Ep.2  初イベントは突然に

 お母様とお父様の間に挟まれて座り、馬車に揺られること数時間。


 私の必死の訴えで、当初の予定だった近道ではなく街中を通った事もあってか無事に火の国“フェニックス”のお城にたどり着く事が出来た。



「わぁ……!」


 思わず声を出してしまったけど許してほしい。

 今私の目の前にあるお城は、ゲームのイラスト付きイベントでも度々出てきた西洋風のもの。


 元々この国は私が暮らす“ミストラル”より広いため、お城も断然大きいのだ。壮大な庭には色とりどりの花が咲き乱れ、薔薇のアーチや迷路もある。


「フローラ、お母様たちは会談があるからお城の中を見せて頂いたら?」


「えっ!?」


 お母様のその申し出に一瞬喜びが湧いたけど、すぐに思い直した。賊に襲われるのは回避したけれど、今はまだお母様から離れたくない。

 離れている間に、シナリオ補正でお母様の身に何か起こるかわからないもの。


 そう思って何かしら理由をつけて会談に参加させて貰おうとしたけど、お邪魔になるから駄目だとお父様に閉め出されてしまう。

 そもそも、連れてきて貰う時点でかなりワガママを言ってしまったのでそれ以上食い下がれなくて、『お母様が外に出るときは必ず連絡する』と約束を取り付けて、私はお城の中を案内して貰う事になった。


























―――――――――


 最初はお母様の事が心配で会談の部屋の方ばかり気にしていたけど、いつの間にか前世でゲームをしていた頃から憧れていたお城の中に感動してしまい、はしゃいであちこち探検してしまった。許してください、いくら前世の記憶があってもまだ幼児なもので。


 そして一通り探索を楽しんだ一時間後、事件は起きた。


「お母様が街へ出かけた……!!?」


 会談を終えたお父様が、お母様が“フェニックス”の王妃様に誘われ街に視察に出たことを知らせに来たのだ。

 お父様ったら、出て行っちゃってから教えてくれたって遅いのに!!おとぼけさんなんだから、さすが私の父!いや褒めてないけど。

 お父様はまだお仕事があるからどうのと説明しているのを聞き流し、ミストラルの馬車に飛び乗った。


「お母様を追って!お願い!!」


「か、畏まりました」


 戸惑いがちな使用人数名に頼み込み、私も馬車で城から出発した。どうか、何事もありませんように……!



























―――――――――


 街へ向かうと、丁度収穫祭の時期らしく街はとても賑わっていた。その為、途中で人混みに遮られて馬車が進めなくなってしまう。


「も、申し訳ございません姫様。いかがなさい……、ひっ、姫様!?」


「ここまでありがとう。後は歩いて探すわ!」


 丁度人混みの向こうに“フェニックス”の王家の紋章が刻まれた馬車がゆっくりと走っていくのが目についた為、私は馬車の窓から外へと飛び降りた。

 馬の手綱を握る彼や一緒に馬車に乗っていた護衛やメイドが慌てて呼び止める声は、一切聞こえないふりをした。


「居た……!」


 幸い、馬車が徐行しているお陰で、子供の足で走っているにも関わらず普通に追いつく事が出来た。声を張り上げながら、馬車に並んで走る。



「お母様ーっ!」


 隣を走る馬車に向かって必死に叫ぶが、カーテンで遮られて中が見えないせいか気づいてくれなくて、馬車はそのまま走り続ける。

仕方ないから馬車の前に飛び出そうと、走るスピードを早めた。


「きゃーっ!!」


「ーっ!!?危ない!!!」


 しかしその時、馬車の向かう先、その馬の真正面に、小さな女の子が転んで居るのが見えた。

 思わず駆け込んでその子を抱きしめると、目の端に迫り来る馬の足が見える。


(蹴られるっ……!)


 私は、腕の中で震えるその子を力一杯抱き締めて馬の足から庇いながら、目をギュッと閉じた。


「――……?」


 でも、待てども待てども恐れていた衝撃は来なかった。


 恐る恐る目を開けると、寸での所で手綱を引かれた馬は私たちから僅かに逸れた位置に足をついていた。


「あっ、大丈夫?」


「う、うん。ありがとう、おねえさん……。」


 助かったんだと自覚すると同時に、抱き締めていた女の子の無事も確認する。


 よかった、怪我は無いみたいだと息をついたその時。



「何事だ!」


「ーっ!」


 不意に聞こえた声に改めて馬車の方を見上げる。太陽を反射して、キラリとなにかが光った。多分、こちらを見下ろしている少年の髪だ。

 どうやら、あの馬車に乗っていたのはお母様じゃなくて、私と同い年くらいの男の子だったみたい。


 サラサラの金髪に、炎みたいな紅色の瞳のその男の子は、眉間にシワを寄せて馬車の窓から顔を出している。


 何だか、どこかで会ったことがあるような……?

 そう思いぼんやりとその少年の顔を見ていたら、突然その子が舌打ちをした。


「僕の気を引きたかったのか知らないが、わざわざ足止めの為に馬車の前に飛び出すのは浅はかだな。怪我でもしたらどうする気だったんだ」


「なっ……!」


 何だとーっ!?子供をひきかけておいてなんて言い種なの!!?

 私は抱き締めていた女の子を離して、少年が顔を出している窓の下まで歩み寄った。


「貴方ね、調子づくのも大概にしなさいよ!!」


「……なんだと?」


「私もあの子も、貴方なんかに何の興味もないわ!大体ね、こう言う時はまず謝罪から入るのが礼儀なんじゃないの!!?」


 少年の顔を睨み付け叫ぶ私に周りが思いっきりざわつくけど気にしない。


 どこの誰だか知らないけどね、悪いことをしたんだからまずは謝るべきよ!いくら子供でも!


「お前、僕が誰だかわかっているのか……?」


「知らないわ。でもそんなの別に知りたくもないわよ、私はただ1人の人としての話をしてるの!!きゃっ!?」


 と、そこで誰かに身体を抱き上げられた。

 抱えられたまま振り返ると、息を切らした騎士が私をしっかりと抱き上げている。


 追いかけてきてくれたのね、悪いことしちゃった……って今はそこじゃない!


「離しなさい、私は今彼と話してるのよ!」


「おっ、抑えてください姫様!このお方は、フェニックスの皇太子であらせられるライト様です!!」


 騎士のその言葉に、思わず目を見開いて少年の顔を見上げてしまう。


 ライト皇子!?ライト皇子って、メイン攻略キャラのあの!!?


 その衝撃で唖然となった私を見て、敬服したと勘違いしたらしい目の前の少年が私を鼻で笑う。


 『自分が如何に無礼かがわかったか』って、それが6歳児のセリフ!?


「――……地位なんて関係ないわ」


「……はぁ?」


「貴方の乗る馬車があのまま進んでいたら、私たちよりずっと小さい女の子が引かれて潰されていたかも知れないのよ?」


 その言葉に、深い紅色をたたえる瞳が揺れる。まるで、悪さを親に見つかって叱られている子供みたいだ。


「悪いことしたなら謝る、そんなのは人として当たり前のこと。大体、お祭りで人が多い日にわざわざ馬車で街へ出るなんて横暴よ!」


 まぁ私も馬車でお母様を追いかけてたからそこはお相子だけどね。

 『その子に謝って!』と、先程から私とライト皇子……もう呼び捨てでいいか。


 ライトを見ていた三歳位の少女を指差す。


  数秒の間、ライトの視線と少女の怯えた眼差しが交錯した。


「――……それに関しては謝ろう、すまなかった」


  数秒の間のあとそう謝ったライトの姿に、今度は彼の護衛であろう騎士達がざわつく。。

 そして、その直後に私が羽織っているケープの留め具に目をつけ真っ青になった。

 大きめなその留め具には、ミストラルの王家の紋章が刻み込まれている。

 そして、護衛の一人がライトに耳打ちをすると、幼いながら端正なその顔に僅かに驚きが浮かんだ。


「……どうやらミストラルは、とんだじゃじゃ馬姫をお抱えのようだな。気の毒に」


「なっ……!」

 

 『何ですって!?』と言おうとしたら、また騎士に口を塞がれた。そんな私を嘲笑い、ライトは馬車に出発の指示を出す。


 馬車が離れていく際に、ライトがその紅い瞳を歪めて私を笑っていたのを確かに見た。
























―――――――――


「うぅ、やっと解放された……!」


 翌日、ミストラルに帰国した私は、騎士やメイド達から聞いた私の行動にカンカンに怒ったお父様とお母様にみっちりお説教された。


 お昼頃から始まったお説教から解放されたのは、なんと日が沈んだ後!

 確かに、他国の皇子とあんなに派手に揉めたのは悪かったと思ってるけど……。


「大丈夫?」


「えぇ、何とかね……」


 部屋でベッドに倒れ込むと、ブランがココアを淹れてくれた。身体は猫のままなのに、使い魔になって魔力を帯びたブランの手は、人間並みの器用さを得ていた。


 カップに口をつけると、丁度いい甘さが身体に染みる。


 それにしても、あの男の子がライト皇子だったなんて、道理で見覚えがあった筈だわ……。

 ライト皇子は、“恋の行く道”のヒロインの運命の相手とも言えるメイン攻略キャラだ。

 凛々しく聡明で、誰に対しても堂々とした立ち居振る舞いの彼は、ゲーム内でも典型的な俺様タイプだった。


 でも、確か舞台となる学園の高等科では見事に猫を被ってるのよね。

素の横暴さを知ってるのは、彼の親友である風の国の皇子と土の国の皇子、それからヒロインのマリンだけ。


 なんでヒロインに素を見せてるかって言うと、幼少期に一度会ったことがあるっていう前提条件があるから。

 幼い頃、フェニックスの城下に暮らしていたヒロインは、収穫祭の途中で馬車にはねられそうになっていた子供を助け、その馬車に乗っていた少年に抗議をする。

 なんとその少年は自分が暮らす国の王子様だったのだが、ヒロインは怯まずに少女への謝罪を求めるのだ。


 俺様ではあるが民への愛情は持っていたライト皇子は、ヒロインへの不満は感じつつも自分の非を認め謝罪し去っていく。


 この時の出来事がいずれ、彼の中でヒロインへ関心を持つ切っ掛けに……、……あら?


 そこまで思い返した所で、私は昨日の自分の行動を思い出す。

 そして、みるみると自分の血の気が引くのがわかった。


「き、昨日のあれって……!」


 ヒロインとライト皇子の運命イベントだ!


 私、それを邪魔しちゃった……!!?いや、邪魔したどころか横取りしたよね!?


「どっ、どうしよーっ!!?」


その日、ミストラルの城にはまだ幼き姫君の謎の叫びが響いたと言う。


    ~Ep.2  初イベントは突然に~


   『私が出会ってどうするの!!!』


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