気になっちゃうからしょうがない。理由はまだまだ、わからないけど』



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