Ep.4  後悔先に立たず

 白地に青の模様が綺麗なティーカップを持つ手が震える。

 怖いよーっ!この子まだ六歳なのに何でこんな目力あるの!?


 目の前座るライト皇子から頑なに目を逸らしながら、カップに入った紅茶を見つめる。


 まぁなんていい香りの紅茶なのかしら。ミルク入れてミルクティーにしようかな、うんそうしよう。

 私、貴方の事なんて何も気にしてないから……あっ、目が合っちゃった!


「――……すまないが、皆下がってくれ。彼女とふたりで話したい」


 目があったことで硬直した私から視線を逸らさないまま、ライト皇子が周りにいた人々を全員追い出してしまった。


 ちっ、ちょっと待ってーっ! 

 心のなかで叫ぶが、一応お姫様と言う名の猫を被っている今の私が引き留められる訳もなく、結局ライト皇子と二人になってしまった。


 慌てている様子を見せないよう、ふるえる手を必死に宥めて優雅にミルクティーを味わう私を、ライト皇子がじっと見つめている。さっき『対決のポジショニング』とか言ってたし、戦う気満々ってことですよねわかります、逃げ出していいですか?


「――……さて、フローラ姫、何でこんな事態になったかおわかりですか?」


「え、えぇ、薄々は……。」


 苦笑いを浮かべながら、ミルクを入れた紅茶を口に運ぶ。なんだその気品溢れる口調と微笑みは。私への当て付けか。

 そう思ったけれど、口に広がる優しい甘さと温かさで、多少気持ちが落ち着いた。


 それから、一度持っていたカップをソーサーに置き、改めてライト皇子の瞳を見つめると、向こうも何も言わずにじっとこちらを見ていた。

 そして、私はおもむろに頭を下げて口を開く。


「先日は非常に無礼な態度を取りまして、大変失礼致しました」


 暗に『言い過ぎました』と言うだけで自分が間違ったことを言ったとは思ってないけれど、そう謝罪の意を示す。

 相手は《他国の》王子様だ、あまり不仲になれば、国の状態が悪くなってしまう。


 私は、十七歳でこの世界を舞台にしたゲームをやっていた日下部花音である前に、今は水の都“ミストラル”の姫、フローラなのだ。


 たった六年と言えど学んできた知識が、私が今どう振る舞うべきかを教えてくれる。


「――……」


 頭を下げたままでいるから表情がわからない上に、皇子が何も答えない為に空気が重い。


 ど、どうしよう……。


「……見事に猫を被っているな、大したものだ」


「――……はい?」


 ようやく聞こえてきた返事は、許す許さない以前の物だった。

 って言うか、それはただの貴方の感想じゃ……!?


が、突っ込む前に『とりあえず顔を上げろ』と言われたので正面を向けば、ライト皇子は真顔で私を見ている。

 な、何なの……?


「まぁ、先日の件は確かにこちらにも非があった」


「はぁ、そうですか……。」


 しまった、つい普通の口調で反応しちゃった!

 かなり小さめの声での呟きだったにも関わらず、ライト皇子も気づいて『やはりそっちが本性か』と頷いている。

 “本性”って、人聞きの悪い言い方しないでくださる?


 そんな私の怒りなどまるで気づかずに話は進む。


「こちらに非があったのは確かに認めはするが、それにしたって公衆の面前であの態度は無いだろう。お陰で父上から叱られたじゃないか」


「も、申し訳ございません……」


 って、怒りのポイントそこですか。どんなに大人びててもまだ幼児。親にはかなわないのねー。確かに、あれは悪かったと私も反省してるけど。三時間みっちり叱られたし。


 普段はそんなに気が強い方でもないんだけど、カッとなると昔(前世)から何かとやらかしちゃうのよね。


 あの日ライト皇子にケンカをふっかけた私は、紛れもなく庶民状態の“花音”だった。今後ボロが出ないように、しっかりと心がけないと……。


「仮にも隣国の姫君があれでは、国の内情や外交にも良くないだろう。悪いことは言わない、イノセント学園で正しく教育してもらえ」


「なるほど、あの入学届けらそう言うことでしたのですね」


 要は、『お前の出来があまりに悪いから正す場として学園に入れてやるぜ!』と。そう言うことなら一応納得だ。

 納得だけど……


「――……なんだ、まさか断るつもりじゃないよな?」


 ふと感じた違和感を込めた眼差しで見つめると、眉間にシワを寄せられた。


 可愛くないぞー。せっかく綺麗な顔してるのに。


 うん、そうだ、何だか妙なのだ。


 正直、いくら聡明だとしても六歳の少年がここまでの事を考えられるだろうか。まして、ゲームのライト皇子はこんな回りくどい手段は好まなかった筈なんだけど……。

 何だか、誰かに裏から動かされている気がしてちょっと怖い。


「――……おい、返事をしろ」


「あっ、申し訳ございません。ついぼんやりしてしまいまして……」


 不機嫌顔のライト皇子に謝りつつ、覚悟を決めて『入学の件はお受けいたします』とも伝えた。

 『喜んで』とは流石につけられなかったけどね。バッドエンドに関わる道に繋がる学園に、嬉々として行く人が居るなら教えてほしい。

「まぁ、それならいい。あそこには気品溢れる他国の王家や貴族が多く集まる」


 そう言った口元が、意地悪くニヤリと歪む。


「せいぜい、置いていかれないようにするんだな」


「――……ご心配を頂きまして、ありがとうございますライト様」


 まるで悪役のような笑顔で放たれた嫌味に、私はあくまで朗らかに笑って頭を下げる。

 やっぱり根に持ってたんじゃない、だったらこんな回りくどいことしないで真っ向から来なさいよ、男の子でしょ!


 ……でもまぁ、表立って敵になるよりは良かったかな。帰ったら、もう少ししっかりライト皇子について考えよう……。








―――――――――


 翌日、私はお母様と二人で先にミストラルへ返された。


 お父様はまだあちらの陛下達とお話があるらしい。どうしよう、私のやらかした件についてだったら……。


 まぁ、昨日の私への周りの人々の態度を見る限り、どうやら噂が広まったりはしてないみたいだったけど。


 そんな事を考えながら、私は一冊のノートをテーブルに広げた。前世を思い出したあの日、“恋の行く道”について書き出したあのノートだ。


「書き出してみたのはいいものの、実は私一人もクリアして無いんだよね……」


「えっ、そうなの!?」


 独り言のように呟いた言葉に、ブランがリアクションしてくれた。


 そうなのだ、実は私はあのゲームの攻略キャラクター達を、ただの一人もクリアして居ないのだ。元々お金にあまり余裕が無かった為に、ゲームや漫画に興味はあったけど買うには踏み切れなかったし。

 だから、“恋の行く道”のソフトとゲーム機本体は、私が他界する少し前の誕生日にお母さんがプレゼントしてくれた物だったんだ。


 『何か楽しく遊べる物をと思って、店員さんのお勧めを買ったのよ』と笑ったお母さんの笑顔を、私は今でもハッキリ思い出せる。


 きっとお母さんは乙女ゲームなんてまるでわからなかっただろうし、きっと何か娘(私)が喜ぶものをと考えてくれたに違いない。

 だから、私はそれがとても嬉しかったのだ。

 ……話が逸れた、今はゲームの内容の話ね。

 せっかく貰った乙女ゲームだし興味は津々だったけど、そもそもゲームその物すらまるでやった事がなかった私は、最初の入学式イベントの時点で一旦電源を切ってしまった。

 もう、何をどうしたら良いのかわからなかったのだ。


 しかし、世の中には“攻略本”と言う初心者にも有難い味方があった。

もちろん、ゲーム慣れしてて楽しんでる人達からみたら邪道なんだろうけど、当時の私はその攻略本様に頼るしかなかったのだ。


 周りにそういうゲームとかの話が出来る友達も居なかったしね。


 そして、攻略本で世界観や主人公のステータス、キャラクター達のプロフィールに、起こるイベントの内容などを読み込みつつ、手探りで攻略を始めたばかりだったのだ。


 だから、私は結局ライト皇子を始めとした、この世界の人達のことをほとんど知らないと言っていい。



私にわかるのは、名前/誕生日/血液型/性格/趣味/好物くらいだ。あと、アニメ化してたからアニメの内容と、攻略本におまけでついてたノベライズのストーリー。

 

 だから、詳細まではあんまり記憶に残ってない。

 思い出せるのは、大体の性格と大きなイベントについて。他にきっかけがあれば、また

何か思い出すかもだけど……。

 後は、ハッピーエンドとバッドエンドの大まかな流れくらいだ。

 あぁ、あの六畳一間のアパートの本棚に置いてきた攻略本があればどんなに頼もしいだろう……。


 せっかくメモを書き足そうとノートのライト皇子のメモページを開いたけど、結局足せたのは実際に会ってみての彼のことだけだった。


 うーん、これは実際に会って関わっていかないと情報収集ら無理なパターンかなぁ。


 はぁ、入学まであと一ヶ月。

 神様仏様制作スタッフ様、どうかフローラにも希望が持てるエンディングを下さい……切実に。


    ~Ep.4  後悔先に立たず~


『――……攻略本、こちらの書店にも売ってないかしら』





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る