Ep.23 甘い誘惑にご用心
はぁ、なんか寂しいなぁ……。
花壇荒らしから始まった私への嫌がらせ事件は、優秀なフェザー皇子のお陰で一昨日解決した。
一応私が被害者だからって、他言無用と念を押されつつ聞かされた話だと、犯人はフェザー皇子を狙っているスプリングの公爵家のご令嬢とその取り巻きだったらしい。
話したことはないけど、多分前に図書館で私がフェザー皇子に勉強を習ったあとからやたら睨み付けてた先輩だと思う。綺麗だけどちょっとキツそうな人だったし、嫌われてるのはわかってたんだけど。
彼女達にも貴族のプライドや世間体があるし、幾らなんでも二年も下の下級生に直に手を下してくる事はないだろうと思ってたんだ私は。けど、いかにも濡れ衣が着せやすそうなルビー王女が出てきた事でこれ幸いと嫌がらせに走ったって所かな。
まぁそっちは正直もういいんだ、解決したしフェザー皇子経由でわざわざ謝罪も頂いたし。謝罪してる先輩の後ろでフェザー皇子が微笑む度に彼女達が真っ青になってたのが謎だけど。
ただその話は置いといて……
「ルビー様、どうしてるかな……」
あの日から、毎日森に行ってもまるで会えなくなったのだ。
クォーツ皇子には一回会ってどうしてるのか聞いたけど、『これを期に自立しようと思ってるのか、最近は会ってくれないんだ』と困った顔で笑っていた。
わざわざ教室や寮に会いに行ったら、せっかく落ち着いた騒ぎをまた蒸し返しちゃいそうだし……。
まぁ、来なくなったって事は、もう会う理由が無いって事なのかもしれないけどさ。
「少しは仲良くなれたって、思ってたのになぁ……。あら?」
悩みながら廊下を徘徊していた私の鼻が、チョコレートらしき甘い香りを察知した。
ただ、なんかちょっと焦げ臭いような……?
「きゃーっ!!」
「ーっ!?」
と、匂いの発生源を探していたら、いくつか先の教室から悲鳴が聞こえてきた。
慌てて駆け寄ってみると、一ヶ所から煙が上がっているのが見える。
「どうかされましたか!?」
「きゃっ!なっ、何でもないわ!!……って、フローラ様!?どうして……?」
慌てて扉を開いたそこは、チョコレートの国でした。
――……なんて言ってる場合じゃないわ、とりあえず換気しないと!鍋、鍋が燃えている!!
「る、ルビー様、とりあえず窓を開けて、煙を外に出しましょう!」
「はっ、はい!」
ルビー王女が慌てて窓に手を伸ばし、ハッとしたように動きを止めた。
「この手で触ったら窓が……」
「あっ、それもそうですわね。じゃあ窓は私が開けますから……。あっ、火!ルビー様、鍋にかけた火を消してください!!」
――……それにしても、ただの調理室が悲惨なまでにチョコまみれなんだけど、一体何事……?
―――――――――
とりあえず、椅子や調理台は愚か床までチョコレートが撒き散らされた調理室は、私の水の魔力でザッと洗い流した。
もちろん暴走せずに綺麗に洗い流しましたよ?四年間の訓練の賜物です。
「……ところでルビー様、一体何があったんですの?」
「――……っ」
綺麗になった調理室の水気を二人で拭き取りながら、私はルビー王女に尋ねた。
数日ぶりに会ったルビー王女は、なんだかいつになく仏頂面だ。
そんな表情かおして、せっかくの可愛いお顔が台無しになっちゃうわよ?
「ち、調理室に居たのですから、目的はひとつですわ!」
そう言って、ルビー王女が一冊の本をテーブルに放り投げた。
表紙には、とても美味しそうなガトー・オペラの写真が。
これは……
「チョコレートのケーキのレシピ本ですわね。それも、上級者向けの……」
これにチャレンジしてたのかぁ、それは流石に無茶だよ。これは多分、プロとかが使うようなレシピだ。
載ってるケーキのレベルが全体的に高すぎる。
「な、なんですその目は……!言いたいことでもございますの!?」
「いいえ、そう言うわけでは……。ですが、何故お菓子作りを?お好きなのです?」
「……作り慣れてるように見えます?」
その言葉に、私は今お湯に浸けてある焦げ付いた片手鍋を見た。
「えっと……」
「……フローラ様は嘘がつけない性格ですわね」
……世渡り下手でごめん。
あっ、ルビー王女落ち込んじゃった!!あぁぁ、そんな部屋の片隅に体育座りして落ち込まないでーっ!
ほら、今教室じめじめしてるから、そんな暗くなったらキノコ生えてきちゃうよ!?
「あ、あの、ルビー様……っ」
「良いんです、どうせ私など……」
あらら……、ルビー王女、こんな気弱な子だったっけ……?
「あ、あー……。えっと、お菓子を作ってどうされるおつもりだったのですか?」
「……お兄様達に、差し上げるつもりだったのです」
「まぁ、クォーツ様に?」
甘いもの好きなんだっけ。クッキー平らげ事件の印象でライト皇子の甘党イメージのが強いけど。……と思っていたら、クォーツ皇子は単に甘党な訳でなく最近チョコにハマってるんだって。成る程。
「今回は私のせいで皆様にご迷惑をかけましたし、なによりお兄様にとても心配をおかけしてしまいましたから……」
それで、お詫びの為にクォーツ皇子に大好きなチョコのお菓子をあげようと思ったらしい。
「何日も作り続けているのに、まるで上手く行かなくて……。もう諦めて、パティシエに作らせた物にすべきなのでしょうか」
『大好きなお兄様の為に、気持ちを込めたかったのに……』とルビー王女が瞳に涙を浮かべる。
あぁ、だからずっと森にも来なかったんだ。
目の前には涙目のルビー皇女。後ろの台には残りわずかな小麦粉とチョコレート。レベルが高すぎて使えないレシピ本と、中身はド庶民でお菓子作りは任せろな私……。ふむ。
「では、今残った材料で作れるものを作りましょう!」
「えっ!?」
「もちろんパティシエ達が作る芸術的なものには到底及びませんが……、並みに食べられるものなら作れると思いますから。先日ライト様にクッキーを食べて頂いた際も合格点を頂けましたし、自信ありますわよ!」
そう胸を叩いた私だったけど、強く叩きすぎて咳き込んだ。息が苦しい。……どうしよう、お胸の厚みがないせいで衝撃がダイレクトに来たせいだったら。
―――――――――
クルミの殻を割ろうとしたルビー皇女が両手に持った包丁を振り回して、それがスッぽ抜けて壁に突き刺さったり。直火にかけちゃったチョコがまたファイヤーしちゃったり、力いっぱい振るおうとした粉でまた部屋中粉まみれになったりしたけど、無事にお菓子は完成した。
せっかくなら焼きたてをあげたいよね!ってことでルビー皇女を送り出して、調理場のお片付けは引き受けたものの……
「もう一時間経つのに、全然乾かないよーっ。やっぱドライヤーだけじゃ無理あるかな……」
部屋に飛び散った汚れや洗い物は私の水の魔法でどうとでもなるんだけど、洗ってしまってから気づいたんだ。木製の台とか椅子とかあるこのお部屋を、濡らしたまま施錠したらカビの温床になってしまうと!!
「って言うか、濡らす前に気づきなよ私……!」
と、いう訳でありったけの布地でとりあえず拭ける場所は全部拭いて、後は借りてきたドライヤーであちこち乾かしてるんだけど……いかんせん、無駄にお部屋が広すぎて終わりません!
「……あ、ドライヤーの魔鉱石も使いきっちゃった」
そうこうしている内に、熱風を出すための炎の魔力を帯びた石が溶けきって、ドライヤーも使えなくなってしまった。
「うーん、仕方ない。後は自然に乾くまでここで待つしかないかなぁ……」
丁度課題も持ってきてるし。と、窓際の乾いた席に座ってノートを広げる。
しかし、ルビー皇女とのどたばたお料理教室で意外と疲れていたのか、最後の一問を残した辺りで意識が無くなった。完全に瞼が落ちる前に、ふわっと温かな波長が部屋を吹き抜けたような気がした。
「ーっ!今何時!?」
跳ね起きて時計を見て、ほっとした。寝入ってしまったようだけど、幸い30分程しか経ってないみたいだったから。
「30分じゃ、まだ全部は乾いてないよね……って、あら?」
解き終わったノートに視線を落とすと、解くのに時間がかかった問題達に解き方のコツが書かれた
「おぉ、わかりやすい!でも誰だろ?綺麗な字に可愛い付箋だし、レインとかルビー皇女……かな」
いや、でもルビー皇女まだ三年生だし、この学院無駄に教育進んでて私が解いてた課題のお題は因数分解だし、普通解けないよね……。それに、字も綺麗は綺麗なんだけど、何となく男の子の字っぽい気がする。
「……ま、いいか!帰ってこの付箋の解き方でもう一回復習しよっと。部屋も何でかカラッカラに乾いてるみたいだし!」
よくわからないけどラッキーだ。今日暖かかったから乾くの早かったのかな。
もっと時間を取られるかと思っていたのでルンルン気分で荷物をまとめて……ふと気づいた。
扉の横、ルビー皇女が包丁で抉ってしまったはずの壁が、傷の跡形もなく綺麗になっていたのだ。
「直ってる……」
ちょっと疲れて寝ている間に、困り事を解決しておいてくれる……。私はこう言う話を知っている。
「ふふ、靴屋の小人さんでも居るのかな」
何てね。いくらファンタジー世界でもそれはないか。
でも念の為、お礼も兼ねて小分けにしたブラウニーを一袋机に置いてから調理室を後にした。
大量に作りすぎたブラウニーの食べ過ぎで、後日ちょっと太ったことにフローラが気づくのは、あと三日後のお話である。
~Ep.23 甘い誘惑にご用心~
『だって作ったら絶対味見するじゃん……!』
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