Ep.27 ビーチの一幕

 いくら子どもの集まりといっても王族・貴族ばかりが集まった海水浴。集まった面々の美形さも相まって、端から見てると中々豪勢ですごいことのような気がするけれど。と、私は砂浜に用意したチェストでシャーベットを食べながらため息をつく。


「ほら、立てよクォーツ!勝負はまだついてないぜ!!」


「ついてるよ!!ビーチバレーで数十点差って何事!!?」


 『もうヤダ!!』とコートから逃げ出すクォーツ皇子を、ライト皇子が強く打ち過ぎて若干萎んだビーチボール片手に追いかける。砂浜で追いかけっこと言うなかなか青春な絵面な筈なのに、男同士な上片方が涙目で必死なのが何とも言えない……。

 海水浴はいつの間にか、ライト皇子主催のビーチバレー大会になった。のはいいんだけど、いくらなんでも一対一で一時間ぶっ通しにコテンパンにされ続けてるクォーツ皇子は溜まったものじゃないと思うよ?と思っていたら、不意に目の前の砂浜になにかが突っ込んできた。反動で舞った砂で、辺りが白く染まる。


「ふ、フローラ!いい所に!ちょっと匿って!!」


 飛び込んできたのは言わずもがな、ライト皇子から必死に逃げ惑うクォーツな訳で。

 そんな不憫な友達の姿をしっかり隠す為に、私は椅子の背もたれにしっかり座り直した。


「……どう?ライト近くに居る?」


「いいえ、見失ったのか海の方へ向かってますわ」


「はぁぁ……よかったぁ、やっと休めるよ……」


「ふふ、お疲れ様でした。シャーベットはいかがです?」


「あぁ、ありがとう。もらおうかな」


 新しいグラスを差し出すと、クォーツがひとくちシャーベットを食べるなりジーンとした様子で冷たさを噛み締めていた。よっぽど疲れてたのね……!


「……ライト様ってなんと言うか、猪突猛進な方ですわよね。昔からあんな性格なんですか?」


「ん?うん、まぁねー。負けず嫌いなのは理由があるからまぁ良いとしても、何事にもちょっと熱くなりすぎな節はあるかな」


「端からちょっと見ていてもわかります。私も初対面の時から、色々ありましたし……」


 半分以上食べたシャーベットのグラス。日光でドロリと溶けたそれを見ながら呟くと、隣でクォーツ皇子は『でもね』と微笑んだ。


「一緒に居ると楽しいし、安心するんだ。彼はいつでもまっすぐで、全力だから。初めて会った時からそうだったもん」


「クォーツ様とライト様の初対面ですか、ちょっと気になりますわね」


「あの日はね、僕が初めて皇太子として他国に行った日だったんだ。でもフェニックスのお城に向かう途中でトラブルで兵士とはぐれちゃって、路地裏で誘拐されかけて……」


「ゆ、誘拐!?大丈夫だっ……でしたの?」


「うん。あの時、偶然近くにいたライトが助けてくれたんだ。金目当てだったみたいだから、ライトが自分が着ていた宝石がついた上着を犯人達の側に投げ捨てて、それに彼等が群がってる間に助け出されたんだ」


「……っ!」


 なんと!ライト皇子いい人じゃないか!!色々と衝撃が強くて、ポカンとしてしまう私を見てクォーツが笑う。


「あはは、意外そうだね?でもさ、当たりが強いし、ちょっとデリカシーに欠ける所あるから誤解もされがちだけど、面倒見が良い優しい子なんだよ」


「面倒見が良い……」


 その言葉に、花壇荒し事件の翌日の庭での出来事が記憶に甦った。なんだか温かい気持ちになって、胸の辺りに手を置きながら頷く。


「そうですね、わかる気がします」


 私が同意したことで、クォーツもふわりと笑う。が、次の瞬間バッと立ち上がって怒りを露にした。


「だからってこの炎天下の中延々とビーチバレーで叩きのめされる筋合いは無いけどね!!」


「あっ!クォーツったらそんな大声出したら……っ」


「クォーツ!そんな所に居たのか!」


「はっ、しまった!!」


 完全に姿見られちゃってるのに『居ないよーっ!』と叫んでクォーツ皇子が逃げていく。鬱憤溜まってたのはわかるけど、お間抜けさんだなぁ……。

 とは言え、このまま捕まってまたビーチバレーに逆戻りも可哀想なので、私はクォーツ皇子を追いかけてこちらに来たライト皇子の前に飛び出した。餌もあるしね。


「おい、邪魔なんだけど」


「あら失礼な。折角お客様を労おうとしておりますのに」


「労い?」


 不機嫌そうだけど、ライト皇子は私を押し退けたりはしない。クォーツ皇子の言う通り、根は優しいいい子なんだろう。

 クォーツ皇子を追いかけたくてイライラしてるライト皇子の前に、私は徐にシャーベットのグラス、しかも特大サイズを差し出した。


「ーっ!!」


「夕べ仕込んでおきましたの。暑い中身体を動かしてのどが渇いたでしょう?」


「あ、あぁ。まぁな……、いやでも、まだ俺はクォーツとの決着が……!」


「あら、召し上がりませんの?じゃあこちらのシャーベットは私が食べちゃいますね、溶けては勿体ないですし……」


「わーっ!待て待て、食べないとは言ってないだろ!」


 ゆっくりとグラスにスプーンを刺す私の手を、ライト皇子が掴んで止める。ふふ、思った通りねと内心でニヤリと笑って、隣の椅子をライト皇子に勧めた。私の食べかけじゃ、ライト皇子食べたくても食べられなくなっちゃうもんね。


「立ったまま食べるのはお行儀が悪いですわ、ちゃんと座って味わってくださいな」


「ぐっ……!わ、わかったよ……!」


 しぶしぶだが言われた通りに腰かけて、グラスを下さいと私に向かって手を差し出すライト皇子。いつになく素直なその様子に笑ってしまった。


(男の子は胃袋掴むと扱いやすくなるってお母さんが言ってたけど、本当なんだなー……)


「……卑怯者」


「あっ、そう言うこと言っちゃう口の悪い子にはあげません。お預け!」


「ーっ!!?」


 一度渡そうとしたグラスをサッと取り上げると、ライト皇子はあからさまに絶望した顔をした。本当に甘いもの好きなのね。

 しばらく照りつける日差しにも負けないくらいにジリジリと視線をぶつけてたけど、少しずつ溶けて味同士が混ざっていくシャーベットに焦ったのか、『申し訳ありませんでした……!』と、ロボット並みにぎこちない動きで頭を下げた。勝った!何にかはよくわからないけど!!


「ふふ、意地悪してごめんなさい。でも、昨日のセクハラの仕返しですわ!」


「……っ、なんだよ、事実だろ?ったく、怖い女だな」


「むっ、やっぱり没し……」


「嘘だって!いただきます!!」


「あっ!そんな一気に食べたら……!」


「……っ!頭痛い……!」


 ほらぁ、言わんこっちゃない。キーンとなって頭を抱えるライト皇子の背中を撫でてあげていると、なんだか弟の世話をしてる気分になってきた。本当の弟は今はお城で寝てるけど。


「罠か、お前、罠なのか!?実はクォーツとグルなんだろう、絶対そうだ!」


「あら人聞きの悪い。私はちょっとライト様とお話がしたかっただけですわ。あの、以前スコーンを貰った日はありが……」


「きゃーっ!!る、ルビー様!!!」


「ーっ!?なんだ!?」


 改めてちゃんとお礼したかったけど、不意打ちのレインの悲鳴がそれを欠き消す。あわてて海を見れば、波に浚われ流されていくルビー皇女の姿が見えた。


「大変!助けなきゃ!!」


「ーっ!馬鹿、一人で突っ走るな!!」


 テラスを飛び越え海へと飛び込む。

 ライト皇子の心配そうな叫び声は、水の中までは届かなかった。


    ~Ep.27 ビーチの一幕~


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