Ep.56 ヒロインの企み
「一体どうなってんのよ!話と違うじゃない!!!あんた、建国祭の賑わいに乗じてあの孤児院まがいな教会のくそガキ達を餌にすれば、フローラを排除してライト皇子を私のものに出来るって言ったわよね!?」
「申し訳ございません、お嬢様。どうやら想定外の邪魔が入ったようでして……」
「~っ!何よ、これじゃ何のためにわざわざ教会からあんたを雇ったかわからないじゃない、この役立たず!!!」
「おやおや、お転婆ですねぇ」
激昂したマリンが思い切り投げつけてきたグラスを軽やかに片手で受け止めたのは、銀髪に黒い瞳の年若い執事だ。建国祭の少し前、突然マリンの元に現れたこの男、どうやらアクアマリン教会の幹部であり、予知のような力を持つらしいのだ。今、背後から飛んできたグラスを振り向きもせず受け止めたのもその力のお陰だろう。
マリンも流石に初めは怪しいと拒んだが、その男は6歳の時のフローラとライトの出会いは運命から外れた過ちだと言い、ライトの母親である王妃は実は双子であり、彼を産み落としたのは現王妃でなく、影武者にされていた双子の妹の方であったことをマリンに教えた。更に本来ゲーム通りにいけばマリンが手に入れるであろう各攻略キャラとのハッピーエンドへの道筋を見事、言い当てたのだ。
そして彼は言った。『教会の者はすなわち、この世界の神に遣える者。私は、貴方様が正しいこの世界の運命を掴むためのお力添えに参ったのです』と。
だから、マリンは彼を自らの執事として雇い入れた。運命なんてどうだっていいが、こいつはあの
「結局実行犯のおやじ達は作戦開始前にぼろ負け、誘拐は失敗でライト皇子に私が助けて貰うはずの計画も台無しだし!唯一、フローラの馬鹿が魔力の炎に焼かれた所だけはスカッとしたけど、結局あれもたいしたこと無かったらしいじゃない!あーっ、ホンット馬鹿みたい。協力して損した!大体、あんたが私に協力する理由は何?ハッキリ言って胡散臭いんだけど」
怒り狂うマリンにも腹を立てず、にこやかに微笑む男が言う。
「始めに申し上げましたでしょう、私は、お嬢様にフェニックス、スプリング、アースランドの殿下方のお心を手に入れて頂ければそれで良いのです。それがこの世界にとって最も正しき運命なのですから」
「まぁ、そりゃそうよ!なんたってヒロインよ?こんなに可愛くて魔力も強くて完璧な私に攻略キャラ達が見向きもしないなんて、一体どういうことなの!!!」
「まあまあ、気をお静めください、お嬢様。運命の恋には、なにかと邪魔が付き物なのです。それを乗り越え、“悪役”であらせられるフローラ皇女殿下に捕らわれた可哀想な皇子様方をお嬢様が取り返した時こそ真実の愛の芽生え。貴方様が聖女としてお目覚めになるときなのです」
再び暴れだしたのを穏やかになだめる執事の言葉に、マリンの動きが止まる。“聖女”としてのヒロインの力、どの攻略キャラのルートを選んでも必ずヒロインが手に入れる、特別な指輪の力だ。確か、万物を浄化し癒す、唯一無二の光の魔力。
正直他人になんか興味ないし、人助けなんて、自分に大した価値のない奴らが自己満足ですることでしょ?と思っているマリンは、仮にその力を手に入れたとしても決して他者の為にはそれを使わない。だけど、自分を差し置いて他の人間にその力が行き渡るのも腹が立つし、“聖女”と言う特別な肩書きは気分がいい。是非手に入れたい。でも、その力が手にはいるのは本来、ヒロインが16歳の時。そんなに待っていられない。
「あの悪女が……フローラが“私の”イケメン達を少しの間だけでも侍らせてんのが腹立つのよ!ゲーム開始の 16歳までなんて待ってらんないわ!城下の男達なんて、見た目もパッとしない、金もろくにない冴えない奴ばっかり!庶民男なんてヒロインである私に相応しくないのよ!」
「おや、失礼ながらお嬢様。お嬢様も今はまだ庶民であらせられますよ?クロスフィード家は大店を持つフェニックス随一の商家でございますが、まだ爵位は賜っておりませんので」
執事の苦言を、ゲームのエンディングが自分の未来だと信じて疑わないマリンは鼻で笑う。
「関係ないわ、私はいずれ水の国の皇女になる……いいえ、戻るのよ!本当のミストラルの皇女になって、皆からかしずかれて愛されるお姫様は私!あの女じゃないの!!それを一刻も早く思い知らせてやる手段はないの!?」
「そうですねぇ、残念ながら我々アクアマリン教会の者はフローレンス教会の策略で皇子様方が通うイノセント学院側から嫌われてしまっておりまして、無闇に刺客は送り込めないのですよ。まぁ、とは言え我が同胞がミストラルに皆無と言うわけでは有りませんし、情報収集の為既にフローラ皇女のお側には間諜を派遣しておりますのでご安心頂きたいのですが……それだけでは納得していただけないのですよね?」
「当然よ!だから、いい案があるなら勿体ぶらずに言いなさい!」
『慌てないでくださいませお嬢様、折角天がお与えになった美貌が台無しですよ』と笑う執事に少しだけ怒りを静めたマリンは、目の前に並んだ数々の豪勢なケーキの、食べたい部分だけを食べながら執事が何かを取り出す姿を見つめる。
そうして執事が取り出したのは、赤とピンクを基調とした、イノセント学院のフェニックス出身者用の制服だった。スチルで度々目にした愛らしいデザインのそれに、執事の思惑を理解したマリンが口角をあげる。
「成る程、教会の関係者としては駄目でも生徒なら……ってことね」
~Ep.56 ヒロインの企み~
『この世界の主役は誰なのか、思い知らせてあげるわ……!』
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