Ep.6.5 私が主役
朝起きた少女は、鏡を見て鮮やかな青色の髪をとかし始める。そこに写っているのは、水色のセミロングヘアに黄色い瞳の少女。
自画自賛だが、少女は自身の容姿を非の打ち所がない美少女だと思っている。
まぁ、確かにそれは間違いではないだろう。生まれたその日から毎日周りに可愛い可愛いと愛でられ、街を歩けば見ず知らずの人々も目に止める可愛らしさは大したものだ。
だが、その少女が自分に絶対的な自信を持っているのは別に理由がある。
それはついひと月ほど前、彼女が魔力を覚醒させた際に前世の記憶を取り戻し、ここが前世で流行した乙女ゲーム“恋の行く道”の世界であることを理解したからであった。
少女の現世の名は、マリン・エターナル。
炎の国“フェニックス”の城下町に生まれた町娘だ。
そして彼女の立ち位置は、その“恋の行く道”のヒロインその物だった。
「マリン……、起きているの?」
と、身支度を整えていたそこに少女の母親が入ってきた。美少女であるマリンの母だけあって美しい女性であるが、今の彼女は顔色は悪く、大分やつれていた。
そんな弱りきった母の姿を見て、まだ齢六歳の少女が舌打ちをする。
「起きてたらなんなのよ、目障りなんだけど、ママ!」
「あ、ご、ごめんなさいね。ご飯はリビングに置いておくから……」
実の娘に冷たく放たれた言葉にうつ向き、可哀想な母は悲しげな表情のまま仕事へと出掛けていった。
時々足をもつれさせながら仕事に向かうその姿を窓から見下ろして鼻で笑い、少女はメイクボックスを開く。
そして、とても六歳児とは思えない手慣れた動きでまだまだあどけないその顔をメイクで書き換えていく。
「まぁ私がそのままでも可愛いのは認めるけど、すっぴんだとまだ地味なのよね」
そんな事を呟きながらグロスを塗る少女が思い出すのは、ひと月前の収穫祭の事。
あの日は、ヒロインであるマリンとメイン攻略キャラであるライト皇子の幼少期の思い出であり、運命の絆となるべき重要なイベントの日であった。
しかし、ゲームのキャラクターは好きだったが自分でプレイするのは面倒で人がクリアするのを見ていただけだった少女は、恋愛ゲームを嘗めていた。
自分が主役ヒロインなのだから、わざわざそのイベントが起こる位置に行かずとも皇子の方が自分の元に来てイベントが発生すると思っていたのだ。
そんな思い込みをした結果、彼女は好き勝手に収穫祭を周り、結果自分がするはずだった“それ”を横取りした少女を見てしまう。
ライト皇子の馬車にひかれかけ、公衆の面前でケンカをしていた金髪の少女。その少女は、自身以外は本来絶対に認めないマリンの目から見ても見惚れるほどの輝きの持ち主であった。
緩やかにウェーブした美しい金髪、怯える少女に向けていた優しげな表情、皇子相手にも臆せず真っ向から向かい合ったあの態度……。
どれをとっても素晴らしく、それ故に憎たらしかった。
何より、『主役ヒロインは私なのに、アンタなにイベント横取りしてんのよ!?』と強い怒りが湧いた。それがとんだ横暴だとも気づかぬまま。
しかし、あの日のトラブルには乱入する隙すらなく、邪魔者はあっという間にその場から姿を消してしまった。
それから早一ヶ月……、マリンは自分が主役ヒロインで、あの金髪の少女とライト皇子のイベントは間違いだったのだから、すぐに補正がかかるものと思い毎日城まで赴いた。しかし、結局毎回門前払いを喰らい続け、作戦変更を余儀なくされたのだった。
「あのガキ、多分邪魔者キャラのフローラね。いかにも性格悪そうだったし」
あの日の叫んでいた姿は醜悪と言うより寧ろ凛としていたのだが、一度“悪役”と言うあの少女の役柄を思い出したマリンには、“自分の攻略を阻む邪魔者”のイメージしかない。
あのイベントがフローラに横取りされたのも、“悪役キャラに邪魔されたんだ”と言う認識である。
「あの女は絶対邪魔だわ、早く始末したいのに、何で主役の私が庶民でキャラ達になかなか近づけないのよ!」
そう、記憶を取り戻してから親に威張り散らし言いなりにした少女は、皇子とあの憎きフローラ姫がイノセント学園に入学する話を聞くなり自分も通うと言い出した。
しかし、実際には一般市民が入学するには、高い魔力の実力を買われスカウトされるか、高等科の難試験に合格するかの二択しかなく。
まだ魔力が覚醒したばかりで、しかも六歳の彼女は当然入学などしようも無かったのであった。
「まぁいいわ、ゲーム通り入学しないとイベントとかでまた不備が起きそうだし。その辺は後々考えれば」
そう言いつつ、少女はギリッと歯を鳴らした。
「でも覚えてなさいフローラ、この世界の主役は、ヒロインは私よ……!」
そう呟かれたその声を、歪んだ少女の執着を知る者は、まだ居ない。
~Ep.6.5 私が主役(マリンside)~
『悪役キャラの最後なんて、相場は“死”に決まってるんだから』
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