28

それからしばらくして、揺れが止まった。

どうやら今度こそ目的地に着いたらしい。

体の回りには、棺から溢れるくらいの花が入れられて、甘い香りに包まれる。

これから本当に埋められてしまうのかな、なんて考えていたら、唐突に明るい声が響いた。


「わぁー、遠くまで見える!すごい!」


姿を見る事は出来ないけれど、声の高さからして子どものようだ。


「……男の子?」

「どこから来たんだ?この辺りでは見た事ない顔だぞ」

「迷子かなぁ」

「でも見るからに質の良い生地の服を着ているぞ。どこかの貴族の子かもしれない。そんな子が一人という事はないと思うが」

「そう言われると、顔立ちもどことなく高貴な気がするね」


みんなの戸惑った声も聞こえる。

察するに、その子は一人でいるらしい。


「あ、ちっちゃいおじさんだー!」


再び子どもの声と、こちらに向かって駆けてくる足音がした。


「こんにちは!」

「こんにちは。君はどこから来たのかな?」

「あっち」

「あっち、とは?」

「あそこから見えるよ!来て来て」


その子はドクさんの腕を引き、高台の先まで連れていき、どこかを指差したようだ。


「あっち!」

「あっちって、隣の国の城下町の事かな?」

「んーん、あれ!」

「あれって……、城か?」

「そうだよ。お城から来たの」

「お城から来たって……、まさか」

「え、もしかして、お、王子様!?」


一気にどよめきが広がる。

僕もこんな状態でなかったら、声も出ないくらいに驚いていたに違いない。

というか体を動かせないだけで、めちゃくちゃに驚いている。


「えっと、君の名前を教えてくれるかな」

「エミルだよ」

「今日はどうしてここへ来たんだい?誰か一緒に来た人は?」

「兄上のお出掛けの馬車にこっそり乗ってついてきたから、ここにはいないよ」

「じゃあ他のみんなは今どこへ?」

「兄上についていったと思う」

「お兄さんはどこにお出掛けするって言っていたのかな?」

「んっと、なんかしさつに行くって言ってた」


しさつ……視察の事か。

隣国の王都からは距離があるけれど、この辺りは国境くにざかいだから、王子様が来る事もあるのかもしれない。


「……恐らく間違いない。身形と名前からして、ネーベン国の第二王子だ」


第二王子って事は第一王子もいるわけで。

王子様にだって兄弟くらい普通にいてもおかしくはない。全然おかしくはないんだけど!

そもそも王子様に兄弟がいるなんて話、聞いた事ないよ!

ただ“王子”ってだけじゃ、白雪姫のお相手が誰だかわからなくなっちゃうじゃないか!

もしかしてこれもコヨミちゃんが遊びで書いたっていうお話メモの影響なのかな?


「おいドク、王子が護衛の一人も付けずにふらふらとこんな場所にいたらまずいんじゃないか?」

「確かにグランピーの言う通りだ。こっそりついてきたと言っているが、城にいない事に気付いたとしたら、今頃必死になって探しているに違いない」

「ボクたちで送ってあげた方がいいよねぇ」


小人たちがこそこそと話し合っている輪の中に、小さな王子様の声が割り込んだ。


「おじさんたち、何のお話してるの?」

「何でもありませんよ。それよりもエミル様、お城へ帰りましょう。我々がお送りしますから」

「でもまだここにいたい」

「きっとお城の皆さんが心配されていますよ。ここへはまた今度ゆっくり来ればいいのです」

「うー……、わかった」


エミル様については話が纏まった。

けれどもう一つ大きな問題がある。


「……でも、白雪さんは、どうするの?」

「このまま放っておくわけには……っくしゅん!」


そう。白雪ぼくをどうするかだ。

埋められるのも嫌だけど、出来ればこのまま放置もされたくはない。

これを解決してくれたのは、他ならぬエミル様だった。


「このおねえさん、眠ってるの?」

「あぁ、まぁ、そうですね」

「おねえさんもこのまま一緒に連れていったらいいよ」

「え」

「うちはお部屋がいーっぱいあるから、ベッドで寝かせてあげたらいいよ」


無邪気な提案に、小人たちが迷ったのは僅かな時間。

本当の事を言っても混乱させるだけだろうからと、取りあえず話を合わせて、お城に着いたら事情を説明しようという事になった。

まずはこの王子様を無事に送り届けることが第一だ。

当初の目標だった王子様とは一応出会えたものの、先が読めない展開になってきた。

そんなこんなで僕たちは、王子と姫と小人たちという妙な取り合わせのまま、隣国のお城を目指す事になったのだった。



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