Ep.28 手と手を繋いで

 ルビーはどうやら、兵士がミスでこの時間には開かないはずの水門を開けたせいで流れ込んだ水流に呑まれたらしい。荒れる海を掻き分けて掴んだその身体を、なんとか抱き寄せた。のはいいんだけれど。


「ルビー、ルビーっ、しっかりして!」


 ぐったりと脱力したルビーは気を失っているし、水の流れは沖へ沖へとルビーを抱えた私の事も押し流してくる。どうしよう、流石に小学生の身体で人をひとり抱えて泳いで戻るのは無理だ……!

 既に私達は浜からはずいぶん離れた位置に居るし、体力配分なんか考えずに急いで泳いできたせいで身体も重い。何度か波を頭から被りながら、己の迂闊さを悔いた。


(どうしていつもこうなの、どうして私はいつも、大事な人を助けられないの……!)


 ブランの時も今回もそうだ。いつも勝手に飛び出して、結局は……


「……っ、弱気になっちゃ駄目だ!何か掴まれるものを探さなきゃ、城のすぐ近くの海だもの。助けはすぐ来る筈!!」


 ルビーを支えてるのとは反対の手で自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。その時、不意に聞こえた声に顔をあげた。


「いいな、意気込んで飛び出して行ったんだからそれくらいの気概がないと!」


「ーっ!ライト様!!?」


「お前は……っ、この緊急事態にまどろっこしい呼び方をしてる場合か!ライトでいい、とにかく乗れ!」


「……っ!私は大丈夫!それは簡易のボートだし人数が増えると遅くなるわ。ルビーの呼吸が弱いの、私は良いからルビーを早く浜へ!!」


 救命と言うよりは遊び用に桟橋につけていた簡易のボートに乗って追ってきてくれたらしいライト。彼が手早くルビーをボートに引き上げるのを見て、私はボートの縁にかけていた手を離した。けれど、進路の邪魔にならないようにボートから離れようとした私の手首をライトが掴む。少年とは思えない力強さで引き上げられ、怒鳴られた。


「馬鹿野郎!こんな荒れた海の中に女子ひとり置いていける程外道じゃねーよ!無茶してんじゃねぇ!!」


「ごっ、ごめんなさい!でも、このままじゃ……!」


 子供三人だから重量的には問題はないだろうけど、ルビーは気絶中。私は腕力が弱く上手くボートを漕げないし、波は行きたい方と逆にボートを押し流す。最悪の状況だと青ざめる、体が冷えてしまったのか震えもとまらない。でも、ライトはそんな私を一喝し、不安定な足場を気にもせずに立ち上がった。その瞳は、真っ直ぐに陸の方を見据えている。


「顔を上げろ!」


「ーっ!!!」


「船ってのは水の流れと風さえあれば動けるんだ。難しく考えることはない、朝から全く使ってないし、魔力は満タンだろ?なぁ、水の皇女!」


「まっ、まさか私の魔力でこのボートを浜へ運べって!?む、無理だよ!だって私、未だに雨降らせる以外はろくに制御が出来ないのに、もし転覆でもさせちゃったらライトもルビーも……!きゃっ!!!」


 抗議しながら立ち上がったタイミングで、ボートが高波で大きく揺れる。振り落とされそうになった私の両手を、ライトの手が掴んだ。


「大丈夫だ、入学から四年。毎日花壇で鍛練はしてたろ!」


「見てたの!?」


「……お前の声はやたら耳につくんだよ。そんなことは今はどうでも良いだろ!待て、手を離すな!」


「はっ、はい!」


 ライトに掴まれた自分の手を逃がそうと身じろいだけど、余計に強く掴まれる。絡まった指の先から流れ込んでくる温かな力に、震えが止まった。


「ら、ライト、これは……?」


「お前が魔力の制御が下手なのは流されやすい性格からだ、力を貸してやる。集中して意思をしっかり持て!」


 ぽぅ……と少しずつ、じわじわと身体が温まって芯から力が沸いてくる、不思議な感覚。ライトの魔力がこちらに送り込まれていると気づくのに、時間はかからなかった。

 いやでも、ボートを陸に運ぶってどうすれば!?


「考えなくていい、感じろ!行くぞ、時間がない!!」


「~っ!わ、わかった!出来るかわからないけど……」


「そんな気弱じゃ駄目だ!!」


「が、頑張ります!!」


 声を張り上げた私を見て、ライトが少しだけ口角をあげる。


(あ、今、笑った……?)


 『行くぞ!』と言うライトの掛け声で、風船みたいに魔力が大きく膨れていく。でも、いつもみたいに勝手に魔力が突っ走っていく感じはしない。だから、落ち着いて集中することが出来た。


(大丈夫、怖くない。目的はボートを浜に運ぶ、ただそれだけ。何も難しくない……)


 ライトと手を繋いだまま、浜へと意識を集中させる。膨大な魔力の塊となったそれを、ボートの後ろで一気に爆発させた。


 その大波に煽られ、私たちが乗るボートが一気に浜辺へと加速する。


「……!やったぁ!!て、あ、あれ……?」


 おぉっ、早い!ちょっとしたクルーザー並みの速度だ。ぐんぐん浜が近づいてきて、近づいてきて、さらには何故だか地形が変わってこちらに向かって一ヶ所だけ伸びた大地に向かい、暴走ボートは一直線。ヤバイ、これぶつかる!?


「おいフローラ、魔力を弱めろ!ぶつかるぞ!!」


「どっ、どうしたらいいのかわかんないんだよーっ!!」


「はぁ!!?ーっ!!」


 なんてやり取りをしてる間に、もう激突寸前。ライトが私と、気を失ったままのルビーをぎゅうっと抱き締めた。

 しかしその直後、息も出来ないほどの逆風が私達……もといボートを襲う。

 簡易的な帆がその風に目一杯煽られて、ボートは浜に乗り上げるその寸前で、ゆっくりと止まった。吹き抜けた風の香りに、覚えがある。入学式の日、私の帽子を取ってくれたあの風の力だ。


「フローラちゃん、ルビーちゃん、ライト!大丈夫かい!?」


「フェザー兄!ルビーを今すぐ医者に!」


「うぅ、死ぬかと思いました……!」


  よろよろとボートから這い出て、砂浜に倒れ込む。でも、すぐ脇にフェザー皇子とフライ皇子が駆け寄ってきたのを見て、無理やり立ち上がった。


「ボートを止めてくれたの、風の魔法ですよね。フライ様、ありがとうございます、助かりました」


 ぎょっとした顔で、スプリング兄弟が顔を見合わせる。口角だけを上げた仮面のような微笑みで、フライ皇子が私の肩を掴んだ。


「……確かにボートを止めたのは僕だけど、何故魔力を使う瞬間を見ていたわけでもないのに兄さんではなく僕がやったとわかった?普通なら、兄である兄さんが助けたと思うでしょう」


「フライ、止めないか!疲れている女の子に!」


「兄さんは下がっていて!……うちの事情なんてまるで知らないと純粋無垢なふりで近づいてきた癖に、本当は全部知っていたんだね。だから……っ」


「ルビー、ルビー!?しっかり!!」


「ーっ!!」


 何が気に触ったのかわからないけど、声を荒げたフライ皇子。笑顔の仮面で隠したその怒りを、更に大きなクォーツの叫びが遮った。

 話は中断だ、全員でクォーツに抱えられたルビーの方へ駆け寄る。呼ばれたお医者様が、ルビーの全身に色々張り付けながら必死に治療をしていた。

 だらんと投げ出されたままのルビーの右手を握る。冷たい……!


「死んだ訳じゃない。身体が弱りすぎたせいで、魔力を生命維持に回しすぎた事による魔力欠乏症だ。このままじゃ……っ」


「僕達がいけなかったんだ、余計な意地を張って、泳げないと皆に素直に言わなかったから……!」


 魔力で地形を弄って少しでも早く妹が陸に戻れるよう動いてたらしいクォーツが、悲壮な面持ちで後悔しながら何度も妹を呼ぶ。

 時間が経てば回復するらしいけど、ここまで弱ってしまうと回復するまで何日かかるかはわからない。このままだと国際問題になってしまう、責任を取らさせるのはきっと、招待をした姫様……つまり私だと騒いで周りの兵士達が慌てているのを見て、ブチンと頭の中でなにかが切れた。


「何が国際問題よ、何が責任よ!大事なのはわかるけど、今は目の前で小さな女の子とそのお兄ちゃんが苦しんでるのよ!?それなのに貴方たちは、そんな自己中な考え方しか出来ないの!!?大体、見張りをしていた筈の貴方たちは何処へ行っていたの!!!」


「フローラ……!」


 びっくりした顔でクォーツが私の名を呼び、皆が私を見るけどれど、ふいっと顔を背けて再びルビーに向き直る。

 その小さな両手をぎゅっと握って、意識を込めた。


「魔力が足りなくてこうなってるなら、補充出来れば回復も早くなるよね?」


「あ、あぁ。でも、完全に意識がない相手に魔力を流すのは逆に難しいんだ。それに、不馴れな子供同士でそんなことしたらお前にも負担が……っ」


「負担なんてどんと来いよ!一人に重たすぎるものは誰かが一緒に背負えばいいんだわ!!」


 ライトの説明を最後まで聞かずに、繋いだ両手を媒介に魔力を流す。『お止めください姫様!』と口々に発せられる声も無視した。さっきのライトが私に貸してくれた魔力は、まるで迷子になりがちな私の魔力を導く保護者みたいだった。きっと、術者の心持ちでありようが変わるのだ。だから、繋いだ手と手に想いを込める。


(お願い、元気になって……!)


 せっかく少しずつ仲良くなってきてるのに、こんなの嫌だ。もう残りわずかな魔力が枯渇するのも気にせずに、ありったけルビーに流し込む。

 膨れて膨れて、パンと弾けた魔力のせいか、雲間が裂けて日の光が刺してきて辺りが明るくなった時。ピクッと、ルビーの手が一瞬動いた。


「……っ!お兄様、フローラ様……?」


「……!!ルビー、大丈夫!?」


「は、はい。私、うたた寝してしまいましたの……?」


 一瞬、全員きょとんとなって。でもそのあと、まるで何でもない顔であくびを漏らしたルビーを見て、皆から一斉に笑い声が上がった。

 魔力が空に近いせいか身体がすごく重いけど、私も安堵のあまり正面からルビーに抱きつく。


「ルビー!良かった、本当に良かったよーっ!!」


「ちょっ!?フローラっ、ルビーが潰れちゃうって!!」


「はっ!ご、ごめん!つい勢いで……!」


「いえ、大丈夫ですわ。それよりフローラ様、そのお言葉遣いは……」


「へ?……あ、あぁぁぁぁっ!ち、違うの!いえ、違いますの!これは私っ、いえ、わたくしは……!」


「もういいよ、とっくにバレてるわ」


「あいたっ!」


 パコンと後ろから頭を叩いてきたライトが、やれやれと肩を竦める。ルビーとレインが顔を見合わせてクスクス笑い、フライ皇子が『馬鹿もここまで極まると立派だね』と嫌みをこぼし、フェザー皇子が唖然とする中、クォーツもスッと片手をあげて言った。


「ちなみに、僕も君の素は知ってたんだ。寧ろ、友達なのにいつまで外面なのかなって思ってたよ」


 苦笑しつつのその一言に、ショックで頭が真っ白になる。


 ライトと手を繋いだときの力が沸き上がる感覚とか、ルビーを助けたいって願った時の温もりが全身から広がる波長とか、気になってたことが全部ポーンっとすっ飛んでしまった。

 ビーチのど真ん中で思い切り叫んでしまった。


「わ、私の四年間の苦労はなんだったのーっっ!!?」


 結局ルビーが無事だった為、この日の溺れ事件自体はライトの専属執事さん(フリードさんと言うらしい)の巧みな話術で秘密裏に処理され、大事にはならなかったからそれはまぁ良かったけれど。

 クォーツは元から友達だけど、ルビー、それにライトともちょっと距離を縮めることとなった四年間の夏休みは、長年の完璧だと自負していた私の猫被りが全部無駄だったと言う深い傷跡と引き換えに、無事(?)終了した。

 浜辺に集まる7人の内、3人に疑惑の眼差しを向けられているとは、気づかないまま……。


    ~Ep.28 手と手を繋いで~


『深まったのは、幼さ故の無垢な絆と、一人の姫の秘密の力』

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