Ep.55 まだまだ恋は始まらない

「わーっ!」


「ーっ!?急にどうした!?」


「どうしたじゃないよ!ライトが恥ずかしいことするから……っ、気持ちは嬉しいしわかったけど、極力ライトに甘えず自分で戦えるように私も頑張るから、今の誓いには“無理のない範囲で”って付け足しといて!」


「わ、わかったから落ち着けって……手の甲への口付けはただの誓いの証だろ、変な奴だな」


 ライトから慌てて自分の右手を取り返す。キスされたばかりの手の甲が熱い。

 ライトの性格上あくまで“友達”としての言葉なのも、今の手の甲へのキスが騎士様とかが主君に忠誠を誓うときとかにするのと同じ意味合いのものだってこともわかってるけど、前世含め交際経験はおろか初恋もまだの私に今のシチュエーションは刺激が強すぎる!あと、ライトはまるで照れてないのがなんか腹立つ!


「ライト、部屋帰ろ」


「あ、あぁ。って待て待て待て!方向違うぞ!」


「えっ!?わっ!」


 赤くなった顔を見られないうちにと慌てて部屋に戻ろうとして、ライトに呼び止められる。反射的に振り返ろうとしたら大理石の床に足が全て、漫画みたくステーンっとスッ転んだ。うぅ、痛い……。

 打ち付けた足を擦っている私に苦笑しながら、ライトが正面に座り込んで手を差し出してくれる。


「大丈夫か?ほら、掴まれ」


 そう言って笑いかけてくれるその顔は、前世の記憶があって本来精神年齢的にはお姉さんなはずの私でも間近で見たらドキっとしてしまうくらいに整っている。


「全く、いきなりどうしたんだよ?焦らなくても部屋まではすぐだって」


「あ、ごめん。えっと……寝間着でうろうろしてたからかちょっと寒くなってきちゃって……」


「ーっ!そうか、そうだよな、長々話に付き合わせて悪かった。早く戻ろう。とりあえず薄手で悪いが、羽織っとけ」


 適当に口から出た出任せの私の言い訳に、ライトは自分が羽織っていたシャツを私にかけてくれる。紳士だ。

 いつもはわりと子供っぽいし口調や態度も砕けてるし、戦闘中抱き抱えられたときなんか俵担ぎにされたから気にしてなかったけど彼は他ならぬメインヒーロー。本来、私たちの学院の代で一番のモテモテ男子になる人なのだと今さら実感して、私はライトに助け起こされながら呟いた。


「私、今までライトの皇子力舐めてたわ……流石メインヒーロー……!でも、貴方のヒロインは私じゃないのよ……!!」


「はぁ?なんだそりゃ」


「なんでもない、それより早く行こ!来週からはもう学校始まるんだし!!」


「おい、走るとまた転ぶぞ!来週から学校が再開だからってそんな焦ることないだろうが。まさか課題終わってないのか?」


 部屋はこっちだとライトに手を引かれながら、私はその言葉にむくれた。


「失礼な!自慢じゃないけど、夏休み開始の一週間で課題はみーんな終わらせてあるんだから!作文でしょ、数学の問題集、天体観測のレポート、歴史の論文に、魔法薬学の自由研究までバッチリ!」


 どや顔で胸を張る私を見て、今度はライトが首を傾げた。


「……魔術実技が30点以下だった生徒にだけ出された演習問題のプリントは?」


「へ?」


 実技の補講がわりのプリント。その言葉に一瞬思考が止まる、そうだ、私ギリギリ29点で駄目でプリント出されたんだ、教科書くらい厚みがある分厚い奴……!

 丁度私が借りてる客間についたので、荷物を思い切りひっくり返す。ドサッと重たい音をさせて、手付かずのプリントの束が床に落ちた。すみれの花のイラスト付きの可愛いメモが貼られている。


『これだけまだ終わっていないようだったので、荷物に入れておきました。たくさん遊ぶのもとても大切ですが、お勉強もしっかりね!お母様より』

 ……って、お母様ーっ!やってないこと気づいてたんならその場で叱ってくださいよ!!どうしよこれ、他の教科ならともかく魔術絡みの問題をこの量一人で解けとか絶対終わんない!!


 私はベッドを整え直してくれているライトの腕にガシッとしがみついた。


「ライトさん……、さっきどんなことでも頼れって言ってくれましたよね……!」


 我ながら非常に情けないお願いだと自覚しているので思わず敬語になっちゃったけど、背に腹は変えられない。魔術実技の単位が落ちると、最悪中等科に進学出来なくなるのだ。小学生から留年なんてそんなのやだ!!


「あ、あぁ、確かに言ったけど……」


「じゃあお願いっ、これ解くの手伝って!!!」


「思ってた頼られ方と違った!俺が言ったのはもっとこう、悪口とかで傷ついたり、今回みたいに悪い奴に狙われて危ないときとかの意味だったんだけど……てかお前、さっき極力自分で頑張るとか言ってなかったか?」


 私だって(ちょっとは抜けてるかもしれないけど)馬鹿じゃない、ライトのさっきの満月の下でのロマンチックな誓いの言葉が、決して課題とかを手伝ってやるぞって意味じゃないのはわかってる。わかってるけど、今は他に頼れる人が居ないの……!!

 でもそうだよね、ライトだって疲れてるし、もう眠たいよねと思いつつ、最後にダメもとでもう一回だけ聞いてみる。


「ーー……駄目?」


「うっ……!」


 しがみついてライトの顔を見上げながらじいっと視線を送ると、ライトが何故か片手で胸を押さえて唸った。強くしがみつき過ぎたかな……と離れようとした私の片手から、ライトがプリントの束を取り上げてパラパラと捲った。


「はぁ……、ま、約束したことは守らないとな。ったく、今夜は徹夜だから覚悟しろよ」


「ー!ライト、ありがとう!!」


 呆れたように笑いつつ、ライトは椅子を引いてテーブルに向かう。お茶用のだから小さいけど、どうにか二人で向かい合って問題を片付けていく。はじめはやり方だけ習いながら全部私が解いてたけど、量が量なので途中からはライトにも解いて貰う形になってしまう。本当にごめんね……!

 で、この演習問題が意外と難しく、ライトも自分の方を解きながら私を教える余裕は無いようで。いつの間にか、私が躓いた問題にはライトが手が空いたタイミングで解き方ヒントのメモを貼って貰う形にシフトチェンジしていった。


「あれ?この伏せん……」


 プリントから頭を出してるみたいに見える、可愛い猫ちゃんの伏せんに見覚えがあった。ルビーとお菓子作りをした日、うたた寝してた間にいつの間にかノートに貼られてた伏せんと同じデザインだったのだ。よく見てみると、字もあの時書かれてたのと同じだし、考えてみればあの時びしょ濡れだった調理室は起きたらすっかり乾いてた。あんなの炎系の魔法でも使わなきゃ無理だ。あの時の靴屋の小人さんはライトだったのだ。


「ライト、ありがとう」


「ん?どうした、急に」


「ううん、ただ言いたくなったの」


 課題のことも、あの日のことも。合わせて言った感謝の言葉にきょとんとしてから、ライトが小さく笑う。


「ははっ、なんだそりゃ。ほら、それ最後の一問だろ、さっさと問いちまえ」


「はい、先生!……よし、出来た!よかったぁ……!」


「あぁ、どうにか間に合った、な……」


  集中して最難関の応用問題を解き終えて、ベッドに倒れ込んだ。ライトも流石に眠いのか、隣にごろんと寝転ぶ。課題を解いてる間に魔力は回復したのかライトの体温は温かくてそれがまた眠気を誘う。駄目だ、もう瞼が上げられない……。

 隣からも、いつの間にか静かな寝息が聞こえる。私もそのまま、眠りに落ちていった。

 翌朝、いつも通りの時間にハイネが私を起こしに来ることも忘れて……。


「姫様、お目覚めの時間……って、きゃーっ!」


「ーっ!?な、なんだ!?」


「んん、もう朝……っ!?」


 悲鳴に驚いて目を覚ますと、すぐ近くにライトの顔があった。どうやら、夕べ二人してベッドに飛び込んだあと、抱き合うようにして眠ってしまったらしい。どうりで布団もなにもかけてないのに寒くなかったわけだわ……。と思っていたら、ハイネがベリッと私とライトを引き離した。な、何、何事!?


「姫様、ライト様、まさか朝までお二人で同じお部屋で過ごされたのですか……!一体何をされていたのです、正直に仰いなさい!!姫様を傷物にしただけでなく、何か如何わしい真似でもしようものなら……!」


 ハイネが朝の洗顔用に持ってきたタオルを素手で引き裂く、こ、怖い……!完全に誤解されてるよ、どうするの!?と、隣で体を起こしてあくびを噛み殺しているライトを見た。


「なにも何も……、お宅の姫さんがやり忘れてた課題を徹夜で片付けて少し仮眠とってただけなんだけど」


 おぉ、バッサリ言ったね!いや、実際私達はただのお友達なんでそれで正しいんだけど……!まだ10歳だし。

 解き終わってテーブルにそのままになったプリントを見て、ハイネの怒りオーラが消えた。


「はぁ……やはり済んでいない物があったのですね。ライト様、姫様がご迷惑をお掛けしました、なに分人様より少々ぼんやりした方なので心配で心配で……。ご無礼をお許しください。よく見てみれば、手を取り合って眠ってらっしゃるだけのほほえましい光景でしたね……」


「いいよ、フローラを大事に思えばこその怒りだろ。実際ぼややんだしなぁ、こいつ」


 ライトの冷静な対応のお陰で、誤解はすぐさま解けた。よかった……、って、ぼややんってなに!!


 怒りたいけど、散々手伝ってもらったあとだし我慢よ、私!と抑えて、ライトに見送られてミストラルに帰れば、事件の話で心配してたお父様とお母様に抱き締められて。


 ロマンチックな誓いの言葉は課題のお手伝いに利用され、男の子と一緒のベッドで寝ても普通にほほえましく終わる私にはまだまだ恋は始まらないけれど、周りの人達からの愛情をたくさん感じた夏休みとなった。


 それから学院に帰っても、私の成績も、皆との楽しい日常も至っていつも通り。もちろん、ライトに守ってもらわなきゃならないようなピンチもなく、たまーに課題だけは助けて貰うような平穏な日々を過ごして、私達はもうすぐ、中等科へと進学するのでした。このまま中等科でも、平和な日常が続くといいな。


 と、言うことで。私は今日もライトの部屋に駆け込む。


「ライト!卒業試験の魔法の練習手伝って!」


「はいはい、卒業出来なかったら一大事だもんなぁ……」


    ~Ep.55 まだまだ恋は始まらない~


  『だって私達、お子さまですから!恋よりまずは課題が大事です』



………………………………


あと1話挟んだら、皆中学に進学します。子供のままじゃなかなか恋が始まりませんので!(;・ω・)w

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