Ep.3  皇子再び

「姫様ーっ!」


「フローラ様、どちらですかーっ!!?」


 ここ数日、澄み渡る水の都“ミストラル”の城の朝は、お姫様とのかくれんぼから始まる……。

なんてね。


 で、皆が探している当の本人である私は今、ブランと一緒にお母様のお部屋の衣装部屋に居ます。


 昨日は食料用の貯蔵庫に隠れたら、夕方まで見つからずに済んだ。今日はどれくらい持つかな……。


「ねぇフローラ、なんで隠れてるの?」


 パタパタと小さな羽で羽ばたいているブランが私にそう耳打ちをする。

 私は答えた。その理由は、お母様を城の中に足止めする為だと。


 あのお母様の死の運命を回避した後も、私はできる限りお母様に付きまとい続けた。


 しかし、お母様の身には特に何事も無いまま数日が過ぎ、ミストラルの中に居ればお母様も城からは滅多に出ないから、もう監視はしなくて大丈夫かなと思っていたのに……。


 また新たな弊害が出てきたのだ。

 それは三日ほど前のこと、私はバイオリンのレッスンの後にお父様に呼び出された。

 何だろうと思ってお父様の部屋を訪ねると、お母様とお父様が一枚の手紙を見ながらため息をついている。


 そしてその封筒に描かれた“フェニックス”の王家の紋章が目について、私は血の気が引くような感覚を味わった。


「フローラ、ここに座りなさい」


 本当ならすぐにでも逃げ出したかったけどそうも行かず、お父様が私に椅子に座るように言う。


 私はビクビクしながらそこに腰掛け、二人の言葉を待った。

 きっとライト皇子と揉めたあの一件についてだ、どうしよう、どうしたら……!


「フローラ!」


「はっ、はい!!」


 と、小さな身体を更に恐怖で縮ませていた私の頭を、お父様の大きな手がワシャワシャと撫でた。


 いっ、痛いですお父様、力が強い!

 しかし、私の痛がる様子にすら気づかないお父様は、ようやく手を離すと『おめでとう、我が自慢の娘よ!』と言った。


「あ、あの、『おめでとう』とは、一体どういう事なのでしょう……?」


 未だハイテンションなお父様にそう話しかけると、お父様が持っていた封筒から一枚の紙を取り出した。

 その紙には、イノセント学園の校章印がしっかりと着いている。


 これって……


「入学届、ですよね……?」


 自分の名前が書かれたその書類を、信じられない思いで見つめる。


 すると、お母様が私の髪を整えながら優しく微笑みかけてくれた。


「本来ならば、王女がイノセント学園の初等科に通うことは滅多に無いのよ。でも、今回はフェニックスの陛下のご厚意で特別に貴女に入学許可が下りたの。」


 『良かったわね』と笑いつつ、お母様が私の長い金髪をとかしていく。

 前世と違い、細く柔らかく美しい絹糸のような金髪は、あっという間に綺麗なゆるいウェーブを描いた。お母様、流石です。


 って私の外見を気にしてる場合じゃない!!なんで急にそんな話になってるの!!?


「あ、あの、お父様、お母様、私には何が何だか……」


 そう、何がどうなっているのかサッパリわからない。


 イノセント学園は、将来ヒロインや各国の皇子達、そしてライバルキャラであるフローラ(私)が通う魔法と勉学の学園だ。


 ドーナツ状に陸続きになっている四ヶ国の真ん中(いわゆるドーナツの穴)の位置にある海に浮かぶ島に設立された、全寮制の名門校なのだ。


 でも、私がフローラとして生きてきた六年間で聞いてきた話では、初等科から通う生徒はほとんど居なかった筈。

 何故なら、全寮制だから親元を離れなければならないと言う不安があるから。


 いくら警護が万全だと言われようとも、やはり親としては不安を感じるのだろう。

 学園側としても、一国の王子、王女や貴族の子供達に何かあろう物なら責任を取れないため、男である王子はともかく、初等科に王女を入れることは基本的に嫌だと感じている。中等科とかはそうでもないけど。


 その為、初等科からあの学園に通うのは、幼い頃から人との関わり方や高度な魔法を学ばなければいけない、各国の跡継ぎとなる皇子達と高位貴族の子供くらいなものなのである。


 それが何故……!


「私が初等科から入学なんて話になるのーっっ!!!」


「ふっ、フローラ、落ち着いて!」


 結局あの日、私は入学の話のお礼として翌日にでも再びお母様とフェニックスに行くと言うことを約束させられて部屋へと戻り。

 ……ベッドに飛び乗るなり、お気に入りのぬいぐるみを抱き締めてそう叫んだのだった。
















 そして、入学云々の前に再びあの国にお母様が向かうと言う流れになったことに別の恐怖を感じ、挨拶など行かせまいと当事者である私が逃げまくっているのだった。


 でも、そろそろお父様達のお怒りが頂点に達しそうで恐い……。


「姫様!見つけましたよ……!!」


「きゃっ!!?」


 と、不意に衣装部屋に射し込んできた光に目が眩む。

 少しして明るさに慣れてくると……


「ハ、ハイネ……!」


私の専属メイドの一人であるハイネが、綺麗な目をつり上げて怒っていた。


「あ、あの……、ごめんなさい!!」


 と、仁王立ちしているハイネの脇を駆け抜けようとしたけど、若いメイドの細腕とは思えないほどの力で捕まえられてしまった。


「逃がしませんよ!全く、ついこの間まで非の打ち所が無いプリンセスでしたのに、いつからこんなにお転婆になられたのです?」


「えっと……、い、一週間くらい前からかしら?」


「聞きたいのは私たちの方です!」


 思わず答えてしまうと、ハイネに半ば呆れ混じりの怒鳴り声で叱られた。

 ハイネったら、せっかく美人なのに眉間にシワ寄せて、勿体ないよ?


「さぁ、王様と王妃様がお待ちです。行きますよ!」


「ーっ!!」


 ハイネのその言葉に再び私は暴れるけど、六歳の女の子の力で暴れたって大人の手からは逃げられない。


 結局私はそのままお父様の前に突き出され、みっちりとお叱りを受けてしまった。









―――――――――


 そして翌日、私はお母様とお父様に挟まれ手を繋がれて、フェニックスのお城へと訪れた。

 逃げ出せないようにと左右の手をしっかり両親に掴まれた私の姿を見て、こちらのメイド達は『仲睦まじいですわね』と微笑ましいものを見る目を向けていた。


 私、中身は一応高校二年生なのに、恥ずかしい……。


「さぁフローラ、くれぐれも粗相が無いようにな」




「はい、お父様……」


 私の手が自由になったのは、こちらの陛下達に謁見する時だった。


 渋くて素敵な執事さんに案内されて向かった謁見の間は、紅蓮の炎が灯る燭台のあるなんともオーラがあるお部屋だった。


 そして、王座に腰かけているのが、金髪の髪とヒゲに紅い瞳の陛下と、紅色の髪に紫の瞳の王妃様、そして……


「――……ふっ」


 私の姿を見るなり鼻で笑う、ライト皇子の席が真ん中の小さめの椅子だ。


 って言うか、『ふっ』て何よ!


 誰のせいで私がこんなめかしこんだ格好でここに立ってなきゃいけないと思ってるの!!?ドレスやティアラは好きだから着れるのは嬉しいけど!!


 そう心の中で怒りを爆発させつつも、私は表情を崩さず陛下達への挨拶を済ます事が出来た。


 “フローラ”になってからまだたった六年なのに、身に付いた習慣ってすごい。




「フローラ、後はお母様達だけで話すから、貴方は一旦外で待っていなさい」


「はい、お母様」


 そして挨拶の後、お母様にそう言われ私は部屋から去ることになり、玉座の方へとドレスの裾を持って一礼する。


「それでは、私は一旦失礼致しますわ」


 陛下達が微笑んでくれたのを確かめてから、扉の方へと歩き出す。


 すると、不意に『あぁ、そうだ。』と言う呟きが耳に届いた。何だろうと振り返ると、陛下がライト皇子を立ち上がらせてこちらへ向かわせようとしている。


「ライト、せっかくだからフローラ姫に城内を案内して差し上げなさい」


「えっ!!?」


 予想外の流れに思わず叫んでしまえば、お母様に笑顔で圧力をかけられた。

 みっともなく動揺してごめんなさい。




 でも、ライト皇子と二人で過ごすだなんて冗談じゃない!!


 元々、ゲームの頃から私は彼の性格は苦手だった。

 自分より下の人を卑下したり、誰と過ごしていても自分が最優先に扱われて当然と言わんばかりの態度は、接している方からしたらなんとも言えない気分だと思う。


 そんな男(まだ六歳だけど)に案内されて城内探検なんて、ホントに勘弁してほしい……。




























―――――――――




 勘弁して、欲しかったのに……!




 結局あれから数十分後、私はライト皇子に連れられ中庭を散策していた。




 うん、薔薇は今日も綺麗ね。


 隣に居るのがさっきから私を不躾な目線で見てくる彼じゃなければ、もっと素敵に見えたでしょうに……残念だわ。






 と言うか、この少年は一体何のつもりなんだろうか。


 まぁ、案内役を引き受けたのは、父であり王である陛下のお言葉に逆らえなかったからだとしても、わざわざ律儀に一から十まで案内してくれる事はなかった筈だ。


 先日来たときに、私は一度メイド達からお城の案内は受けて居たしね。




 それに……






「……どうかされましたか?」




「あ、いえ、何でもございませんわ」



 先程から明らかに不審そうな視線を向けてくる癖に、話しかけると外向けの“ライト皇子”で対応されるのだ。正直却って恐いわよ、言いたい事があったなら寧ろ正面からはっきり言ってほしい。


 と、そこで執事が、客間にお茶を用意したからと私とライト皇子を呼んだ。


 さりげなくエスコートされ客間にたどり着くと、ライト皇子が椅子を引いてくれたのでとりあえず座る。


 そしてライト皇子もおもむろに向かいの席に座り、静かな声でこう言った。


「さて、対決のポジショニングだな……。なんで呼び出されたかわかってるな?」




      ~Ep.3  皇子再び~








『フローラ・ミストラル、六歳。早くも人生下り坂な予感です。』








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