Ep.30 どうやら嫌われたらしい

 運動するとお腹が空く。なので私は、ここ最近すっかり日課となった毎日のおやつ入りのバスケットを片手に練習場を歩いていた。フェザー皇子が初日のキャラメルを喜んでくれたので、なんだかんだあれからずっと差し入れてるのだ。

 色々と忙しいのか、フライ皇子とは最初の日に歩調のタイミングだけ合わせる練習をした以降、一切顔を合わせていない。お陰でフライ皇子ファンの女の子達からは、一回階段から突き落とされただけでそれ以外は何もされずに済んでるけど……、でも、練習不足がやっぱり気にかかる。


「明日には本番かぁ、不安だなぁ……」


「あぁ、お前足遅いもんな」


「ーっ!」


 ひとり言に不意に返ってきた返事に驚いたけど、私が驚いてる間にライトはバスケットからひょいとおやつを取り出して噛る。いきなりビックリするじゃないの!


「もう、お行儀悪いよ、ライト」


「いいじゃないか、動いたら腹減っちゃってさぁ」


 しかし仮にも皇子様が許可もとらずに他人から食べ物を取り上げるなんて如何なものか。そう嗜めようとしたけど、ほっぺにクリームをつけつつ『うん、旨い』とモグモグしている可愛い姿に、怒る気は失せてしまった。

 私も一緒に食べちゃおうかな、と並んで腰かけたその目の前を、不意に燃え盛る炎が通り過ぎる。えっ、今のって……!!


「わぁぁぁぁぁっ!誰か消してーっっ!!」


「きゃーっ!く、クォーツ!?」


 なんと、駆け抜けたのは昔話の絵本のタヌキさんよろしく背中をゴウゴウと燃やしてるクォーツだった。一体何があった!?とにかく消さねば!幸い私の魔力は水なので、慌ててその背中に向かって水をぶつけるけど、最初の一発以降上手く当たらない。ノーコンだな私!

 隣のライトにも慌てて声をかける。


「ら、ライト、そんな落ち着いておやつ食べてる場合じゃないよ!」


「あー、んな焦らなくても大丈夫だって」


「なんで!?」


「いや、だってさ……」


 瞬間、遠くでドボーンっと水音が響く。


「この先まっすぐ行くと噴水あるから」


 呑気なライトの説明と共に、ぐったりしたクォーツは焦げたブレザーをしくしく泣きながら絞っていた。

 肝心の背中には火傷ひとつないようで一安心したけど、あんなに燃えてたのによく無事だったね!?


「クォーツ、大丈夫?とりあえず怪我はないみたいだけど、一応医務室行こうね!」


「あっ、ちょっとフローラ!?医務室の方向逆!」


「ーっ!?わ、わかってるよやだなぁ、あんなわかりやすく看板出てるのに間違えるわけないじゃない!さっ、行こーっ!あ、ライト、そのバスケットは……」


「あぁ、中身は任せろ!」


「出来たら……バスケットはちゃんと返して欲しいな……!」


 未だにモグモグしながら、ライトが親指をグッと立てる。これは確実に返ってきたときにはバスケットは空ねと笑いながら、私達はその場を後にした。


 そんな私達を見すえるフライ皇子の鋭い視線には、気づかないまま。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 開会式で見た応援演劇は、中等科の先輩達が選んだ演目で、滅び行く世界を救う力を得た三人の勇者と一人の巫女と言う、こちらの世界ではメジャーな絵本を題材にしたお話だった。時間が短いからかなり早足展開だったけど面白かった、中学生レベルとは思えない。

 中でも、巫女の役をやっていた先輩が一番輝いてた。肩くらいまでで綺麗に切り揃えられた淡いピンク色の髪、オレンジ色の瞳は丸くパッチリとしていて、あどけなく見える。何年生なんだろ?


「あの先輩、中等科に途中から編入した町娘なんだって。可愛いよね」


「えっ、そうなんだ!?」


 編入で入ってきてしかも家の後ろ楯も無い状態で主役級の役に選ばれたなんて、すごく人気者なんだねー。目立つ人なのかな、私も何処かで見たことあるような気がするし。


 まぁあの可愛い先輩の話は置いといて、劇が終わったら次は二人三脚だ。そろそろ行かなきゃ。それにしても。


(“聖霊の巫女”か、何か聞いたことある気がするな……)


 二人三脚は結果的に、(フライ皇子になかば引きずられる形でだけど)一位となった。途中、まさかの二人三脚なのにペアでこなすお代が出てきてフライ皇子から額にキスされたのにはビックリしたけど、前世含めて人生初の運動会での一位に、私はちょっとごきげんだ。

 貰った金メダル(中はチョコだけど)を握りしめ、フライ皇子と並んで歩く。フェザー皇子に頼まれて、二人で得点板の数字を直しに行く途中なのだ。でもフライ皇子、さっきから何も言わないけど機嫌悪いのかな……。

 気まずいので、とにかくこちらから話題を振る。


「私、こう言った行事で一番になるの初めてです!フライ様、ありがとうございました」


「あぁそう、良かったね」


 し、塩対応……!なんか、あの海水浴以降冷たい……よね?まぁ最初から親しくはなかったけど……。


「痛……っ、何度も言いますが、フローラ皇女の件はわたくしには無関係ですわ……!」


「ーっ!」


 そんな気まずい雰囲気のまま人気の少ない建物の裏側に差し掛かった辺りで、不意に座り込んでいる人影を見つけた。自分の名前が聞こえたし、見覚えのある顔だと考える私より先に、フライ皇子が言う。


「ーー……近づかない方がいい。彼女、以前君の花壇を荒らした令嬢の妹だよ」


「ーっ!」


 そうか、だから見覚えがあるのか!

 あれ、でもなんでこんな場所に一人で……?と首を傾げながらも目が離せずに居たら、しゃがんでいるその子を気が強そうな他のご令嬢達が囲んでいるのに気づく。

 言っている内容はよく聞こえないけど、テンプレ的いじめイベントであると察する。青白い顔になる真ん中の子の恐怖が、手に取るようにわかった。

 ぎゅっと拳を握りしめる。これは元祖悪役ポジションとして、バシッとやっつけないといけませんかな!


「……他国の皇女に一度危害を加えた家だからね、風当たりもキツくなって当然さ。行くよ、相手にするだけ無駄……ちょっと!」


「フライ様、これ預かっててください!」


 フライ皇子が止めるのも聞かず、壊れちゃったら悲しいので金メダルだけフライ皇子に預けて囲まれている子の前に飛び出す。しかし……


「貴女達、一体多勢に無勢で何を……きゃうっ!」


 輪の中心に向かう途中で、植え込みに引っ掛かって転んだ。正面から、盛大に。わーっ、恥ずかしい!せっかくちょっとかっこよくいつもより低めに声作ったのに……!金メダル外しといて良かった……!!


「な、なんですのいきなり!興が冷めましたわ、参りましょう皆さん」


 恥ずかしすぎて顔を上げられないけど、いじめてた子達は突然の乱入者に驚いたのか散っていく。結果オーライだ。


「あ、あの、貴女、大丈夫……?」


「だ、大丈夫です。あの、恥ずかしいので出来たら私のことは見なかったことにしてください……!」


 まさか飛び込んできたのが自分の姉が苛めた相手だとは思わないんだろう。彼女はちょっと心配そうにしつつも、倒れている私に小さくお礼を述べて去っていった。

 地面に倒れたままの私の後ろで、ガサリと草むらが揺れる。フライ皇子が隠れるのを止めて出てきたのだ。


「……馬鹿だね、自分を傷つけた相手の妹を助けようとして、挙げ句に転ぶだなんて」


「し、失礼な。ちょっと足が引っ掛かっただけです!」


「……どうだか。良かったね、水道の近くで」


 頬を膨らませて抗議する私をため息ひとつで一蹴して、濡らしたハンカチで手当てをしてくれるフライ皇子。擦りむいた膝に巻かれたうす緑のハンカチを指先で触りながら、微笑んだ。


「フライ様、ありがとうございま……」


「お礼は結構。事態が事態だったし、元は迷惑をかけたのがうちの国民だったから責を果たしただけ。ライトとクォーツと……どうやら兄さんまで上手く絆しているようだけれど、僕は騙されないから」


「え?」


 絆す?騙す?一体何のことだと首を傾げる私を、フライ皇子が冷たい眼差しで見下ろした。


「僕は君みたいな偽善者が、心の底から気に入らないね」


 そう言い残し、フライ皇子は行ってしまった。よくわからないけど、嫌われてしまったらしい。


「仲良くなれると、思ったんだけどな……」


 私はヒロインじゃないのに、ちょっと調子に乗っちゃってたのかなと、こぼれるため息が緑のハンカチを揺らした。それよりも、今日一番私がショックなのは……


「フライ様!私の人生初の金メダル返してくださーいっ!!!」


     ~ Ep.30 どうやら嫌われたらしい~


 『金メダルは、結局返ってこなかった』

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