30

少しして扉が開く音がした後、すぐ側に人の気配を感じた。


「美しい……」

「彼女が白雪姫です」

「本当に、ただ眠っているみたいだ。……あなたとはもっと早くにお会いしたかった。きっと話す声も美しいのでしょうね」


王子様の顔が近付くのがわかる。

あれ、これはもしかして……。

お伽噺の定番、“王子様のキス”ってやつ!?

こんな急に!?まだ全然心の準備が出来てないのにっ!

でもここを乗り越えないと、白雪姫が目覚める事はないんだ。

今は見た目は女の子とはいえ、僕も男だ。

よし、覚悟を決めてやる。来るなら来い!


内心で一人腹を括ったものの、結論から言うと、そんなものは全く以て必要なかった。

近付いた気配がすぐに遠ざかったかと思うと、王子様はまたドクさんたちと会話を始めてしまった。レオン王子は言葉通りただ隣国の姫を見に来ただけだったのだ。


別に期待していたわけじゃない。

断じてそんな事はないのだけれど。

今って絶好の目覚める機会じゃなかったの……?

そんな考えが頭を過り、さっきまでとは別の焦りがじわじわと湧いてくる。

そんな僕を置き去りに、小人のみんなは帰り支度を始めたようだった。


「すっかり長居してしまいました。私たちはそろそろ戻ります」

「またこの国へ立ち寄る事があれば、ぜひ城へも立ち寄ってください。エミルも喜びます」

「また遊びに来てね!」

「ありがとうございます」


ベッドから棺へと体が移され、棺ごと持ち上がる。いよいよ運ばれると思ったその時、部屋を風が吹き抜けた。


「へ、は、ふ……ぶわっくしゅん!!」

「わっ」

「えっ」

「あっ」

「おい!」


風で鼻が擽られたのだろう、スニージーさんが一際大きなくしゃみをし、それに驚いたドーピーさんが棺を支えていた手を思い切り離した。

体は小さいけれど、さすがは日々鉱山で採掘をしているだけの事はある。

その筋力をもって勢いよく持ち上げられた棺は、白雪姫ぼくの体をも一緒に高く投げ上げ、中にいた僕は宙へと斜めに放り出された。

落ちる。

頭でわかってはいても今の状態で受け身なんて取れるはずもなく、重力に従って背中からもろに床に着地した。


「ごほっ……かはっ、けほけほっ」


着地の衝撃で肺の空気が押し出されて噎せる。

久しぶりのまともな呼吸ということもあって、なかなか上手く息が整えられない。

ふと、視界の隅にキラリと光るものが見えた。

大きなガラスの破片だ。さっき何かが割れる大きな音がしたのはこれか。

なるほどどうやら棺はガラス製だったらしい。


ドクさんたちの技術を以てすれば、さぞかし緻密で繊細な模様が彫られていたんだろう。

みんな変に器用なところがあるからな。

それがこんな形で壊れちゃったのはちょっと勿体ない気もする……。

そんな事を考えられるくらいに落ち着いてきた頃、やけに周りが静かな事に気付いた。


「白雪、さん……?」


呼ばれて振り向くと、みんなの視線がこちらに集まっていた。

そして一様に驚きの表情を浮かべている。

そりゃそうか。周りから見れば、死人が急に蘇ったって事だもんね。

驚くなという方が無理がある。


「えーっと……」

「白雪ちゃんっ!」

「ち、ちゃんと生きてる……っ」

「よかった、よかったぁぁぁ」

「心配したんだぞ」

「体、痛いとこない……?」


どう説明しようかと考える前に、みんなが駆け寄ってきた。

いくつもの潤む瞳を見ていたら、こちらまで釣られて泣きそうになってしまう。


「はい……、はいっ!大丈夫です。ご心配お掛けしました」

「怪我の功名というやつかな。さっき、白雪さんの口からこんなものが出てきたよ」


ドクさんの手に乗っていたのは小さな欠片。

あの時、喉を塞いだ毒林檎の欠片だった。


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