Ep.6 世間は案外狭いもの
――……き、気まずい。
目の前の美少年は、木から落ちた私のベレー帽をその小さな手に持ったままこちらをじっと見つめている。
「あ、あの……」
「え?あぁ、失礼。はい帽子、もう飛ばさないようにね」
「あ、ありがとうございます。ーっ!?」
少年の手から離れた帽子は、風に乗って私の手元に返された。そしてその風は、少年が指を鳴らすとパッタリと止む。魔法だ、と、誰に聞くでもなくわかった。そう気づけば、少年の顔に見覚えがあるのも納得がいく。
「もしかして貴方、風の国“スプリング”の……」
「はい、第二皇子のフライ・スプリングです。はじめまして、フローラ様」
「きゃっ……!」
驚いて思わず飛び退いてしまった。
普通、六歳児が同い年の女の子に膝まずいて手にキスする!?
――……いや、まぁキャラクター設定が王子様だからかも知れないけどー……。
でも、せめて子供で良かったかな。本来の歳で同い年の男の子にこんなことされたら発狂しちゃうもん。
「失礼致しました、驚かせてしまいましたか?」
「い、いえ、大丈夫ですわ。こちらこそ失礼な態度を取ってしまって……、あら?」
と、そこでふと気づいた。
私、名前を名乗った覚えはないわ……!
そう気付いたら余計警戒心が増して、無意識にちょっと距離を取ってしまう。目の前の少年……フライ皇子は私の気持ちを察してか、距離を縮めて来ようとはしない。
フライ皇子は私の失礼な態度にも怒らず可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべている……けど、正直その笑顔が更に怖いです。
「……どうか、そんなに怯えないで下さいフローラ様。僕は……」
「フライ、こんな所に!――……ん?」
「あっ!ライト!!……様、お久しぶりです。」
慌てて“様”を付け足したけど、勘のいいライト皇子は『お前今呼び捨てにしただろう』と私を睨み付けてきた。
「そんな事はありませんわ。それよりライト様、フライ様にご用があられたのでは?」
「え?あぁ、そうだった。フライ、男子寮の説明会始まるぞ」
「わざわざ呼びに来てくれたの?ありがとうライト。ではフローラ様、失礼致します」
なんとか取り繕って笑顔を作り、片手を振って2人を見送った。
よ、よかった、今日は特にトラブルも無くて……。
「って、良くない!!」
今、私迷子なんだった!
「連れていって貰えばよかった……!どうしよーっ!!」
結局その日、私が女子寮にたどり着けたのは夕食の直前だったのでした。
―――――――――
「あら、一人部屋なのね……」
「初等科って人数少ない上に、女の子はほとんど居ないんでしょ?なら一人一部屋でも問題無いんじゃない?」
「そっか……。寮生活感がなくてちょっと寂しいけど仕方ないね」
そう呟いたら、ブランが私の頭に乗って『僕が居るでしょ?』と自慢げに言った。その得意気な口調が妙に可笑しくて、ちょっと気持ちが明るくなる。
「それにしても、ライトとフライは小さい時から仲が良かったのねー」
あの時は色々な事が一度に起こりすぎて頭が回らなかったけど、二人で仲良く並んで歩くその姿は確かに見覚えがあった。
元々四ヵ国の中で最も地位が高く優秀なライト皇子は、風の国のフライ皇子と、大地の国の皇子とかなり仲がよかった。
表記では、『三人は親友』ってなっていた……気がする。
「そう言えばあのゲーム、三角関係ルートって言う変わったのがあったな」
「むぐっ……、何それ」
「うーん、何て説明したらいいかな」
ネットやゲームショップの情報で知った普通の乙女ゲームは、誰か一人を狙い撃ちする固定キャラ攻略ルートと、全員ヒロインに夢中になる逆ハーレムエンディングが主流らしい。
でもこの世界の元になった(と思われる)ゲーム“恋の行く道”は、それ以外のルートが数種類あったのだ。
その内の一つが、決められた組み合わせの攻略キャラ二人と同じくらい仲良くなると突入する、三角関係ルートだ。
ある程度攻略キャラ二人と仲良くなると、ヒロインはある日その二人が仲が良いと言う事実を知り、また彼らもお互いに相手がヒロインとも仲が良い事を知るのだ。
そして、それからしばらくは“三人で仲良し”関係のまま日常が進み、どちらか(または両方)の好感度がMAXになると、恋心爆発イベントが起きて攻略キャラ二人がケンカ。
後にヒロインを巡り、完全な三角関係となる。
……こうして考えてみるとヒロインもなかなかの悪女なような。いや、でも悪意はないから小悪魔と言うべき?
「……ヒロイン怖い」
「う、うん、そうね……」
説明を聞いていたブランにも引かれてしまった。
でっ、でも、その後どっちかを選べば相手は友達とヒロインの為に身を引いて祝福してくれるし、上手く立ち回れば関係修復で三人仲良しエンディングもあった筈だし!
一応、救いはあるルートだと言えるよね……。
ちなみに余談ですが、この特殊なルートでもフローラはヒロインの妨害に青春を捧げます。あぁ、なんだか涙が……。
「ちなみに、他のルートだとどうなるの?」
「えっと、確か……」
三角関係ルートの説明を終えたら、ブランが他のルートに関しても聞いてきた。ブランったら男の子なのに、こんな話に興味あるのかしら。
でも、説明しようとしたと同時に私の口からアクビが出てしまい、その話は中断になった。ブランが気を使って、『明日も早いからやっぱ寝ようか』と言ってくれたのだ。
そのお言葉に甘えて、シャワーを浴びて髪を乾かし、本来の自室より小さめのベッドに潜り込む。
『おやすみ』と言い合って目を閉じた後思ったのは、どのキャラクターのどんなルートでも変わらずフローラは妨害に回る悪役キャラだったなぁと言うことだ。けれど、願わくばそんな道には進みたくない。だって……
(――……人の幸せを、壊したくはないしなぁ)
―――――――――
翌日は、授業を受けるためのクラス分けテストだった。
王族が通う学園だけあって、六歳児に受けさせるにはかなり難しいと思える内容だったけど、何せ私の頭のなかには高校二年生までの勉強がみっちり詰まっているから全然問題無かった。
塾とか行く余裕も無かったから、一人で徹底的に予習復習をやり抜いたしね。やっぱり、継続は力なりだと思います。
と、まぁその甲斐あってと言うかなんと言うか、勉学のテストでは私がトップに躍り出た。
貼り出された結果を見るなりライト皇子が目を見開いてこちらを見たので、思わずパッと顔を背けてしまった。
……でも良いよね、『あの馬鹿が一位だと!?』とでも言いたげな顔で見てきたあっちが悪いのよ。
さぁ、午後の魔力実技も頑張るぞ!……と、思ったら。
なんと言うことでしょう、私は魔力のコントロールが出来ず、シャワーのような水を降らすことしか出来なかった。
うぅ、ミストラルの城で先生に教わってた時にはそれなりに出来てたのに……!記憶が戻った代償!?
そんな訳で、魔力を使った対戦型式で行われた実技テストで、結局私はライト皇子を始めとする生徒たちの失笑を買う羽目になってしまった。
ちなみに、ライト皇子はまだ六歳にも関わらず炎の玉や矢、鳥なんかを作って操っていた。一瞬でも『流石……。』と思ってしまった自分が腹立たしかったけど、まぁ実力があるのはすごいことだものね。
素直に尊敬しよう。
――……うん、素直に尊敬しようとしてるんだから、人の順位が低い結果表を見て肩を震わせるのは止めようか。
そして、その実技テストの後、私は学年主任だと言う先生に呼びだしを喰らった。
うわぁ、何だろう。始まって二日でトラブルとか嫌だなぁ……。
~Ep.6 世間は案外狭いもの~
『今確信した、ライト皇子絶対ひねくれ者だ!!』
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