29

なだらかに坂を下り、森を抜け、さらに歩く。

耳に届く音が鳥の囀りや葉の擦れる音から、馬車の音や人の賑やかな話し声へと変化する。

やはり迷子の王子様捜索部隊が結成されていたらしい。

隣国の王都が近付いてきたあたりで、早々に王家直属らしい近衛騎士と出会った。

その場でエミル様とお別れし、元来た道を引き返す予定だったはずが。なぜか僕たちは今、隣国の城内の一室へと案内されていた。


「エミル様を無事に送り届けていただきありがとうございます。心ばかりですが、ご昼食がまだと伺いましたので、お食事の準備をさせていただきました。どうぞ召し上がっていってください」

「いや、我々は長居をするつもりは……」


食事を勧めるメイドさんに、狼狽えるドクさん。

さっきから似たようなやり取りが続いている。

それを遮ったのは、ここまでの道中ですっかり小人たちに懐いてしまったらしいエミル様だった。


「おじさんたち、もう帰っちゃうの?一緒にご飯食べようよ」

「エミル様、お気持ちは嬉しいのですが、私たちは戻ってやらねばならない事があるのです」

「でもせっかく仲良くなれたのに。もうちょっとだけ、ダメ?」

「ですが……」

「ドク、エミル様もこう言ってくれてるし、こんな機会この先きっともうないよぉ?どうせならもうちょっとだけ楽しんでもいいんじゃない」

「ドーピー、お前はもう少し遠慮する事を覚えなさい。だがそうだな、過ぎた遠慮は逆に失礼かもしれない。白雪さんの事が気掛かりではあるが、今回はご厚意に預かるとしようか」

「やったぁ」


そこからすぐに食事の準備が進められ、次々と料理が運び込まれていった。

僕はというと、隣の部屋のベッドの上に寝かせられていた。

この提案をしたのは言うまでもなくエミル様だ。

「寝ているわけじゃないからベッドは必要ない」という事を、誰も上手くエミル様に説明が出来なかったのだ。

いや、もしかしたら帰るまではお城の柔らかいベッドで寝させてあげようという小人たちの優しさもあったのかもしれない。


開いた窓から風に乗って僕の元まで食欲をそそる香りが届いてくる。匂いだけでも美味しいのがわかる。動けていたならきっとお腹が鳴っていただろう。今食べられないのがすごくもどかしい。

一通りみんなが食べ終わり、食後のお茶とデザートタイムに移った頃。

扉を開けて新たに誰かが現れたらしい。その人物の登場に、それまで緩やかに流れていた空気や話し声が一瞬で引き締まったものになった。


「お兄様!」


エミル様の声と小さく駆け寄る足音。

お兄様……という事は、もう一人の王子様が帰ってきたようだ。よく聞こうと僕は耳を澄ませた。


「エミル、無事でよかった。城からいなくなったとの報せを聞いて心配したよ。勝手についてきたらダメじゃないか」

「……ごめんなさい」

「もうこんな真似をしてはいけないよ。でももう少し大きくなったら、一緒に出掛けよう」

「はい!」


声の感じからすると、今の白雪姫ぼくとそう変わらない年頃に思える。

でも話し方が落ち着いているから、少しくらい年上かもしれない。


「そちらの方々は?」

「新しいお友達です!」

「そうか。私はこの国の第一王子、レオンといいます。あなた方がエミルを送ってくださったのですね。ありがとうございます」

「い、いえ!私たちは特別な事をしたわけではありませんし、むしろこんな豪勢な料理を頂けて、お礼には充分すぎるくらいです」

「遠くから大変だったでしょう。今夜はこちらで休んでいかれますか?」

「お心遣いありがとうございます。ですが、そこまでしていただけるほどの事はしていませんから。それに私たちには戻ってやるべき事があるのです」

「やるべき事?」

「はい。実は……」


ドクさんはそこで魔女の事を含めてここまでの経緯を掻い摘んで説明した。

その間、第一王子ことレオン様は黙って耳を傾けていた。


「……なるほど。隣国でそんな事があったとは。実は今回の視察も、最近隣の王様の様子がおかしいと噂があったからなのです。魔女のせいとわかれば、早急に対策を講じましょう。それと、あなた方に一つお願いがあるのですが」

「何でしょう……?」

「白雪姫に、一目会わせてもらえませんか」


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